親友の為、好きな人の為に
「加江須……なに話してるんだろう?」
屋上の外へと連れ去られた加江須の事を待ち続ける仁乃であったが、もうあれから随分と時間が経っている。
軽い話をするだけならばそこまで時間はかからないだろう。これほどまで時間がかかるという事は何やら揉めているのかもしれない。
「やっぱり様子見に行こうかな…」
加江須には待っている様にと言われているが、流石に少し心配になって来た仁乃。
思い切って乱入しようかと思いドアの近くまで寄ると、彼女がドアを開けるよりも先に向こうからドアが開けられた。
「よお、待たせたな仁乃」
ドアを開けたのは加江須であり、先程まで一緒に居た愛理の姿はもう見えない。
「話し終わったの加江須? 随分と時間喰っていたけど…」
「ああもう大丈夫だ。それにしても仁乃、お前ドアの前で何をやっていたんだ? さては盗み聞きしようとしたのかぁ~」
何やら意地の悪い表情しながら近づいてくる加江須。どこか普段の彼らしくない態度に少し違和感を感じつつも、図星を突かれて少し焦る仁乃。
「え、ち、違うわよ。ただその…あ、あんたがあの娘にいやらしい事をしていたんじゃないかと心配していたのよ!!」
「ぶはっ! 何でそうなるんだよ!」
加江須の言う通りいよいよ盗み聞きしようとしていたのだが、図星を突かれて恥ずかしくなり滅茶苦茶な誤魔化し方をする仁乃。
予想外過ぎる返しに思わず吹き出してしまう加江須。
「たくっ…まさかそんな返し方をしてくるなんて思いもしなかったぞ。どういう思考を辿ればその回答に行きつくんだよ?」
「……まえに私の胸を触ったくせに…」
「うぐっ、ソレを言われると…」
事故とはいえ過去の事実を突きつけられた事で、胸を押さえオーバーなリアクションを取る加江須。
「(……ん?)」
加江須の取る過剰なリアクションに少し違和感を感じる仁乃。
なにやら先程から加江須の様子が少しおかしい。特別何かが変わったわけではないが、何か少し無理やり元気そうに振舞っているように見えるのだ。
「ねえ加江須…あの娘に何か変な事でも言われたの?」
「いや別に特別な事は聞かれていないよ。それよりもうすぐ昼休みも終わる。教室に行こうぜ!」
「え…うん…」
やはり今の加江須には何か違和感を感じてしまう仁乃。
先程の愛理との会話についての話題を振るとすぐに終わらせるし、それに先程から妙に元気と言うか明るいと言うか…こう、上手くは言えないのだが空元気を無理して出している気がする……。
「じゃ、教室戻ろうぜ」
笑顔でそう言って先に屋上を出ていく加江須。
その後姿を見て仁乃は少し不安そうな顔をしてそっと呟く。
「ねえ加江須…一体何を言われたの? そんな無理して元気出してるふりなんて…似合ってないわよ…」
◆◆◆
放課後となり学生たちが学園の外を出ていく中、校門の塀に背を預けて一人の少女が〝ある二人組〟が出てくるのを待っていた。
「たく…ようやく学校が終わったか。待ち疲れたぜ」
学園の前で待っていたのは今日の放課後にゲダツを討伐する約束をしていた氷蓮であった。
彼女は〝とある事情〟から学校は通っていないので一時間程前からここで加江須たちを待っていたのだ。
氷蓮が目的の二人が来るのを待っていると、学校から出て来た一般生徒が氷蓮の横を通り過ぎる際に何やら囁き合っていた。
――『誰だあの娘? うちの生徒じゃないよな?』
――『けっこー可愛いじゃん。ちょっと俺、声かけてみよ―かな…』
まだ授業を受けていた時間帯はあまり目立つこともなく待ち続ける事が出来たが、下校時間となると一般の生徒達の目が少し気になり始める。今だって彼女はそれなりに注目を集めており、学園の近くで待っていた事を軽く後悔する氷蓮。
こんな事ならこっちから電話して向こうに待っていてもらうべきだったと思っていると――
「おお氷蓮、わざわざ学校で待っていたのか?」
お目当ての内の1人である加江須がやって来た。氷蓮に軽く手を振りながら小走りで駆け寄って来て彼女と合流を果たす。
「おせーよ、危うく周囲の目に耐えられずに帰っちまうとこだったぜ」
「またまたそう言うなよ。たくっ、冗談きついんだからなぁ」
「(あん? なんかコイツ変じゃね?)」
どこか陽気に話しかけてくる加江須に少し眉を顰める氷蓮。
いつもとどこか違う加江須の様子に仁乃と同様に違和感を覚える氷蓮であるが、彼女の場合はまだ仁乃とは違い加江須との付き合いも短いので違和感は憶えてもそれを追求はしなかった。
加江須に対して感じる不自然さをひとまず置いておき、氷蓮は彼の背後を見ながらもうひとりのじゃじゃ馬がどこに居るのかを尋ねる。
「あのおっぱい星人はどうしたよ? お前に引っ付いて一緒に来るのかと思ったけど…」
「ああそれなんだけど、仁乃は少し用事が出来たとのことで今日は俺とお前だけでゲダツの元へ向かって欲しいんだと」
「ああ? あのじゃじゃ馬、昨日電話で人様にあれだけ文句言っておいて何だそりゃ?」
◆◆◆
加江須と共に本来はゲダツの討伐に向かう予定だったの仁乃は急遽予定を変更し、ゲダツに関しては加江須と氷蓮の二人に任せていた。
「さて…まだ居るかしらね」
加江須に予定が出来たと言っていた彼女はまだ学園内に残っており、昼休み時に加江須に絡んできた少女を探していた。
他のクラスの様子をガラス窓から覗いて回っていると、目的の人物の居るクラスを見つけた仁乃。
「居たわね、あれ…?」
窓からクラス内を覗くと昼休みに見た水色の髪をした少女が居た。確か名前は紬愛理…だったはずだ。その彼女はクラス内の1人の女子生徒に話しかけていた。
「あれって確か…愛野さんよね」
愛理は有名人である黄美と何やら話し込んでいた。いや、というより仁乃の眼には愛理が必死に黄美を励ましている様に見えた。
「とにかく今はあの紬って子から話を聞かないと…」
ひとまず一緒に居る黄美の事は置いておき、愛理に声を掛けるべくクラスの中へと入っていく仁乃。
クラス内に足を踏み入れると愛理も仁乃の存在に気づき、黄美に一言言葉をかけると仁乃の方へと歩いて行く。
「…何か用かな?」
警戒心を隠そうともせず愛理は仁乃に何の用なのか尋ねる。
仁乃はクラスを軽く見渡した後、彼女の手を掴んで一緒に来るように促す。
「悪いけど一緒に来てくれないかしら? 昼間の事で訊きたい事があるの」
「……分かったわ」
愛理は少し悩んだ後、一度黄美の方を不安そうに見て、それから再び仁乃に向き直り頷いた。
◆◆◆
クラスを出た二人は昼休みと同じ場所、屋上へとやって来ていた。
二人きりになれたことで早速仁乃は愛理に昼休みの時、加江須に何を言ったのかを問いただそうとする。
「紬さん、だったわよね。加江須に一体何を言ったの?」
「…どうしてあなたに教える必要があるの? あなたには関係ない事だからこそあの時二人で場所を変えて話しをしたのに」
愛理の言い分はもっともだろう。自分には関係ない事だからこそあの時、彼女は加江須だけに声を掛けたわけだ。そしてその事をこうして掘り返す様にすることも最低な行為なのかもしれない。
だがそれでも、仁乃は自分の行為を愚かと理解していながらも愛理に昼間の真実を聞き出すことにしたのだ。
――仁乃の脳裏には無理をして元気に振舞う加江須の顔が思い浮かんだ。
「紬さん…あなたとの話が終わった後ね、加江須の様子が少し変だったわ。なんだか無理に元気に振舞っていて、まるでつらい出来事から逃れようと必死になっているようにね……」
仁乃のその言葉を聞き、愛理は思わず息をのんだ。
「何よそれ…それじゃまるであの娘と同じ反応じゃない…」
「あの娘?」
愛理はとても小さな声で呟いたのだが、仁乃の耳にはちゃんと届いており誰の事を言っているのか質問をする。
「誰の事を言っているの? その、あの娘って…」
「!? き、聴こえたの。凄い小さな声で言ったのに…」
「まあね、それで誰の事を言っているの? 今私があなたから聞きたい事と関係のある人なのかしら?」
普通の人間ならば聞き逃していたのかもしれないが、神力で強化されている転生者の耳にはしっかりと届いていた。
仁乃に迫られしばし無言でいた愛理だったが、やがて諦めたかのように彼女は小さく息を吐いた。
「ねえ、あなた名前は?」
「え? ああ、そう言えば私だけまだ名前言ってなかったわね。仁乃…伊藤仁乃よ」
「そう…ねぇ伊藤さん、あなたは久利君とどういう関係なの?」
「え、ど、どういう関係って…その…友達よ」
「友達か。そうだよね…友達が苦しんでいると分かったら放っておけるはずないよね」
アハハと小さく笑うと観念する事にした愛理。
「分かったわ。昼休みに彼と何を話していたか教えるわ」
本当はどれだけ強引に迫られても喋ろうとは思っていなかった愛理であったが、くだらない興味本位ではなく友達の為に自分の前に現れた仁乃の事をつっぽる気にはなれなかった。元々自分だって親友の為に加江須の元まで訪れて話をしたのだから……。
そして愛理は全てを話した。昼休みに自分が加江須と一体何を話していたのかを……。
◆◆◆
「すげーな…もう片付いたぜ」
目の前で光の粒となり消えて行くゲダツを見ながら氷蓮は先程の戦いを思い出していた。
結局、仁乃は置いて行き加江須と氷蓮だけでゲダツの退治に向かう事となった。
ゲダツが潜伏しているであろう目的の場所まで氷蓮が案内して無事に目的地に着いたのだが、到着と同時に氷蓮から聞いていたゲダツが奇襲で襲い掛かって来たのだ。
――しかし勝負は一瞬で決着が付いた。
不意に現れたゲダツに氷蓮が身構えた時には既に加江須が動いており、ゲダツを殴り飛ばしていた。
そのまま吹き飛んだゲダツに跳躍して近づき、上空に蹴り飛ばすと凄まじい速度で放たれた火炎砲がゲダツの肉体を貫き、それで勝負は決した。
「(たくっ…まさかこうまであっさり片付けるとは。味方であるうちは頼もしいが敵だと思うとぞっとするぜ)」
そう思いながら隣に居る加江須を盗み見ると、思わず彼女の血は凍った。
氷蓮の目に映った加江須の横顔はとても恐ろしく見えた。
ゲダツを難なく倒せたにもかかわらず、まるで何かに腹を立ててるかのような怒りの表情を浮かべていたのだ。
しかしそれも一瞬の事、すぐにまたいつもの穏やかな表情に戻ると氷蓮に声を掛けて来た。
「討伐完了だな」
そう言って加江須は手を上げ、その意味を理解して氷蓮も手を上げてハイタッチを交わした。
「じゃあこれで今日はもう解散だな、お疲れさん!」
「あ、ああ…じゃあまた…」
別れを言うと加江須はその場から立ち去っていく。
その後姿を眺めながら改めて今日の加江須に対して抱いていた氷蓮の中の違和感は膨れ上がった。
「マジでどうしたんだアイツ?」
ゲダツを一瞬で仕留めたにも関わらず何かに対して苛立ちを感じ、さらには無理やりに元気よく応対する姿勢。さっきのハイタッチだってどこか変だ。わざわざあんな事なんてアイツがするだろうか…?
「なんか調子が狂うなー…。もしかして仁乃と喧嘩でもしたのか?」
◆◆◆
ゲダツとの戦闘が終わった後、加江須はどこかイラついた表情をしていた。
「……くそっ」
彼は道端に落ちている石を蹴り飛ばした。
彼が苛立つ理由は昼間の出来事をずっと考えていたからだ。
黄美の親友を名乗る愛理との会話、その彼女から聞かされた黄美の今の不安定な状態。
そして…自分の記憶の奥底に眠っていた出来事。死の間際、魂が抜け落ちていく自分を懸命に呼びかけ、そして泣いていた黄美の泣き顔。
「くそっ!」
先程よりも大きな声でそう言って頭を左右に振り、余計な考えを全て叩き捨てようとするが無意味な行為であった。
どうしようもない怒り? 悲しみ? 纏まりのつかない感情を抱えて歩いているとポケットが振動で震える。
「電話…?」
ポケットからスマホを取り出して画面を確認する加江須。
スマホの画面には仁乃の名前が出ており、タッチして耳にスマホを当てる。
「もしもし仁乃か。どうしたんだ?」
『加江須…ゲダツの方はどうなったの?』
「ああそっちはもう片付けた。それよりお前の方こそ用事っていったい何だったんだ?」
加江須が既に戦いを終わらせたことを通達すると、仁乃の安堵した声が聴こえて来た。
「何だ仁乃ぉ、安心した声が出てたぞ。もしかして俺の心配してくれたのかな、ははは…」
『……ねえ加江須、今から学校に戻って来れる?』
「え…。まあ早く片が付いたから戻れるけど……何かあるのか?」
『うん、話したいことがあるの』
「電話じゃダメなのか? 今この通話で話せば済むだろう」
こうして電話越しとはいえ会話を現在進行形で行っているのだ。言いたい事があるのであれば今スマホを通して言えばそれだけで済むはずだが……。
しかし仁乃は落ち着いた口調でソレを却下した。
『直接話したいの。こんな顔も見えない状態じゃない、あなたと会って直接……』
「……分かった。じゃあ今から学校に戻るよ。落合場所は屋上でいいか?」
『うん……待ってるからね』
そう言って通話は切り、自分のスマホの電源を落とす。
「どうしたんだ仁乃のヤツ…」
わざわざ学校に呼び出して直接話したいなどよほどの事かもしれない。
周りに人が居ない事を確認すると、加江須は一気に空高くまで跳躍をして全速力で学校を目指した。




