同行する戦闘狂
「くそ……大丈夫なのか仁乃……?」
加江須は自宅へと戻り仁乃からの返信をずっと不安に思いながら待ち続けていた。
彼の隣ではイザナミも不安を募らせて膝の上で両手をギュッと握って心配している。
興但市からやって来たと言っていた板垣と言う転生戦士から聞かされた話では、この焼失市内には現在スカウト目的に彼と敵対している沙羅と呼ばれる女性が率いるチームの人間が勧誘活動を行っているらしい。だが彼女達のチームはかなり強引な勧誘方法を取っているらしく拒んだ者を病院送りにする事もあるそうだ。そうする事で板垣のチームへの加入防止も兼ねているらしい。
そしてこの事実を知って先程に加江須は恋人達へと連絡し危険を促そうとしたが、その中でなんと仁乃は現在その沙羅のチームの転生戦士と激突していたのだ。
詳しく事情を聞こうとした加江須であったが、戦闘に集中したいと言われ仁乃からは通話を切られてしまい今彼女がどうなっているのか分からずにいる。
「くそ…せめてどこで戦闘を行っているか聞いていれば援護に駆け付けられるんだが……」
通話が切られた後に加江須は町中を色々と飛び回り仁乃の気配を探ろうとした。だが残念ながら彼女は普段は向かわない筈の遠方のデパートに足を延ばしており加江須の探知には引っかからなかったのだ。
当てが全くない彼は長時間の捜索の後に渋々ながら自宅へと戻るしかなかった。
「仁乃さん…どうかご無事で……」
イザナミはまるで祈るかのように膝の上に置いていた両手を顔の前まで持ってきて心の底から安全を願った。
「………」
しばし無言だった加江須であったが何かを思い出したかのように彼は板垣から渡された電話番号が記載されている紙を取り出す。
「電話……してみるか……?」
加江須はハッキリ言って興但市の転生戦士同士の内情などほとんど分かってはいない。ただ板垣の所属しているチームと沙羅とやらのチームがぶつかっている事しか知らないのだ。そしてその沙羅のチームがどの程度の凶悪さなのかも未知数な部分が多い。
いずれにせよこのまま黙って家で連絡を待つだけと言うのは息が詰まりそうで仕方が無かった。
正直この状況で板垣に連絡をしたところでどうにかなるとは思えない。だがもしかしたら何か事態が好転できるかもと思い教えられた番号に連絡しようとスマホに手を伸ばした時だった――スマホの画面が光り仁乃から連絡があったのだ。
「き、来た!」
待ち望んでいた相手からの連絡に少し慌てながらスマホに出る。するとスマホ越しには愛すべき恋人の無事を知らせる声が聴こえて来た。
『もしもし? 心配かけてしまったわね加江須』
「ほんと…ヒヤヒヤさせるなよ……」
スマホの向こうから聴こえて来る仁乃の声は少し疲労の色が見て取れるがどうやら命に別状はないようだ。それが分かると今まで胸の中に渦巻いていた不安の霧が少しずつ晴れて行く。
だがどうやら無傷という訳でもなかったようだ。
『勝負の方は無事に私の勝利…だったんだけどね……』
仁乃の報告を聞いていて加江須は違和感を感じていた。
勝負に勝ったはずの彼女が何か小骨が引っかかるような物言いをするので何があったのかと問うと彼女が口ごもり出した。
「おい仁乃どうした? なんか急に口ごもりだしたな?」
『あー…その…私を勧誘して来た転生戦士の男は倒せたのよ。でもその後に沙羅とか呼ばれる女が現れてね、危うく殺されかけたらしいのよ』
「な、大丈夫だったのか!?」
今こうして電話を掛けている以上は無事である事は確かだがそれでも騒がずにはいられなかった。それに沙羅と言えば板垣から聞いていた彼等の敵対チームのリーダーの名前だ。そんな危険なヤツからどうやって逃れたのだろうか。
詳しく仁乃の身に起きた出来事を聞き出そうとする加江須だがここで電話越しで彼女の慌てた様な声が聴こえて来る。
『ちょ、私のスマホ返しなさいよ!』
「どうした仁乃? 誰か居るのか……?」
『はーい、久しぶりね久利加江須♪』
仁乃のスマホから聴こえて来たその少女の声は加江須の神経を一気に逆撫でする。
これまで何度も自分の目の前に現れては狂った倫理感を振りまき、そして自分の命に執着している転生戦士。
名乗らずとも相手の正体を理解できている加江須は低い声でその人物の名前を口にする。
「何でお前が仁乃と一緒に居るんだよ? 仙洞狂華……」
『ふふ…相変わらず聴いているとゾクゾクする声ね。でも今はそんな敵意を向けて欲しくは無いわね。これでも私はあなたの恋人さんの命の恩人なのよ?』
何を下らない戯言を、そう吐き捨ててやろうとした加江須であるがここでまた仁乃が強引にスマホを取り戻して彼女が話し出す。
『加江須がコイツに嫌悪感を抱くのは無理ない事は知っているわ。でも一応コイツの言っている事はまあ…認めたくないけど……真実でもあるのよね』
「……マジでそっちで何があったんだよ?」
◆◆◆
「うん…うん…分かったわ。今からあんたの家に行くから。それと余羽さんにも声を掛けてくれる? 私それなりに負傷しててさ…お腹の肉も抉られていてさ…心配しなくても命は繋いでいるわよ。うん、了解」
屋上のフェンスに背中を預けながら仁乃は詳しい話は加江須の家に着いてから改めて話すと告げるとそのまま通話は終了した。
スマホの電源を切った仁乃は少し離れた場所で同じくフェンスに寄り掛かっている狂華の方を向くと声を掛けた。
「取り合えず私はこれから加江須たちと合流するわ。それで悪いんだけど……アンタも一緒に来てくれない?」
「あら、あなたの彼氏さんの命を狙っている女を連れて行っても大丈夫?」
「私だって本音はここに置いて行きたいわよ」
どこか挑発的な雰囲気を醸し出して彼女は妖しく笑う。そしていつの間にか右手にはナイフが握られており狂気を滲みだしていた。
本音を言うのであれば仁乃としてはこの女を加江須の元まで連れて行きたくはない。自分の愛する彼氏の命を狙っている女をむざむざとその本人の前に出すなんて馬鹿げている。だがしかし認めたくはないが目の前の女に自分は命を救われた事も事実だ。それに今回の1件を他の皆にも知ってもらう為には事情を説明する為にもこの女も連れて行った方が良いだろう。何より加江須からも彼女から色々訊きたいらしいし……。
「とにかくまずは加江須の元に戻らないと…う…」
フェンスから背を離して屋上を出ようとする仁乃だがその際に腹部に鋭い痛みが走る。糸による応急処置を施しているとは言え所詮は簡易的なものだ。正直に言うなら体を少し動かすだけでも痛みが走るのだ。
何とか痛みを堪えて歩を進める仁乃だがその足取りはやはり重たく、まだ屋上を出てすらいないにも関わらず息が乱れ始める。
止血の方はとりあえず何とかなったけどこの痛みはとれないわね。早く余羽さんと合流して傷口を修復してもらわないと……。
しかし足を動かそうとする彼女の意思とは反して膝の力がガクリと抜けてその場で転倒してしまいそうになる。
だが仁乃の体が屋上の地に倒れ込んでしまうよりも先に背後から狂華が彼女の腕を掴んで助けてくれた。
「あら、やっぱりかなり腹部の傷がこたえている様ね」
「ぐ、余計なお世話よ」
「本当にひねた性格をしているわね。別に恩を着せるつもりはないけど少しは感謝の意を示してみたら? 仮にも命の恩人なんだから……」
「うぐぐ……ソコハ感謝シテアゲルワヨ」
出来る事ならこの女にだけは感謝などしたくはない。だが悔しいが命の恩人と言うのも事実は事実なので片言になりながらも礼を述べて置く。
「とにかく腕を離してよ。いつまで掴んでいる気?」
「今のフラフラのあなたの後に付いて行っていたら日が暮れちゃうわよ」
そう言うと狂華は掴んでいる仁乃の腕をグイっと引っ張ると彼女を背中に担ぎ出したのだ。
まるで子供の様におんぶ状態となった彼女は混乱した顔で何のつもりなのかと尋ねる。
「あなたは久利加江須の自宅までのナビゲーションだけしていればいいわ。私があんたを担いでいってあげるから」
「は、はあ?」
確かに今の自分が加江須の自宅まで向かうとしたら通常の倍の時間は浪費してしまうだろう。だがそれにしてもあのイカれた戦闘狂である彼女がここまでしてくれるとは考えもしなかった。と言うよりも正直に言えば気持ちが悪い。
「アンタ…何を企んでいるのよ?」
「んん? そんなに私が手を貸す事はおかしいかしら?」
「おかしいに決まってるでしょ。アンタ、加江須の命を狙っているんでしょ?」
「ええそうね。でも心配しなくても今回はまだ彼を殺す気はないわよ」
そう言いながら彼女は神力で脚力を強化、そしてそのままデパートの屋上から跳ぶとすぐ近くの建物の屋根上へと飛び移って行く。
転生戦士ぐらいしか行えないであろう人知を超えた移動方法を行いながら彼女は背中に居る仁乃へと言葉を送る。
「私もあの沙羅って女の率いる転生戦士チームの情報が欲しいのよ。私一人でこれから調べるよりも事情を知っていそうな加江須君から訊いた方が早いと思ったのよ」
「気安く私たちの彼氏の名前を呼んでんじゃないわよ……」
「ふふ……私〝たち〟ね……」
そう言いながら仁乃の意識はまたしても薄れだし始める。
電話では大したことがないように振舞っていたが彼女の腹部は中々に大きな負傷だ。少なくともここから加江須の自宅まで自力で移動するのも普通ではかなり困難なほどの傷なのだ。
狂華に背負われながら意識がまた遠のきそうになる仁乃に狂華が少し声を張って言葉を投げかけて来る。
「ちょっと寝ないでよ。楽はしてもいいけど案内だけはよろしくね」
「分かって…いるわよ……」
ぼやける意識の中で頷くと彼女は背中越しに加江須の自宅までのナビゲーションを行うのだった。




