鮮やかな逃亡
ファーストフード店を出て刹那と別れた後に河琉は自身のスマホの画面を眺めていた。そこには新たに登録された刹那の番号が画面に表示されている。
「オレもまた随分と面倒な女に目を付けられたな」
刹那からこの町に陰で潜んでいる人型ゲダツの存在を教えてもらった見返りとして彼女から電話番号を訊かれたのだ。彼女にとっては河琉は世界の裏側をよく知っている貴重な存在。是非とも近しい存在になりたいとねだられたのだ。
番号を訊かれた時には目の前の女に教えるべきかどうか少し悩んだ。それは刹那と言う女は自分とはタイプは違うが狂気を孕んでいると言う点においては同類だと直感で理解したからだ。そのような破滅型の人間と関われば碌な目に遭わない事は良く理解している。何しろ自分自身がその破滅型なのだから。自分の様な人間と関わると碌な目に遭わないと自分自身で胸を張って言えるくらいだ。
「さて、まずは刹那のヤツから見せてもらった映像に映っているコンビニの方に足を運んでみるか……」
河琉はスマホを仕舞い込むと口元に歪な笑みを浮かべながら刹那の動画が撮影された場所までまずは足を運ぶ事にした。もちろんあのコンビニにまたあの人型ゲダツが居るなんて都合の良い展開は考えていない。だがあの付近に居を構えているのならばゲダツ特有の気配をあの付近からなら探知できるかもしれない。奴等の持つ気持ちの悪い気配は早々隠し切れるものではない。
「灯台下暗し、なんて言うしな。案外人間社会に溶け込んであのコンビニの近くのアパートにでも住んでいるかもな」
そう考えると少し笑えて来る。人の悪感情から形作った化け物が人間として生きようとしている姿は想像すると酷く滑稽だ。
「まあゲダツの思想なんてどうでも良い。オレはただ刺激のある人生を楽しめるなら何だって構いやしないさ」
彼の頭の中にはこの町に現れた新たなゲダツと戦いたいと言う戦闘欲求しかなかった。その為にむざむざライトが姿を見せた近辺にまで足を延ばそうとするのだ。刺激が欲しいがために命の危機のある戦いに自ら望む。まさに破滅型タイプの人間と言えるだろう。
早速目指すべき場所まで足を運ぼうと一歩踏み出した瞬間にスマホの着信音がポケットの中から鳴り響いて来た。
いきなり出鼻を挫かれた感じで舌打ちをしながら今しがた仕舞い込んだスマホを再び取り出した。すると画面に出ている番号に少し目を丸くした。
「ん、また随分と珍しい相手からだな」
連絡して来た相手は自分と同じ学園の転生戦士である白からであった。
同じ学園の転生戦士同士と言う事で彼女とは一応連絡を交換し合ってはいたが、自分からも彼女からも連絡を入れた事はこれまでなかったが……。
「はいもしもし、オレのようなろくでなしに何か用か〝先輩〟?」
『ひねくれているあなたが素直に出てくれてホッとしましたよ』
互いに相手をからかう様な軽口を送りつけながら会話を始める二人。そして白から電話を寄こして来た理由を聞き僅かに河琉の目付きが鋭くなった。
「へえ、そっちもゲダツの調査中だったか。もしかしたらオレと同じターゲットを追い掛けているのか?」
『同じターゲット? それは一体どう言う事でしょうか…』
どうやら白の友人やその周辺にもゲダツの被害が波及しているらしい。その調査に彼女は今乗り出しておりその件の協力を自分に仰ぎたいらしい。しかし河琉には彼女の調査している件と自分が調べようとしている人型ゲダツが何かしらの関わりがあるように直感的に感じた。もちろん何も根拠などはない、言うなればただの直感だ。
一方で河琉の言葉に疑問を感じた白から同じターゲットとはどう言う事かと訊かれたので河琉は自分が今あるゲダツを追っている事を伝える。するとスマホの向こう側から彼女の小さく息を呑む声が聴こえて来た。
『一度顔を合わせて互いの情報を共有しませんか? 今のあなたの話を聞いて私も私で確認したい事が出来ましたので…』
何一つ異論のない河琉は頷くと集合場所を決める。偶然にも彼女が今居る場所は自分がこれから向かおうとしていたコンビニの近くだったので、二人はライトの殺人映像が撮影されたコンビニに集合する事となったのだった。
◆◆◆
河琉と白の二人が互いに連絡を取り合っているその頃、同じ神正学園の転生戦士の烈火は二人が追い続けている人型ゲダツであるライト、レフトの二人と激闘していた。
「まったく…帰りが遅いと思ってみればいきなりの救援要請、案の定転生戦士に付け回されていたなレフト」
「いやぁ、悪いなライト。でもお陰で助かったぜ」
あと一歩でレフトを撃破できる寸前だった烈火の前に彼の相方であるライトが現れたのだ。恐らく逃走しながら連絡を入れていたのだろう。
やって来たライトの腕からは紅蓮の炎が纏われており轟轟と燃え盛っている。そのまま彼は炎が燃え盛っている腕をブンッと烈火目掛けて振るうと波状の炎が烈火目掛けて飛んで行く。
「チッ、喰らうか!」
しかし迫りくる炎の攻撃に対して彼女は足元の地面を操り、隆起してめくり上げた地面を盾にして炎による攻撃を遮断する。
烈火が地面をまるで粘土の様に操る様子をライトは冷静に観察していた。
「ほお、どうやらあの転生戦士は地面を操る能力者みたいだな。随分と面倒な相手だな……」
「ああ、気を付けろよ。いきなり足元から地面が隆起してくるかもしれないぞ」
炎を放出し続けて牽制をしているライトの隣ではレフトが烈火の能力について忠告を入れる。
どうやらあの女と戦ったレフトによれば純粋な土でなくとも地面ならばコンクリートでも操れるらしい。
「まあアイツの能力がどうであれあまりこの場に留まり続けるのは少し不味いな。これ以上騒ぎを大きくしてしまうと最悪他の転生戦士が騒ぎを聞きつけてやって来るかもしれないしな」
「ああ、で、どうする?」
ライトの言葉に対して頷き肯定を示すレフト。そしてどうするのか尋ねる。
「元々俺はお前の回収が目的だ。ここは一旦引くぞ」
そう言うとライトは両手を烈火へと向けると今まで以上に火力を上げ、烈火の視界は一面全て炎で埋め尽くされてしまう。
しかし彼女は自分の目の前に隆起した地面を盾として打ち立てているのでライトの放つ炎熱が肌を焦がす事は無い。だがライトの攻撃を防御しながらも烈火は眉をひそめていた。
「(どう言う事だ? この攻撃…範囲は確かに広いが威力はかなり乏しいぞ。下手をしたらこの壁を取り払って突っ込んでも大丈夫なんじゃないか?)」
ライトの放ち続けている火炎攻撃は烈火の想像通り派手ではあるが中身はスカスカで威力が伴っていない。こんな攻撃などどれだけ放たれても痛くもかゆくもない。
「チッ、いつまでもこんなコケ脅しで足止め出来ると思うな!!」
さすがにこの硬直状態にもどかしくなった烈火はこのまま多少のダメージや火傷覚悟で炎の中を突っ切りライトたちへと突っ込もうかと考えた矢先であった。
いきなりメラメラと燃え盛っていた炎はピタリと止まり一面炎の世界が正常な世界に戻った。
攻撃が止んだ事を察知して自分の目の前の地面を元の平地に戻して周囲を見渡す。しかしどうやら今の一面の火炎は目くらましだったようだ。まあそれを裏付けるかのように見た目は派手だが威力はかなり低かったのも確かだが。
「またしても迷うことなく逃亡を選択か。しかも気配の消し方も鮮やかだ……」
目くらましの時間は決して長時間ではなかったので恐らく姿は見えないがまだそう距離は離れてはいないのだろう。しかし流石は長い間この町の転生戦士から逃げ切った二人、ゲダツの持つあの特有の不快感がもう感知できなかった。
「くそ…してやられた!」
悔しそうに地団太を踏む烈火ではあるがこんな八つ当たりをしても状況は変わらない。短い深呼吸を1度すると愚痴るよりも足を動かす事にする。しかし完全に直勘での捜索になる為に当ても無く、当然ではあるがその後に烈火はライト達を見つける事は出来なかった。
◆◆◆
無事に烈火から逃げ切れたライト達は既にアジトの廃墟へと戻っていた。
烈火から受けた負傷を自身で治療しながらレフトはグチグチと文句を言い続けていた。
「くそ、よりにもよってあんな強い転生戦士に見つかるとはな。ああ…くそッ!」
不運にも遭遇してしまった格上の転生戦士に一方的にやられた事を改めて思い返すと腹が立って仕方が無かった。戦闘中は烈火から逃げ切る事に集中していたので怒りを感じる余裕すら無くどう逃げようかと言う考えしか頭になかったがこうして落ち着いた場所に腰を降ろして自らの治療を行っているとあの時に惨めにやられた記憶が鮮明となってくる。
「ふざけやがって!」
「ぐあッ!?」
怒り任せに烈火から逃げる途中に適当に攫っておいた生餌となる人間を蹴り飛ばす。
全身を縄で拘束され身動きの取れない男性は胃液を逆流させながらゴロゴロと転がって行く。
荒れているレフトに向かってライトが少しは落ち着くようにと口を挟む。
「上手く逃げれたんだからそう苛立つなよ。餌にあたっても仕方ないだろ」
「うるせぇな! 分かってるよ!」
まるで子供でも諭すかのような物言いに若干だがイラッとするレフトだが少しは熱が冷めて来たのだろう。先程よりも表情に余裕が出て来たように見える。
まだ多少の怒りを顔に出しながらそのまま近くに置いてある椅子に腰を降ろすレフト。
「しかしどうするライト? 今回は上手くあの転生戦士を撒く事が出来たがこれでこの付近での狩りはしずらくなった訳だろ? いっその事別の町まで拠点を移すか?」
今回の烈火との遭遇戦で自分たちの存在が露呈した事を恐れて狩りの場所を移すべきか相談するレフト。だがライトはその提案に対して首を横に振る。
「俺たち二人なら拠点の移動もありだ。だがこれまで集めて来た下級ゲダツ達はどうする? さすがにこの大勢の個体を引き連れて移動するのはリスキーだ」
そう言われるとレフトは黙るしか出来なかった。自分たちだけならこの町を烈火を始めとした転生戦士達から気付かれずに逃げおおせる可能性は高い。だが下級タイプのゲダツ達は別だろう。いくら躾を施しているとは言えこれだけの異形がゾロゾロと外を歩けばすぐに転生戦士達の網に引っかかる。
「集めるべき目標としている下級タイプのゲダツの数はあと少しで揃うんだ。それまではこのアジトで変わらず慎重に行くべきだ」
ライトがそう言うとレフトは少し不安を感じつつも頷く。
だがこの二人は気付いていなかった。今日遭遇した烈火の在籍している学園にはまだ他に二人の転生戦士が存在する。そして、水面下に潜んでいた二人の存在はすぐに河琉と白にも知れ渡る事となった。




