興但市からの来客
転生戦士に対する報酬制度が変化してからも特には日常が変わる事が無かった加江須たちだが、その制度の変化を実感する機会に彼は今しがた遭遇していた。
彼の目の前にはパトロールの最中に遭遇したゲダツが攻撃を撃ってきており、今まさに彼は戦闘を繰り広げていた。
だが戦闘と言っても相手は人型でもなければ特殊な能力も備えていない下級ゲダツだ。並大抵の転生戦士ならば避けるだけの精一杯の攻撃かもしれないが彼は上級ゲダツと何度も死闘を繰り広げた猛者だ。敵の猛攻を躱して距離を詰める加江須。
ついにゲダツの真正面近くまで迫った加江須だが神力で脚力を強化、そして一瞬で背後へと回り込む。その移動速度は正に神速、相手のゲダツは目の前に居た加江須の姿を完全に見失っていた。
「そらよ!!」
背後へと回り込んだ加江須はゲダツの頭部に稲妻の様な鋭い蹴りを叩きこむ。
神力で限界まで威力を極めたその蹴りはゲダツの首をへし折り、たったの一撃で勝敗は決した。
あらぬ方向へと首を回したゲダツはその場に倒れ込み、そのままゲダツの肉体は光の粒となって散って行く。
「よし、討伐成功。さて……」
無事にゲダツが逝った事を確認すると彼は早速ヒノカミから渡された例のカードを取り出した。
懐から取り出した神界銀行カードを取り出して見つめていると不意にカードが発光し始める。そしてカードの真上から例のウィンドウ画面が出現した。
――下級ゲダツ討伐により1千万円の報酬が振り込まれました。残りのあなたの残高は1千万円です。
「……マジで振り込まれたのかな?」
カードから出て来たウィンドウ画面ではそう記載されているがイマイチ今の自分にそんな大金があるとは思えず、ヒノカミから教えてもらった手順で試しに1万円を引き出して見ると――自分の手の中に本当に万札が現れた。
「ま、マジで金が出たぞ」
するとウィンドウ画面からこんな文章が出て来た。
――残り残高は999万円です。
どうやら今の自分は本当に1千万と言う身の丈に合わない金額を所持しているみたいだ。
しばし手の中の万札を見ていた加江須だが不意に周囲を見渡すと慌ててその万札をまたカードへと戻す。何故か分からないが何やらいけない事をして金を得ているように錯覚したからだ。
「しかし今までと違ってゲダツを倒すたびにこんな金額が入って来るのか。これもしかして仕事している連中はこのゲダツ退治で食っていけるんじゃないか?」
転生戦士達の金銭感覚が麻痺するのではないかと思った加江須であるが、その直後に背後から神力を感知した。
慌てて振り返りつつ彼はその場から一気に後方へと跳んだ。
「かなりいい反応じゃん。こりゃスカウトのしがいがあるねぇ」
「……誰だ?」
加江須の視線の先では一人の青年がゆっくりとこちらに近づいて来ていた。
青年は中々に奇抜な出で立ちをしていた。
まず一番目立つのは髪の色だ。その青年は髪を染めているがそれ自体は別に珍しくもないだろう。だが問題なのは彼の髪は赤、青、黄、緑の全部で4色の配合なのだ。そして大きなサングラスをしており服装もドクロがデカデカと押し出されている。
もしも加江須が町中で彼を見かけても絶対に声を掛けたくない部類の人間だ。
だが今重要なのは彼の風体などではない。あの青年からは完全に神力が放出されており転生戦士である事は間違いない。
現状では敵か味方かも不明である為に警戒心を強めていると目の前の男は拍手をして来た。
「おーおー、凄い凄い! かなり練り上がっている神力出してんじゃん!」
「さっきから一人で盛り上がらないでくれるか? いい加減お前が何者か知りたいんだが?」
「おっとそれは失礼。じゃあまずは自己紹介からしようか」
そう言うと男は頭をガリガリと掻きながら自らが何者なのかを話し始める。
「俺は転生戦士の板垣音訃だ。そんでお前をスカウト目的で声を掛けた」
「スカウト…?」
板垣のスカウトと言う言葉に眉を顰める加江須。
「実は俺たちはこの焼失市の人間じゃなくてね、隣の方から来た興但市の人間でね、そんで今は転生戦士の味方を募っているんだわ」
転生戦士同士でチームを組むと言う事自体はそこまで疑問を感じる部分ではない。実際に自分だってまだ転生戦士として駆け出しだった時代に仁乃や氷蓮とチームの様な形式で供に行動していた。だがわざわざ別の市からやって来てまで何故自分をスカウトする?
加江須の頭の中にそんな疑問が宿っていると彼はこの焼失市まで足を運んだ理由を述べ始める。
「実は今俺たちの住んでいる町で少し面倒な喧嘩が起きていてね。転生戦士の二つのチーム同士による抗争、とでも言えば良いのかな? その為に戦力を補充しようと考えている訳。キミの様な腕っぷしの立つメンバーが欲しいのよ」
「おいおい、ゲダツを倒すための戦士がチームを作って喧嘩してんのかよ」
加江須は自分で喧嘩なんてマイルドな表現をしてはいたが、その戦いの中身がかなり血生臭い争いになっている事を予想していた。
「喧嘩……なんて程度じゃそろそろ済まないかもねぇ。確かに最初は軽い小競り合いみたいなもんだったけど相手側のチームが最近攻撃が苛烈になってきてね、冗談抜きで転生戦士同士で命懸けの戦闘になりかねない気がするんだよねぇ」
「……もしかしてその理由は転生戦士の報酬制度の変更が理由なのか?」
加江須がそう言うと板垣は複雑そうな顔をする。その顔は自分の仮説が正しいのかどうか確証が無いと言った顔であった。
「多分だけどそうかもねぇ。俺たちとぶつかっている相手チームはなんつーのか元々は手段を選ばないタイプだったし、それにしてもここ最近過激になりつつあるんだよ。そんでその時期がキミの言うように神様達から報酬内容を変更された時期とダブる気もするし……そう考えるとやっぱりソレが原因かもね」
どうやらイザナミの懸念はものの見事に的中していたようだ。
ゲダツを討伐する度に懐に入る莫大な収入に目がくらんでしまい、自分たちのチームの取り分を増やす為に板垣達のチームを排除しようとしているのだろうか? 本当に…本当に人間と言うのは欲が底無しだと思えてしまう。そしてそんな自分も人間だと思うとやるせない。
加江須が人間の醜い部分に嘆いていると板垣が改めて自分をチームに勧誘して来た。
「まあとにかく以上の理由からこっちは味方が欲しい訳よ。で、どう? 俺たちのチームに来てくれない?」
「……悪いが俺はお断りかな」
正直に言えば板垣の話を聞いても加江須はどこか他人事の様な気がしていた。冷たいヤツだと思われるかもしれないが彼は決してどんな危険な場所にも赴く都合の良いヒーローなどではないのだ。
確かに今の話を聞いて思う部分はある。それにこうして話して見て目の前の板垣が悪いヤツで無い事も何となく分かる。だが自分は耳に入って来た危険全てを守れるほどの器量はないのだ。自分の暮らしている町や恋人達を守るだけで手一杯なのだ。それに自分が彼等の争いに身を投じればきっと恋人達も後に続いて行くだろう。そんな危険地帯にわざわざ足を運んでほしくもない。
悪いが自分たちの暮らしている町での揉め事はそちらで解決してほしいと言うのが彼の本心であった。
加江須が少し渋い顔をしながらノーと言うと板垣は頭を掻きながらもその表情はまあ仕方がないと言った感じであった。
そのまま特にゴネる事もせずに彼は素直に勧誘を諦める。
「まあ確かに何でわざわざ他の町の為にとは思うだろうしな。分かった、時間かけて悪かったね」
「ああ…」
軽い謝罪と共にそのまま背を向けて加江須の前から離れようとする板垣、だが何かを思い出したかのように振り返ると最後にこんな忠告をして来たのだ。
「一応訊いておきたいんだけどこの町さ、まだキミの知り合いで転生戦士の人って居るの?」
「っ…ああ、居るよ」
知り合いどころか恋人達が正にその転生戦士なのだ。もしかして仁乃達にも勧誘をするのかと思い内心で焦り出す加江須。
目の前から板垣が姿を消した直後はすぐにでも恋人達に連絡を入れて注意喚起をしなければと思っていると板垣は彼を動揺させる言葉をぶつけて来た。
「俺達のチームの情報が確かなら、今この町には俺達のチームと敵対している『沙羅チーム』の1人が俺みたいに勧誘行動を行っていると思うからさ」
その忠告は加江須の心中を一際大きく揺さぶった。
目の前の板垣のチームはこうして会話が普通に成り立つ事は良く理解できた。だが板垣の話では彼の敵対チームは話を聞く限りではかなり暴力的なイメージが強く思える。そんなチームの転生戦士がもし恋人達に強引な勧誘をしようものなら……。
「まあ取り合えずさ、すぐに知り合いにこの話をした方が良いんじゃない? じゃあ俺はこれで……あ、一応連絡先だけは渡しておこうかな」
彼はポケットから小さな紙を1枚取り出すとそこに自分の携帯番号を記入してソレを投げ渡す。
「もしも今話した沙羅チームと揉めた時は教えてくれよ。それじゃあねっと」
そう言うと彼は今度こそ加江須の前から姿を消す。
神力で強化した脚力を利用して一瞬で視界から姿を消した板垣を見送った後、加江須はすぐに今の話を恋人達へと連絡して行く。
最初にイザナミ、次に氷蓮、そして純粋な転生戦士ではないが当然黄美と愛理の二人にも今時分の聞いた話を伝える。
「よし、最後は仁乃に連絡だ」
一番最後に残った仁乃にも電話を掛ける加江須。
彼女がすぐに電話に出たら急いで板垣の話を伝えようと考えていた。だがどう言う訳か連絡が中々つかない。
「何で出てくれないんだよ仁乃……」
板垣からあんな話を聞いた後だからだろうか。少し電話に出てくれないだけでも一気に不安が押し寄せて来る。呼び出し音が長くなるにつれ彼の不安は大きくなるが、ついにスマホから仁乃の声が聴こえて来た。
『もしもし……』
「ああやっと繋がった。おい仁乃気を付けろ。今この町に妙な転生戦士が紛れているみたいだ。もし妙な勧誘を受けたら気を付けろ」
『もう…少し警告が遅いのよバカ』
「え、それってどういう……」
『生憎だけど今まさにその転生戦士と交戦中よ。戦いに集中したいから一度切るわね』
そう告げられるとスマホの通話が切れスピーカーからは一切の音が途切れ静寂が辺りを包んだ。




