パトロール中の遭遇
加江須と黄美が和解をしてからの翌日、加江須は仁乃と共に町の中をパトロールしながら昨日の出来事を話していた。
「なるほどね、じゃあ無事に仲直りは出来た訳か。ひとまず安心したわ」
「別に喧嘩していた訳ではないと思うが…まぁ…そんなところかな」
加江須と黄美、お互い色々とすれ違いはあったが、ひとまずは千切れかけていた幼馴染と言う関係は修復されたようで仁乃も肩の荷が下りた気分だった。何気に家に戻った後は加江須から話を聞くまでの間落ち着きがなかったのだから。妹にもせわしないと窘められたほどだ。
しかし肩の荷が下りたと同時、彼女はどうしても加江須に訊いておきたい事が1つだけあった。
「と、ところでさ加江須……仲直りはしたみたいだけど…け、結局さ…あ、愛野さんとはどうなったわけ?」
「…? だから今言っただろ。とりあえずは和解する事ができたって……」
「そっちじゃないわよ。だ、だからその…私が聞きたいのは……」
自分の両手を胸の前で合わせてモジモジとしだす仁乃。
なにやら訊きたい事がある様子の彼女であるが、中々その質問の内容を話そうとせずしばらく言葉を濁していた。
「おい仁乃、さっきからどうした?」
「ちょ、ちょっと待ってよ。今からちゃんと質問するから…」
急かされた事でようやく腹をくくったのか、加江須にどうしても訊いておきたかったその質問をする。
「あ、愛野さんとあんたはさ……こ、交際…始めたのかなって…」
「いんや、和解はしたが付き合ってはないよ」
「え…ど、どうして…?」
転生前の彼は黄美の事が好きで告白までしたと自分に言っていたはずだ。和解は無事に完了したし、それに仁乃の睨んだところ幼馴染である黄美は加江須に好意を抱いている。だから正直二人は和解が完了したと同時に交際も始めたものだと思っていたが……。
「てっきり私はあんたと愛野さんは付き合っているとばかり…」
「確かに転生前は告白までしたけど色々とあったからな。それに今は転生戦士となってこうしてゲダツの事も考えなきゃならないし…。まぁ、ともかく付き合ってはないよ」
「そう…なんだ…」
この話を聞いて仁乃は内心では喜びを感じていた。
加江須が黄美と和解はしても交際はしてないという事は、自分にもまだまだ加江須を狙うチャンスはあるという事になる。もちろん黄美に先を越される可能性もあるわけだが、チャンスはまだ残っているのは事実だ。
「ん? どうしたんだ仁乃?」
「え、どうしたって…」
「いや、心なしかお前が嬉しそうだったからな」
自分もまだ加江須と寄り添えるチャンスがあると分かり知らずのうちに表情が緩んでいたようで、慌てて口元に浮かんでいた笑みを決して引き締める。
しかしここで腹が立つのは加江須の反応であった。
「(あんたと結ばれるチャンスがあるって知れて喜んでたのよ。この唐変木!)」
「ん、何か今度は不機嫌そうな顔に…本当にどうした?」
「何でもないわよ。この泣き虫転生者」
「なっ!? 何だよ急に! しかもその事でいじるのはさすがにナシだろ!!」
年甲斐もなく子供の様に仁乃に抱き着いて泣いていた事を思い出して顔が真っ赤に染まる加江須。あの時の事を落ち着いて思い出すとかなり恥ずかしくて仕方がないのだ。
隣に居た仁乃は腹いせのつもりでしばしの間、その事で加江須の事をからかっていた。
「たくっ…勘弁してくれ……ん?」
仁乃に対して頬を膨らませ不満顔をしていた加江須だが、自分たちの進路先に居たある人物の姿が目に入りその足を止める。
突然停止した加江須に対し疑問を抱きつつ、仁乃も彼と同じ方角に目線を動かすと……。
「…何やってんのよアイツは…」
仁乃は呆れたような口調で自分の瞳に映る光景に溜息を吐いた。
加江須は一応確認のため、前の方向を指さしながら仁乃に確認を取る。
「あそこに居るのって…氷蓮…だよな?」
「でしょうね。あの小憎たらしい顔、忘れようにも忘れられないわよ」
二人の視線の先に居たのは加江須と仁乃と同じ転生者であり、チームを組んでいる氷蓮であった。
彼女はなにやら複数のガラの悪そうな男達に囲まれており、男どもの顔は怒りの形相をしている様に見える。
「よくわからんが囲まれているな。助けに行くか?」
加江須がそう言ってあの輪の中に入って行こうとするが、仁乃は歩きだそうとする彼の肩を掴んで引き留める。
氷蓮を助けに行こうとしている行為を止める仁乃に何のつもりなのかと彼女に抗議の目線を向ける加江須。だが仁乃は首を軽く横に振りながら止める必要が無いと彼に告げた。
「放っておいてもいいわよ。わざわざ面倒ごとに首を突っ込まなくてもいいでしょ」
「そうも言ってられないだろ。俺たちの知り合いが絡まれているんだぞ、しかもあんなガラの悪い連中だぞ」
「ん…もう終わってるわよ」
加江須が助けに行くべきだと言うが、仁乃は焦りも見せずに無言で氷蓮の方を指差し、向こうを見てみろと意思表示する。
仁乃の指した方向に加江須が目線を向けると――
「あらら…」
先程まで氷蓮を囲んで立っていた男どもはその場で全員倒れていた。
「も、もう終わってる…」
「当たり前でしょ。私とあんた同様にアイツは転生者よ。神力で強化された身体能力の持ち主であるアイツが一般人に後れを取ると思う?」
そこまで言われてようやく加江須も自分が的外れな心配をしていた事に気が付いた。
加江須と仁乃がそんな話をしていると、向こうの方もこちらに気付いたようで小走りで氷蓮が近づいてきた。
「よおお前ら、偶然だな」
たった今不良をぶちのめしたとは思えないほどに軽い足取りで近づいて来た氷蓮の姿に、仁乃は呆れながら地面に転がっている不良共を見ながら注意をする。
「あんたねぇ…いくらガラの悪そうな奴らに絡まれたからってもう少し加減してやりなさいよ。弱い者いじめなんてみっともないわよ」
腰に両手を当てながら軽く注意を促す仁乃を見て氷蓮がしかめっ面になる。
「なんで会って早々にくだらねぇ小言言われなきゃなんねぇんだよ。大体弱い物いじめって言うが絡んできたのはあのボケ共なんだよ。それに傍から見りゃ俺の方が脆弱でか弱そう映るだろうが」
舌打ちをしながら仁乃をジト目で見る氷蓮。
確かに見た目だけはか弱そうな少女のナリをしている氷蓮はどう考えても周囲から見れば絡まれて危険な状況だと思われるだろう。
そんな風に考えていると加江須の耳に馬鹿五月蠅い二人分の声が鼓膜を震わせた。
「てめーはイチイチ小言みてーな事ばかり言いやがって!! どこの姑さんだっつーの!!」
「アンタこそもう少し穏便な言い方出来ないわけ!? イチイチと人の神経を逆なでする様な言い方ばかりして嫌になるわ!!」
まるで猛獣の様にガルルルと今にも唸り声が聴こえそうな雰囲気を醸し出しながら睨み合い続ける両者。たった一瞬二人から思考を外した間によくもまぁこれだけ拗らせられるもんだと感心していたが……。
「口先で言い合っていても埒が明かねぇな…」
「へぇ、じゃあどうしようと言うのかしら」
「決まってんだろ。殺り合って決めんだよ」
ポキポキと拳を鳴らしながら氷蓮の周囲の温度が下がり始める。足元をよく見ると地面に薄い氷が張られ始めていた。
「なるほどね。まあそれなら後腐れないかもしれないわね」
そう言っている仁乃の周囲の石が宙に浮き始める。
二人は不敵な笑みを浮かべながらしばし睨み合い続け、そして同時に目の前の相手に攻撃を繰り出そうとしたが――
「「!!??」」
突然背筋に走った寒気に二人が揃ってその威圧感の発生源へと視線を向けると、そこには腕組をして笑っている加江須の姿があった。いや、厳密にいえば笑っているのは口元だけであり彼の眼はまるで笑ってなどいなかった。
「仁乃、氷蓮…こんな所で氷やら糸やら出してどうするつもりなのかな?」
「「ご…ごめんなさい…」」
以前も一度見たがこの時の加江須はとても恐ろしく、下手に怒りを表情に出すよりも迫力があった。
それに人目も気にせず本格的な戦闘を行おうとした自分たちが完全に悪いため、仁乃も氷蓮も何かを言い返したりする事も出来ずに素直に謝るしかなかった。
それぞれが能力を解除したのを確認すると大きく頷いてそれでいいと言う加江須。
「まったく…初めて会った時もお前らはそうだったよな。前から思っていたけどちょっとばかり短気なんじゃないのか二人とも」
加江須がどこか呆れた様子でそう言うと、二人は不貞腐れながらもそれぞれ自分の言いたいことを述べ始める。
「べ、別に私はそこまで気が短いわけじゃないわよ。ただコイツの物の言い方が失礼だから熱くなってしまったのよ。そもそも自分の事を俺だのと言って男みたいな喋り方をするから物の言い方が野蛮になるんじゃないの?」
腕組をしながら氷蓮の事をじとーっと見つめる仁乃。
その軽蔑してるかの様な視線が気に食わず、氷蓮も自分の言いたい事を仁乃にぶつける。
「そういうオメーだって言葉にイチイチ棘を含めやがって…もっとカルシウム採れよ。毎日牛乳でも飲んでりゃいいんだよ」
「お生憎様。言われずとも牛乳ならよく飲んでいるわよもう」
「ほ~…まあ短気は直せなくても確かに効果はあったみてーだな。だから無駄に発育の良い胸をぶら下げてんのか?」
「っ! あ、あんたのそう言うお下劣な物の言い方も気に入らないのよ!」
「あんだと!? やる気かコラァッ!!」
そう言うと二人はズンズンと近づいて行き、そのまま至近距離で睨み合いながら相手に文句をぶつけ始める。
「何よ?」
「あんだよコラぁ…」
最初はまだ互いに罵っているだけで済んだのだが、ぶつける言葉も徐々に過激になり、ついにはその場で取っ組み合いにまで発展した。
「ああもう…」
せっかく諫めたのにまた喧嘩を始めた二人に軽い頭痛を覚える加江須。このままでは好戦的なこの二人の事、またしてもこんな人目の付きそうなところで能力を振るう危険すらある。
「(…仕方がない)」
加江須は騒いでいる二人から目を離し、ポケットから自分の財布を取り出すと現在の所持金を確認する。
「おーいお前たち」
「「何よ!!(何だよ!!)」」
ガルルルと喧嘩している野良犬のような雰囲気を宿しながら加江須の事を睨みつける二人。
そんな二人に加江須は財布を片手にして言った。
「この先に前に三人で入ったファミレスあるだろ。そこで何かデザートでも奢ってやるから大人しくしないか?」
加江須がそう言うと、甘いもの好きの女子二名は瞳がキラキラと光り出し、組み合っていた手を放して加江須の案を即決で呑んだ。
「そういう事なら喧嘩なんてやめて行こうぜ! 奢り奢り♪」
「ま、まあ無駄に声出してるよりも有意義よね。それじゃあ行きましょう加江須♪」
そのあまりの変わりように加江須は疲れたように溜息を吐きながら、意気揚々と先に歩き出した二人の後へと続いて行った。




