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加江須の提案と仁乃の焦り


 ファミレスに入った三人は前回座った席と同じ席に着き、席に座ると同時に仁乃と氷蓮はメニュー表を見てそれぞれが奢ってもらうメニューを吟味し始める。

 

 「さーて何頼もうかなっと…」


 氷蓮がメニュー表を開いて頼みたい物を選んでいると、先に仁乃が後ろのデザート関連のページに載っているイチゴのパフェを指差してソレにする。

 

 「じゃあ私はこれにするわ加江須。ちょっと高いけどいいかしら?」


 「ダメって言っても頼むんだろう。好きにしていいよ」


 加江須が諦めた感じでそう言うと、仁乃は瞳を輝かせながら笑顔を向ける。八重歯を覗かせながら笑っている姿はなんだか少し幼く見えちょっと可愛いと思った。

 

 「加江須はどうするの? 何か頼むの?」


 「そうだな…。じゃあ俺はこのチョコのケーキにしようかな」


 せっかくファミレスに来てドリンクだけと言うのも味気ないので軽いデザートを選んでおく。


 「OK、じゃあ注文ボタン押すわよ」


 そう言って店員を呼ぶために備え付けてあるボタンに手を伸ばす仁乃だが、彼女がボタンを押す前に氷蓮が待ったをかけて動きを止める。


 「ちょっと待てよ。まだ俺はデザートの方を選んでない」


 「早く選びなさいよ。…ん、デザートの方って…」


 氷蓮の言葉に仁乃が少し疑問を感じた。

 デザートの方は…と言う言い方ではまだ他にも注文するつもりなのだろうか?

 仁乃と同様に氷蓮の発言に疑問を持った加江須は彼女にデザートの他に何か頼んだのかどうか尋ねる。


 「ちょ、ちょっと待てよ氷蓮。お前デザート以外にも何か頼んだのか?」


 加江須が少し不安そうな表情で彼女に尋ねる。

 そんな彼に対して氷蓮は逆にいい笑顔をしながらメニュー表に載っているハンガーグステーキを指差していた。


 「デザートと一緒にコイツも頼むつもりだ。別にいいよな加江須?」


 「う…ま、まあいいけど…」


 そう言いながら加江須は少し表情をひきつらせているが、無理をして大丈夫だと言っておく。

 一度奢ると言った手前、少しは抑えてほしいなんて男として恥ずかしくとても口にはできなかったのだ。それに財布の中には少なくともこれぐらいの料金を払える額は入っている。

 

 「よーし、デザートの方も決まった。おい仁乃、もうボタンをしてもいいぞ」


 「はいはい、じゃあ押すわよ」


 そう言って待ちくたびれていた仁乃はボタンを押して店員を呼んだ。




 ◆◆◆




 注文が届いてから三人の頼んだデザートとハンバーグステーキはほぼ同時に到着したのだが、加江須と仁乃がデザートをまだ食べ終える前から自分の頼んだ物を全て完食していた氷蓮。


 「ふぃ~…食った食った♪」


 「見ていて落ち着きのない食べ方ね。目の前でそんながっつかなくてもいいじゃない…」


 パフェを口にしながら仁乃が呆れていると、氷蓮が口元を紙ナプキンで拭きながら言い返す。


 「しょうがねぇだろ。今日は朝から何も食べずに過ごしていたんだ。腹減ってたんだよ」


 「朝から何も? ダイエット中か?」


 加江須が氷蓮にダイエットでもして食事制限しているのか尋ねるが、隣に座っている仁乃はスプーンを口に咥えながら否定して来た。


 「ダイエット中ならこんなに注文すると思う? ハンバーグやらデザートやら…」


 「それもそうか…」


 仁乃の言い分に納得をしていると、氷蓮が訳を話し始めた。


 「単純に節約だよ。バイト代入るまで所々金使いを抑えなきゃいけないからだ。質素倹約ってやつだよ」


 氷蓮がそう言って朝から何も食べていなかった理由を話すと、加江須と仁乃は首を傾げる。


 「ちょっと待てよ。食事なら家に帰れば食べられるだろう。それともお前の両親は食事の用意もしてくれないのか?」


 加江須がそう訊くと、氷蓮は少し不貞腐れた表情になって目を逸らしながら口を開く。


 「お前等の様に誰も彼もが食事を用意されていると思うなよ。俺には帰る家もなけりゃ飯を用意する家族も居やしねーよ」


 「え…ちょ、ちょっと待ちなさいよ。あんたまさか家出とかしているの?」


 「ま…みてーなもんだ」


 仁乃は余りにも衝撃的な事を言われたのでスプーンをテーブルに落としてしまい、僅かに身を乗り出して氷蓮から事情を尋ねていた。

 加江須の方も予想外の事を言われて真剣な面持ちで氷蓮の話に耳を傾ける。

 しかし二人の真剣な顔を見て氷蓮は思わず吹き出してしまう。


 「何がおかしいのよあんた?」


 真面目に事情を尋ねているのに吹き出されて馬鹿にしているのか思う仁乃であるが、氷蓮は笑いながら答える。


 「何でお前らが熱くなってんだよ。別に俺がどーゆー生活送ってようがお前らの生活には何ら影響はしねぇだろうが」


 氷蓮はあくまで自分の問題であると言って大した事じゃないと切り捨てるが、そんな彼女を見つめながら加江須は氷蓮に対して自分の意見を述べる。


 「俺たちとお前はチームなんだろ? そのチームメイトがそんな状況に陥っているのに無視はできないだけさ」


 「…よけーなお節介だってんだよ。たくっ…」


 氷蓮はけっと吐き捨てながら不貞腐れた様な表情をする。

 確かに彼女の言う通り、彼女の家庭内状況を詳しく聞き出すのは多少後が引ける。だが、自分たちと年も近い仲間が明らかに異なる…いや異質な生活を送っていると知れば黙っている事も出来なかった。

 それは加江須だけでなく仁乃も同じ想いであった。


 「まああんたの家庭内事情をそこまで深くは聞かないけどさぁ…あんた生活の方は本当に大丈夫なの? 要するに一人暮らししているんでしょ」


 「とりあえずバイト代で今のところは…てっ何だよお前、俺の心配してくれんのかよ?」


 「べ、別にそういう訳じゃないわよ。ただ気になっただけなんだから…」


 恥ずかしくなったのかそっぽを向く仁乃。

 それに対して加江須は仁乃と違い素直に氷蓮の事を心配していた。


 「家出中なら学校はどうしてんだ? そう言えばお前は今も私服だが…学校から帰って来て着替えたのか?」


 「学校は中卒で高校は行ってねぇよ。だからお前らと違って頭もわりーですよっと」


 氷蓮がむくれながらそう言う。

 聞けば聞くほど複雑な家庭状況だと思う二人であるが、しかしこれ以上はズケズケと人の家の内情に首を突っ込むべきか迷い、ひとまず氷蓮の家族については今は伏せて置き、彼女がどのような場所で生活しているのかだけ聞いておく事にした。


 「家出中だって言うなら今はどこで寝泊まりしてるんだ?」


 「んー…ホテルで部屋借りたりネカフェで泊まったりとイロイロかな。今日はこの後はネカフェで過ごすつもりだからあまり金を使いたくなかったんだよ。だから加江須に奢ってもらった事は感謝しているぜ」


 サンキューと手を上げて軽く礼を言う氷蓮。

 張本人である氷蓮は軽く笑って話しているが、仁乃は今の彼女の生活を聞いてげんなりしていた。


 「ネカフェに泊まるって…ああいう所って人も大勢いるわ狭いわで大変なんじゃないの? 何が原因で親から離れているか知らないけど一度家に帰ったら?」


 「うるせーな。まあネカフェで泊まり込みは少しウザイと思う事もあるけどよ…」


 ホテルはまだしも、ネットカフェはそこまでプライバシーが守られている訳でない。中には五月蠅い輩もいるのでぐっすり寝れないことも多い。

 

 「あーあ、今日は静かなホテルで寝て―けどバイト代まだ出ねーし…」


 そう言ってテーブルの上に上半身を倒して溜息を吐く氷蓮。

 そんな彼女を見て加江須は顎に手をやって何かを考えだし、その様子を隣で仁乃が不思議そうに見ている。


 「どうしたの加江須? 何か考え事…?」


 「ん~…なあ氷蓮、やっぱり静かな場所で寝て疲れを取りたいか?」


 「そりゃそうだろーよ。でもホテルは金かかるから今はネカフェぐらいしかねーんだよ」


 「なら氷蓮――今日は俺の家に泊まるか?」


 加江須の放ったこの一言は隣で座っている仁乃の思考を停止させた。

 一方で加江須のこの提案に氷蓮は願ってもない事だと思い瞳がキラキラと輝きだし、期待を込めた目で加江須の事を見る。


 「おいおいマジで良いのかよ。そりゃ俺としては嬉しいけど年齢の似た女を連れ込んだらお前の親とかうるせーんじゃねぇのか?」


 「それなら大丈夫だ。今日、父さんは会社に泊まり込みで残業だと電話があったし、それに母さん今週のシフトは夜勤だから明日の朝10時まで帰ってこない。だからこそ今日は俺の家で泊まるかどうか聞いたんだ」


 どうやら今日は加江須の両親はそれぞれ仕事の都合上、彼の自宅には居ないようだ。つまり自分が彼の家に行っても彼の両親と鉢合わせすることもない。それならば氷蓮にとっては広い空間でゆっくり体を休められるので大賛成である。


 しかし今の加江須の発言に目を点にしていた仁乃の意識がようやく覚醒し、ファミレスの店内である事も忘れて大声で却下した。


 「そんなの駄目に決まってるでしょ!!!」


 仁乃のバカでかい声で周囲の客達の視線が集まり、慌てて顔を伏せる仁乃。

 しばらくしてまた店内は喧騒に包まれ、そこで仁乃が再度声量を抑えて加江須に噛み付いた。


 「自分が何言っているか分かってるの加江須!? 自分と年の近い女の子に家に泊まるかなんて……」


 仁乃が顔を赤くしながら加江須に注意をする。

 しかし加江須には別段やましい気持ちはなく、純粋に寝床を提供しようと考えているだけなので仁乃の言いたい事を察せずにいた。


 「別に仲間が寝る場所に困っているから、ちょうど今日はウチに誰も居ないから泊まるかどうか聞いてるだけだが…?」


 「だ、だからそれは…ああもう唐変木め!! 男女七歳にして席を同じゅうせずって言うでしょ!!」

 

 仁乃としては加江須と異性である氷蓮の二人っきりという状況に危機感を感じていたのだ。自分の好きな少年が顔見知りの少女と二人きりで一夜を過ごすと言うのは黙って見過ごせなかった。

 しかし氷蓮としては加江須の提案はありがたかったので何の躊躇いもなく彼の提案に乗った。


 「俺としてはネカフェよりそっちの方が気も休まるわ金も節約できるわで大賛成だ。そういう事なら今晩は泊めてもらおかな」


 氷蓮がそう言うと仁乃はビックリした様子で氷蓮の事を見る。


 「あ、あんたもあんたで本気なの! それはつまりこいつと二人っきりで夜を過ごすって事なのよ!!」


 「別にやましい事なんて起きねーよ。加江須がそう言うヤツじゃない事はお前の方が分かってんじゃねぇのか?」


 「そ。それはそうだけど…うぅ~~~……」


 両手を頭の上に置いて唸る仁乃。

 加江須は彼女が何を考えて悶えているのか未だによくわかっておらず首を傾げていた。


 「(加江須のバカバカバカ、余計な事言ってんじゃないわよ~!)」


 そんな仁乃の心情を察することが出来ない唐変木はすでに氷蓮とこの後、自分の家に泊まりに来る事に関して話を進めていた。


 「(くっ…このままだと不味い! いくら何でも加江須と氷蓮を二人だけで一夜を過ごさせるなんてできない!!)」


 そう思った仁乃は一度席を立つと化粧室の中へと駆け足で入って行き、すかさずスマホを取り出すと自宅に居る母親に電話を掛けた。


 「……もしもしママ? ごめん、実は今日何だけどさ………」




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