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ストーカー男の撃退と少女の向ける疑念


 「(畜生めが!! どうして…どうしてこんな事になってしまったんだよ!?)」


 男は包丁を愛理に突き付けながら今のこの状況を嘆いていた。

 自分はただ、この腕の中に居る天使を見守っているだけで幸せを感じていた筈だ。にもかかわらず、気が付けば自分の犯した最悪の罪を吐露してしまい、挙句には愛しの天使は自分の顔を見てもすぐには気付いてはくれなかった。

 

 ストーカー行為を働いていた事、そして殺人を起こした事、そしてソレを感情に任せて全て口から吐き出した事、それら全ては完全なる自業自得であるにもかかわらずそれを頑なに認めようとしない男。  

 そして男に渦巻く理不尽な怒りは目の前の加江須や腕に挟んで拘束している愛理へと向けられる。


 「くそッ! こんな事になる位ならお前なんて好きになるんじゃなかったぜ!! お前があの日オレに微笑んだりしたから…オレに慈愛に満ちた顔を向けたりするからぁ!!!」


 男はそう言って愛理の頬に包丁の切っ先を押し当てる。軽く押し当てているだけで出血はしていないのだが、男がもう少し力を籠めて頬に切っ先を押し込めば出血するだろう。

 愛理は悲鳴を上げそうになるが、今の逆上して正常な思考を出来ない男の腕の中で叫べば何をされるか分からない不安から悲鳴を押し殺し続ける。


 「(ぐっ…本当に不味い!!)」


 愛理の頬に切っ先を突き付けている状況に思わず加江須は声を出して警告を入れそうになるが、愛理同様にここで下手に声を出せばより一層刺激しかねない恐怖から黙り込んで様子を窺う事しか出来なかった。


 加江須と愛理の内心など察せず、当のストーカー本人は大声で醜い声で叫ぶ。


 「なに二人して黙り込んでんだよぉ!! オレとはもう話す気も失せましたってかぁ!?」


 「(テメーに声を掛けたらかえって危険だから黙ってるんだよボケナスが…)」

 

 心中で毒づく加江須であったが、厳密にいえば心で毒を吐く事しか出来ないのだ。

 目の前の男が自分に襲い掛かって来ていればハッキリ言って拳銃を突き付けられていても余裕で対処できていた。常人離れした身体能力とゲダツとの戦いで身に着いた実戦経験から一般人相手に負ける事などない自信は十分にある。だが今狙われているのはか弱い友人、転生者である加江須とは違う普通の少女なのだ。


 「(くそ…どうしたらいい…?)」


 加江須が頭の中でどう対処すべきか延々と悩んでいると、痺れを切らした男は今までで一番の声量で加江須へ罵りながら言葉をぶつけて来た。


 「おい何黙ってんだよこのクソガキ!! この腐れ天使を守りたいんだろ!? なら降伏のポーズの1つでも取りやがれってんだ!!」


 そう言いながら男は無意識のうちに愛理の首を挟んでいる腕に籠めている力をドンドンと増していき、首が締め付けられている愛理が苦し気に呻き声を出し始める。


 愛理の表情がドンドン苦しみに彩られる様子を見て加江須は今まで閉ざしていた口を開いて男を説得しようとする。


 「おい頼むから落ち着けよ! 愛理の首がドンドン締まっている。このままじゃ窒息してしまうぞ!!」


 「うるせぇ、ソレがどうしたってんだぁ!!」


 加江須は目の前のストーカーは自分に対して殺意を持ってはいるが、愛理に対してはまだ歪んでいるとは言え愛情が向けられていると思い彼女が苦しんでいる事を訴えるが、男はそれがどうしたと言わんばかりに獣のごとく吠えた。


 「ごちゃごちゃとうるせぇ!! こんな人の顔も憶えられねぇクソアマなんざもうどうでも良いんだよ!! それよりも今までオレ様を忘れていたこの女が憎くすらなって来たぜ!!」


 「(オイオイオイなんだそりゃ!?)」


 数分前まで愛理の事を天使と比喩すらしていたにもかかわらず、今はもう彼女の事をクソアマだと罵っている。その認識の豹変のしように次の言葉が浮かび上がってこない加江須。ここで愛理を解放するように言っても目の前の男はその要求を呑みはしない。いや、それどころか自分の不用意な一言が切っ掛けで見境すらなくなって愛理の命に手を出しかねない。


 半ば錯乱状態の男は手にした腕だけでなく、愛理の頬に押し当てている包丁にも力を少しずつ籠めて行き彼女の頬から小さく血の玉が出来始める。


 「お前ッ!!」


 彼女の頬から血が零れたところでもう加江須は我慢の限界であった。今まで転生者である事を隠していたかったが彼女の命の方を優先して加江須は転生者としてのスペックを存分に発揮した。


 加江須の立っていた足場から爆発音が鳴り響き、男がまばたきをした時には既に目の前まで距離を詰めていた加江須が立っていた。


 「え…?」


 普通の人間にはまるで瞬間移動したかのように見えたその動きに男の口から間の抜けた一言が漏れる。

 男が呆気に取られている隙に加江須は包丁を持っていたその腕を掴み、愛理の頬から包丁を離してそのまま男の腕をへし折った。


 「ぐぎゃあッ!?」


 ボギッという音と共に男の口から短い悲鳴が漏れる。

 痛みで目をつぶっている隙に愛理の首を挟んでいる男の二の腕から彼女を引き抜いた。


 「寝てろよクソ野郎がッ!!」


 そして男の顔面に強烈な正拳突きの要領で拳を叩きこんでやる。

 殴られた男は前歯や他の数本の歯が砕け、そのまま鼻血を吹き出しながらゴロゴロと転がって行った。


 「……あっ、ヤバい!!」


 男を殴り飛ばした加江須は数瞬の後に我に返った。愛理を助けるためとはいえ、思わず大きな力を籠めて素人を殴り飛ばした事に焦り慌てて男の傍まで近寄り安否を確認する。


 「……」


 ゴクリと唾を呑み込みながら覗き込んで男の安否を確認する加江須。

 鼻は曲がり歯は砕けているが気を失っているだけの様で絶命したわけでなく、安堵のあまり肩の力が一気に抜けた。


 「ふぅ…俺までコイツと同じ人殺しになりたくはねぇからな」


 そう言うと加江須は解放された愛理の傍まで近寄り彼女を気遣う。

 

 「大丈夫か愛理? 頬から少し血が――」


 加江須が包丁の切っ先で突つかれて微かに出血している彼女の頬の触れようとするが、伸ばした手が頬に触れる前に愛理は加江須の胸へと飛び込んで来た。


 「お、おい…」


 突然抱き着かれて少し慌てるが、胸に顔を押し付けている愛理は大きな声で泣きじゃくり始めたのだ。


 「うわあああああああッ!! 怖かった!! うぐっ、こわかったぁ!!!」


 今まで恐怖を飲み込み声を出す事を堪えていた彼女は安全になり溜めこんでいた感情を全て吐き出した。いつも見せる陽気な性格とは裏腹の今にも壊れそうな程の弱弱しい表情を曝け出し、加江須の胸に涙のシミをドンドンと広げて行く。


 「うぐっ…ひっくっ…うえぇぇぇん…うぅ……」


 「…大丈夫だ、もう終わったからな」


 いきなり抱き着かれてどうしたものかと思っていたが、何とか泣きじゃくる彼女をあやす様に頭を撫でてあげる。

 

 それからしばらくの間、加江須の胸に顔を押し付けながら愛理の鳴き声が公園内へと響き続けたのだった。




 ◆◆◆




 ストーカー男を成敗したその後に加江須はすぐさま警察へと連絡をした。愛理の後をずっとつけていた事はもちろん、男が自ら口を滑らせた殺人の事もありこのまま二人で帰るわけにもいかなかった。

 連絡を受けて駆け付けた警官に男は無事に連行されていった。その際に男の無残な顔面を見て警察は驚いていたが事情を説明すると納得してもらえた。ただその際、加江須の事を見る警察は少し恐ろしい子だと小声で言っていたが加江須の耳にはちゃんと届いており思わず苦笑してしまった。


 警官が男を連れて行ったその後、公園には加江須と愛理の二人だけとなった。

 二人はベンチに座りながらしばし無言であったが、その空気に耐え切れなかった加江須は場を湧かせようと彼女に話し掛けた。


 「まあこれでお前もストーカーに悩まされることも無いだろう。殺人に関しては警察の仕事だから俺らが考える事でもないしな」


 「うん…そうだね…」


 加江須の言葉に短く返事を返す愛理。少し覇気の無い声色を出す彼女であったが、それも無理もない事だろう。何しろ今しがたあのストーカーに人質にされ、下手をしたら殺されていた可能性だってあるのだから……。


 「(いつも通りに元気に振舞えって方が無茶だろうからな)」


 そんな事を考えていた加江須であったが彼女の口数が少ないのは先程のストーカー男の事が原因ではない。もちろん人質にされた事も覇気のない原因の1つではあるが彼女はその事以上に気になっている事があるのだ。


 「…ねえ加江須君」


 「ん…?」


 隣で俯きながらも声を掛けて来た愛理に顔を向ける。彼女は地面を見つめながら先程の加江須の見せた出鱈目な動きについて質問をし始める。


 「さっきあのストーカーを吹き飛ばす時に一瞬で距離を詰めていたけど…あれは…?」


 「え、な、何の事だ?」


 加江須は誤魔化そうとするが一瞬だけどもってしまう。

 隣で俯きながらも愛理は加江須のその同様を決して見逃しはしなかった。


 「まるで瞬間移動の様に一瞬であの男の前に現れていたけど…どう見ても人間の出せる速度とは思えないんだけど……」


 「いや…あの時にお前は人質にされて周りを良く見ていなかったんじゃないか? それか無意識にまばたきでもしたか…」


 「……」


 加江須は笑いながら何とか誤魔化し通そうとするが、今まで地面に視線を落としていた愛理は顔を上げると加江須の顔を真剣な眼で見つめながら首を横に振って彼の言っている事を否定する。


 「私はあの時まばたきなんてしていない。首を二の腕で締め付けられて苦しかったけど私は見たよ。あなたが一瞬で私の前まで移動をしたその光景を」


 そう言うと彼女は少し距離を詰め加江須の目を見つめて改めて尋ねる。


 「前から薄々と思っていたんだ。加江須君って私の様な普通の高校生にしては身体能力が良すぎやしないかなぁって…そして今の異常な速度での動き…」


 「いや、だからな…」


 何とか言い逃れようとするがまるで聞く耳を持たず鼻先が触れる程に愛理は更に顔を近づけ、そして加江須の瞳を覗きながらもう一度彼に対して尋ねた。


 「加江須君…あなたは何者なの?」




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