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加江須と黄美のやり直し


 放課後の学園の屋上、そこでは黄美が昨日の約束通りに屋上で加江須が来るのを待っていた。

 授業が全て終わり放課後になった後、黄美はいの一番にクラスを出て行き屋上へと駆け上がっていき加江須が来るのを待っていた。


 「(カエちゃん、カエちゃん、カエちゃん……)」


 黄美は加江須の名前を心の中で何度も連呼し、今か今かと愛おしい幼馴染を待ち続ける。

 ようやく加江須が自分の事をもう一度見てくれるようになったと分かった黄美。彼女は昨日の夜からほとんど眠れていなかった。授業中も上の空になっており、真面目な彼女にしては珍しいと教師やクラスメイトも思っていたぐらいだ。

 それほどまでに彼女は今日のこの放課後を待ち遠しく思っていたという事だ。


 せわしなく同じ場所をウロウロと行ったり来たりして加江須の到着を待ち続ける黄美であるが、実はもうすでに加江須は近くまで来ていた。


 屋上に出るためのたった一つのドア、よく見ればわずかにそのドアは開いており、その隙間から加江須が屋上で先に待っていた黄美の様子を眺めていた。


 「(くそ…いまさら何を緊張しているんだ俺は…)」


 放課後になってから屋上に行くまではスムーズに向かう事が出来たのだが、ドアを開けて視界に入った黄美を見ると何故だか足がすくんでしまいそのまま出ていけなかった。

 今まではもう黄美と関わるまいと思っていたからこそ、顔を合わせても何も感じはしなかったが、今は互いに話し合うと心に決めたがゆえにどんな顔をして出て行けばいいか分からないのだ。


 「くそ…情けねぇな俺…」


 また黄美に今までみたいに自分の何もかもを全否定されるのではないかと言う考えがここに来て強くなり、何度も足を踏み出そうとする加江須の意思と反してこのドアの向こうへと進めなかった。


 ――その時、加江須の背中がトンっと軽く押される。


 「え? 誰…あ…」


 ドアの向こう側の屋上で待つ黄美に引き合わせるよう、背後から何者かに背中を押されてドアを開いて前に進む加江須。


 ドアを開けながら背後を振り向くと、そこには小さく笑っている仁乃が立っていた。


 「(仁乃…?)」


 彼女は両手を前に出して加江須を押し出した後、屋上へと出ていく彼に向って口を開いた。

 仁乃の口からは言葉が出ておらず、口パクだけで加江須にメッセージを送っていた。


 ――『ウジウジしないで頑張りなさい!』


 仁乃の口の動きは確かにそう言っていた。

 またしても仁乃に最後の後押しをされ、情けなさと同時に彼女の行為がありがたかった。


 ――『ありがとう』


 加江須は仁乃と同様に声は出さずに口だけ動かして礼を言い、そのまま屋上へと消えて行きドアが閉められる。




 ◆◆◆




 ドアの向こうへと続く屋上に加江須が消え一人になると、仁乃は肩をすくめながら力のない笑みを浮かべてヤレヤレと手をかざした。


 「お節介はもうしないなんて言っておいてまた後押ししちゃってるじゃない。あのバカを取られたくないならこんな事すべきじゃないでしょ私」


 加江須に抱いている恋心が実る可能性が低くなる事を自分からしている事に仁乃はもう苦笑するしかなかった。


 「自分で自分の首絞めてどうするんだか…。ここまでお節介を焼いてあげたんだからきちんと話し合って、そしてケジメをつけなさいよ」


 そう言うと仁乃は階段を下りて行く。

 屋上での二人の会話は気になるが、自分がソレを覗く資格も聞く資格もない。長い間、幼馴染と言う身近な関係である二人の間に、彼と出会って間もない自分が割り込める訳がない。


 自分の胸の内ではこのまま立ち去りたくないと言う心の声が叫んでいるが、それを押し殺して階段を下りて二人から離れて行く仁乃。

 しかし階段を半分まで降りるとある人物と鉢合わせした。


 「あれ、あなたは…」


 仁乃の視線の先、階段の途中には昨日話した愛理が立っており不安そうな表情をしていた。

 彼女は今日一日上の空と言うか、どこか浮かれていると言うか、心ここにあらずの状態の黄美が心配で後をつけていたのだ。自分が加江須の後ろをこっそりつけていたように。


 仁乃は後ろの屋上へと一度視線を送ると軽く笑った。


 「今屋上は立ち入り禁止よ。加江須と愛野さんが使っているから」


 仁乃の説明を聞き愛理の体が一瞬だけ揺れる。その瞳は安心と不安、その相反する二つの感情が存在していた。

 加江須に黄美ときちんと話をしてほしいとは自分も思っていた愛理はソレが実現した事に対し安堵をしていた。しかしその一方であの二人がうまく打ち解けているかどうかが気になった。


 愛理の不安そうな顔を見て仁乃は階段を降りながら、横を通り過ぎる際にポンっと軽く肩を叩いて声を掛ける。


 「親友が心配なのは分かるわ。私も加江須の事が心配だし……。でもこれは私やあなたが立ち入っていい問題じゃないわ」


 それだけ言うと仁乃は階段を降りて行って姿を消した。

 その後ろ姿を眺めた後、愛理は逆に屋上の階段を上がって行こうと一瞬思うが一歩踏み出すと同時にその考えを捨てる。今すれ違った彼女の言う通り、これはあの二人の問題なのだ。そこに首を入れる事はおろか、覗き見る様な真似もすべきではない。


 「(黄美…がんばれ…)」


 親友に向けて声には出さず心の内で応援をする愛理。


 しばし屋上と自分の立っている階段を隔てているドアを眺めた後、仁乃に続いて愛理も階段を降りて行くのであった。




 ◆◆◆




 仁乃に最後の後押しをされて屋上へとやって来た加江須。

 

 加江須が屋上へとたどり着くと同時に黄美が加江須の目の前まで駆け寄って来た。


 「カエちゃん待ってたよ!! さあいっぱい話し合いましょう!! 私に言いたいことがあるなら全て言って!!」


 自分の姿を見たと同時に駆け寄って来た幼馴染に少し気圧されそうになった加江須。

 それと同時に必死になっている彼女の姿を見て加江須の中にある感情がじわじわと湧き上がってくる。


 「(ここまで必死になって…俺がこうなるまで追い詰めたのか…)」


 胸の内から滲んでくる罪悪感に加江須の心は痛みが生じ始める。

 加江須の表情が無意識のうちに僅かに辛そうに歪むと、それを瞬時に見抜いた黄美は加江須の事を悲しそうな眼で見ながら謝罪を口にし始める。


 「ああごめんなさいカエちゃん。そんな辛そうな顔をするなんて私がよほど追い詰めたんだね。ごめんなさい…」


 加江須の辛そうな顔を見て自分がまた何かしたのかと深読みをして勝手に謝り出す黄美。そんな姿がますます加江須を苦しめる。

 

 「…黄美、まず謝るのをやめてくれ。お互いに今日は話し合いをしようじゃないか」


 「……うん」


 加江須と黄美は屋上にある給水塔の真下の壁を背にして並んで座ると、互いに言いたい事を話し始める。

 

 最初に口を開いた方は加江須の方であった。


 「…黄美、まず最初にお前に謝らせてくれ」


 謝りたいと言って来た加江須の言葉に黄美は驚いた。彼女からすれば謝らなければならないのは自分の方であり、加江須に謝罪される理由が見当たらないからだ。

 

 「そんな! カエちゃんが私に謝る事なんて……」


 黄美が慌てたように口を開くが、加江須がソレを遮って話を始める。


 「いいから聞いてくれ。俺は…お前を突き放して幼馴染と言う関係を断ち切ろうと思っていた」


 加江須のその言葉を聞いて黄美の表情は悲しみに歪む。自分が彼にどのように思われているかは理解していたつもりであったが、ハッキリとその事実を言葉にして突き付けられてしまい更に彼女の心の傷が深くなる。


 黄美の表情を見て彼女の心情を察するが、加江須はさらに先を続けた。


 「昔と比べて変化したお前の態度に我慢が出来ず、お前から離れる事を選んだ。だがそのせいで……お前の心を傷つけた」


 そう言うと加江須は改めて自分のした事の罪の重さを感じ取りながらも最後まで話し続けた。


 「決してお前を傷つけたかった訳じゃない、と言うのは言い訳だな。ただ単純に関係を切りたいと思っていただけでも、俺の選択はお前を苦しめ続けてしまった。……すまなかったな」


 加江須は言い終わると頭を下げた。

 彼のその行動に黄美は両手をバッと前に出して頭を上げるように言う。


 「やめてカエちゃん! カエちゃんが頭を下げたり謝ったりする必要なんてないよ!! 全部、全部私のあなたに対しての接し方が問題だったんだから!!」


 そう言って黄美は自分のして来た事について語り出し、そして謝り始める。


 「昔は仲が良かったのに私は恥ずかしさからあなたに素直になれなくなった。年齢が進むにつれてカエちゃんを強く意識していって、でも無駄に大きくなった羞恥心を制御できずにそれを誤魔化す為に強気な態度を取る選択を選んでしまった…」


 こうして口に出せば出すほど、自分は何故今の様に自分の想いを彼に素直に告白できなかったか理解できなかった。そして何故、自分の感情を誤魔化す為に彼を貶す方法なんて思いつき実行し続けていたのか……。


 「自分の選択を今は死ぬほど後悔しているの。大好きな相手に対してどうして私は……」


 気が付けば黄美は無自覚に涙を流していた。

 零れ落ちる涙を横で見ていた加江須は彼女の痛々しいその姿を直視できず、思わず顔を背けてしまいそうになるが、自分のしようとしている事が間違いであると気付く。 


 「(馬鹿か俺は。ここまで来てなんでこのリアルから目を背けているんだ)」


 元々関係の無かった仁乃に後押しされたうえ、ここで苦しみながらも自分の後悔の念を話している黄美から逃げて良い訳が無い。

 背けていた顔を泣いている彼女に向け直し、加江須は彼女に言った。


 「黄美、俺はお前と縁を切ろうとしていた。でも…まだお前が許してくれるなら…また幼馴染としてお前を見ようと思う。だからお前も……」


 加江須が全てを言い終えるよりも早く黄美は加江須の腕を掴み、涙を流しながら首を縦に振って何度も頷く。


 「うん…うん…。カエちゃんともう一度幼馴染としてやり直したい。もしあなたが最低だった頃の私を許してくれるなら…もう一度……も、う…一度…ぐずっ…」


 涙をこぼして震え続ける弱弱しい幼馴染の姿を見て加江須は昨日の自分の姿と彼女を重ねる。


 今の黄美の姿は昨日の仁乃に泣きじゃくっていた自分と同じくとても弱弱しく、とても脆そうな姿であった。

 そんな放っておけば砕けてしまいそうな彼女の頭に手を伸ばす加江須。一瞬だけ躊躇い手が止まりかけるが、一度呼吸をすると加江須は黄美の頭の上に手を乗せてそっと撫でた。


 「ここから…ここからもう一度やり直してみようぜ黄美」

 

 「うん…うん!」


 黄美は涙でぐしゃぐしゃになった顔上げながら心から嬉しそうな笑顔をして頷き続けていた。




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