突然の幼馴染の来訪
「どうしたんだ仁乃のやつ…何か慌てて化粧室に駆け込んだが…」
「ははは、甘いもん食い過ぎて腹でも下したんじゃねぇのか」
氷蓮が腹を抱えながら笑っていると加江須の表情が引き攣り始める。
突然の加江須の表情の変化に氷蓮が不思議がっていると、その直後に頭部に強い衝撃が加えられた。
「ぐわっ!? いってぇな!!」
氷蓮が殴られた頭を押さえて振り返ると、そこには拳を震わせて猛禽類の様な鋭い目つきで席に座っている彼女を見下ろす仁乃が立っていた。
「あんたはよくまぁそんな下品な言い方出来るわね。私は電話の為に化粧室に入っただけよ」
仁乃はそう言うと元々座っていた加江須の隣へと着席した。
殴られた頭部を擦りながら氷蓮が仁乃に噛み付こうとするが、これ以上店の中で騒がれては居心地が悪くなるので加江須が開きかけた氷蓮の口を手で押さえる。
「はいはい、言いたい事はあるだろうがお前も悪いんだ。これ以上公共の場で騒がない」
「むぐ~…」
口を押えられ不満げな顔をしている氷蓮だが、奢ってもらった上に今日の寝床を提供したもらった恩があるためここは従っておくことにした。
何とか怒りを沈めてくれた事に一先ずは安心した加江須。
場が収まった事を確認すると、仁乃は鞄からノートを取り出し、それを1枚切り取って加江須に渡してきた。
「加江須、この紙にここからあんたの家の地図描いてちょうだい」
「え、地図? 何でまた…」
渡されたノートの切れ端を手に持ちながら理由を訊くと、彼女は自分の鞄から今度はペンを1つ取り出してソレを手渡しながら言った。
「私も今日はあんたの家に泊まるわ。ちゃんと家には連絡を取っておいたから後で向かうわ。色々と家から必要な物を持って来たいから地図を描いてほしいの」
「ええっ、お前も来るのか?」
加江須が驚きながらペンを受け取ると、彼の反応に仁乃が不満げな顔をして睨んできた。
「何よその反応? もしかして嫌なの?」
「いやそういう事じゃないだろ。氷蓮と違ってお前は自分の家があるのにどうして俺の家に来るのかって事だよ」
氷蓮の場合は家出中との事で家にも帰ろうとしないから泊めてあげようと思ったが、仁乃にはちゃんと生活する自宅があるのだ。それなのになぜわざわざ自分の家へと泊まりに来る必要があるのか?
そんな事を考えていると仁乃がそっぽを向きながら理由を述べる。
「決まってるじゃない。あんたと氷蓮を二人だけにしたらあんたがコイツに卑猥な事をしてトンデモ事態に発展するかもしれないでしょ。だからその監視のためよ」
「なっ!? 俺は別に変な事は考えてないぞ!!」
いくら何でも心外だと思って抗議をする加江須だが、仁乃は相変わらずぷいっと横を向いている。その様子を対面で眺めていた氷蓮が意地の悪い顔をして仁乃の事をからかいだした。
「とか何とか言って、これにかこつけオメーの方こそ加江須に何かやーらしぃ事する気満々なんじゃねぇの?」
「ば、ばばばば馬鹿言ってんじゃないわよ!? 何で私が!?」
「えーそうかぁ…もし俺じゃなくてお前と加江須が二人っきりになったらそっちの方が危ない気がするけどなぁ。だってお前どう見ても加江須の事が……」
「わーっわーっ!! 何を言い出すのよこの中卒女ぁ!!!」
氷蓮の言葉の先が予測できた仁乃が加江須にだけは聞かれまいとテーブルを強く叩き、そして大声で氷蓮の言葉を自分の喚き声と被せる。
「いい加減にその口を閉じなさいよあんた! これ以上騒ぐなら…もがっ!?」
仁乃が立ち上がって氷蓮を指差すが、そんな彼女の口を加江須が押えて耳元で囁きかける。
「いい加減にするのはお前だ仁乃。周りを見てみろ…」
「むぐ…?」
加江須に言われて周囲に目線を向けると、一度ならず二度も騒いだ彼女の事を見ている客や店員達。
流石に恥ずかしくなりこの場に居るのも辛くなったのか、仁乃は加江須に外で待っていると言い残し速足でファミレスを出て行った。
「……俺たちも外に出るか」
「そーだな。誰かさんのせいでジロジロと俺らまで見られて仕方ねぇや」
先に出て行った仁乃の後を追おうと二人も席を立ってレジの方まで歩いて行った。
◆◆◆
ファミレスを出ると入り口のすぐ傍で仁乃がしゃがみ込んで顔を手で覆っていた。
彼女の謎の行動に氷蓮が不思議そうな顔で何をしているのか訊いた。
「何してんだお前? 顔なんて覆って…」
「恥ずかしいのよ!! 大体あんたがおかしな事ばかり言うから!!」
「人のせいにすんなよ。オメーが勝手に騒いで勝手に注目浴びただけだろ」
両手を頭の後ろで組んで知らん顔をする氷蓮。
彼女のそんな態度が気に食わずまた噛み付きそうになる仁乃であったが、ファミレスの外も通行人などそれなりにおり、約1分前の自分の醜態を思い返してその場で何とか踏み止まる。
「むぐぐぐぐ……と、とにかく、今日は私もあんたの家に見張りとしていくからね!! もうママからも許可取っているし!!」
そう言いながら加江須の事を指差す仁乃。
加江須としては家に誰も居ないため不都合はないのだが…今夜は騒がしくなりそうだ。仁乃と氷蓮の相性の悪さを考えると間違いないだろう。
「まあ俺は大丈夫だけど…あっ、これさっきお前が渡してきたペン。それと地図も書いておいたから」
ファミレス内で渡されたノートの切れ端とペンを仁乃に返す。
返還されたペンとノートを手に持つと、仁乃はそのままファミレスを離れて行く。
「準備したらすぐそっち向かうから! いい加江須、氷蓮に変な事しようなんて考えない事ね!!」
「考えんわ! まったく…」
離れて行く仁乃の後ろ姿を見ながら溜息を吐く加江須。
仁乃の姿が見えなくなると、加江須は隣で待っている氷蓮に自身の家まで案内をする。
「とりあえずウチまで先に案内するから付いてきてくれ」
「りょーかい」
◆◆◆
ファミレスからしばらく歩き加江須の家の近くまで辿り着く二人。
歩きながら適当に会話をしていた二人であるが、ここで加江須は先程氷蓮が絡まれていた場面を思い出し、その事について話を聞こうとする。
「そういえばさっきファミレスに行く前、お前なんかガラの悪そうな奴等に絡まれていたけどあいつ等は結局何だったんだ?」
「あーあれ、少し前にあの中の内の1人が俺にナンパしてきやがってよ。手まで出してきたから返り討ちにしたら今日仲間連れて来たみたいでよ…」
「お、お前本当にまともな生活を送れているのか? いや家出している相手にこんな質問もズレているかもだけどよ…」
「まあそこそこ楽しくやれてるもんだぜ。それにゲダツを倒して成果を収めれば願いだって叶えられる……ん、おいあそこがお前の家でいいんだよな? …誰か突っ立っているぞ」
「え、誰だ?」
氷蓮が指を差している家は確かに自分の家に違いない。しかし彼女の言った通り家の前には誰かが立っていた。
まだ大分距離はあるが、加江須の視力ならばその人物が誰か判別する事が出来る。それは同じ転生者たる氷蓮も同じである。
加江須の家の前には新在間学園の制服を着ている1人の女子生徒が立っていた。
「お前の家の前に立ってるアイツ…仁乃と同じ制服着ているぞ」
「な、何であいつが…」
次第に家まで近づいて行く加江須と氷蓮。すると彼の家の前で立っていた少女の方も加江須たちの存在に気づいて近づいてくる。
「おかえりなさいカエちゃん、待ってたんだよ」
そこに居たのは先日和解をした幼馴染、愛野黄美が彼の帰りを待っていた。
「黄美…どうしてお前が俺の家に…」
「今日カエちゃんの家ご両親が不在でしょ? だから夕食でも作ってあげようかなって」
「な、何で俺の親が居ない事を知っているんだ…?」
少し背筋にうすら寒いモノが走る加江須。
彼女と無事に和解をすることは出来たのだが、少し黄美の性格が変わったように感じる加江須。
そんな加江須の不安とは裏腹に彼と会えた事で笑顔を作っていた黄美であったが、彼の隣に居る氷蓮の存在に気づいた瞬間、黄美の口元は笑っているが瞳から光が消える。
「あなた…誰なの? カエちゃんと一緒に居るなんてどういう関係?」
ハイライトの消えた瞳を向けながら氷蓮に迫って来た黄美。
ゲダツとはまた異なる気味の悪さを敏感に感じ取った氷蓮は戸惑いながら数歩後ずさる。
「私の質問に答えてくれないかしら? アナタハ誰ナノ?」
「お、俺は…」
距離を詰めてくる黄美に対し反応に困っていると、横から加江須が腕を伸ばして二人の間に割り込んでくる。
「落ち着け黄美。彼女は氷蓮と言って俺の友人だ」
「友人…友達…ただの友達なんだよね?」
黄美は不安そうな顔をしながら今度は加江須に詰め寄り、二度三度に渡って本当にただの友達かどうかをしつこく確認してくる。
「本当に本当に本当にただの友達なんだよね? それ以上深い関係なんかじゃないんだよねカエちゃん?」
「お、おおそうだ。だから落ち着けって…」
加江須がとりあえず落ち着くように諭すと、今まで黒い雰囲気を纏っていた黄美は元の状態へと戻りまた笑顔を浮かべる。
「そうなの。初めまして氷蓮さん。私はここに居るカエちゃんの〝幼馴染〟である愛野黄美よ。カエちゃんとは小さなころから一緒に居た仲なの」
「お、おおう…よろしく…」
やたらと自分が加江須と繋がりが長い事を主張する黄美。それに対してとりあえず頭を下げて置く氷蓮。
しかしまさか黄美が来ているとは思わず少し戸惑ってしまう加江須。そんな彼の腕を掴んで黄美が手に持っている買い物袋を掲げて笑顔で話し掛ける。
「カエちゃん料理得意じゃなかったよね? 今夜は誰も居ないんだし私が作ってあげるから♪」
「え、ああ。そうか…」
正直加江須としてはいきなり訪問して来た黄美に対してどう対応すればいいか分からず頷くしか出来なかった。そもそも黄美とは初対面である氷蓮はなおさら今の状況に付いていけてない。
しかしそんな二人とは違い、黄美は加江須の腕を引っ張って彼の家まで連れて行く。
「じゃあすぐに夕食の準備にかかるから家に入れてくれるカエちゃん?」
「(ど、どうすりゃいいんだよこの状況…)」
せっかく夕食を作りに来てくれた好意を無下にも出来ず、流されるまま加江須は黄美を自宅へ招き入れるしか出来なった。




