花沢余羽
今回主人公が名前しか出てきません。あと、新キャラ登場です。
新在間学園の広い体育館、そこでは女子生徒達が汗を流しながら体を動かしていた。
今は2年の5組の体育の授業中であり、今は5対5に分かれてバスケットをしていた。しかしソレは試合と呼んでいい代物かどうか疑問であった。
何故なら片方のチームが先程から一方的に点を入れ続けているからである。
「それッ!」
――ガゴォンッ!
ひとりの女子生徒が手に持っているバスケットボールを思いっきりダンクした。
壁際で試合を観戦している男子生徒達はその光景に心底驚いており、大半が口を開けっぱなしであった。
「おいおいまたダンクしたぞ花沢のやつ…」
「どうなってんだ? あの運動音痴が。もう完全に別人だろ…」
今活躍している女子生徒の名前は花沢余羽と言い、クラス内では運動音痴で少し弱気な性格で知られていた生徒だったのだ。
しかしそう思われていたはずの彼女だが――
「またしてもダーンク!!」
軽やかな声でダンクを再び叩き込む余羽という緑色の髪をした少女。
相手チームの女子達は余りにも一方的に点を入れられ続けてやる気が半ば消失していた。
その様子を見ていた余羽は内心で声高らかに笑い声を上げていた。
「(あははははは!! 凄い凄い凄い、私凄いじゃん!! まるで生まれ変わった気分よ!!)」
抑えきれない喜びは顔にまで出そうになり上がりそうになる口角をなんとかこらえる。
その後も試合終了までこの余羽と言う少女が一方的に点を入れ続け試合は終了した。
体育の授業が終わった後、女子更衣室ではクラスの女子達が着替えながら余羽の周りに集まり、普段とはまるで別人の様な動きを見せていた事を質問していた。
「どうしたのよ花沢さん。今まで運動音痴で有名だったのに…」
「うんうん、私高校生がダンク決めている所なんて初めて見たよ」
クラスメイトが興味津々な瞳で見つめてきて気分が良くなったのか、腕を組んでふふんと鼻を鳴らして余羽が答える。
「まあ今までは演技していたみたいな感じかな? でも運動音痴といつまでも思われるのもあれだし少し本気出したまでの事よ」
「へぇ~…でも演技にしては本当に運動できない娘の振る舞い方だった気がするけど…」
「そ、それは皆の気のせいよ! 大体今の授業で私の動きは見たでしょ!!」
少し焦りながら余羽はそう言って早着替えをして先にクラスへと戻り始める。
「ふん、何が運動できない娘よ! 今の私は生まれ変わったんだから!!」
早歩きをしながら先程のクラスメイトの言葉に腹を立てつつ独り呟く。
「でもまさか現実にこんな経験をするなんてね。……〝一度死んでまた蘇る〟なんて経験、漫画やアニメの中だけだと思っていたのに……」
今から数日前、街を歩いていた際にまだ工事中の建物の傍を通っている時に上から何やら男の声が聴こえて来た気がする。
――『危ない! そこから離れろ!!』…と聴こえた気がする。
その声に反応して上空を見たが、その時に自分の瞳に映ったのは青い空ではなく――赤みを帯びた鉄骨だった。
その直後に彼女の意識は完全に消えてしまった。
最後に真上から落ちて来た鉄骨を瞳に焼き付け一度意識を失った余羽であったが、再び彼女は目覚めた。
そこは何もない白一面の世界、混乱の極みに陥っていると目の前のいきなり蒼い髪にワンピースの様な服装を着用した美しい女性が現れた。
『ご、ごめんなさい! いきなりで申し訳ないんですけど私の話を聞いてくれないでしょうか!!』
第一声に謝罪を入れながら頭を下げて自分の話を聞いてくれないかと懇願する女性に気圧され、見知らぬ場所に突然飛ばされた疑問や混乱も吹っ飛んでしまった。
自分の前に現れたのはイザナミと言う神様らしく、何でも自分に〝転生戦士〟とやらになってゲダツとやらと戦って欲しいと頼み込まれた。その説明の過程で自分はすでに死んでいる事も知りかなりショックも受けたが……。
とにもかくにもあんな後悔すらできなかった死に様など御免被る。イザナミの要求を呑んで転生する事を了承し、無事にまた現実世界へと舞い戻ることが出来た。
「(でもこんな言い方も変な気がするけど一度死んでラッキーだったかも。常人離れした身体能力に特殊能力まで手に入れて蘇ることが出来たんだから♪)」
一度死んでしまう前、生前では自分はあまり誇れるものなど持っていない女子学生であった。特に運動神経は滅茶苦茶悪く、体育の授業前は憂鬱にすらなった。
だが、神力と呼ばれる力で肉体を強化され、先程の体育の授業で披露した通りの身体能力を手に入れる事が出来たのだ。
「おかげで私の人生が一気に楽しくなって、もうサイコー!」
思わず教室に戻る廊下の途中で声を出してしまった。
突然叫び出した彼女の事を廊下に居た他の生徒が奇異な目で見てきて、すぐに口を閉じ恥ずかしそうにクラスへと駆け足で戻って行く。
「(声出しちゃった。でも…でも私はこれで高校生活で楽しく過ごしていけそう♪)」
◆◆◆
時間は昼の正午になりクラスメイトがそれぞれ購買や学食、クラス内で弁当を広げ始める。
その中で余羽はクラスに残り持参した弁当を鞄から取り出す。その弁当箱を持ってクラスメイトの女子達複数と机をくっつけ仲良く弁当を食べ始める。
「それにしてもさっきの余羽の活躍は凄かったねぇ。男子達も顔負けの動きだったわよ」
「ま、まあ今まで隠していただけの事よ」
弁当のウインナーを箸で摘まみながら得意げな顔をする余羽。
今まで運動関連の事で褒められたことなど皆無である余羽、そんな彼女からすれば他人から体育の授業に関して褒められる事は大変心地よかった。
しばしの間、友人たちに褒められ続け嬉しそうにしている余羽であったが、ここで友人の1人が思い出したかのようにある話をする。
「そう言えば…確か他のクラスでも今日の余羽と似たような話を聞いたっけ?」
食べ終えた弁当箱を鞄に仕舞い込みながら友人の1人が他のクラスで聞いた話を余羽を含め友人達に話し始める。
「まさに今日の余羽みたいに体育の時間にまるで別人の様な動きを見せて活躍していた男子が居たとか…」
「へぇ~…それって何年何組?」
話を始めたクラスメイトに余羽が質問をする。
「えーっと…私らと同じ2年生である事はわかるけどクラスは……1組? いや3組だっけ? そこらへんは忘れちゃった」
実際に噂になった生徒の活躍を見た訳でもなかったので、大して興味もなかった為にそこまで印象深く記憶していなかった。
他の友人たちも今の話を聞いても対して興味を示さなかったが、この中で唯一余羽だけは今の話に内心で少し興味を持っていた。
「(今の私と同じで別人の様…まさかそれって……)」
「どうしたの余羽? 思いつめたような顔してさぁ」
「ん? いやいや何でもないって」
笑いながら何でもないと誤魔化すが、内心では今の話題となった男子の事が気になっていた。もしかしたら自分と同じ転生者の可能性も十分ある。
だが余羽がその事を頭で考えたのもわずかの間、すぐにその話題の事を彼女は頭の中から消した。
「(……ま、いいや。別に私以外の転生者が居たからどうなるわけでもなしに……)」
自分を転生させてくれたイザナミの話では転生をした人間は何も自分だけではなく、それなりに数も居る事は聞いている。その中でこの学園の中にその転生者が居たとしても何も不思議ではない。
そう考えを自分なりに纏め終わると、余羽は友人たちと他愛ない話題について談笑をし始めるのであった。
◆◆◆
「ん~…やっと終わったね。どう、この後遊びに行かない?」
学園生活の一日も終わり放課後、余羽は伸びをしながら自分同様に部活に所属していない友人に話しかける。しかしその友人は謝りながら腕でバツ印を作った。
「ごめーん余羽。今日さぁ、用事があるからすぐ家帰んないといけなくてさぁ」
「え~…まあしょうがないけど…」
ぶー垂れた顔をしながら渋々納得をする余羽。
用事があると言う友人は鞄に教科書を入れ終わると小走りで教室を出て行く。
「…私も帰ろっと…」
そう言うと彼女は自分の鞄を持ってクラスを出る。
クラスを出て玄関まで行くと何やら男子が数人集まって物陰から何かを見ていた。
「(な、何あいつ等? 気持ち悪っ!!)」
物陰から数人の男子が何かに対して視線を向けていた。しかもよく見ると目が血走っている様にも見える。
男子達の見ている方向に余羽も視線を向けてみると、彼等の視線の先には1人の男子と2人の女子が何やら三人並んで話をしていた。よく見たら女の子の方は楽しそうな顔をしている。
――「ちくしょう加江須のヤツ、見せつけやがってぇ…!」
――「羨ましい、妬ましい!!」
――「あの野郎、下校中に車に撥ねられねぇかなぁ…」
男子達のボソボソ声は生き返った際に強化された余羽の耳にも届いており、あの男どもが充血した目をしてあの三人を見ている理由を理解した。
「(ああ嫉妬かぁ。でもああいう男って実在するんだなぁ~…)」
男どもと同様に玄関先で女子二人を横に付けて並んで歩いている男子を見てそう思った。
何だか傍から見るとラブコメに出てくる主人公キャラを見ている気分であった。男どもに分かりやすく嫉妬されている部分や美少女複数と仲良くしている部分とか……。
「ま、私には関係ないけど」
視線を切って下駄箱から自分の靴を取り出す余羽。
「久々にゲーセンでも行こうかな…」
靴を履き替えると学校をそのまま出ようとする余羽。そのまま彼女が歩いていると、先ほど見ていた三人組の男女を追い越していく。
「(随分騒いでるなぁあの三人。周りから注目浴びてしまってるじゃん)」
男の方が何か余計な事でも言ったのか、ツインテールの方の少女が男の頬を両手で引っ張っている。
その気になれば何を揉めているか耳を澄ませば聞き取れるが、別によその痴話喧嘩に興味も無いのでそのまま当初の予定通りゲーセンへと向かう余羽であった。




