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廃校での戦闘 美しさを捨てた異形なる獣


 加江須は蔓延する粉塵の向こう、そこに居るゲダツ女の様子を窺って警戒を最大限にまで引き上げて構えていた。やがて視界は良好になって行き、いままで隠されていた女の姿が露わになった。


 「痛い…ああ本当に痛いわ…」


 そう言いながら姿を現した女を見て加江須は一瞬だが息を吞んだ。

 その理由は2つ、1つは彼女から放たれる濃密な悪心すら感じる気配が姿を露わにしたことでより直に叩きつけられた事。そしてもう1つは気配だけでなく女の容姿まで変化していたからである。


 女は至る所は加江須の攻撃で傷を負っており、そこからは赤い血がしみだしている。しかし加江須の目に入ったのはそんな生傷などではなかった。

 女の頭部からは獣の耳が生えており、臀部からは尻尾も生えており、口元と指先からはそれぞれどんな強靭な物でも嚙み砕き、そして引き裂く事が容易そうな凶暴な長い牙と爪が生えていたのだ。


 女は長い爪の先で自分の腕を小さくなぞりながら加江須の事を恨めしそうに見つめて口を開いた。


 「ああもう…腹が立つわねアナタ。イライラさせてくれるじゃない。そのせいでせっかく美しい人の姿が怒りのあまり元の姿に戻りかけたじゃないの…」


 彼女の頭部や臀部から生えている耳や尻尾の色合いは彼女が生み出した狼型のゲダツと同じであり、元々彼女は狼型のゲダツであった事を自身で語っていた事を思い出した。


 「…変身能力でも持っていたのかお前? それが奥の手だとでも…」


 「別に隠していた訳じゃないわ。今のこの状態は怒りがきっかけで昔の獣の姿に少し変容…いや戻るだけ、自分の意思で自由自在になれるわけじゃないわ。それにこの姿は嫌いなのよ。さっきまでの美しい姿に比べてあまりにも獣じみていて野蛮が風体にありありと曝け出されている感じがするでしょ? まあでも――」


 セリフの最中で女の姿は目の前から消え、背後から続きのセリフが聴こえて来た。


 「戦闘能力は大分上がるけどね」


 「ッ!?」


 加江須は背後から聞こえて来た女の声に対し振り返る…ではなく前方へと跳んだ。


 ――ザシュ…。


 前方に跳んだと同時に背後から聴こえて来た何やら生々しい――水の入った風船を切ったかの様な音が耳に聴こえて来た気がする。

 それと同時に背中が一瞬涼しく感じたかと思えば、その清涼後に背中に熱が発生して熱くなり始めた。


 「あら、いい反応に良い判断…。振り向いていればアナタの体を上下に半分こだったのに…」


 加江須は前方へと跳んだ後、地面に片手を付きソレを軸に1回転して女と向き合う。

 女の右手から伸びている凶悪な爪の先には何やら赤い液体が付着しており、ソレを見せびらかすかのようにペロリと女は舐める。


 「……」


 加江須は自分の背に手を当てると何やらヌルリとした嫌な感触が指先に伝わる。そのまま背中をなぞった手を見ると赤い血が鉄の様な嫌な臭いと共にこべりついていた。

 

 「チッ…」


 舌打ちをして指先に付着した血液を地面へとパッパッと振り落とそうとするが、サラサラの水とは違い固まりかけた血液は地面には落ちず指から取れなかった。


 しかし切り裂かれたとは言ってもほとんど薄皮程度の軽傷であったため致命傷には至ってはいない。背後に回り込まれたとき、声に反応して振り返っていれば女の言う通り体が二分割されていたかもしれないが、無駄な動作をせずに前へと跳んでいた為に致命的な傷を負う事は避けられたのだ。


 「(心のどこかでまだ緩みがあったのかもな…自分が優勢に戦いを進められていたから調子づきすぎてたのかもしれない…)」


 加江須が心の内で自分の甘さに対して反省をしていると、再び視界に映り込んでいた女の姿が消える。

 だが、今度は先程と違い女の動きを捉えていた加江須は右斜め後ろに火炎砲を放つ。


 「チィッ!!」


 女の爪が背中を抉るよりも速く反応して攻撃を繰り出した加江須。

 火炎砲を放たれた女は急停止して横へ跳んで炎の砲撃を回避する。そしてそのまま後方へと跳んで一旦加江須から距離を取ろうとするが……。


 「ッ!? 氷柱!?」


 後方へと跳んで距離を取った女であったが、着地と同時に真上から何やら気配を感じて上を向くと頭上からは大量の氷柱が落下してきていた。

 すぐに再び背後へと跳躍をして不意に降り注いできた氷柱を回避するが、彼女の体は空中へと飛び出したと同時に空中で停止する。何故宙で自分の体が止まったのか分からず混乱する女であったが、身体を圧迫される苦痛、そして目を凝らすと見えた身体に巻き付いているキラキラと光る物……。


 「これは…糸?」


 「ご名答、私の能力で作り出した糸よ」


 「…アナタたち……」


 自分の疑問に受け答えする声の方向へと視線を向けると、そこには仁乃と氷蓮の二人がこちらを睨んで立っていた。

 この体を締め付ける糸の出所を確認する女。確かに彼女の言う通り仁乃の手のひらは自分に向けられており、そこから糸が続いている。先程の氷柱も隣に居る氷蓮が撃ち込んだのだろう。


 「(あの坊やに気を取られ過ぎていたわ! 本当にまた戻って来るなんてね。でもこの程度の拘束で…!)」


 不意を突かれた事は認める女であったが、今の自分の力ならばこの程度の拘束を解くなど訳はない。

 力を籠めて糸を引きちぎろうとする女であったが、糸の拘束を解こうと力んだ直後に女の横頬に加江須の拳が深くめり込む。


 「ぐぽっ…!?」


 思わず口から奇妙な声を漏らしてしまう女。

 加江須に集中し過ぎたために仁乃と氷蓮の接近に気付かず不意を突かれたが、今度は逆に二人のアシストによって加江須から気がそがれてしまった。


 糸を解こうと力んでいた女であったが、加江須の拳がめり込み彼女の肉体は糸を切る前に硬直してしまう。


 つまり…身動きを封じられた状態で女は加江須の前に無防備に拘束されている事になる。そのチャンスを加江須がむざむざと逃すわけが無かった。


 「どおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」


 喉を震わせ激しい雄たけびと共に加江須は両腕に炎を宿すと目の前で縛られているゲダツ女に最大速度のラッシュを叩きこんだ。


 「がっ、ごっ、ぶぷっ!?」


 「おぉらぁッ!!!」


 ――がぎぃぃぃん!…。


 大量の拳の連打の後、トドメとばかりに引き絞って一瞬溜めた右ストレートが彼女の顎下を捕えて女の体を跳ね飛ばす。そのあまりの威力は拘束していた仁乃の糸すら引きちぎり女の体が上空へと一気に吹き飛んでいく。


 「これで最期だ…燃えて…灰と化せ!!!」


 右腕に神力を集約させた加江須は上空へと吹き飛んだ女へと目掛けて特大の火炎玉をぶっ放してやった。

 さらにそれに続くよう、離れていた仁乃と氷蓮もそれぞれが糸と氷で遠距離攻撃を仕掛け三方向からの攻撃は同時に女の体を捉え、三者の攻撃がそれぞれの角度から叩きこまれた。


 上空で三人の攻撃が着弾した直後、ダイナマイトの爆破でもしたかのような激しい轟音が鳴り響き地面をも揺らす。

 

 「ぐっ…耳が…!」


 「うるせっ…」


 仁乃と氷蓮が鳴り響く轟音に耐え切れずに思わず自分の手で耳を塞ぐ。だがそんな二人とは違い、加江須だけは未だに油断ならず上空で爆発した女の事を見続ける。


 「まだ終わってないんだろ?」


 加江須はそう言って爆破の中心地である上空へと目掛けて一気に跳躍した。


 「加江須? 何で爆心地に…」


 上空へと飛び出した加江須を見て仁乃が疑問を浮かべる。

 あれだけのラッシュを叩きこまれ、さらには自身を含めた三方向からの攻撃の直撃、あれだけやればもうあの女がやられたとしか思えない。それは氷蓮も同様であった。


 だが爆炎が晴れた直後、二人の考えが甘いと言う事を思い知らされる。


 「ゴガアアァァァァァァァァァッ!!!」


 爆炎が晴れるとそこに居たのは女ではなく、巨大な禍々しい姿のゲダツであった。この学園で戦って来た個体と似たような姿であるがそのサイズは3倍近くはあり、更に一番着目する点はそのゲダツは双頭であった事だ。


 爆炎の中から現れた異形に息をのむ仁乃と氷蓮であったが、加江須だけはその変化に戸惑わずに右腕に炎を纏い拳を放つ。

 だが加江須の拳が届くよりも先にゲダツの二つの口から青白い光が放たれた。


 「なんだ!?」


 ゲダツの二つの口から放たれた光は加江須へと向かって行き、加江須は慌てて両腕をクロスして防御の姿勢を取る。

 ゲダツの口から放たれた光線は加江須の体を直撃し、そのまま彼を一気に地上まで叩き落した。


 「だ、大丈夫加江須!?」


 ゲダツの放った光線に押され地面へと吹き飛ばされた加江須を見て仁乃が声を上げる。

 激しい激突音と落下の衝撃で湿った地面の土が周囲へと飛び散っており、仁乃が急いで加江須の元まで駆け寄ろうとする。


 ――しかし彼女が動く刹那、眩い光がこちらへと迫って来た。


 「よそ見すんなボケ!!」


 仁乃に迫ってくる光線にいち早く察知した氷蓮が彼女の前に出ると、神力を大量に含んだ氷の壁を形成してゲダツから放たれた光線をガードする。


 「ひょ、氷蓮!」


 「アイツの心配している余裕なんてねぇだろ! 俺とお前も標的にされてんだぞ!! それにアイツがこの程度でやられっかよ!!」


 ゲダツの攻撃を氷壁で防ぎつつ氷蓮は加江須の方へと目配せをする。

 仁乃が落下した地点に改めて目を向けると、そこには口元の血を拭いながら立ち上がる加江須の姿が在った。


 「よ、良かったわ。無事みたい…」


 「ああそうだな。ならあのバケモンに集中しろや!!」


 「うわっ、ちょっと!」


 そう言って氷蓮は仁乃の手を掴んで加江須の方まで一気に跳躍する。

 いきなり手を掴まれて跳んだ氷蓮に少し驚いていたが、彼女が飛んだ直後に今まで光線を防いでいた氷壁が貫通して破壊された。


 粉々に粉砕された自身の氷壁を見て空中で氷蓮は舌を打った。


 「くそ、けっこー神力練り込んで作った壁だぜ? わずかの時間で真っ向から砕きやがった…!」


 加江須の元まで着地した二人。

 地面に足を着くと同時に仁乃は加江須に駆け寄り彼の体を心配する。

 

 「あんた大丈夫? 思いっきり吹き飛ばされていたけど…」

 

 「ああ、流石にノーダメージって訳にはいかないがな。だがまだまだいける」


 そう言うと加江須は地面に降り立ったゲダツ女――異形の姿と化した大型ゲダツと向き合った。


 完全な獣型へと変貌したゲダツを見て加江須は誰に言うでもなく独り呟いた。


 「もうなりふり構わず…と言った具合だな。外見の美しさなんて捨てて勝ちに来ているぞ」


 そう言うと加江須は拳を強く握り仁乃と氷蓮より1歩前に出て二人に言った。


 「仁乃、氷蓮。あのゲダツは本当に強いぞ。一瞬たりとも気を抜くなよ」


 「「もちろんよ(だ)!!」」


 「よし…行くぞォッ!!!」


 加江須がそう叫んで前を出るとその後に続き、氷蓮と仁乃も一気に飛び出した。それに応えるかのようにゲダツの方も二つの口から雄叫びを上げると三人目掛けて一気に走って行く。


 廃れた廃校のぬかるむ校庭で転生者とゲダツ、最後の戦いが始まった……。


 


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