廃校での戦闘 生き残るために差し出す命
加江須達が2階へと上がると、下の階で感じていた通りに大量のゲダツが襲い掛かって来ていた。1対1体の戦闘力は低いのだが何分数が多く厄介であった。
「燃え尽きろ!!」
加江須が放った火炎砲が廊下上に居た約10体近くのゲダツを纏めて薙ぎ払い、ひとまず視界に映るゲダツを排除し終わった。
「…キリがねーな…」
氷蓮が自分の凍らせた足元のゲダツを粉々に蹴り砕きながら疲れた様に溜息を吐いた。
もうかれこれ三人合わせて倒したゲダツの数は20近くになる。これまで彼らにとってはゲダツとの戦闘は一度に1体が基本であったため、こう息つく暇もない程の連戦は初めてであった。
「はあ…はあ…」
ここに来てから能力をもう随分と使用し続け仁乃は苦しそうに呼吸しながら額の汗を拭っていた。
その様子を見て氷蓮が茶々を入れて来る。
「何だよ仁乃、お前もうへばってしまったのかよ?」
「う、うるさいわね。まだ戦えるわよ…」
実戦経験の違いからか、氷蓮は消耗してはいたが仁乃よりは体力が余っておりまだまだ表情には余裕を感じられた。
「しかし…一番転生して日が浅いお前が何で一番涼しい顔をしてんだよ?」
仁乃の隣では汗すら掻いていない加江須を見ながら氷蓮が呆れる。
自分以上にまだまだ余裕を感じる彼は頼りになるのだが、同時に本当に同じ転生者かどうか疑ってしまう。
「あれだけ炎をぶっ放しておきながらよくもまぁ未だにそんな涼し気な顔を出来るよな。いや、まあ頼もしくはあるんだけどよ……」
「何か嫌な言い方だな…」
少し拗ねながら加江須は廃校内の気配を探索しており、察知したゲダツの位置を把握すると小さく舌を打った。
「どうした、不機嫌そうに舌打ちしてよ?」
「気配が上と下に分かれている。上下から感じる力の大きさはほとんど同じ…これじゃ上の階と下の階、どちらにあの女が息を潜めているのやら…」
ゲダツが手に入れた分裂体を作り出す力、元々は自分たちと同じ転生者の能力らしいがかなり厄介な能力である。しかもあの女は大量にゲダツ擬きを生み出しておりながら対峙した時は疲弊した様子は無かった。恐らくだが自分たちの様に能力を使っても体力の消耗がほとんどないのかもしれない。
「(しかしゲダツの生態があの女の存在のおかげでこんがらがって来た…)」
転生前にイザナミから話を聞いた時はただ普通の人間には見えない異形の存在と認識していたが、今相手をしているゲダツは人の形をし、感情も表情に出し口も利く。挙句には転生者を喰らってその能力を手にまでしている。
「(こういう時、イザナミとコンタクトが取れれば何かわかるのかもしれないが…)」
残念ながらこちらから向こうにメッセージを送信する方法が皆無…いや1つあるがソレは功績を収め願いを叶えてもらえる場を作り出さなければならない。都合よく彼女と連絡を取る方法は今のところないと言っていいだろう。
加江須がそんな事を考えて黙り込んでいると、呼吸が荒い仁乃が加江須の隣に立ってこの後の行動について質問する。
「それで…上の階に上る? それとも下に行く?」
仁乃が僅かに乱れた呼吸音を挟みながら加江須に聞くが、加江須は今の疲労が大きい仁乃を見て少し不安に駆られる。
「仁乃…お前本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。はあ…はあ…」
そう言って額を拭う仕草を見せる仁乃であるが、そんな火照っている彼女の肌に氷蓮が氷の塊を押し付けた。
「ひゃん!? ちょ、ちょっと何をするのよ!? 冷たいじゃない!!」
突然氷を押し付けられて反射的に変な声を出してしまう仁乃。
彼女は氷蓮を睨みつけて抗議を飛ばすが、それに対して氷蓮は腰に手を当てて呆れ顔をする。
「そんなハアハア言っている奴連れて歩いても足手まといになるだろうが。お前はいったん下がってろよ。窓から見たが校庭にも何匹かゲダツが居たがそれさえ倒せばがら空きになる。あの程度の狼擬き数体なら今のお前でも倒せんだろ。ソレが終わった後に校庭で待機してろよ」
「ふ、ふざけんじゃないわよ!! 言うに事欠いて足手まとい? 私はまだ戦えるわ!!」
氷蓮の侮辱とも取れる発言は仁乃の転生者としてのプライドを傷つけ、いつも以上に苛立ちを表情に乗せながら氷蓮へと食って掛かる。
しかし彼女の表情は真剣そのもの、いつもの様なおちゃらけた様子を見せずに尚も言った。
「お前ひとりの問題なら別にお前がどう動こうが構やしねーよ。でもな…今の俺らはチームで動いてんだぜ。お前がいざという時に足を引っ張ったら俺や加江須の身もアブねーんだよ」
氷蓮の言い分を聞いて仁乃はうっと言葉に詰まってしまう。
口をつぐんでしまった仁乃に対して氷蓮は尚も続けて言葉を並べる。
「もしお前があのゲダツ女と出くわして戦闘になって危険にさらされりゃ間違いなく加江須のヤツが飛び込んで庇うだろうぜ。そうなったらお前正気でいられんのかよ? コイツが負傷したら戦力も大幅にダウンすんだから俺としても困んだよ」
氷蓮の言い分に対して仁乃は何も反論する事は出来なかった。
彼女の言う通り、もしそのような事態になれば加江須は自分の身を盾にして庇いに来るだろう。そう言う男だという事は氷蓮などに言われずとも十分に理解している。
それに、強がってはいるが正直体力も相当低下している。悔しさから大丈夫などと無責任な事を言ってはいるが冷静に考えれば氷蓮の言う通り自分は今の状況では足手まといなのだ。
「仁乃、意地を張らずに少し休め。別にお前が気負う必要は無いんだぞ」
彼女を気遣うよう、出来る限り優しい声色で彼女の体を支えてあげる加江須。
そんな彼の優しさに触れて熱くなっていた仁乃の心は落ち着きを取り戻し、力なく頭を軽く下げながら頷いた。
「分かったわよ。悔しいけど…氷蓮やあんたと違って動きもさっきから鈍くなり始めてるのを自分でも感じていた。二人の足を引っ張るくらいなら黙って下がっておくわ」
「全然黙っては無かったけどな」
「うるさいわね…」
「はいはい、余計な茶々は入れるな氷蓮。とは言え…」
改めて校内の気配を探るとやはり上と下、上下の階からゲダツの気配は感じる。その中の1つは恐らくあのゲダツ女の物のはずだ。だとすれば校庭まで仁乃1人を行かせるわけにはいかない。
「一度学園を出て仁乃を廃校までガードしてやるぞ氷蓮。仁乃ひとりを歩かせてあのゲダツ女に出くわしたら最悪だからな」
「チッ…めんどくせーな…」
加江須の指示に悪態をつきつつも、仁乃を心配しているのか彼女に肩を貸しながら校庭を目指し始める氷蓮。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。別にそこまでしなくても歩けるわよ…」
「うるせー、いいから大人しく足だけ動かしてろや」
そう言いつつ肩を貸し続けて歩き続ける氷蓮。
ぶっきらぼうながらも優しくエスコートしてくれる氷蓮にどう言葉を送ればいいのか分からず、仁乃も少し戸惑ってしまう。
「(な、なによこいつ。こういう時、いつもどおり人を馬鹿にするようなおちょくった態度でも取ってくれた方が分かりやすいのに…)」
妙に優しくしてくれる氷蓮に仁乃もいつもの噛み付き癖を出さずに大人しく肩を貸される。その光景を後ろから付いて行く形で眺めていた加江須は小さく笑った。
「何笑ってんだよ(のよ)?」
背後から聞こえた笑い声に仁乃と氷蓮が二人そろって振り返りながら加江須の事を見る。
「いや…なんだかんだ言って仲良いなぁって…ははは……」
加江須が笑い声を小さく出しながらそう言うと、二人はしばし隣と顔を見合わせる。
「…別に仲良くはねぇよ。ただ足手まといだから運んでいるだけだ…」
「私だって…口を開けば喧嘩を売る発言ばかりする女なんて御免よ…」
互いにそう言いながらそっぽを向く二人。
しかし顔は背けても二人は互いに肩を組んだまま歩き続けていた。
◆◆◆
加江須達が2階から1階を目指している頃、2階の空き教室に未だ隠れていた不良達は窓の外を見ながら脱出の方法を模索し続けていた。
「どうする? 廊下をウロウロしてたらあの女に見つかるかもしれねぇ。それなら廊下に出て近くの窓にロープかなんか垂らして下へ降りるか?」
「どこにそんな都合のいいロープがあるよ?」
「待て、このボロいカーテンを千切って即席のロープとか作れねぇかな?」
それぞれが空き教室内でこの地獄から抜け出す方法を提案し合っていたその時、ガタガタと音を鳴らしながら教室のドアが開かれた。
「「「!?」」」
不良達はあの女に見つかったのかと思いバッと振り返った。
しかしそこに居たのは先程ひとりでこの空き教室を出て行った洋理であった。
「な、何だお前かよ。びっくりさせんなよ…」
そう言って安堵の息を吐く不良達であったが、次の瞬間には背筋が凍り着いた。
――彼の背後に目をギラギラさせた異形なる獣が立っていたからだ。
「な、何でその狼も一緒に居るんだよ!?」
洋理の後ろで控えているゲダツに一番前に居た不良は腰を抜かして地面に尻もちを着く。他の二人も教室の壁際まで後ずさって距離を置き、歯をガチガチと鳴らしている。
怯え切っている仲間3人を見て洋理は壊れたような笑い声を出しながら背後に控えるゲダツに命令を出した。生き残るために……。
「くはは……おい狼、あの三人を食い殺してやれ。遠慮なく全身丸ごと食い散らかせ…」
「は、はあ!? なにを吹いてんだテメェ!? 訳の分からねぇ……」
洋理の言葉に半ば逆上したかの様に叫ぶ青年であったが、最後まで言い切る前に彼の頭部にゲダツが飛び掛かり、そのまま首から上がゲダツの口内に収まる。
「うわああああああああ!? いでぇぇぇ!? だ、だずけろお前らぇ!!!」
ゲダツの口の中から頭部を覆われた青年の叫び声が反響するが、他の二人は恐怖のあまりその場で固まり着いてしまい動けなかった。
鋭利な牙は首に食い込んでおり、そこから鮮血が溢れ床下に血だまりを作って行く。
やがて……暴れていた青年はゲダツに頭を咥えられたままビクッビクッと痙攣を数度した後に動かなくなる。
その様子を見ていた洋理はゲダツに命令を下す。
「おい、いつまでも咥えてないで早く飲み込んじまえよ。まだ二人残ってんだからよ…」
どす黒い瞳を仲間の二人に向けながら洋理はそう言って笑い声を漏らし続ける。
その命令に従い、ゲダツはそのままバリボリと骨を砕く音を鳴らしながらあっという間に青年を飲み込み、残り二人の獲物目掛けて一気に跳躍した。




