表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
330/335

生餌


 放課後の掃除をサボって河琉は刹那と共に近くのファーストフード店へと来ていた。

 注文した山盛りのポテトを口に含みながら河琉は先程にクラス前で話していた刹那のスマホ内の動画についての話を彼女と再開していた。


 「それで…お前は結局はどうしたい訳? オレにあの動画を見せて、そしてオレの正体が普通の人間でない事が分かったからと言ってだからどうすると言うんだ?」


 あの映像は確かに河琉にとってはとても興味をそそる物であった。

 この町にはまだフォックス以外にも人型タイプのゲダツが潜んでいる事を知って戦闘狂の河琉にはまた楽しみが出来た。だがこの映像を提供した目の前の刹那はこの事実を知っても何かが出来るわけではないと思う。

 現に刹那は自分のような転生戦士でもなければ神力も扱えない。特殊能力だって持ち合わせてはいない正真正銘の一般人だ。


 一体目的は何なのかと尋ねると彼女は感情を読み取りずらい無表情でこんな要求をして来たのだ。


 「私の目的は世界の裏の非日常を一つでも多くこの目に焼き付けたいだけ」


 彼女の目的は純粋な非日常への探求心であった。

 

 猪錠刹那にとってこの世界は本当に退屈そのものであった。

 学校へと行けばクラスの連中は他愛のないありふれた日常の些末事を楽し気に話し合う。


 ――何でそんなどうでも良い事を馬鹿笑いしながら話し合えるの?


 そして街を歩けばすれ違う人々は退屈そうな瞳をしている。


 ――どいつもこいつも刺激がないせいで目の奥が死んでいる。そして私も例外じゃない……。


 毎日毎日が刹那にとっては苦痛で仕方が無かった。

 学園の授業で過去の偉人の名前など暗記して何の意味がある? 複雑な数式など必要以上に学んでもソレを活用して生きて行く生徒だって一握りだろう。そんな意味の見いだせない暇つぶしの為の学園生活に反吐が出そうだった。そしてそんな意味のない学園生活で笑い合うクラスメイトも腹立たしかった。


 自分たちの人生はたったの一度しかない。そんな希少な限りある生存時間を毎日毎日無意味に浪費する生活に辟易していた。だからこそ彼女は刺激欲しさに常人では理解できない趣味に目覚め始めたのだ。

 きっかけはインターネットで誰が撮影したのか分からない殺人の映像を偶然観賞した事であった。勿論すぐにその映像は削除された、そもそも本物かも定かではないのだがその映像を始めて見た時の彼女の衝撃は凄まじいものであった。


 ――ああ……これが人間の死ぬ瞬間かぁ……。


 人の生が終わり凄惨な最期を向かえる瞬間の映像は平凡で退屈な日常では得られない刺激であった。それから彼女は普通の人間の感性では受け入れられない映像などを見て刺激を求めるようになっていった。

 その結果ついに彼女は河琉達の領域の世界にまで足を運んでしまった。


 「私はこんなクソ下らない表側の世界の風景なんてどうでも良い。毎日毎日代わり映えの無い風景なんてもう飽き飽き。私は……あなたの住んでいる世界を覗きたい……」


 そう言いながら刹那は身を乗り出すと河琉の目の前まで顔を近づけると両手で彼の頬を優しく掴んだ。そして今まで無表情だった彼女が笑顔を向けだしたのだ。


 「ねえ……もっともっとあなた達の事を教えて……」


 そう言いながら至近距離まで瞳を近づけて河琉の瞳を覗きこむ。その瞳はまるで底の見えない深い穴の様に真っ黒に染まっている深淵の色であった。

 その瞳を真正面から見つめ返しながら河琉は小さく口元に笑みを浮かべてこう言った。


 「お前…イイ感じで狂ってるな……」


 「それはお互い様でしょ? あなたの目も凄く危なく光っている」


 そう言いながら二人はあと数センチも近づけば唇が触れ合う距離まで近づき互いの瞳を見つめて怪しく笑った。




 ◆◆◆




 「それで、フォックスはその虎の化け物に変身する転生戦士に殺されたんだな?」

 

 「ああ。しかし今思い出しても鳥肌が立ちそうだぜ……」


 とある廃墟では眼鏡を掛けている青年が目の前の金髪の青年に彼の目撃した光景についての確認を行っていた。

 彼等にとって目障りな人型ゲダツであるフォックス、そのゲダツが二人の転生戦士に撃破された。その光景をこの金髪の青年は陰で観察していたのだ。


 この二人の青年、その正体はフォックスと同じ人型ゲダツである。


 眼鏡を掛けている青年の名はライト。そしてもう一人の金髪の青年の名はレフトと言う。


 この二人はこの焼失市内で陰ながら人を狩り力を蓄えていた二人組だった。今とは違いかつての二人は人型に至っていない下級ゲダツであった。だが彼等は少々特殊だったのだろう。低級ゲダツには複雑な思考力は存在せず本能の赴くままに生きている。だがこの二人は獣の頃から思考能力が人型ゲダツ並に備わっていた。間違いなくゲダツの中でも亜種だったのだろう。

 彼等が人型ゲダツにまで成長できた理由はその賢い頭を働かせ転生戦士から隠れつつ人間を狩っていたからだ。

 そして進化を果たした二人は次に自分たちの戦力を増やす為に秘かにこの焼失市である行動を行っていた。


 「目障りな俺たち以外の人型ゲダツが消えたのはありがたい。あまり不用意に暴れられると転生戦士が派手に動いてコイツ等の存在がバレるかもしれないからな」


 レフトからの話を一通り聞き終えた後、ライトは視線を背後へと向けてそう口にした。彼の視線の先、そこにはなんと下級タイプのゲダツが複数体並んでいたのだ。

 獣型のゲダツ達は特に暴れる様子も見せず、それどころかまるで躾けの行き届いているペットの様に大人しかった。


 「先日にまた新たに1体の下級ゲダツが手に入った。これで俺たちの所持しているゲダツの数は全部で11体。大分増えて来たな……」


 「ああ。だがこの町の転生戦士を全て殺す為にはもう少し力を蓄える必要がある。あのフォックスを倒した転生戦士もそうだが噂じゃ狐の尻尾を生やした凄腕の転生戦士もこの町には居るみたいだからな。確実に殺せる力を俺が得る為には〝もう少し必要〟だ」


 レフトのまだ動き出すには時期尚早だと告げる忠告にライトは無言で頷いた。


 「ああ、お前が誰にも負けない程のゲダツに成る為にはまだ足りないだろうな」


 そう言いながらライトはレフトの背中を軽く叩いて改めて自分たちが集めて来たゲダツ達を見回した。

 するとゲダツ達の1体が何やら喉を鳴らしながらライトとレフトにすり寄り始める。


 「ああ、腹が減ったんだな。おいレフト、今日の餌を持ってきてくれ」


 「ああすぐに持ってくる」


 ライトの頼みにレフトは頷くと一度その場を離れる。それから1分程すると再びレフトが戻って来た。その手には猿ぐつわをされて両腕を縄で縛られている男性が掴まれていた。

 

 「んぐーっ! んんんんん!!」


 口を塞がれている男性はみっともなく涙目になりながら首を左右に振って何とか助けて欲しいと目で訴える。

 この男性には彼等の背後に控えている下級ゲダツ達は見えてはいない。しかし自分の命が風前の灯火である事は理解できる。何とか解放してもらいたく必死に呻いているとレフトが男を片手で持ち上げると睨みつける。


 「うざいんだよお前。生餌如きが今更助かろうとするな」


 そう言うとレフトはそのまま腹を空かせている個体のゲダツへと男性を放り投げる。

 自分の目の前に無造作に放られた男性を見てゲダツが涎を垂らしながらレフトに目配せをする。その姿はさながら飼い主から待てを言われている大型犬であった。

 

 「おお喰っていいぞ」


 レフトが許可を出すとゲダツは一度大きく吠え、そして目の前に転がされている男性に喰らい付いた。鋭利な牙が男の体の数か所に突き刺さり、そのまま貫通する。


 「~~~~~~~ッ!?」


 ゲダツに喰らい付かれた男性は猿ぐつわのせいで叫び声を上げる事も出来ない。だが痛みはきっちりと感じるのでくぐもった声を腹の底から出す。

 彼の目には自分を喰おうとしているゲダツは見えないが何かが自分を咥えている事は理解できる。その見えない何かから逃れようと身を捩るが腹から背中まで牙が突き刺さっているのだ。逃げられる訳もない。

 最初は勢いよくゲダツに齧られながらも体を捻って脱出を図っていた男性だが出血量も多く次第に痛みが引き強い眠気が襲い掛かって来た。

 

 そのまま痙攣をする男性の体をガリガリと骨を削りながら咀嚼し、最後はブヅンと男性の体が上半身と下半身の二つに分離された。

 そのまま上半身は地面へと落ちる。恐怖と激痛による涙に濡れて引き攣った無念の顔を貼り付かせて死んだ男の遺体をライトは冷めた目で眺めていた。そして口の中の下半身を呑み込んだゲダツはそのまま上半身を拾い上げるとソレを口に放り込んで咀嚼し出す。


 彼等は定期的に自分達が従えているゲダツ達に今の様に適当に攫った人間を餌として与えている。そのたびに今の様な苦悶に恐怖し叫ぶ人間の最期を目の当たりにしている。だがハッキリ言ってライトもレフトも罪悪感など微塵たりとも感じてはいない。


 「さて、今ので餌も無くなったからまた何人か攫ってくるわ」


 「ああ、出来るだけ子供はやめろよ。餓鬼は喰う肉が少ないからコイツ等はすぐお代りが欲しくなるからな」


 まるで魚釣りの餌でも購入するかのようなノリでさらっと恐ろしい事を口にするレフト。そんな彼に同じく狂気を感じさせるセリフで返すライト。この町ではこれまで多くの人間がこうして陰で攫われていた。だが捕まえてからすぐにゲダツにエサとして食わせているので騒ぎにもならない。


 だが長く陰で動いていたこの二人はこの時は知らなかった。自分たちの存在を陰から秘かに探っている転生戦士が居る事を……。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ