加江須、興但市へと向かう決意をする
仁乃からの無事を知らせる報告があったその後、加江須は他の恋人達と余羽へとこの事実を連絡していた。その際に自分たちと深く関わりのある白にも連絡を取ろうか迷ったが狂華の事を考えると彼女は呼ぶべきではないと思いやめておいた。
加江須からの招集の連絡を受けて仁乃よりも先に氷蓮たちの方が加江須の自宅へと集まっていた。
「それで……仁乃のやつは大丈夫なのか?」
大まかな事情を聞いて集まった氷蓮が不安そうな顔をしながら加江須の方を見る。いや彼女だけでなく黄美も愛理も同じように少し焦燥感を漂わせている様な表情を浮かべている。
そんな彼女達を落ち着かせようと加江須は一先ず仁乃が無事であると改めて伝えておいた。
「電話でも話したけど仁乃は命には別条ないよ。だが少し負傷しているみたいだから余羽に傷を治してほしいんだ」
「それはもちろん良いんだけど…それよりも仙洞狂華も一緒に居るって言うのはどう言う事なのかな?」
仁乃の安否も勿論気になるが余羽としてはそちらの方も見過ごせない情報であった。
彼が言うには今この家には仁乃だけでなく狂華も一緒になって向かっているとの事だ。
あの頭のネジが2、3本は外れている女がノコノコとこの家に来るなんて只事では無い。その疑問は他のメンバーも動揺に抱いており、特に黄美は彼女が加江須の命を狙っている事から神具を握りしめて敵意の溢れる表情をしている。
「みんな、殺気立つ気持ちは分かるが少し落ち着いてくれ。アイツをこの場に呼んだのにもちゃんと理由がある事は話してあるはずだろう?」
「仁乃の窮地をアイツが救ってくれた。そして尚且つ仁乃を襲った連中との情報をアイツなら何か持っているかもしれない。そう言う事だろ?」
氷蓮がそう言いながらどこか納得のいっていない顔をしていた。
そもそも彼女は狂華が仁乃を助けたと言うあたりからどこか訝しんでいた。
「アイツがそんな人助けなんて殊勝な事すんのか? いくら仁乃からそう報告があったからと言っても素直に信じられねぇんだけど……」
氷蓮達はあの狂華の禍々しさをその身で体験している為に彼女が仁乃の命を救ってくれたと言われても得心がいかなかった。もちろん加江須とて狂華の口からしか仁乃の窮地を救ったと言われてもまともに取り合う事は無かっただろう。だが仁乃本人からアイツに助けてもらったと言われてしまった以上は否定も出来なかった。
仁乃に対する容態の不安、そして狂華の襲来による不安、二重の不安を抱えながらしばし居間の方で待機していると玄関からチャイムを鳴らす音が聞こえて来た。
その音に真っ先に反応したのはこの家の住人である加江須、ではなく黄美であった。
「とうとう来たわねイカれ転生戦士!」
まるで敵意を隠す気もない黄美の反応にイザナミが慌てて彼女の腕を掴んだ。
無意識なのか、それとも意識してなのかは知らないが黄美の神具からは炎が僅かに出ていた。そんな彼女を真っ先に今来た人物と対面させるのは危険と判断したイザナミがこの場に引き留める。
「落ち着いて下さい黄美さん。いきなり喧嘩腰で顔を合わせるのは色々と不味いです」
イザナミに宥められて何とかその場で踏み止まる事はした黄美だが、未だに瞳の奥には黒い炎が燃え上がりイザナミが手を離してしまえばインターホンを鳴らしてやって来た人物に食って掛かりかねない。
危うく暴走しかけた黄美を押さえて加江須が玄関へと向かうと扉の前に立った。一枚隔たれている扉の向こうからは二人分の神力が感知でき、この向こう側に居る人物が誰かは丸わかりなので勢いよく扉を開いた。
「よお仁乃…そして、仙洞狂華」
「お久しぶりね久利加江須君。さて、早速上がらせてもらってもいいかしら?」
◆◆◆
加江須の家へと到着した仁乃と狂華の二人はそれぞれ居間の方に足を運んだ。そして仁乃は部屋の隅の方で仰向けとなっており、その痛々しい糸で縫合された腹部の傷を余羽が能力で修復していた。
そして狂華の方はと言うとイザナミから出されたお茶を飲んでくつろいでいた。
「……チッ」
目の前で呑気に茶をしばいている狂華に対して氷蓮がわざとらしく大きな舌打ちを一つもらしていた。そして他の恋人達も少し厳しい目で狂華に視線を集中している。だがそんな針のむしろの様な環境下でも彼女の余裕は崩れない。
「はあ…おいしい♪」
緊張感など欠片ほども感じられないセリフと共に湯呑のお茶を飲んでほうっと溜め息を一つ漏らす彼女に我慢できなく黄美が噛み付いて行く。
「ねえ、あなたが殺そうとしているカエちゃんの恋人達の前で飲むお茶は美味しい?」
「ええ、淹れたのはイザナミさんだったわね。結構なお手前で」
皮肉を込めてぶつけられたセリフも飄々と受け流してイザナミに笑顔を向ける狂華。その態度がますます黄美や氷蓮の癪に障った。
我慢できずに黄美が立ち上がろうとするが愛理が抑え込む。
「まあ落ち着きなよ黄美。まさか加江須君の家の中でドンパチする訳にはいかないでしょ」
そう言われてしまうと何も言い返す事も出来ずに無言で再び腰を降ろす。
「それで、何があったのか詳しく教えてくれないか?」
部屋の端で治療を受けている仁乃を横目に見ながら加江須はあえて狂華から事のあらましを訊いて行く。
そして彼女から聞かされた話は想像以上に沙羅とやらのチームが危険性のあるチームである事を実感させるものだった。
「随分と勝手な奴等だな。他所の町で起きているいざこざに力づくで巻き込もうとしやがって……」
「それに勧誘を断った相手には容赦のない攻撃……マジで腐ってんね……」
狂華の口から出て来る内容はあまりにも酷いものであった。
強引な勧誘活動もそうだが、断った際の過激を通り越して異常とも言える対応の仕方に氷蓮と愛理の二人が怒りに顔を歪ませる。
そしてその怒りは言うまでもなく加江須たちも胸中に抱いている。
あまりにも身勝手な連中の所業に加江須は腸が煮えくり返る思いであった。
ふざけんなよ……何で仁乃がこんな目に遭わなきゃならねぇんだよ。無理矢理無関係な人間を争いに巻き込もうとして、そして断れば理不尽に傷つける。転生戦士が何のために力を持っているのかその沙羅って奴等のチームは頭から抜け落ちてんじゃねぇのか……!!
あまりの怒りに吐き気すら覚える程の加江須。周りに居る恋人達に配慮して怒りを表面に出す事は何とか避けているがもし一人だったならば目の前の机を勢い余って叩き壊していたかもしれない。
「かなり御冠のようね。それで、あなたはどうするのかしら?」
加江須の中の憤怒を読み取った狂華がニヤニヤと笑いながら加江須へとこの後はどうする気なのかを問う。
「……それをお前に言う義務でもあるのか?」
「あら、私はあなたの言う通りにあなたの恋人さんの身に起きた災厄について教えてあげたのよ? 人に一方的に喋らせるだけ喋らせて自分はまさかのだんまりかしら?」
わざと棘のあるような言い方をしているのだろうが確かに彼女の言う事にも一理ある。ここまで相手に喋らせておいて自分の考えは一切口にしないのはさすがに気が引ける。
仮にも相手は自分の命を狙っている輩だと言うにもかかわらずそんな風に思うのは彼がお人よしだからか、それともただの間抜けか。
だが今の狂華からの話を聞いて彼の中では取るべき行動はもう決まっていた。
「人の大切な恋人に手を出されたんだ。このままだんまり決め込むつもりはない…!」
そう言うと加江須はその場から立ち上がると自分を見ている恋人達にこう伝えた。
「よく聞いてくれみんな。俺は一度興但市の方へと行ってみる。そこに居る沙羅のチームについて調査をしようと思っている」
愛する恋人を傷つけられ、無事だったからもう良かったなんて済ませる気はない。
特に阿蔵、そしてリーダーである沙羅とやらにはケジメを取ってもらわなければ腹の虫がおさまらない。
その想いはこの場に居る全員が同じであった。
「よっしゃ、カチコミにでも行くか? 俺はいつでもオーケーだぜ」
そう言いながら氷蓮が拳を握りしめてポキポキと鳴らす。
普段は仲が悪くよく口喧嘩をする関係だが仁乃との付き合いは加江須に続いて彼女が多い。自分の友人の痛々しい傷跡を見て彼女も沙羅達が許せないと怒り心頭であった。
他の皆も加江須と共に一緒に興但市へと乗り込む気は満々だった。だがそんな彼女達に加江須から待ったを掛けられる。
「いや、まだ沙羅達について俺たちは知らない事の方が多すぎる。そんな状態で皆で乗り込むのは正直得策とも思えない」
「……私も加江須さんに同意です。それに確か加江須さんの話ではその沙羅と言う方々のチームは他のチームと戦争手前の状態なんですよね? 今の興但市の状況も見極めた方が堅実かと……」
加江須の意見に同調したのはイザナミであった。
怒りを抱いているとは言えこの中で彼女は冷静な思考を失っては居らず、まずは相手のチームについて情報を少しでも仕入れる方が先決だと付け加える。
「でも情報を得ると言っても……あ……」
そこで黄美は仁乃が到着する前に加江須から聞かされたある話を思い出した。
「そう言えばカエちゃんはその沙羅と敵対しているチームの転生戦士と接触したんだっけ?」
「ああ、連絡先と一緒にな」
「へえ、その話、私も詳しく知りたいなぁ~」
加江須の話に興味を持った狂華はいつの間にか時間を停止して彼の隣へとすり寄っていた。
「な、何してんだテメェ!!」
「離れなさいよ殺人鬼!!」
自分の愛する恋人にベッタリとしている彼女に黄美と氷蓮の二人が手を伸ばす。だが彼女を掴もうとした次の瞬間には彼女はもう最初の位置へと戻っており、小馬鹿にするように煽るようなセリフを吐いて来る。
「もう暑苦しいわね。少しほっぺにチューしただけでしょ?」
「はあ! ア、アンタ時間を停めている間に何してんのよ!!」
思わず怒りに任せ神具の力を解き放とうとする黄美を加江須が必死に抑えつつ彼は話しを軌道修正する。
「とにかく、俺は幸い沙羅と対立しているチームの板垣って転生戦士とコンタクトを取れる。まずは仁乃の身に起きた出来事を話してからあいつのチームと顔を合わせれるか訊いてみるよ」
こうして興但市に根城を置いている沙羅のチームとの戦いがこの瞬間に幕を開けた。
ゲダツを倒す為の戦士同士の争い、その事実が確定した事を知った元神であるイザナミは悲痛に顔を歪ませていた。




