廃校での戦闘 ようやくの決着。そして……
加江須達がゲダツと戦闘をしている最中、全身を痛めつけられた不良青年の洋理は物置の中で横になっていた。
氷蓮に横にされてからしばらくした後、今まで眠っていた彼は意識を取り戻した。
「ん…ここは…?」
重たい瞼をゆっくりと持ち上げ、それと同じように体も持ち上げて起き上がろうとする洋理であったが――
「がぐっ!? い…いてぇ…」
上半身を起こしたと同時に全身から強烈な痛みが襲い掛かって来て苦痛混じりのうめき声を漏らす。
痛みの発生源を見ようとしても体中のあちこちが痛いのだが、それでも一番痛みを感じた部分に目を向ける洋理。
「お…俺の脚…」
一番痛みを感じた左脚の方に目を向けると、ボロボロに破れたズボンから覗く左脚が青紫色に変色して腫れあがっていた。その膨らんだ脚を見て意識を失う前までの出来事をようやく思い返した洋理。
「そ、そうだ。俺は確かあの化け物女に……」
思い返されるのは狼の様な化け物にまるでネズミの様に弄ばれた記憶。それを楽し気に見物していた女、そして自分以外の仲間があの女の手で皆殺しにされた事実――その中で生き残るために自分が仲間を殺した事も……。
「に、逃げねぇと…」
すべて思い出した洋理は折れた左脚を庇いながら懸命に立ち上がる。
生まれたての小鹿の様な佇まいに我ながら情けないと思ったが、片脚がへし折れている状態では思うように動けない。それに全身がズキズキと痛むので猶更である。
「ぐっ…がっ…」
1歩歩くたびに全身に激痛が走り歩く気力が萎え、本当ならこの場でもう一度横になって倒れたいと言う欲求に駆られる。しかしここでその欲に駆られてしまえば間違いなく殺される。人間はたとえどんなに苦痛をもたらされても生きたいと言う感情があれば多少の苦痛は我慢できる。
ゆっくりではあるが、1歩、また1歩と足を踏み出し物置の扉を開けた。
「そ、外…」
物置の扉を開けると同時に何故自分がそもそもこんな場所に居たのかと今更疑問を感じたが、余計な事を考えている暇はないとすぐにこの場から逃げ延びる事だけに意識を集中し直す洋理。
物置を出ると僅かな段差があり、今のこんな小さな段差を降りるだけでも左脚をはじめ至る所に痛みが響く。
その時、離れた場所から轟音が鳴り響き洋理がその場で倒れてしまう。
「ぐわっ!? い…ぐ…!!」
倒れた拍子に折れた左脚を思い切り地面にぶつけてしまいその場で脂汗を出しながら蹲る洋理。
彼が今聞いたこの轟音は、双頭の獣と化したゲダツと戦っている加江須達の戦闘音であった。
「クソッ…何で、何で俺がこんな目に遭わなきゃなんねぇんだよ…!」
そう言いながらもう一度立ち上がろうとする洋理であったが、右足で立ち上がろうとした瞬間、まるで糸の切れた人形の様に自身の体がその場で再び地に倒れた。
「あ、あれ…?」
限界を迎えていた彼の肉体は再び活動を続行する事を諦め、そのまま肉体の電源を切ってしまったのだ。そのまま彼の意識が闇の中へと沈んでいく。
「(ふ、ふざけんな。ここで眠れば今度こそあの化け物女に殺されるぞ…!)」
そう言って自らを叱責する洋理であるが、そんな彼の心の声は虚しくどんどん意識は闇の中に沈んでいった。
「(ち…畜生。死にたく…ないよ…)」
それが胸の内で最期に呟いた洋理の言葉であった。
再び瞼を閉じ、完全に意識を失った洋理は湿った地面の上でうつ伏せとなりそのまま身動きを取らなくなる。しかし彼は知らないだろうが彼を襲ったゲダツ女はこの時、離れた場所で戦っている加江須に倒されたので彼はもう襲われる事はない。このままこの場で寝ていれば加江須達が迎えに来てくれるだろう。
だが加江須がゲダツを倒したこの時、地に伏している洋理に近づく影が1つあった。
「ボロ雑巾ねこれは……」
倒れている洋理の前まで歩いてきたのは一人の女性であった。
菫色の長い髪、そして服装の色彩も髪の色と同じ物であり、そして一番異色なのは彼女の手に持っている物であった。
もう雨は上がっているにも関わらず、彼女は大きな傘を差していたのだ。
「ボロボロで惨めで汚らしい。まるで――」
――『まるでかつての自分の心の様に』
そう言うとその傘を差している女は洋理へと手を伸ばした。
◆◆◆
「これで完全に消え去れ!!」
加江須が双頭のゲダツ、その残り1つの頭を掴んでその頭を自身の炎で完全に焼き切った。
両の頭部を失ったゲダツはしばし痙攣した後に動かなくなり、そのままゲダツは光の粒となって空へと溶けて行った。
「……ふぅ」
長かった激闘に今度こそ終止符を打った事を確信できた加江須は一息つくと、そのまま全身の力を一気に抜いて仰向けで地面へと倒れ込んだ。
湿った地面の感触は少し不快であったが、それと同時に戦い通しで火照った体が少し冷やされるような感じがして心地よくも感じた。
そこへ後ろで控えていた仁乃と氷蓮も近づいてきた。
「汚れるわよ、そんな所で寝転ぶと」
「分かってるよ。でも正直今までで一番の戦いだったからな。何気に血を流したのはこの戦闘で初めてだったよ」
「そう言う割にはまだ表情は余裕そうだけど?」
仁乃は呆れた様な顔で加江須を見ながらそう言った。
この戦いの中、自分は体力の限界を迎えて一度戦線を離脱して情けなく休息を取っていた。それに隣に居る氷蓮も自分よりは戦ってはいたが最後で能力を満足に使えないほどに消耗していた。それに引き換え加江須は最後の最後まで神力をフルに活用して戦い続け、そして勝利したのだ。分かりきっていたがやはり自分や氷蓮とは転生者――転生戦士として格が違う事が改めて実感した。
「(でも…加江須の背中にこの先も隠れ続けるなんてやっぱりできない…)」
途中で戦いから離脱した仁乃は物置で休んでいた時も独りで同じことを考えていた。思い返せば自分はどこか加江須の持つ力を当てにし過ぎていた気がする。この先の戦いでも彼の力を絶対だと考え頼り切っているといつか加江須は潰れるかもしれない。そんな不安が彼女の胸中にはあったのだ。
だからこそ、あの時にあんなイメージが自分の脳裏を駆け巡ったのかもしれない。加江須がゲダツにやられて血濡れの死に体となり地面に転がっているイメージなどを……。
そんな不安を感じていると、そんな仁乃の心境とは裏腹に加江須は気の抜けた感じで仁乃と氷蓮に話しかける。
「まあ何にせよ終わったな。三人共無事だったことだし一件落着……ではないか」
確かにゲダツは無事に討伐する事は出来はしたが、この決着に至るまであのゲダツ女に何人もの青年達が食い殺されたのだ。胸を張って完全勝利だなどと宣う事は出来ないだろう。
戦闘によって一部荒れた廃校、元々廃校であるが故に荒れ果てていたが戦いでより破損した廃校を見つめながら加江須は呟く。
「あのゲダツ女、あそこにいた不良達を全員殺しやがって…。たくっ、後味の悪い勝利だぜ」
加江須がそう言って少し悔し気な顔をすると、その言葉で仁乃と氷蓮が〝ある事〟を思い出した。
「おい仁乃、あの不良Aの事を回収しねぇとよ」
「ああそうだった! 戦いに意識向けすぎていて忘れていたわ!」
そう、加江須は全員青年達があのゲダツ女に殺されたかと思っているが、実際には1人だけ生き残りが居るのだ。しかし戦闘を一人で引き受けていた加江須は当然その事は何も知らないので不思議そうな顔をして氷蓮に事情を求める。
「おい氷蓮、どういう事だ?」
加江須が彼女に顔を近づけて質問をすると、いきなり迫られた氷蓮は顔を赤くして目を逸らしながら答える。
「お、お前が戦っている最中に1人不良を俺に預けたろ。大体お前があの不良と一緒に逃げろとか言っていたろうが…」
「……ああ!! 完全に忘れていた!!」
そう、加江須は不良達が全滅したと思い込んでいたが、空き教室に飛び込んだ際に1人いたぶられてはいたが生き残りの不良が確かにいた。戦いに集中しすぎてその事が完全に頭から抜け落ちていた。
「確かにお前にあの不良と一緒に逃げるように指示していたな。いやわるいわるい、完全に頭からその事がすっぽ抜けていた」
「たくっ…しっかりしろよ」
「まあそう言うなよ、こっちも命がけの戦いで必死だったんだよ。まああの時はありがとな、大人しく従ってくれて」
そう言うと加江須は無意識に氷蓮の頭を撫でて機嫌を直してやろうとする。
「ふわっ!?」
突然加江須が自分の頭を撫でて来たので氷蓮は顔中が真っ赤になり、しかも変な声まで一緒に出て来てしまった。
「ななな、何すんだよ!? いきなり人の頭撫でやがって!!」
「あ、悪い。こーゆー事されるの嫌だったか?」
「別に嫌とは言ってねぇだろ!!」
「な、何でそこでキレてるんだよ?」
顔が赤くなっている事から怒っているのかと思う加江須であったが、彼女が何に対して怒りを感じているのか分からずに戸惑うが、実際には氷蓮は怒っているわけではない。
その事を加江須とは違い仁乃はきちんと理解しており、無言で彼の横っ腹に肘を入れてやる。
「おぶっ!? な、何をする…」
「別に…ふんっ」
「お前も何で怒ってるんだよ? 二人して…」
「怒っているのは私だけよ…」
そう言うと仁乃は傷ついた洋理を隠している物置まで案内すると言い加江須を誘導する。その後について行く加江須であるがやはりどこか様子のおかしい氷蓮が気になり、チラチラと彼女を見るがその度に氷蓮も視線を逸らして顔を背ける。
どうにも氷蓮の見せるおかしな素振りが気になり加江須は歩きながら仁乃にそっと耳打ちをする。
「なあ、マジで氷蓮のヤツはどうしたんだ? どこか体調でも悪いんじゃ…だぼぉっ!?」
最後まで加江須が言葉を連ねるよりも前に仁乃が再び肘を彼の腹部へとぶち込んだ。
「な、何故…」
「うるさい、この女誑しめ」
ふんっと鼻息を鳴らしながら物置を目指す仁乃。
何故氷蓮の事を訊いたにも関わらず仁乃から肘打ちを、それも2度も受けたのか理不尽に感じつつも3人は物置まで歩いて行くのであった。




