神正学園、それぞれ動き出す
隠れ家として利用している廃墟から出て来たレフトは人の多い場所を目指して移動していた。また自分たちが管理下に置いているゲダツに与える為の餌を見繕う為だ。
しばし歩いていたレフトは商店の多い大通りへと出る。そこには何も知らずに平和そうにしている人間があちらこちらに居る。
「ハッ、自分たちが生贄として物色されている事も知らずにヘラヘラしてやがる」
間抜けな顔をして自分の前を横切る人々の姿を嘲笑するレフト。
彼がその気になれば目の前を歩いているこんな人間共など肉の塊に変える事も可能だ。だがそんな目立つ事をしてしまうとこの町の転生戦士に嗅ぎつけられるかもしれない。
「おっ、あそこのデブ、かなり肉付きがあるな」
しばらく餌となる人間を吟味していると彼の前を汗だくの太った中年が横切った。
ハンカチで汗を拭う肥満体の男性、傍から見れば健康管理が杜撰に思われるかもしれない体型だがレフトにとってはかなり有用な肉だ。
「よし…アイツにするか……」
標的とすべき相手を確定したレフトはそのまま男性の後を付け始める。
ここでは人目があり過ぎるので周囲の人間の眼が無くなった瞬間に攫う算段だ。彼の身体能力ならばほんの数秒周囲から視線が外れている状況になれば簡単に攫える。
「(よし……誰も見てないな……)』
しばし尾行しつ続けていると遂に周辺から人の気配が無くなり辺りには彼と標的としている男性だけとなった。無論ここは別に人の手がいきわたっていない場所ではない。少し時間が経てばまた他の人間とすれ違うだろう。そうなる前に彼は二人きりとなったこのタイミングで男性を攫おうとする。
だが彼が背後から魔手を伸ばそうとしたその時だった。
「ちょっと待ってもらおうか!!」
突然上空から聴こえて来た怒声に思わずレフトの伸ばしていた手が引っ込んでしまう。そして彼の前を歩いていた男性もその声に驚き辺りを見回し始める。
「な、何だ? どこから声が…?」
男性は辺りを見回すが声の主と思える女性はどこにも見当たらない。敢えて言うなら背後に金髪の青年が立っているが彼が声の発生源で無い事は明白。
一体どこからこの声が聴こえているのかと不思議に思っているとまたしても同じ女性の声が響く。
「ついに見つけたぞ!!」
次に聴こえて来た声量は先程よりも大きく、その声の発生源が上からだと気付き男性は天を見上げる。すると上空から一人の赤い髪の少女が落下して来たのだ。
「な、なんだぁ!?」
上空から大声と共に落下してくる謎の少女に男性は素っ頓狂な声を漏らしながら目を丸くする。
そんな男性の目など気にせず少女は地上に着地し、そして立ち上がるとそのままレフトに指を突き付けてこう叫ぶ。
「そこのお前! いきなりで悪いが少々お前には訊きたい事がある!」
「………」
自分の目の前に降り立った少女が転生戦士である事は一目でレフトは見抜いていた。そして突き付けられる威圧感から察するに間違いなくこの少女は自分がゲダツである事も見抜いているだろう。
「(くそ…気配は消していたつもりだったが遂に勘付かれたか……!)」
自分の目の前に遂に転生戦士が現れた事に対して内心で彼は舌打ちをする。だが彼も正直今の今までが出来過ぎだとは思っていた。いずれは転生戦士と対峙する事は覚悟の上だ。
「どうやらお前も私が何者か理解している様だ! それならば場所を移そうではないか!」
どうやら相手の転生戦士はこの場で戦闘を始めるつもりはないらしい。
しかしコイツさっきからうるせぇな。こんな近い距離で無駄に声張ってんじゃねぇよ……。
どこか暑苦しいテンションにうんざりするレフト。
そして二人から少し離れた場所で状況が掴めていない男性は視線を右往左往している。
「え…えっと…君達は一体…?」
「むっ、あなたは今すぐこの場から逃げた方が良い! 詳しくは言えないがこの金髪の男はずっと背後からあなたを付け回していたぞ!」
「え…あ…じゃ、じゃあ自分はこれで……」
少女の口から出た、ずっと後を付けていたと言う言葉に少し驚きながらも駆け足でこの場から離れて行く男性。
まあ彼がこの場を退散した一番の理由はレフトが後を付けていた事よりもこの少女とは関わりたくはないと言う思いの方が強かったのだが……。
こうして一般人をこの場から逃がせた少女は満足そうに頷くと改めてレフトに話し掛ける。
「さてこれで無関係の人間も居なくなった。とは言えここではまた人が来るかもしれん。改めて場所を移そうじゃないかゲダツよ」
「はっ、やっぱり俺の正体はお見通しかよ。だが、俺がそんな要求に従う義理はないだろ?」
「………」
レフトの言う通り彼には目の前の転生戦士の言葉に従う義理はない。周りの被害など気にせず思うがまま暴れても問題はない……と言いたい所ではあるが実はそうでもない。
「ま、いいぜ。それなら場所を移そうじゃねぇか」
「どうやら多少の話は通じそうだ。では行くとしようか」
レフトが自分の提案に素直に乗って来た事に少し驚いた少女だが彼女からすれば有難い。こんな場所で戦闘すれば無関係の一般人が犠牲になりかねない。
そしてレフトとしても余り人の居る場所で戦闘は望ましくはなかった。何故ならもし目の前の転生戦士を倒せても多くの人目に付いてしまえば他の転生戦士に自分たちの情報が行き渡る可能性もある。そうなれば〝まだ目的を達成していない〟レフトにとっては都合が悪すぎる。
互いの利害が一致した二人はそのまま並んで歩き出した。
「さて…しばらくは歩く事になるんだ。その間にせめてお前の名前ぐらい名乗ってくれよ」
別にこの女と和解しようなんて考えはサラサラ無い。だがただ無言で歩くのも気まずく何となく相手の名前を尋ねるレフト。
その質問に対して彼女は特に気にする事もなく自身の名前を告げた。
「私の名前は轟烈火! 貴様の悪事を食い止める為にこの力を振るう転生戦士だ!」
そう言いながら彼女は強い敵意と共に燃え盛る瞳をレフトへと突き付けるのであった。
◆◆◆
神正学園の転生戦士、河琉と烈火がそれぞれ行動を起こしている頃、最後の1人である武桐白はある人物と連絡を取り合っていた。とは言えその電話相手は決して彼女にとって良好な関係の相手ではなくむしろその逆、彼女にとって因縁浅からぬ相手であった。
「それで、一体私に何の用ですか?」
『そんなツンケンしなくてもいいじゃない。一応は同じ転生戦士、つまりは味方なのだから』
「随分と面白味の無い冗談ですね。あなたに盛大に裏切りを受けた私に『味方』なんて単語は当てはまらないでしょう……仙洞狂華……」
彼女の電話相手はなんとかつての仲間であった転生戦士、仙洞狂華であった。
もちろん白の方から彼女に連絡を取った訳ではない。相手の方からいきなり連絡があったのだ。
「一体何のつもりで私に連絡して来たんですか? 出来る事なら今すぐ通話を切ってしまいたいのですが……」
『そう言いながら話し相手を続けてくれる。相変わらず優しいのね…』
正直今この瞬間、彼女は自身のスマホを思い切り壁に叩きつけたい衝動に駆られるがすんでのところで堪える。
「いい加減に何が目的かを口にしてください。次ふざけた事を言う様ならもう結構、このまま通話を切ります」
さすがにこれ以上刺激しては本当に通話を切られると思った彼女は口調こそは軽いが要件を告げ始める。その内容を最初は適当に聞いていた白であるがすぐに表情が深刻になった。
「……転生戦士で組まれたチーム同士の抗争…ですか……」
『ええ、どうやら久利加江須は興但市へと乗り込むようよ。ちなみに私も彼らとは別行動で乗り込む気よ』
どうやら自分がラスボとの戦いを終えた後にまた彼等は面倒な戦いに巻き込まれていたようだ。しかし次から次へと強敵が彼の目の前にポンポンと現れるものだ。
『それであなたはどうするの? この話を聞いて行動を起こす? 起こさない?』
確かに今の話を聞き白としても思う部分はある。しかし今彼女はこの焼失市内で起きているある異変を調査していた。
「私は今回は外の興但市で起きている戦いにまで足を延ばす気はありません。今この焼失市内で少し問題が起きている真っ最中ですので……」
『へえ…その分だと焼失市でも面白そうなイベントが起きているみたいね。そっちの方も面白そう…』
「興味を持つのは勝手ですが別段あなたの助けなど無用です。むしろこの焼失市内で遭遇するようなら斬り捨てますので」
『あら怖い。そんなこと言わず……』
相手から訊きたい事を全て聞き終えた彼女は狂華の話を途中で切って通話を強制終了してやった。
画面が黒く染まったスマホの画面を見つめながら彼女は久利加江須達の事を考えていた。
彼等は決して見知らぬ他人と言う間柄ではありません。本当ならば加勢しておきたいところですが今私が追っているゲダツを放置しておく事は出来ません。申し訳ありませんが今回は不参加と言う事にしましょう。
現在彼女はこの焼失市内で息を潜めているあるゲダツを調査していた。
今から数日前に自分のクラスメイトにある異変が起きた。その友人は所謂ブラコンと言うものであり、いつも自分の兄の良さについて友人達へと語っていた。その中には白も含まれており、よく友人の兄自慢に無理矢理付き合っていた。だがそんな兄を慕っている友人が突然兄の話をしなくなったのだ。その事を疑問に感じた彼女はクラスメイトに尋ねる。最近急にお兄さんの話をしなくなりましたねと……。
――『え、私に兄貴なんて居ないけど?』
その言葉で彼女は理解した。自分の友人のすぐ近くにはゲダツの影がある事を。そして調査してみれば彼女の生活している近隣でゲダツの被害が複数確認できた。この事態はかなり不味いのだ。ゲダツに襲われた者は世界の記憶から消えてなくなる。だがそんな事が多発すれば消えた人間の修正が追いつかず最悪修正に対応し切れず町一つ消える事があると神から聞かされている。
これ以上の失踪、否消失事件が起きぬようにここ最近では被害箇所が最も多い付近のエリアを必死になってパトロールしているのだ。
「しかし調査して今日で4日目、未だに手掛かりはゼロ」
やはり自分一人では調査にも限界がある。誰か協力をしてくれる人物は居ない物かと考える彼女だが久利加江須達は興但市の方で手一杯。ならば他に協力できそうな転生戦士と言えば……。
そこまで考えると彼女の脳裏には一人の少年の姿が思い浮かぶ。
「……まだ完全に信用できるわけではありませんが…彼にも協力を求めてみましょうか……」




