廃校での戦闘 1人目の犠牲者
廃校の敷地に入って早々、氷蓮は自身に殺気を向けられている事を感じ横を向いた。
彼女が顔を向けた方向には狼の様なゲダツが牙を向けて迫って来ていた。
「(ゲダツ!? いきなりかよ!!)」
能力を発動しようとする氷蓮であるが、それよりも速く加江須は動き、ゲダツを炎の纏った拳で殴り飛ばした。
加江須の拳で吹き飛んだゲダツは殴られた顔面を炎で包まれながら激しく地面をバウンドし、そのまま地面で倒れたままピクリとも身動きを取らなかった。
一瞬でゲダツを仕留めた事に仁乃と氷蓮は加江須に対して驚くが、加江須はそんな二人に対して大きな声で叫んだ。
「まだ気を抜くな!! そこら中にいるぞ!!」
「「!?」」
加江須の注意によって二人が周囲を警戒すると、加江須の言った通りに今倒したゲダツと同じ姿をした個体が複数自分たちを囲んでいた。
「な、なんでこんなに居るのよ!?」
「疑問は後だ! 今は集中しろ!!」
そう言って加江須は目の前の1匹に特大の炎弾を放った。
後に続くよう、仁乃と氷蓮も自らの能力を解放する。
◆◆◆
加江須達が外でゲダツと戦闘を行っていた頃、廃れた学園の中ではとある不良グループがたむろっていた。
3階にある空き教室で机などをクラスの端に放り捨て、開けた中央で複数の青年達が座り込んで馬鹿笑いをしながら騒いでいた。
「それでよ、あまりにもウチのクソ親がうぜーから殴り飛ばしてやったらよぉ、倒れて泡拭いたんだよ! 受けねぇかコレ!!」
「ぎゃはははははは! それひでー!!」
仲間内の下らない話を聞きながら馬鹿笑いをする不良共。
周囲には彼等が食べたスナック菓子などの袋やビールなどの空き缶が捨てられてあった。
しばし談笑していた不良達であったが、何やら学校の外からけたたましい音が聴こえて来る。
「んぁ? おい…なんか外が騒がしくねぇか?」
「誰か来やがったのか? こんな廃校の中によ…」
最初は気のせいかと思っていた青年達であったが、外から聴こえて来る音は次第に大きくなり、まるで外で戦争でも繰り広げているんじゃないかと思う程の大音量が彼等のたむろっている空き教室にも響き渡る。
「おいおいおい! 外で何やってんだよ! 爆発音みたいのが聴こえんぞ!?」
「まさかこの廃校使ってロケかなんかしてんのか?」
激しい音と、まるで地震の様な揺れに慌て始める不良達であるが、空き教室に響いていたけたたましい音は突然聞こえなくなった。
外から聴こえる騒ぎが一段落し、最初に落ち着きを取り戻した1人が窓際まで近づき、埃に塗れたボロボロのカーテンを開けて外の様子を確認して見る。
「お、おい見てみろよ! 校庭のありさまを!!」
外の景色を見て騒ぎ出す仲間に釣られ、その他のメンバー達もカーテンを開いて外の状況を確認し始める。
「…おいおい、あんなに地面荒れてたかぁ?」
雑草が伸びていた学校の校庭だったが、一部周辺の雑草ごと地面は抉れており明らかに変わり果てている校庭の惨状に驚いていると、その近くに複数の人影を見つけた。
「おい、あそこに誰かいるぞ。男が1人に女2人だ」
他の不良も気付いたようで校庭に居る三人組に気付くと、その内の1人が大きな声を出してその内の1人である黒髪のポニーテールの少女を指差し叫んだ。
「あの女、あの時の!?」
「何だ? あのポニー女の事知ってんのかよ?」
仲間がそう訊くと、男は歯ぎしりをしながら話し始める。
「前に俺と一緒にナンパしたら手ぇ出してきたクソアマだよ! 聞いた話じゃ俺らとは別グループの二人組が歯を砕かれ瀕死の重傷を負わされたとも聞いている。くそ、あのアマぁ!!」
腹立たしそうに机を蹴り飛ばして怒りを露わにする青年。
そんな彼とは違い、他のメンバーは2人の少女を見て下種な笑みを浮かべていた。
「でもかなり上玉だぜお前の言うあの女。それに隣に居るツインテールの女もかなり綺麗じゃねぇかよ」
「だよなだよな。それにあの大きな胸…たまらねぇぜ」
ゲへへと不快極まりない下劣な笑い声を出しながらそう言う男に周囲の男達も同調して薄ら笑いを浮かべる。
「おい、ここなら人気も少ねぇし……」
誰かがそう言うと、他の不良共もその気になって全員の考えが不埒な方向で合致する。しかしその中で唯一、痛い目を合わされた男は乗り気になっているメンツに注意を促す。
「おい油断すんなって。あのアマ、とても女とは思えねぇほどの強さなんだぜ」
「強いと言っても所詮は女だろ? 囲んで手足押さえりゃそれで充分だ」
そう言うと不良共は教室を出て行き、この廃校内に向かって来ている三人の男女をこちらから出迎えに向かった。
「そういや男が1人いたけどソイツはどうする?」
「動けなくなるまでボコって縛り上げておきゃいいだろう」
そんな会話をしながら空き教室からドンドンと離れて行く不良達。
しかし唯一その中で、今廃校に向かっている少女に痛い目に遭わされた不良だけは教室内に残っていた。
「知らねぇぞ。あのアマ恐ろしく強いってのによぉ。俺はここに残るからな」
そう言って青年は教室に座り込み、先程まで自分の飲んでいたビールに手を付けようとするが……。
「あ、あれ? 俺のビールどこだ?」
自分が途中まで飲んでいた缶ビールがいつの間にかなくなっており、仲間の誰かが間違えて飲み干しその辺に捨てたのかと思い新しい缶ビールに手を伸ばす。
だが男が袋から新品の缶ビールを手に取ろうとしたその時――背後からゴキュッ、ゴキュッと飲み物を飲む音が聴こえて来た。
「あ……?」
背後から聞こえて来た音に振り返ると、そこには1人の女性が立っており、自分が先程まで探していた飲みかけのビールを飲んでいた。
「だ、誰だてめぇ! いつからそこに居た!?」
まるで幽霊の様にいつの間にか背後に居た女性に驚いて後ずさり、ポケットに入れていた折り畳み式のナイフを取り出して女性に切っ先を向ける。
「あら、そんな怖い顔しないでよ」
そう言うと彼女は手に持っていた空き缶を捨て、自身の淡いピンクをした長い髪をかき上げる。
サラサラとした髪をかき上げる仕草、整った優しそうな顔立ち、そして彼女からほのかに漂う甘い香りに警戒していた男の顔つきは緊張感が一気に抜け、思わず見惚れてしまう。
「だ、誰だよお前。何でこんな廃校に……」
男が少しどもりながら訊くと、女性はにこっと微笑みを向ける。
その表情が男の心をくすぐり、ついに手に持っていたナイフすらも無意識に手の中から零れ落ちていた。
「ふふ、やっと物騒な物を捨ててくれたわね。いい子いい子」
そう言うと女性は男のすぐ手前まで近づき、彼の頬に手を添える。
「(な、何だこのアマ!? 何してんだよ!?)」
いきなり現れたミステリアスな女性。見た感じでは年齢は自分よりも2、3上と言った具合だ。
とてつもない美人の年上女性に近づかれ、青年の心臓はバクバクと激しく鼓動を鳴らし続ける。
「アナタ…いかつい風体とは裏腹に中々に純情なのね。クスクス…」
女は耳元に顔を近づけてそっと囁きかける。
耳に送られる女の美声と吐息に思わず膝が抜けそうになる男を見て、女はそっと呟いた。
「ねえ、アナタの事――食べていい?」
「た、食べる? それってどういう……」
ゴクリと生唾を飲み込み、何やら期待の籠った瞳で女を見つめる男。
気が付けば男の手は女の腰まで伸びており、左手で女の腰を掴んだ。そして残りの右手で彼女の腰を掴んで抱きしめようとするが……。
「あ、あれ……」
右手で腰を掴もうとするが何故だが腰を掴めない男。
どうしたのかと自分の右腕を引いてみた。
「……え?」
男は引き戻した自分の右腕を見て思考が停止した。
何故なら男の右手は――右手首上から完全に消失していたのだから……。
「う……うわああああああああああああああ!!??」
男は左手で右腕を掴みながら絶叫を上げ、そのまま床に倒れた。
「な、ない! ないないない!! 俺の右手ぇぇぇぇぇぇ!?」
何度見ても見間違いなどではなく、自分の右手が無くなり、そこから赤い血がボタボタと流れ落ち続ける。そして自分の右手が損失した事を自覚したと同時に、今まで何も感じなかったが肉体が遅れて青年の脳に痛覚を与え始める。
「いいいいいい!? いたい、痛い痛いぃぃぃぃぃぃ!?」
男はその場でのたうち回りながら涙を流して痛みを訴える。
自分のすぐ近くで涙ながらに転げまわる男を見て女は口に手を当てて笑いをこらえる。だが彼女が自分の口を覆っていたのは自分自身の手ではない。
「ふふふ。ねえ、アナタの探し物はこぉれぇ?」
「ひっ…あ、あああああ……」
男が痛みで蹲りながら顔を上げると、そこには千切れた右手で口を覆って笑いをこらえる女の姿が映り込む。
「本当に可愛いわねアナタ。そんな見てくれで子供の様にワンワンと泣いて……」
そう言いながら女は顎が外れているのではないかと思う程、大きな口を開けて右手を蛇の様に丸のみにする。
「ごくっ……ふふ……ふふふふふふ……」
口元に付着した血を舐め取りながら男へと近づいて行く女。
「ひっ、ひぃ!!」
男は激痛をこらえながら立ち上がり急いで教室を出ようと走り出す。
だが男が走り出したと同時に女は男の進行先である入り口の前に先回りした。
「どこへ行こうと言うのかしら? 私に食べられる〝餌〟の分際で…」
「な、なんなんだよお前!? ば、化け物がぁ!!!」
右手を庇いながら男は心の底からの想いをぶちまける。
つい数分前までは何の不自由もない体をしていたのに、今は右手が喰われ不自由な体になってしまった。しかも目の前の人の姿をしたこの化け物は自分を喰おうとしているのだ。
受け入れがたい現実に男は叫ぶことしか出来ず、必死に枯れる程の大声を出して訴え始める。
「頼むから逃がしてくれよ!! いきなり腕喰われて、何で俺がこんな目に遭わなきゃならねぇんだよ!! もう勘弁してくれよぉ!!!」
強面の顔面がくしゃくしゃに歪み、涙と鼻水、そして涎に塗れただらしない顔をしながら命乞いをする男。その情けない姿を見て女は今までの様に口元を隠す事もせず大笑いをした。
「ぷはははははははっ!! 笑わせてくれるわねアナタ。この状況で逃げられるなんて本気で思っているのかしら?」
そう言うと女はぺろっと唇を一度舐めると、距離を詰めてくる。
男は恐ろしさから足をもつらせ、その場で尻もちを着いズリズリと後ずさりする。
「た、助けて…だ、誰か助けてくれ…」
男がガチガチと歯を鳴らしながら懇願すると、女はにっこりと笑って言った。
「アナタは肉や魚を食べる事を当たり前だと思って生きて来た筈でしょう? 私のやろうとしている事もそれと同じなの」
◆◆◆
「ふう…」
加江須が周辺を見渡すと、襲い掛かって来たゲダツ達は皆倒れ光となり消えて行く。
とりあえず一段落した事を確認した仁乃は額に浮かぶ汗を拭いながら大量に現れたゲダツについて考えを巡らせ始める。
「何であんなにゲダツが居たのよ? もしかしてさっき感じた不吉な気配はゲダツが大勢潜んでいたから…?」
「いや、そりゃ違うだろ。廃校の中を探ってみろ」
氷蓮がそう言って廃校の方へと視線を向け、加江須と仁乃もそれに続いて彼女と同じく学校の方へと視線を向けた。
その廃れた学園の中からは未だに不気味なゲダツの気配を感じた。
「俺たちが最初に感じたあの不気味な気配は未だに健在だ。今襲い掛かって来たゲダツはまた別もんだろう」
氷蓮はそう言って話を終わらせようとするが、加江須は今倒した集団のゲダツについて不審に思っていた。
「今倒したゲダツ…正直手ごたえが無さすぎたと思わないか? 数だけで中身が伴っていない」
加江須がそう言うと仁乃と氷蓮も無言で頷いた。
あれだけの数、かなりてこずると思っていたが襲い掛かって来たゲダツ達はほぼ一撃で戦闘不能にできた。今までのゲダツはもっと耐久力があったと思うのだが……。
「あれじゃ烏合の衆もいいところだ。普通のゲダツと比べるとまるで出来損ないもいいところだ」
「…ま、敵が弱い分には良い事じゃねぇの? こっちが楽できんだからよ」
氷蓮はそう言って楽観的に考えるが、仁乃は加江須と同じく言いようのない不安が胸の内にへばりついていた。
「(なんだか嫌な予感が消えないわね。加江須の言った通り今倒したゲダツの弱さも気になるし…大体あれだけの数のゲダツが一か所に集まっているのも変じゃない?)」
そんな疑念を抱きつつも三人は廃校の玄関まで辿り着いていた。
加江須は入り口付近まで辿り着くと左右に居る二人に改めて念を押しておく。
「仁乃、氷蓮、ここからはマジで単独行動は避けるようにしろよ」
「分かってるわよ」
「りょーかい」
それぞれが返事を返して頷く。
校庭で軽い戦闘を終えた三人であるが、まだ戦いは始まったばかりであった。
この後に先ほど以上に苛烈な戦いを繰り広げる事になるのだが、彼らはその事を校内に入る前から予測していた。
だって……未だに肌に氷を押し付けられる様な冷たい感覚が三人の背を駆け巡っていたのだから……。




