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少女は転生者の少年を無意識に考える


 「(不味い不味い不味い…!!)」


 加江須は内心だけでなく額からも焦りのあまりの一筋の汗が流れた。

 愛理はもう完全に自分の事をただの高校生だとは思っていない。至近距離まで瞳を近づける彼女に思わず目を逸らしそうになるが、ここでもし弱気な所を見せれば益々疑いは濃くなるだろう。

 加江須は一度目を閉じると、再度開いて目の前の彼女を誤魔化し通そうと奮闘、いや悪あがきをする。


 「なあ愛理、常識で考えようぜ。俺が何者かなんて聞くが俺は間違いなくただの普通の人間だよ。お前とどこも変わらないな。だからそんな窃鈇之疑の如く人を疑うのはやめろって。ははは…」


 「………」


 「あはは…はは…」


 「………」


 加江須は笑いながら誤魔化そうとするが、そんな彼の事を彼女はずっと無言で見つめ続ける。まるで全てを見透かしているかのようなその瞳は加江須の事を貫き続け、次第に彼の口から零れ続ける笑い声は穴の開いて風船の様にしぼんで小さくなって行く。


 「ど、どうしたんだよ愛理。そんな顔をして…」


 「……」


 「(だ、駄目だ。彼女に何を言っても恐らく通じない)」


 自分を見つめ続ける愛理は明らかに何か確信めいたものを持って自分を見つめ続けている。恐らく自分がもうただの人間でない事を確信しているのだろう。これ以上はどれだけ嘘を塗り固めても彼女を誤魔化す事は出来ない。


 「……はぁ」


 加江須は観念したかのように愛理へと自分の正体を話し始めた。


 「愛理、今から俺の言う事は信じられないかもしれない。でも真実だ。そしてこの事を他言しないと約束してくれ」


 「…うん」


 短い返事を返した愛理を見て腹をくくった加江須が全てを話し始めるのであった。




 ◆◆◆




 ストーカー事件よりも翌日、加江須はいつもの様に登校中に仁乃と黄美と合流して3人で登校をしていた。3人はいつもの如く学園までの道のりを他愛のない話をしながら歩いていると、その中に後ろから愛理が声を掛けながらやって来た。


 「おっはよー!!」


 朝一から元気満点な声量で前を歩いていた加江須たちに呼び掛けて来た愛理に反応する3人。

 

 「本当に朝から元気ね愛理さん」


 「えへへー、まぁね」


 「…あれ、その頬の絆創膏どうしたの?」


 昨日までは無かった彼女の頬に貼り付いている絆創膏を見て仁乃が首を傾げると、愛理は彼女の耳元まで寄って行き驚愕の言葉を囁いてきた。


 「実は昨日は色々とあったんだぁ――〝転生者さん〟♪」


 「!?」


 愛理は予想もしていなかった言葉を囁かれて驚愕の瞳で彼女の事を見つめる。

 彼女のリアクションが予想通りの物で口元に手を当て『むふふ♪』と笑う愛理。


 「(な、何で彼女が私の正体を!?)」


 自分に驚愕のセリフを吐いた彼女は今は黄美とおしゃべりをしている。何故彼女が自分の正体を知っているのか問い正したいところではあるが、黄美も居るこの場でそんな事も出来ない。しかし自分は彼女に対して正体を明かした記憶は一切ないのだ。という事はつまり……。


 仁乃が後ろに背を向けると加江須の視線を逸らしていた姿が確認できた。


 「……あんたまさか」


 「…ごほっ」


 仁乃が距離を詰めて加江須の事を穴が開くほど見つめると、彼はわざとらしく一度咳ばらいをした。

 

 「ねえ、あんた教えたの?」


 「いや…まあ…うん…」


 視線を仁乃に合わせないまま歯切れの悪い返事をする加江須。

 そんな彼の事をしばしジト目で見つめていた仁乃であったが、彼女はすぐに笑顔になると加江須の耳を引っ張りながら詳細を求める。


 「ちゃんと説明してくれるのよねぇ~。ど・う・し・て・愛理さんに正体を話したのかしらぁ~?」


 「いでででででっ!!」


 右耳を強烈な握力で引っ張られる加江須。

 

 「加江須くぅん?」

 

 「いぢぢぢぢ!? 話す話す話す!! もちろん後で説明するから手を離してください!!」


 「……ふん」


 加江須の耳から摘まんでいた指を話す仁乃。

 ようやく解放された加江須は引っ張られていた右耳を押さえて小さく呻く。片方の耳が赤く染まりジンジンとした熱が耳に残る。


 その様子をこっそりと窺っていた愛理はニシシと悪戯っ子の様に小さく笑い声を漏らしていたのだった。




 ◆◆◆




 放課後となり人気の少なくなった学園、そんな中で更に人の気配が無い屋上に加江須と仁乃は集まっていた。

 仁乃は腕組をしながら少し苛立った様な表情をしており自分の眼下を見つめている。そんな彼女の足元では加江須は正座をして座っていた。


 「じゃあ話してくれる? どうして転生者である事を一般人の彼女に話したのかを」


 「あ、はい…」


 仁乃が向ける目が正直怖すぎて思わず敬語で話をしてしまう加江須。


 上から見つめられる仁乃の眼力に少し怯えつつも加江須は昨日の出来事を全て話した。

 昨日の学園の登校中に殺意に満ちた視線をぶつけられていた事。そしてその正体は愛理を追い掛け回していたストーカーであった事。そしてそのストーカーから彼女を助けるためにやむなく普通の人間相手に思わず転生者としての規格外の力を振るってしまった事。その結果愛理に正体がバレてしまった事。


 全てを話し終えると加江須は思わず正座の姿勢のまま、つまり土下座で仁乃に対して謝った。


 「本当にすいませんでしたぁ! でもあの場合は仕方が無かったと言うか、やむなしと言いますか!!」


 「……まあ人命がかかっていたからアンタの正体がバレたのはまだいいけどさぉ…」


 そこまで言うと仁乃は今朝と同じように彼の耳を思いっきり引っ張り始める。今朝と同じ方の耳を引っ張られてそのまま無理やり立ち上がらされる加江須。

 

 「あぢぢぢ!! 痛いんですけど仁乃さん!!」


 「アンタの正体がバレたまでならいいのよ。でも何で私の事までバラしちゃうのかしらぁ?」


 「いやそれは仕方なかったんです! いぢぢ…あ、愛理のヤツ予想以上に喰いついてきて仁乃、いや仁乃さんももしかして転生者じゃないかって勘繰り入れてきてしまって!!」


 「……ようするにアンタが愛理さんの追求に負けてベラベラ話してしまった訳ね。はいはいそうなのねぇ…!」


 「いだだだだッ!! 取れる! 耳が取れるぅ!!!」


 今朝の様に周囲を気にする必要が無い為、朝の時よりも更に強力な力で加江須の耳を引っ張る仁乃。

 当然加江須の上げる悲鳴のボリュームも今朝以上に大きくなり、二人だけの屋上にしばし加江須の悲鳴がアラームの様に鳴り響き続けるのであった。


 それから約5分近くも耳を引っ張られた加江須。激痛から解放された彼は引っ張られ続けた耳を押さえながら涙目になっていた。

 

 「いっつ~…何もあんな長時間引っ張り続けなくても…」


 「ふんっ、むしろこの程度で済ませる寛大な心意気の方を感謝してもらいたいわね。それで、話の続きだけどまさか私たちの戦いに首を突っ込んで来るようなマネはしないでしょうね彼女」


 仁乃が一番不安に思っている部分はそこであった。もしもコレで彼女がゲダツにまで興味を持ってしまえば自分たちに課せられた戦いの中に飛び込んで来はしないか。そんな不安が仁乃の中でモヤモヤと渦巻いていた。

 そんな彼女を安心させようと加江須が補足で説明を付け加える。


 「それなら大丈夫だよ。今回のストーカーの1件で身の危険を体験して俺の正体は追求してきてもゲダツに関しては関わりたくないとすら言っていた。それに彼女自身も自分が首を突っ込んでも何も出来ない事は重々承知していたしな」


 仁乃は愛理と言う少女は好奇心旺盛で戦いにまで首を突っ込んで来るのではないかと懸念していたが、たった数分前まで命の危機に瀕した彼女は自分から命の保証のできない現場に向かう気などさらさらなかった。そもそも自分では何も力になれないことは重々承知済みであったし……。


 「たくっ…それにしてもよりにもよって愛理さんに知られるとはね。この先の学園生活が一気に不安になったわ」


 今や友人である愛理と一緒に居る機会は間違いなく多々あるだろう。そうなれば必然的に自分たち転生者に関して色々と質問もされるだろう。


 「あー…頭が痛い」


 この先に自分が味わう気苦労に仁乃は頭痛すらしてきて頭を押さえて嘆くのであった。




 ◆◆◆




 加江須と仁乃が屋上で話し合っていた頃、愛理は昨日に加江須と共に入店していた喫茶店へと足を運んでいた。

 彼女は昨日と同じ席へと座り、注文したチョコレートパフェを食べていた。


 「……」


 スプーンですくった生クリームを口に含んで昨日の出来事を思い返していた。


 「(まさか加江須君が一度死んで蘇ったなんて…。あるんだなぁそんな非日常がこの現実世界に…)」


 常識的に考えてそんな事はあり得ないのだが、この目で見た異常な身体能力に加えて彼の持っている特殊能力とやらもこの目で見せてもらった。手から炎を発現させるなど普通の人間に出来る訳がないのだから。


 「でも…あの時の彼、カッコ良かったな…」


 不意に愛理の口からそんな言葉が零れ落ちた。

 命の危機に立たされていた自分の事を見事に救い出してくれ、そして恐怖で泣きじゃくる自分を優しく抱き留めてくれた。


 不意の愛理はあの時に加江須に撫でられた自分の頭を撫でていた。


 「……ハッ!?」


 自分の無意識の行動に我に返る愛理。

 

 「(な、何してるのよ私は…もう…)」


 自分の恥ずかし気な行動を忘れるようにテーブルに置かれているパフェを口の中に勢いよくかっ込む愛理。その際に誰も座っていない対面の席を見て、そこに昨日は加江須が座っていた事を思い出す。


 「またこのお店に彼を誘おうかな…なんてね」


 冗談気に独りでそう言う彼女であったが、その時の彼女は少し頬を赤く染めていた。




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