願いは何ですか?
仁乃へと案内されて洋理を休めていた物置まで辿り着いた3人であったが、目的の場所へとたどり着くと仁乃は神妙な顔つきで視界に入った物置の戸を見て言った。
「…どういう事なの?」
あの時、自分と氷蓮はこの物置の中に洋理を匿ったはずだ。
だが3人が目にした光景は扉が開かれており、そしてもぬけの殻となった無人の物置であった。
「なあ、ここにあの不良を匿っていたんだよな?」
加江須が確認の為にと二人へそう尋ねると、間違いないと二人とも首を縦に振って肯定の意を示す。
「…俺たちが戦っている最中に目が覚めて独りで逃げたんじゃないのか?」
扉が開かれているという事や無人である事から単純に独りでこの廃校を出たのではないかと思う加江須であったが、そんな彼の考えに対して二人はそれぞれ否定的な言葉を出した。
「いや…どうかしら。見たところ相当な傷を負っていたわ。そんな状態で……」
「ああ、それに片脚も折れて全身もズタボロ…もし逃げたとしても独りでそう遠くまで移動できるとは思えねぇ…」
「じゃあ……その不良はどこへ?」
「「………」」
加江須のその疑問に対して仁乃も氷蓮も答えを出す事は出来ない。何故ならソレは二人だって訊きたい事なのだから……。
その後、3人は周辺を捜索するが洋理の姿はどこにも見当たらなかった。
「もう諦めねぇか…?」
3人の中で最初に音を上げたのは氷蓮であった。
正直、彼女個人としては見知らぬ不良の行方にはさほど興味も無く、手掛かりすら見つからずこれ以上は捜しても無駄だと判断したのだ。
それに対して加江須は少し言い淀みながらもう少し捜さないかと氷蓮に相談する。
「あと少し…あと少しだけ捜してみないか氷蓮? その…もしかしたら何か手掛かりの1つ位は見当たるかもしれないだろ?」
「数十分前も言っていたなそのセリフ…」
「……」
氷蓮がそう言うと加江須はその場で俯いてしまった。
そう、少し前にも氷蓮はもう引き上げないかと言っていたのだ。しかし加江須があと数分だけと頼み込み仕方なく洋理の捜索に付き合っていてのだ。しかし当初の約束の時間を過ぎても加江須は未だに洋理を探そうと言いさすがにげんなりする氷蓮。
そして氷蓮の様に面倒だと感じたわけではないが、ここで彼女に賛同するかのように仁乃も加江須に言った。
「加江須、これだけ捜索しても何も有力な情報はナシ。正直、これ以上は……」
氷蓮に続いて仁乃にまでそう言われ流石に黙ってしまう加江須。
本音を言うのであれば加江須だって二人の言う通りこれ以上は無駄だろうなぁと考えているのだ。長時間の捜索の結果有益な情報の収穫もなく、この廃校にこれ以上とどまっても無為に時間を浪費するだけであると分かっているのだ。
「あんたの気持ちはわかるけどここまでにしましょう」
仁乃がそう言うと加江須はそっと頷いた。
「ああ、そうだな。あの不良がどうしたのかは気になるがこれだけ探しても――」
――加江須が仁乃に言葉を返している最中、彼の姿が突然消えた。
「…え?」
「…あ?」
仁乃と氷蓮の二人から間抜けな声が揃って零れ落ちた。
今の今まで目の前に確かに居た加江須が突然、まるで煙の様に二人の視界から消えてしまい、二人の少女はその場で固まってしまう。
しばし呆然としていた二人であったが、最初にハッとなり我に返った仁乃が慌てふためきながら加江須の名前を叫ぶ。
「ちょっと加江須!! ど、どこよ!? どこに行ったのよ!?」
仁乃が周囲を見回しても加江須の姿は居らず、遅れて正気を取り戻した氷蓮も加江須の名を叫んで彼を呼んだ。
「おいおいおい加江須!! どこ行っちまったんだよ!?」
やっとあの長い戦いを終えて全てが集約したにも関わらず、3人揃って生き残れたにも関わらずそれを認めぬかのように加江須が消え、二人は消えた少年の名を必死の形相で叫んでいた。
◆◆◆
まるで煙の様に消えた加江須、彼は気が付いた時には一面が白一色の世界へとやって来ていた。
周囲がまるで別の世界へとすげ変わった加江須は一瞬戸惑ってしまったが、その戸惑いの感情は刹那の事であった。
何故なら自分は〝この場所〟を良く知っているからだ。
「またこの〝転生の間〟にやってくるなんてな…」
その呟きの後に自分の背後に気配を感じ取る。
「はは、こんな所まで同じとは…」
初めてこの空間へとやって来た時も視界に入る光景に呆気にとられた後、背後から今と同じく気配を感じて慌てたものだ。だが、転生戦士としてそれなりに戦いを通して来た加江須は以前とは違い落ち着きを持ってゆっくりと後ろを見た。
「久しぶりだな…イザナミ…」
加江須の背後に居たのは自分を転生させた女神、イザナミがそこには立っていた。
「お、お久しぶりです加江須さん」
加江須に声を掛けられおずおずと頭を下げながら挨拶を返すイザナミ。
その佇まいを見て加江須は思わず苦笑しそうになってしまう。戦いの中で自信が付いている自分と違い、神であるにも関わらずまるでか弱い人間の少女の様な自信なさげな表情、彼女は相変わらず弱気な神様の様だ。
まあそこはいいだろう。今はどうして彼女が自分をこの空間に引き込んだのかを問うのが先だ。
「それでイザナミ、どうして俺をまたこの空間に?」
「あのあのあの、急に呼び出したりしてごめんなさい! そ、その、加江須さんにここに来てもらったのはですね…その…」
相も変わらず独りでに謝罪を行うその姿を見て小さく苦笑してしまう加江須。
加江須が何やら笑った事で、イザナミは少し驚いたような表情をして加江須の顔を見た。
「か、加江須さん…なんだか少し変わりましたか?」
「え…?」
「い、いえ…以前と少し違うかなぁって…」
イザナミにそう言われても何のことだと思ったが、ここに初めて来たときは酷い失恋直後で少しやさぐれていたのでイザナミには加江須の性格が少し変わったように映ったのだ。
「別に俺は何も変わってはないぞ? それよりいきなりまた此処に呼んだ訳を教えてくれないか?」
「あ、はい。その…実は加江須さん、貴方は転生戦士として一定の成果を収めました。その為、転生戦士となる前に言っていた契約通り貴方の願いを1つ叶えるために呼んだのです」
イザナミが自分をこの空間に呼んだ理由を述べると、加江須は少し納得がいってないのか軽く挙手しながら彼女へ質問をする。
「いくら何でも急じゃないか? 俺が転生してから戦ったゲダツの数は二桁もないぞ。今俺と一緒に行動を共にしている転生者がいるんだがその娘は俺以上にゲダツを討伐して来たぞ?」
自分と共にチームを組んだ氷蓮は間違いなく自分以上にゲダツと戦い、その討伐数も上回っているはずだ。そんな彼女を差し置いて自分が先に願いを叶える権利を授与されるのは少し違和感を感じる。
不思議がる加江須に対し、イザナミは最初に話していた願いを叶える権利を授けられる条件に付いて改めて繰り返す。
「願いを叶える条件は功績を残す事です。討伐したゲダツの危険度によって得られる功績は大きく異なります。そして今回加江須さんはここにやって来る直前に大勢の人間を喰らった大きな力を持つゲダツを討伐しました。それが決め手です」
イザナミにそう言われて頭に浮かんだのは今日、つい先程に廃校で戦ったあのゲダツ女。1つの大きな学園を廃校にしてしまう程の被害を世界に出した危険で強力なゲダツを倒したため、今回加江須は願いを叶える権利を獲得できたのだ。
「…だが、あのゲダツ女を仕留めたのは俺だが戦っていたのは俺を含め3人だ。他の二人はどうなるんだ?」
加江須が訊くとイザナミが更に追加で加江須が選ばれた理由を述べる。
「ゲダツを討伐した際、その戦闘で誰がどれだけその戦いの中で貢献したかが分かるようになっているんです。今回の大型ゲダツの討伐には加江須さんが一番の貢献者だったので与えられたポイントが大きかったんです。勿論、加江須さん以外にも戦っていたお二人の転生者の方にも加江須さんよりは低いですが多少はポイントが入っています」
「何かまた新たな情報が出て来たな…。ポイント制なのか?」
どうやらイザナミの話では戦闘に参加して活躍した分だけ願いを叶える為に必要なポイントが入るようだ。てっきりゲダツに止めを刺したらその人物一人の手柄になるのかと思っていたが…。
「いや…それよりアンタに遭えたのは丁度良かった。俺がついさっき倒したゲダツ、アレは一体何だ?」
転生前にゲダツについては色々と聞いていたが、廃校で戦ったあのゲダツ女は余りにも異質すぎた。
ゲダツは普通の人間には見えないと聞いていたがあの女は一般人にもその姿を認識され、さらに人間と同じような出で立ち、曝け出されていた気配はゲダツのモノであったが一見すると姿形は人間そのものであった。
加江須の質問に対し、イザナミは再び表情を曇らせた。
「ご、ごめんなさい。ゲダツが討伐された後、そのゲダツの情報が私達神々にも伝達されるんですけど…その…加江須さんが今回討伐したゲダツは私も初めて見たタイプでした。今までのセオリーを無視したゲダツ…お、恐らくは〝亜種〟だったのではないかと…」
イザナミは満足な答えを返す事が出来ずに困り顔で頭を下げ、自分にもあのゲダツ女は初めて見たパターンであったと言った。
今までに見た事が無いタイプのゲダツであったが、どうやらイザナミも初めて見たタイプであったようだ。
「あ、あの加江須さん。そ、それで先ほども言いましたが貴方は転生戦士として一定の成果を収めたと判断されました。それ故に訊きます――貴方の願いは何ですか?」
イザナミは小さく咳払いをした後、いつも見せていた弱気な雰囲気を消し真面目な顔で加江須に願いを尋ねる。
「俺は…俺の願いは……」
その質問に対し、加江須の出した願い事は……。




