廃校での戦闘 不甲斐なさを感じる仁乃
加江須達が廃校の外に出ると校庭内をうろついていたゲダツが一斉に襲い掛かって来たが、それを一瞬で片付ける加江須。特に今は仁乃を守らなければという使命感に似た物を持っていたため、いつも以上の瞬殺ぶりを見せる彼に二人はリアクションを取る暇すらなかった。
外は来た時同様に景色も悪く、しかも今は小雨が降っているので近くの物置まで移動しその屋根の下に身を置く仁乃。
「…よし、この校庭にはもうゲダツの気配は感じない。とりあえずここは大丈夫だろう」
加江須はそう言うと仁乃の肩に手を置いて彼女を気遣う素振りを見せる。
「しばらくここで休んでいてくれ。俺はもう一度校内に入ってあの女を倒してくる」
加江須がそう言って二人に踵を返して廃校内へと戻って行こうとするが、その背中に氷蓮が少し慌てて声を掛ける。
「てっ、おいおいおい! なにお前独りで行こうとしてんだこコラッ!! 俺も行くぞ!!」
さらっと独りで行こうとする加江須を引き留めようとする氷蓮。
慌てて自分の後ろへと付いてくる氷蓮に顔だけ振り返りながら加江須が言ってくる。
「別にお前も休んでいていいんだぞ。仁乃ほどではないとは言え正直そこそこキツくなってきてるんだろ?」
「バカ、見くびんじゃねぇぜ。まだまだ余裕なんだよ」
そう言うと加江須の事を追い抜き前をズンズンと歩いて行く氷蓮。
そんな彼女をヤレヤレと思いながら、加江須は校庭で待機する事になった仁乃に手を上げて彼女へと声掛けをする。
「じゃあ俺と氷蓮はもう一度廃校内に戻ってあの女を仕留める! お前はそこで大人しくしていろよ!」
そう言うと二人は玄関をくぐり、そのまま再び廃校の内部へと姿を消していった。
そんな二人の後ろ姿を見つめながら仁乃は溜息をついて物置に背を預け、そのままその場に座り込む。屋根のお陰で濡れてはいないが土で少し下が汚れると一瞬思ったが、すぐに気にしないことにした。
「はあ…」
地面に手を置き、土を抉ってソレを前に力なく放り投げる。
パラパラと撒き散らされ雨に混じる土を見つめながらもう一度大きくため息を吐き、そのまま体育座りをしながら力なく地面を見つめる。
「なっさけないなぁ私…何が先輩よ…」
初めて加江須と出会った時は自分が前に立って彼を導こうなどと思いあがっていたが、今は三人の中で一番最初にリタイアだ。加江須だけならまだしも、あのいけ好かない氷蓮にまで肩を貸されてしまえば流石に今の自分の現状について色々と考えてしまう。
「今のままじゃ駄目ね。もっと…もっと強くならないと……」
そう言うと彼女は地面を小さく殴りつける。
ザラザラとした感触と地面の冷たさとは裏腹に、彼女の心には熱く強い感情が芽生え始めていた。
仁乃を物置の陰にまで運んだ後、すぐに廃校の中へと戻って来た加江須と氷蓮。
相も変わらず廃校の中からはいくつものゲダツの気配が感じ取れ、校内に入ると嫌でも気が引き締め直さる加江須。しかし気になるのはゲダツの気配が一点に集中している事だ。
「ゲダツの気配が上の方に集中している…。どこかの空き部屋にでも集まっているのかもな…」
「何か気になんなそれ。何で一つの場所に集まってんだ?」
氷蓮が加江須にそう質問するが彼に聞いても分かるはずもない。当然のごとくその質問に対して加江須は首を横に振って分からないと告げる。
「とにかく上へ登ろう。2階…いやもしかしたら3階かもな。どのみち気配は一点に集約されているんだ。そこに行けばあのゲダツ女も居るはずだ」
そう言うと二人は上の階へと続く階段を上り始めるのであった。
◆◆◆
加江須が気配を感じたと言った場所は3階の空き教室であり、そこにはゲダツ女と彼女が能力で生み出した狼の様なゲダツが集まっていた。
その教室の中央では少年が1人、ボロ雑巾の様な姿で横たわっていた。
服はボロボロに切り刻まれ、そこから露出している肌も切り裂かれたような跡と共に赤い血がドクドクと流れている。さらには左脚が不自然な方向へと曲がっていた。
「ぐふっ……」
口から小さな血の塊を吐き出す少年、洋理。
彼は命令通り時間以内に自分の仲間をゲダツに食い殺させた。その後、ゲダツ女にこの3階の空き教室まで連れられたのだ。
ゲダツ女との約束では彼は彼女の命令通りに時間内に友人を殺したので助けてもらえる条件だったのだ。だが、この空き教室に連れられると同時に女は複数のゲダツを生み出した。
そして……洋理に向かって笑顔で言ったのだ。
――『それじゃあ次のゲームを始めましょうか』
女の言葉を聞いて洋理は意味が分からず首を傾げる。
そんな彼の事などお構いなしに女は腹から複数体のゲダツを生み出し続けて言葉をつづる。
――『今からこの子達がアナタを弄ぶから10分生き残れたら助けてあげる』
本当に…本当に目の前の女が何を言っているのか分からない。
命令通りにすれば助けてくれると言ったからこそ仲間を殺したにもかかわらず、あまりにもあっさりと約束を反故されて流石に洋理も不満をぶつける。
しかし必死の形相で叫ぶ洋理をケラケラと笑いながら女はゲダツ達をけしかける。
そこから地獄が始まった……。
「ぐっ…が…」
何とか立ち上がろうとする洋理であるが、へし折られた左脚が思うように動かない。それでも必死になって残った右脚と両腕に全力を籠めてゆっくりと震えながら起き上がろうとする。
だが時間をかけてようやく立ち上がったかと思えば――
――ドゴォッ!
「ごぶばっ!?」
彼を取り囲んでいたゲダツの1匹が洋理の体を横薙ぎに吹き飛ばした。
強靭な獣の脚と、そこから出ている凶悪な爪が彼の肉体をさらに傷付ける。
ゴロゴロと体を転がし血をばら撒いて吹き飛ばされた洋理は女の前で止まり、その死に体の彼を見て女はクスクスと笑う。
「あらあら、あと少しで10分よ? 最後の根性を見せなさいな」
「ぐ…ぎ…。な、なにがあと少しだ。さっきから…さっきから同じこと言ってるじゃないかよ…」
洋理が傷と血に塗れた身体を血に伏せたまま、顔だけを上げて女を恨めしそうに睨みつける。
彼女はあと少しで10分などと言っているが実際にはもう10分など過ぎている。しかしソレを言ったところで彼女は言うのだ。
「まだ10分経ったとはアナタに言えないんじゃないの? だってこの部屋には時計は無いしアナタも時間を計る物も持ち合わせていないでしょう?」
「畜生……このクソ女め……」
「ふふ…この状況でも強気になれるなんて……本当に可愛いわね♡」
女は自分の指を舐めながら妖艶な雰囲気を醸し出して洋理をあざ笑う。
彼女は意地になっている洋理を小さな子供の様で可愛いと思っているが、しかし洋理は今の状況、半ば生き残る事を諦めかけていた。そもそも約束通り友人達の命を犠牲にしたにもかかわらずこのような次のゲームをやらされているのだ。仮に10分で解放されたとしてもまた新しいゲームを無理強いさせられることだ。
「こ、殺すなら…ぐはっ…殺すなら早く殺せよ…」
「あらいいの? もしかしたら助かるかもしれないのに?」
「けっ…真顔でいけしゃあしゃあと言うんじゃねぇ…。このブタ女が…」
「…あらひどい」
若干だが声が低くなる女。
今の彼の最期の言葉が気に障ったのか彼女の笑みの質も変わる。今までは自分の分裂体に弄ばれる彼を楽しそうに見て嗤っていたが、今の笑みからは僅かに苛立ちも見て取れた。
「じゃあアナタが殺してほしいと言うのであれば臨み通りにしてあげるわ」
そう言うと女はゲダツの1匹に目配せをすると、その個体がゆっくり近づき大口を開けて洋理を食い殺そうとする。
「出来る限り時間をかけて咀嚼しなきゃダメよ。1秒でも苦痛を伴って死んでもらった方が気分が良いの」
その言葉にまるで答える様、口を開けながらゲダツは首を一度上下に振った。そしてそのまま洋理を命令通り時間をかけてかみ砕こうとするが……。
――ゲダツの牙が洋理の体に触れる直前、空き教室の扉がぶち破られた。
「見つけたぜゲダツ女…」
「あら、彼で遊ぶのに夢中で近づいているのに気付かなかったわ」
ぶち破られたドアの向こうには、ドアを蹴りやぶった体制で脚を突き出して立っている加江須とその後ろには氷を腕に纏わせた氷蓮が立っていた。
「……危機一髪だったみたいだな」
狼型のゲダツに囲まれて瀕死の洋理を見て加江須が拳を握る。
視界に入ったこの状況、加江須はあそこで倒れている青年が弄ばれていた事を言われずとも察した。
その気になれば一般人など簡単に殺せるはずだ。にもかかわらずああして血濡れで倒れているという事はあのゲダツ女の悪趣味だろう。
「お前はやっぱりゲダツだよ。見てくれは人間でも中身は悪感情でぎっしりしている…」
「あらあら言ってくれるわね。でも否定はしないわ。人の苦しみもがく様を見ている時が一番心が和むからねぇ」
「ちっ、クソヤローが…」
クスクスと笑う女を見て氷蓮がぺっと廊下の床に唾を吐く。
別段あそこで倒れている青年が心配という訳ではないが、人を痛めつける事に快感を感じるその趣向を好ましく思う訳ではない。加江須の言う通り優し気な顔をしているがそれは偽りの仮面、その本性は悪感情から生まれたゲダツで間違いない。
そんな事を考えていると、ゲダツの1体が洋理に近づけていた口を開きそのまま彼を食い殺そうとする。
「ちっ!!」
急いで氷柱を飛ばそうとする氷蓮だが、彼女が標準を合わせた時には既に加江須がゲダツの隣へと移動しており、振りかぶった彼の拳がゲダツの体を横から貫いた。
「ふっ!!」
小さく息を吐くと同時、加江須は腕から炎を放って貫いているゲダツを一瞬で丸焦げにする。そして腕にゲダツを突き刺したまま、加江須は女の方を見た。
「次はお前がこうなる番だ。言っておくがお前の本性は理解している。容赦や情けは……ない……」
「…ふふ、いいわね。そう言う冷めた男の顔、ゾクゾクするわ♡」
次の瞬間、加江須とゲダツ女は同時に前に出て拳をぶつけ合う。
――両者の拳がぶつかった瞬間、その衝撃は空き教室全体に響き渡った。




