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慌ただしい休日の終わり


 「あ~…まだ鼓膜がジンジンする。あのおっぱい星人がぁ…バカでかい声出しやがって!」


 苛立ち気に通話が終了したスマホを見つめる氷蓮。

 つい数分前まで仁乃に電話越しで怒鳴られ続け、まだ彼女の声が脳内で反響し続けている。ガンガンする頭を押さえて文句を言っていると、彼女が今いる部屋の隣の部屋からドンドンと壁をノックされ、『うるさいぞ!』と言う男性の野太い声が聴こえて来た。


 「あ~はいはい、すんませんね」


 別に隣の部屋に居る男性に申し訳ないと言う感情は無いが、一応は謝っておく氷蓮。もっとも彼女の口から出た謝罪はとても小さく、隣に居る男性の耳には聴こえていないだろう。


 舌打ちをしながら彼女は自分の利用している部屋を一度出た。


 「たくっ…ネカフェはやっぱり隣の部屋と薄い壁一枚で密接してるからうっとおしいな…」


 氷蓮がそう言いながら部屋を出ると、今しがた自分に怒鳴って来た男が利用している部屋に中指を立てて舌を出す。


 そう、彼女は加江須と別れた後にこのネットカフェへとやって来ていたのだ。

 彼女が何故家へと帰らず此処にやって来たのか、それはここが〝今日の寝泊り場所〟であったからだ。


 「たくっ…宿なしはつれーや…」


 そう言いながら彼女はネットカフェを出て今日の夕飯を買いに出かけた。




 ◆◆◆




 氷蓮が今日泊っているネカフェのすぐ近くにはコンビニがあり、夜の暗闇の中、店内から漏れる明かりに導かれてそのコンビニへと入る氷蓮。

 自動ドアを超えて中に入るとレジが混んでいて心の中で舌打ちを一つ。


 「(ちっ、混んでんなぁ…。まぁいい、とにかく今日のメシメシ…)」


 弁当の置いてあるコーナーを見て今日の夕食を吟味する氷蓮。

 その彼女の近くでは何やらいかにもガラの悪そうなピアスをしている二人組の少年が騒ぎながら弁当を選んでいた。


 「くそっ、俺の好きなパスタ売り切れじゃねぇかよ。補充位しろや」


 そう言って弁当の置いてある棚の下をガンッと軽く蹴りつける鼻にピアスをしている男。

 その隣では相方の唇にピアスをしている男がから揚げ弁当を手に取ってソレをカゴの中に入れようとするが、手が滑って弁当を床に落とし、しかもソレを棚を蹴っていた男が踏みつぶしてしまう。


 「やべっ! 潰しちまった…」


 「何してんだよボケ…」


 踏みつけられた弁当を唇ピアスが持ち上げ、ぐしゃぐしゃになった容器と中身をしばし見た後、それをカゴに入れずなんと棚の中に戻した。

 それを見ていた氷蓮が常識外れの行為に少しイラっとしたが、下手に絡まれるのも面倒だと思い見て見ぬふりをする。


 「(ムシムシ…ああいうバカ共に自分から関わってカロリー消費するなんざ間抜けな話だ)」


 店の関係者には気の毒と思いながら氷蓮は鮭弁と牛乳を手に取るとレジまで歩いて行く。


 「(おっ、中々上玉じゃねぇか)」


 後ろを通り過ぎていく氷蓮を見ていた鼻ピアスが相方の肩を叩いて彼女の事を後ろから指さす。


 「見ろよあの女。かなりイケてるぜ」


 「本当だな…。こんな夜遅くに一人で出歩くなんて不用心だよなぁ…」


 「じゃあ…オレ等で夜の1人での散歩は危険だって教えてやるかぁ?」


 そう言うと二人組の男は下種な笑みと笑い声を漏らしながらレジで並んでいる氷蓮を見つめていた。

 そんな背後からの視線に気づかず氷蓮は早くレジが自分の番まで回って来ないかと呑気に待ち続けていた。




 ◆◆◆


 


 買い物を終えコンビニの外へと出る氷蓮。

 彼女は自分の財布の中身を確認した後、ハア~…っと長い溜息を吐いた。


 「(今月は少し苦しいな。バイト代でるまでの間これだけでなんとかやりくりしねぇと…)」


 財布を仕舞い込んでネカフェへと戻ろうと止めていた足を動かそうとする氷蓮。


 ――彼女が一歩踏み出そうとした時、背後から視線を感じた。


 「あん?」


 何やら気持ちの悪い視線を感じた氷蓮が振り返って見ると、そこには先程コンビニ内で見た頭の悪そうな二人組が立っていた。


 「(アイツ等弁当台無しにしていた…)」


 先程の馬鹿二人がニマニマと笑いながら近づいてきた。


 「よおおねぇちゃん。こんな夜遅くに一人で外出なんて不用心だぜ」


 「そーそー、俺らが送って行ってやるよ」


 気持ちの悪い笑顔と共に男の手が氷蓮の肩まで伸び、そのまま彼女の身体に触れようとするが――


 「汚ねー手で触るんじゃねぇよボケナス」


 「うおっ!?」


 男の手が氷蓮に届くよりも先に男の脚を払ってやると、男はそのまま間抜けに尻もちを着く。


 「てめぇッ!!」


 足払いをされた男は強打した尻を押さえつつ氷蓮を取り押さえようとする。

 しかし一般人の手の動きなど転生者たる氷蓮にはスローすぎ、その手を全て避けてみせる。


 「大人しくしろやクソアマ!!」


 いいようにあしらわれている相方の男を見てもう一人の男も手を出してくる。しかしその手も難なく回避して見せる氷蓮。

 ちなみに彼女は全て男たちの手を触れずに避け続けている。その理由は目の前の二人の男が汚らわしく触れたくなかったからだ。


 いつまでもその汚れた手を向けてくる男たちにいい加減嫌気がさしたのか、氷蓮の目付きが変わった。


 「……うぜぇんだよ、ブタ野郎」


 そう言うと氷蓮は鼻ピアスの男の顔面に蹴りを入れてやる。


 「ぶぎゃあッ!? は、鼻が…おでのはながぁ!?」


 氷蓮はもちろん手加減したつもりであったのだが、目の前の男の不快感に力の抑制を少し間違えたようで男の鼻は潰れ、そこから大量の鼻血が地面に振りまかれる。よく見ると周辺には何やら白い欠片が飛び散っていた。


 「ああ、わりーわりー。手加減したつもりが鼻と歯を折っちまったよ」


 へらへらと笑いながら、微塵も申し訳ないと思っていない氷蓮は馬鹿にしたような笑みで謝る。

 もう一人の唇ピアスが仲間の凄惨な姿に一瞬硬直するが、すぐに怒りが沸点を超えてポケットからナイフを取り出した。


 「て、てめぇ! 女だと思って……」


 男が怒声と共にナイフの切っ先を氷蓮に向けるが――目の前に居たはずの氷蓮がいつの間にかいなくなっていた。


 「え…あれ…?」


 今まで目の前に居た少女が突然消え戸惑う男。

 正面には鼻を押さえて転げまわる仲間がいるだけだ。


 「ど、どこ行っ……」


 「誰を探してんだ?」


 「!?」


 背後から聞こえて来た女の声に反射的に振向く男。

 振り向くとそこには氷蓮が立っており、彼女は男がこちらを向いた瞬間に唇のピアスに自分の指を引っ掛ける。


 氷蓮は小さく笑うと、指に通しているピアスを思いっきり前へと引っ張った。


 ――ぶぢぢぢぢっ……。


 「があぁあぁぁあああ!?」


 男は手に持っていたナイフを地面に捨てて唇を押さえその場で跪く。

 自らの唇を押さえている男の指の隙間からは赤い液体が漏れており、跪いている男を氷のように冷めた目で見ながら氷蓮は引きちぎったピアスを指でクルクルと回している。


 「大の男がギャーギャー騒ぐなよ。ほら、返してやる」


 うずくまっている男の前にピアスを放り投げる氷蓮。

 

 「たくっ、今度からはイタズラする相手は選ぶんだな」


 そう言ってこの場を立ち去ろうとする氷蓮だが、ピアスを引きちぎられた男は驚いたことにまだやる気の様で、落としたナイフを拾い上げるとそのまま突っ込んできた。

 

 「このアマがぁぁぁぁぁッ!!!」


 血走った眼で突っ込んでくる男に対し、氷蓮は心底めんどくさいと言った感じの表情を浮かべ、ナイフを避けると同時にその腕を掴み、そのままあらぬ方向に腕をねじ折った。


 「ぐがががああぁぁあああああッ!?」


 歪な方向に腕を折られ絶叫を上げる男。

 バカでかい声で悲鳴を上げる男を見て、下手をしたら人が集まるかもしれないと思い氷蓮は容赦なく叫び声を上げている男の顔面を蹴り飛ばしてやった。


 「ぶぐっ……」


 潰れた蛙の様な声を漏らして吹き飛ばされる男。

 先程最初に鼻を潰された男の隣に倒れる唇ピアス男。隣の男と同様に歯を砕かれ、鼻はへし折れ気絶してしまう。


 「お前もいい加減黙れよな」


 未だに呻き声を出している鼻ピアスの男に近づくと、そのまま横っ腹の深くまでつま先を捻じ込み意識を刈り取る。


 「たくっ…あーうぜぇ…」


 汚物を見るかのような目で倒れている男二人にぺっと唾を吐く氷蓮。


 そのまま二人を放置して氷蓮はネカフェへと戻って行った。




 ◆◆◆




 ネカフェに戻った氷蓮は自分の借りている部屋に入ると椅子に座って弁当を開く。

 

 「あちゃー…せっかく温めてもらったのに冷めてやがる。あのバカ共のせいだ…」


 ちゃんとレンジで温めたはずの弁当はいざこざに巻き込まれて時間を無駄にしたせいで冷えており、冷めたご飯を食べながら溜息を吐く氷蓮。

 

 「はあ~…加江須や仁乃は温かいメシでも食ってんだろうな」


 氷蓮は冷めた弁当を見つめながら小さな声で呟いた。


 「ゲダツを倒せば願いを叶える機会を与えられる。そうすれば今の生活ともおさらばだ…」


 そう言って氷蓮は冷めた弁当を一気にかっ込み、よく咀嚼もせずに胃袋の中へと収めていく。


 「明日は加江須と一緒にまたゲダツ退治だからな。栄養はつけとかねぇとな…」

 



 ◆◆◆




 氷蓮がチンピラに絡まれていた頃、加江須は自宅へと戻っており入浴していた。

 少し前まで雨が降っていたせいか帰り道は少し冷え、急いで自身の家に帰るとすぐに風呂に浸かって体を温めていた。


 「今日は本当に色々な出来事があり過ぎた。転生して初日からゲダツと戦った時と同じ、いやそれ以上に疲れたかもな…」


 風呂の水面に映っている自分の疲れている表情を見つめながらぼやく加江須。

 せっかくの休日だったというのに奢らされたり戦闘したりとまったく休まなかった休日を過ごした加江須。

 しかしゲダツとの戦いは今後も続く以上、この程度で不満を口にしては駄目だと思い気を引き締め直す。


 ――ざぶうぅぅぅん…。


 勢いよく顔面から浴槽の中のお湯に顔を沈め、そして顔を湯船の中からまた引き上げる。


 「ふう~……明日もまたゲダツと戦うんだ。この程度で弱音を吐くな加江須」


 先程まで仁乃の家で氷蓮と連絡を取っていた加江須。彼女から縄張りを持っているゲダツについて話しており、明日の学校終わりの放課後に三人でゲダツを退治しに出かける予定を立てたのだ。

 氷蓮の方は討伐する時間は出来る限る加江須たちに合わせると言っており、加江須と仁乃は学校があるのでソレが終わり次第でないと向かえないという事で、結果放課後に三人で出動する事となったのだが……。


 「氷蓮のやつ…時間は出来る限り俺たちに合わせるって言ってたけど、あいつ学校の方は大丈夫なのか?」

 

 風呂場に設置されている小窓から外を眺めながら口にする。


 こうして慌ただしい休日は終わり、この日に加江須は氷蓮と言う新たな転生者と出会いチームを組む事となったのだった。

 

 


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