廃校での戦闘 潜入
今にも雨が降りそうな曇天の空模様、一雨きそうなこんな時にはあまり意味もなく外には出ないだろう。今外を出歩いている者達はそれぞれが用事を持っているがためにこの天候の悪い中でも出歩いている。
そんな空模様の中でも加江須達はある場所を目指して移動をしていた。
「本当なんでしょうね。あんたの言うゲダツの潜伏場所ってのは」
地上より上にある工作物を点々と跳び移りながら移動をしているのは加江須、仁乃、氷蓮の3人組であった。
現在3人は氷蓮が見つけたと言うゲダツの潜伏場所を目指して移動している最中であり、その移動の最中に仁乃が氷蓮へと尋ねていた。
「もしあんたの言っている事が的外れなら完全に無駄足よ。こんな天気の悪い日に電話してきて」
「うるせーな、さっきも言ったろ。ゲダツの気配は感じたが、潜伏している可能性が高いってだけで確実じゃねぇって。あいつ等ゲダツも縄張りを確実に持つわけじゃねぇって事はもう事前に話したはずだろうが」
「はいはい喧嘩するなよ二人とも。それより、もうすぐ到着だよな氷蓮?」
「ああ、あと数分もこの速度で移動すれば到着だ」
そう言いながら三人は足に籠める力を増加させ、今までよりも高く、そして速く目的の場所を目指すのであった。
◆◆◆
それから数分後、三人は目指していた目的の場所へと到着した。
三人が到着したのは加江須や仁乃の母校とはまた違う学校であった。だが、そこには自分たちの学園の様に生徒が所属している学園の面影はない。所々の錆び付きが目立ち、表現しがたい色に変色した壁、砕かれ四散した窓ガラス、手入れもされず伸び放題の雑草が生えている敷地、無人の学校風景が広がっている。
三人がたどり着いたのはとある廃校となった学園であった。
氷蓮から聞かされた話では、この学園の近くからゲダツの気配を感じ取ったらしい。しかし彼女が感じ取った気配は少し不気味で、念には念との事で加江須と仁乃の二人にも連絡を掛けたのだ。
「ここか…ゲダツの気配を感じた場所ってのは…」
加江須が錆びれ壊れている門を開いて先に一人で中へと入って行こうとする。
その後に氷蓮も続いて行こうとするが、最後の仁乃は中に入ろうとせず門の隣の壁に貼りつけられている表札を見て何かを考え込むかのように顎に手を添えていた。
いつまでも中に入ろうとしない仁乃に氷蓮が苛立った様に声を掛けるが相変わらず仁乃は表札から目を離そうとしない。
「たくっ…マジでどうしたんだよあのおっぱい星人」
「誰がおっぱい星人よ」
「何で悪口には反応すんだよ……」
何かを考え続けていた仁乃であるが、ここでようやくハッとした顔をして変化を見せる。
「どうしたんだ仁乃? この場所…何か知ってるのか?」
加江須が彼女に近づきながら学園の表札を一緒に見てみる。
その表札を見ると加江須も仁乃同様に何か思い当たる節があり、彼女同様に考え込んだ。
「おいおい加江須まで何だよ? その表札になんか変な物でもついていたか?」
「いやそうじゃなくてな…。この学校の名前、何か引っかかるんだよ」
この廃れた学園に来たのは今日が初めてだ。しかしここに来たのは初見であるにも関わらず、何故か見覚えのある学校名。
加江須が考え込んでいると、隣に居た仁乃が説明し始める。
「数年前、とある学校の生徒数が少なすぎるとの事で経営が維持出来ず潰れた学校があったわ。でも生徒数が異常に少ないにもかかわらず、その学園の教師も生徒もその事に疑問を抱かなかった。だけど異常に少ない生徒数では結局学園の経営はままならず廃校になった…」
仁乃がそこまで話すと加江須もようやく自分たちが今いるこの場所について思い出した。
「思い出したぞ。数年前にニュースでやっていたな。生徒数と学園の大きさが全く合わず、少ない生徒数に対して誰一人疑念を抱かずそのまま廃校になった学校……その学園名とこの場所が同じなんだ」
そう言いながら加江須は自分たちの視線の先で佇んでいる学園を見つめた。仁乃も表札を軽く撫でると同じように学園の方に視線を傾ける。
そんな二人の釣られるように氷蓮も学園を見るが、彼女は二人とは違い緊迫した表情はせず、二人の今の話について質問をする。
「よくそんな事知っているな二人とも。学校の廃校なんてそこまで大々的に取り上げられるニュースでもねーだろ。世俗に疎い俺が言えた事でもねーけど…」
「…普通ならね。でも異様な内容だったからそこそこ有名になったのよ。圧倒的に人数の少ない学生数と釣り合わない大きな学園。それなのに廃校になるまで誰一人としてその事実に疑問すら抱かなかったからね…」
「おい、それって……」
仁乃の話をそこまで聞くと氷蓮もようやく意味を理解した。
今までは単純に一つの学校が廃校した事実だけを適当に聞いてはいたが、今の彼女の話を整理するとこの学園が廃校になった理由を理解する。
「ゲダツに喰われた者達の情報は世界から消え、誰もその事実に気付かず世界は変わらず回り続ける。もし、この学園が健在だったころ、この学園の生徒が1人、また1人とゲダツに捕食され続けていたとしたら……」
加江須がそこまで言うと、その後を仁乃が引き継いだ。
「ゲダツに襲われ人が消えても誰も気にもならない。その人物は皆にとっては〝初めから居ない存在〟なのだから…。だから学園から人がごっそり消えても気にならないし、気づきもしない」
「だからこの学校は生徒が減っても初めから生徒数はこの数だって思い込んでいたってわけか…」
「ああ、十中八九間違いないだろう。それに…俺の学園でも同じ被害者が1人居るからな……」
そう言って加江須は初めてゲダツと戦った時の事を思い出していた。
自分が転生した初日、自分の運動能力にくだらぬ妬みを抱き一人のクラスメイトが自分を連れて人気の無い場所まで強引に連行して行った。まさに今居るこの廃校と似たような場所だ。そこで現れたゲダツにそのクラスメイトは殺され、そしてゲダツを退治した後、自分以外のクラスメイトは誰一人としてその死んでいったクラスメイトの存在を気にも掛けなかった。
「しかしこうなるとこの廃校、もしくは近くにゲダツが住み着いている可能性が高まったな」
「そうだよなぁ。加江須は分かってるなぁ。人様の事をすぐに疑うどこぞのおっぱい星人とはまるで違うぜ」
氷蓮が加江須の肩をバンバンと叩きながら笑っていると、彼女の言葉に今まで緊張感を漂わせていた仁乃の顔がいつもの様な不機嫌顔へと変わり、そのままいつもの様に氷蓮へと噛み付き始める。
「あんたねぇ! そのあだ名いい加減にしてくれない!! じゃじゃ馬ならまだしも、そのおっぱい星人って下品なあだ名は不愉快極まりないわ!!」
「うるせーな、ここに来るまで散々俺を疑っていたくせによぉ…」
ぶーたれながらそっぽを向く氷蓮の襟元を掴みながら彼女の体をブンッブンッと揺さぶる仁乃。
今の今までそこそこシリアスな雰囲気であったが、氷蓮が少し仁乃を茶化しただけで普段の緩い空気になる。しかしおかげで変に気張っていた加江須の緊張も解け小さく笑う加江須。
「たくっ、今からこの廃校に入ろうってしているのに何やってんだか?」
軽く笑いながら加江須がそう言うと、仁乃も氷蓮の体から手を離し、腕組をしてフンッと鼻を鳴らす。そして体を揺さぶられていた氷蓮は乱れた服装をきちんと正し、仁乃に向かってべーっと小さく舌を出す。
――だが次の瞬間、三人の背筋が一気に凍り付いた。
「「「!?」」」
直前まで肩の力が抜けていた三人であったが、一瞬で三人は臨戦態勢へとなった。仁乃と氷蓮に至ってはそれぞれが能力を一部発動すらしている。
まるで背後から冷水を思いっきりぶっかけられたかの様な感覚、それは正に今入ろうとしていた廃校の中から感じた。
「おいおいおいおい、俺、ここまで寒気が走ったゲダツは初めてだぜ。氷の能力者が寒気を感じるなんて笑えねぇぜ……」
軽い冗談を口にする氷蓮ではあるが、彼女の顔は完全に緊張感が張り付き冷や汗すら出ていた。それは仁乃も同様で、彼女もゴクリと唾を呑み込みながら廃校の中を睨みつけている。
「氷蓮、どうやら念の為にと俺と仁乃に電話して正解だったな。これは…ヤバいぞ……」
異様な気配と殺気をぶつけられた直後、加江須は仁乃と氷蓮よりも前へと出ていた。まるで二人の盾となるかのように。
「でも妙だな、前にこの廃校で感じた気配はこうまで色濃くはなかったぜ。最悪俺一人で退治しようとすら思う程だったのによ…」
氷蓮が数日前の事を思い出しながら言った。
この周辺を歩いていた時、ゲダツの気配を感じはしたがこうまで背筋の凍る程の強力な気配は感じなかった。
彼女が首を傾げていると加江須がある仮定の話を始める。
「ゲダツには知性がそれなりにあるからな。相手が1人だと分かっていておびき寄せていたのかも…」
加江須がそう言うと氷蓮は腕に鳥肌が立った。
今までゲダツの戦闘能力は警戒していたが、知性はそこまで警戒していなかった。せいぜい多少普通の動物よりも賢い程度の認識だったのだ。数日前に倒した透明化をするゲダツも自身の能力を最大限に活かす事もしなかった事からその考えが根付き始めていた。
――もし、数日前にこの廃校に一人で余裕こいて入っていたらもしかして……。
「うおぉぉ…今ブルッとしたぁ…」
「まったく、今からあの学校の中に行こうとしてるのよ。行く前から怯えてどうすんのよ」
「うるせーな、お前だってさっきから緊張感丸出しじゃねぇかよ」
互いに軽口を言い合いながら加江須の隣まで移動する二人。
加江須は自身の両手をパンッと鳴らし、それぞれに確認を取る。
「仁乃、氷蓮、今からあの廃校の中に入って行くが気を付けろよ。特に学校に入ってから単独で動くのはやめた方が良い」
「「……言われずとも」」
二人は頷いてそう言うと、加江須も頷き返して壊れている門を開き、中へと足を踏み入れ始める。
「たくっ、先陣を切って度胸あるぜ…」
「私たちも行くわよ…」
先を歩く加江須に続き、二人も門を抜けて敷地内へと足を踏み入れた。
だが門を超えた途端、氷蓮と仁乃は空気が重くなった様に感じる。
「(くそ、門を超えたら更に空気が重くなった! こんな事なら〝あいつ〟も呼んでくるんだった…)」
氷蓮の頭の中には数日前に知り合い、今は居候させてもらっている緑髪の少女の事を考えていた。彼女を連れて来ていればゲダツに怪我を負わされたとしても多少ならば〝修復〟してもらえたものを……。
氷蓮はそんな事を考えながらも周囲を警戒する。
――次の瞬間、左斜め上の上空から殺気を感じた。




