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少年は渦巻く万感の思いを吐き出す


 ゲダツを倒した後、仁乃から電話をもらった加江須は全速力で待ち合わせとなっている学園の屋上を目指して移動をしていた。人目のつかない場所では常人離れした身体能力を発揮していたので学園にはすぐに到着した。


 「よし到着。仁乃は確か屋上に来るよう言っていたな」


 目的の屋上をそのまま目指すが、まだ部活動などで居残りをしている生徒も多々いる為、流石に学園に入ってからは普通に歩いて屋上を目指す事にする。

 階段を昇って一番上の階まで行き、屋上の扉を開け外気にさらされながら周囲を確認すると、そこには自分を呼び出した仁乃が立っていた。


 「来たぞ仁乃。直接会って話したいって言っていたけど……」


 「…うん。ねえ加江須、こんな話をされると嫌な思いになるかもしれないけど勘弁ね」


 そう言いながら仁乃はゆっくりと加江須に近づいてきて、彼のすぐ傍まで寄って来た。


 「に、仁乃…?」


 どこか神妙な面持ちの彼女に対して少し戸惑いの色を浮かべる加江須。

 仁乃は一度目をつぶって深呼吸をし、加江須へと話を始める。


 「今日、この屋上に来た紬さんに色々と言われたのね――幼馴染である愛野さんについて」


 「っ!?」


 仁乃の口から出て来た黄美の名前に加江須の体は思わず石の様に硬直し、頭の中が真っ白になりかける。だが、そんな彼を落ち着かせようと仁乃は加江須の頬にそっと自身の手を優しく当てる。


 「落ち着いて加江須……ね?」


 いつもとは違い優しい声色で、口元にはやわらかい笑みを添えながら仁乃が加江須を落ち着かせようとする。固まった体をほぐすかのような優し気な彼女の声は真っ白になりかけた加江須の意識を現実に戻してくれた。


 我に返った加江須。彼は仁乃にどうして愛理から昼間の話を聞いたのかを問う。

 

 「何で…何でお前がこの問題に口を挟むんだ? これは俺の…俺と黄美の問題のはずだ。お前には関係ない事だろう…」

 

 そう言った加江須の表情は少しだけだが険しくなっていた。彼としてもこの問題には余計な詮索をしてほしくなかったという思いもあったのだ。それなにの仁乃はこの事に自分から首を突っ込む様な真似をしたので加江須としてはいい気分はしなかった。

 

 仁乃も首を突っ込んだことに関しては申し訳なく感じているのか、ゆっくりと頭を下げて謝って来た。


 「ごめんなさい加江須。あなたの言う通りこれはあなたとあなたの幼馴染である愛野さんとの問題よ。その事を分かっていながら私はそこに介入した。その事に関しては私が悪いと自覚はあるの。でも、見ていられなかったのよ――壊れそうなあなたの事を……」


 仁乃はそう言って下げていた頭を持ち上げ、しっかりと加江須の顔を見つめて理由を述べた。しかし加江須は仁乃の言った言葉の意味が分からず小さく笑った。

 

 「俺が壊れそう? はは、何言ってるんだよ仁乃? 一体何の話をして……」


 加江須が笑いながら何を言っているのかと問おうとするが、彼が全てを言い終える前に仁乃の方が先に口を開いた。


 「また無理している。そんな…そんな作り笑いなんてすぐ見破れるわよ」


 悲しそうな眼を向けながら仁乃は自分の胸元に手をやって両手を握りしめる。

 

 「昼休みに紬さんとの話が終わった後の加江須は違和感しかなかったよ。無理に笑って、無理に元気を振りまいて……まるでつらい出来事から逃れようと必死で……」


 「……はは、そう見えたか」


 自分の見せていた元気がただの上辺だけの物であることが見破られた加江須は自嘲気味に笑った。そしてそのままその場で糸の切れた人形の様に崩れるように座り込む。

 そんな彼に合わせるよう、仁乃も地面に膝をついて加江須と目線を合わせる。

 

 「なあ仁乃…俺はどうしたらいいか分からないんだ」


 首を突っ込んでほしくないと思っていながら、それとは相反して加江須は気が付けば自身の胸の内を仁乃へと語り始めていた。

 

 「黄美とは昔は仲の良い幼馴染だったんだ。よく一緒に遊びに行ったり、俺の事もカエちゃんなんて…随分可愛いあだ名で呼んでくれていた」


 「…うん」


 「いつも優しい笑顔を向けてくれた。そんなあいつの事を…好きになりもした。でも、あいつは成長するにつれて変わっていって……俺を見なくなって、それで…ついには俺の存在を否定までして来たんだ。えらい変わりようだぜ…はは…」


 「そっか…」


 加江須は座り込み地面を見つめながらひとつ、またひとつと自分と黄美の関係を語り続ける。

 そんな彼の問わず語りに対して仁乃は短く相槌だけを打つ。決して余計な口は挟まず、加江須の中に溜まっている想いを全て吐き出させようとする。


 「そしてあいつに告白したんだ俺。でもフラれて…馬鹿にされて…それで学園を飛び出してよ……最後は車に撥ねられた」


 「! そっか…じゃあ加江須はそれで転生したの?」


 「……」

 

 無言のままコクリと頷く加江須。

 そんな彼の事を辛そうな目で見ながら、仁乃は加江須の頭を優しく撫でてあげる。


 「まだ言いたいことはある? 全部、全部言っていいんだよ。私が最後まで聞いてあげるから……」


 仁乃は加江須の頭を優しく撫で続けながらまだ言いたい事が無いかを聞いた。

 しばらく地面をぼーっと眺める加江須であったが、そこから更に胸の中に溜めこんでいたモノを吐き出し始める。


 「フラれたのは別に…ショックだったけどまだいいんだ。でも…でも告白の後の黄美のヤツの罵声には耐え切れなかった。身を割かれる様な思いだったんだ」


 最初は普通に話していた加江須であったが、次第にその声は震え始める。


 「死ぬほどショックで…しかも一度死んで…俺はアイツが、黄美のヤツがこの世の何者よりも嫌いになったはずだったんだ」


 声の震えはドンドン大きくなり、次第に嗚咽も交じりはじめる。


 「それなのに俺の死に際に今更アイツは…し、心配したように泣き叫んで……俺の手を取って…あ、あう……ぐっ…!」


 加江須の口から出てくる言葉はどんどんと支離滅裂になり始め、そこに嗚咽も交じりもはや何を伝えたいのか半分くらいは分からなくなり始める。

 しかし仁乃はそんな彼の言葉をしっかりと受け止め続ける。


 「て、転生してから…は…うぐっ、もうアイツと関わらないように…した、のに…今更俺の事をカエちゃんなんて……何だよソレ…!」


 気が付いたころには加江須の瞳からボロボロと涙が零れ落ちていた。

 こうして口に出すと今まで胸の内に渦巻いていたモヤモヤが晴れていくと同時に、押し殺していた感情が溢れ出してくる。

 まるで穴の開いた壺の様な加江須の心から感情の水が零れていく。だがその零れて落ちる感情の水を仁乃と言う受け皿が受け止めてくれる。


 加江須はとうとう感情をむき出しにして叫ぶように胸の中の全てを吐き出した。


 「どうして死にゆく最後の最期であんな悲しそうな顔すんだよ!? どうして転生してもう関係を切ろうと決意してから今更昔の黄美のように優しくすんだよ!? ムカつく女のままでいてくれよ!! それならこんなに苦しい思いはしなかったのに!! うぐ…うぁ…くっ…い、今更優しさを見せるから自分が死ぬ直前に見たアイツの泣き顔がこびりついて離れないんだよぉ…ぐ、うぐっ…」


 ごちゃ混ぜの感情を吐き出して苦しむ加江須。

 震える加江須の頭を撫でていた仁乃は、さらに距離を縮めて加江須のことをそっと抱きしめる。


 今にも心が壊れてしまいそうな加江須を守るよう、ぎゅっと抱きしめて仁乃が口を開いた。


 「辛かったね加江須。大丈夫、今はここに私しか居ないから…だから思いのまま胸の内を零してもいいから……」


 「に…仁乃…」


 俯いていた顔を上げる加江須。

 今にも崩れてしまいそうな彼に対し、仁乃は微笑を向けた。


 「遠慮なく私に想いの丈をぶつけなさいな。私は先に転生した先輩なんだから」


 ――その言葉はついに加江須の感情の壁を決壊させた。


 「う…うわあああああああああああっ!?」


 加江須は仁乃に抱き着き、まるで子供の様に泣き始める。

 

 仁乃の言葉に加江須はもう限界だったのだ。自分の苦しみを受け止めてくれる、その言葉はずっと訳の分からぬ胸の内の痛みを持ち続けていた加江須にとっては救いの一言だった。

 まるで子供が母親に泣き付くよう、加江須は仁乃の胸に顔をうずめて声を出しながら泣き続けた。

 仁乃は加江須の頭を優しく撫でながら、彼が落ち着くまで抱きしめ続けてあげた。


 「に、仁乃、俺…俺はっ……うああ…」


 「……うん」


 いつの間にか仁乃の瞳にもうっすらと涙が浮かんでおり、それからしばらくの間、二人だけしかいない学園の屋上では加江須の全てを吐露し続けた泣き声が響いていた。




 ◆◆◆

 



 仁乃に抱きしめられながら泣きじゃくっていた加江須はようやく落ち着きを取り戻し、今は仁乃と並んで座りながら空を眺めている。

 見上げた空は夕焼けの赤みを帯び始め、気が付けば随分と屋上に居たようであった。


 「あー…その…悪かったな仁乃」


 少し気まずそうな表情をしながら加江須は仁乃の事を見る。

 彼女の制服は加江須の涙で湿っており、その染みが自分が子供の様に縋り付いていた事実を物語っており、今更ながら加江須は少し恥ずかしくなった。


 「制服汚しちまったな。ごめん…」


 「別にいいわよ。それより、もう大丈夫?」


 仁乃は湿った制服など気にせず、それよりも加江須の今の状態を確認する。

 散々泣いてみっともない姿を見せ羞恥心を感じながらも、加江須はスッキリとした笑顔を仁乃に向けた。


 「ああ、もう大丈夫だ。ありがとな」


 「ふう…やっといつものあんたに戻ったわね。全く手間をかける後輩クンよ」


 「まだ先輩後輩なんて言っているのかよ」

 

 「あれぇ、今まで縋り付いて泣いたくせにそういう事を偉そうに言えるのかしら?」


 口元に手を当ててニマニマと笑う仁乃。

 その事を言われてしまうと何も言い返せずに黙り込む加江須。


 「そ、その事については感謝もしてるし申し訳なくも思ってるよ。あまりいじらないでくれよ」


 ばつの悪そうな顔をしながら頭をかく加江須。

 

 「……一度、黄美と話し合ってみるよ」


 そう言いながら加江須は立ち上がると、夕焼け空を見上げながら自分の決意を口にする。


 転生してからは黄美に関わるまいとしていたが、それはきっと彼女に怒りを感じていただけではない。死ぬ直前の出来事のせいで、黄美と関わる事を心の片隅で恐れていたのだと思う。


 加江須の決意を聞いた仁乃は満足そうに一人頷くと、膝を払って彼の隣に並んで立つ。


 「私のお節介はここまで。この後は全部あなた次第よ加江須」


 「ああ、分かってる。……ありがとな、仁乃」


 自分の苦しみを受け止め、そして臆病な自分をそっと後押ししてくれた仁乃に対し加江須は今度は笑ってもう一度彼女に礼を言った。


 「本当にありがとう仁乃。お前が傍に居て…本当に良かった」


 その言葉を向けられて少し頬が赤く染まる仁乃であるが、彼女は嬉しそうに笑い返してくれるのであった。

 



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