転生戦士の新たな報酬制度
「それでは加江須さんまた近々お会いに行きますね♡」
そう言いながら恋弧は自分のスマホを嬉しそうに眺めながら天使の様な笑顔を、だが目の奥が少し黒く濁っている瞳を向ける。そんな彼女のスマホの中には加江須の連絡先が登録されていた。
とりあえずは彼との連絡手段を手に入れられ満足したのか、そのまま彼女は満面の笑みと共に何度も手を振ってその場から去って行く。そんな遠くなる彼女の姿を加江須はどこか遠い眼をして見送っていた。
「ねえ良かったの加江須? あんな得体の知れない娘に連絡先を教えてしまっても?」
「しょうがないだろう。ああまで強引に迫られてしまったら断りにくいって。それに少し変な娘ではあるが結局は悪人ではなかった訳だしさ……」
実は恋弧が責任を取って欲しいと言った直後、またしてもファミレス内で仁乃たち、特に黄美が暴走してしまい危うく戦闘が始まりかねない程に場が荒れたのだ。当然立て続けに騒ぎ立てる彼らに業を煮やした店員は彼らを強制的に店から叩き出してしまったのだ。
だが店を出てもその後は店の外で黄美が噛み付き、彼女を加江須から遠ざけようと終始威嚇し続けていた。
どうにも纏まりそうにないので取り合えず今日はこのまま帰って欲しいと加江須が頼むと彼女は意外にも首を縦に振って来た。だがその代わりとして連絡先を教えて欲しいとねだって来たのだ。
加江須は自分のスマホの電源を点けると新たに登録された恋弧の連絡先を見て深々と溜息を吐いた。
「それにしても昼休みに愛理の言っていた予想が当たるなんてな……」
「私も完全におふざけで言っていたからかなり驚いているよ。まあラスボみたいな敵とかじゃなかっただけマシじゃん」
かなり精神的に疲れている様子の加江須の背をさすりながら笑って気を遣う愛理。
「全然良くないわよ愛理! あの泥棒猫ったらカエちゃんを私たちから盗ろうとしてるんだよ! カエちゃんもカエちゃんで少し甘いよ! 連絡先を交換してしまうなんて!」
愛理はそこまで危険視してはいないようだが黄美はその正反対にかなり危機感を抱いていた。彼女は黄美の眼から見て病的なまでに加江須に依存している傾向が見て取れたのだ。
「(どさくさに紛れてカエちゃんに抱き着いた際にカエちゃんの匂いを嗅いでいたし、それに自分のあの脂肪の塊を触れさせたりと今にも捕食しそうな勢いだったし!!)」
加江須本人は気付いていなかったが恋弧は時折肉食動物の様な鋭い眼をしながら、しかも頬を紅く染めて加江須の方を見ていた。あの眼は欲しい物はどんな手段を用いても手に入れようとする人間の眼だ。
ちなみに黄美のこの考えは大正解であった。そもそも加江須に自分を見てもらう為に肉体の年齢を成長させるほどのぶっ飛んだ人間なのだから。
しかし黄美が恋弧の本性を見抜けた一番の理由は彼女の性質が自分と似通っているからだと彼女は気付いていない。
本人に自覚は無いだろうが彼女とて加江須に対して狂愛を抱いており、一緒に居る時も頭の中では時折過激な考えを抱いている。しかも加江須は気付いていないが恋仲になってから黄美は数回理性が崩壊しそうになり彼に襲い掛かろうとして我に返った事も数度ある位だ。
まあ何が言いたいのかと言うと、類は友を呼ぶとでも言えばいいのだろうか? それとも同族嫌悪とでも言えばいいのだろうか?
「(とにかくあの恋弧とやらは要注意人物ね。あの女狐はこの先もカエちゃんにちょっかいをかけてくるはず……思い通りにはさせないわよ。カエちゃんの髪の毛1本たりとも渡してなるものですか!)」
何やらブツブツと独り言を言っている黄美はさておき、仁乃はあの恋弧の転生戦士としての力量に少し興味を抱いていた。
「あの娘の思考云々はさておいてさ、彼女は転生戦士としてはかなりの実力者と考えられるわね」
ファミレスでの会話が少々ヒートアップしてしまって見過ごしていたが、あの恋弧の強さは間違いなく転生戦士でも上位に食い込むだろう。下手をしたら自分や氷蓮以上の実力を兼ね備えている可能性だって感じた。
何しろ彼女は神から一つ願いを叶えてもらっているのだ。それはすなわちそれなりの数、もしくはかなり上位個体であるゲダツを討伐した証でもある。それに引き換え自分は未だに願いを叶えた経験は無い。
話題の方向性が彼女の強さへと変わると今まで憔悴していた加江須の表情が真剣な物へと変わった。
「確かにそれは言えるかもな。相手が下位のゲダツだったとは言え彼女はアッサリと片付けていたしな。気配の消し方もかなり完璧だし、それに空を飛んでいた事や斬撃の威力を上げていた事、それにあの突風……」
先程の戦闘光景を思い返して彼女の持つ特殊能力について考察を始める加江須であったが、ここで彼のスマホが鳴り響く。
「ん、メールか……あ……」
スマホの画面を見て加江須の表情が石の様に固まった。
加江須の両隣りからひょいっと顔を出して3人がスマホの画面を覗き込んで見ると……。
『別かれて早々にメールだなんてはしたない真似をご容赦ください。しかしこれから愛しの加江須さんと接し合える機会が増えると思うと気持ちを抑えきれませんでした♡ ぜひあなたからもメールを下さい♡』
「むきいぃぃぃぃぃぃ!!」
スマホのメール内容を見て黄美がとうとう我慢できなくなったのか奇妙な声で叫び出す。
そして怒りの余り彼女は加江須のスマホを横取りするとそのまま激情に身を任せてスマホを地面へと思いっきり叩きつけようとする。
「だああああ、待て待て黄美! 頼むから待ってくれ!」
慌てて石化が解けた加江須が黄美の手から放られそうになっている自らのスマホを奪い返そうとした。
だが彼の伸ばした手が黄美の腕を掴んだ直後――加江須たちの体が光り輝きその場から姿を消したのだった。
◆◆◆
眩い光に包まれ、その光が納まると次に視界に入った風景は一面が白の世界。
もうこの4人も慣れたもので取り乱す事もなく瞬時に自分たちが今どこに居るのか理解した。
「また転生の間に呼ばれたわね。今度は一体何なのかしら?」
手慣れた感じで仁乃が目の前に立っていたヒノカミにいきなり要件を尋ねる。
いきなり呼び寄せられてもほぼノーリアクションである事に少し不満を感じているのかヒノカミの頬が少し膨らんでいる。
「何だかリアクションが薄いっスね。別に派手なリアクションを要求する気はないっスけどもう少しなんかこう……」
「もういい加減に慣れて来るわよ。それで今回はどう言う用件で私たちを呼んだのかしら?」
はいはいと言った感じで適当にあしらいながら本題に入るように促す仁乃。
何だか釈然としない感じはしつつもヒノカミは挨拶と共に加江須たちを呼び寄せた理由を話し始める。
「実は今回皆さんを呼んだのは転生戦士の報酬制度の変化についての報告っス」
その言葉に大きく反応したのは現役の転生戦士である加江須と仁乃。
その一方で純粋な転生戦士ではない黄美と愛理はどこか他人事の様な顔をしている。まあ実際に彼女たちはどれだけゲダツを討伐しても何も恩恵が無いのだから当たり前と言えば当たり前ではあるが。
軽い咳ばらいをした後、ヒノカミは今後のゲダツ討伐の報酬について話始めた。
「今までは一定数のゲダツ、または大きな力を持った個体を駆逐する事で転生戦士の方々には『願いを叶える権利』を渡していました。しかしこの権利を手に入れられる転生戦士がゲダツと共謀し悪用されそうになると言う事態が現世では発生、それ故に受け渡す報酬を別の物で統一化する事となったっス」
「それで結局はどんな報酬が与えられるんだ?」
今まで多くの転生戦士が異形と戦ってきたのは報酬の存在が確実に大きいだろう。自分の好きな願い、言い方を悪くすれば我欲を満たせると思ったからこそ多くの転生戦士も命懸けで戦ってこれた。今後も転生戦士に戦い続けてもらう為にはそれ相応の報酬でなければ納得はしないだろう。
「今後、ゲダツを1体討伐する事に与えられる報酬は直接的な『現金』と言う事になりました」
「それ…本当に大丈夫なの?」
ヒノカミからの報酬内容に仁乃は激しく不安を覚えた。
確かに一番堅実と言える報酬内容かもしれない。だがそれにしても神様から現金と言う生々しい褒美とは如何なものだろうか……。
この想いは仁乃だけでなく加江須たちも抱いており、もう少しまともな報酬は考えられなかったのかと言う視線をヒノカミに集中させる。
「そ、そんな汚い物を見るかのような視線は勘弁して欲しいっスよ。それに断っておきますが私はこの報酬に否定的でしたんですから…」
どうやらこの報酬についてはヒノカミを始め幾人もの神様も納得しづらかったらしい。
仮にも神様が現ナマを渡すと言う絵もかなり歪に見えると思いヒノカミも他の代案をいくつか提出した。だが堅実と言う点ではこの報酬が一番転生戦士のモチベーションを保てると判断されたのだ。
確かに少々いやらしい話になるかもしれない。だが生きていくうえで現金と言うのは大事な物だろう。人間は生活基盤を整える為にはどうあっても金が必要となってくる。だからこそ人々は多種多様な職種に就いて毎日汗水たらして働いているのだ。
そう言われてしまえば加江須たちとしてもこの報酬内容が不謹慎とまでは言えなかった。もしそう口にすると言うならば、じゃあお前は金を一銭も使わず生きていけるのかと言われて頷けやしないのだから。
そしてこの報酬の受け渡し制度にも変化があった。
今までは一定数のゲダツ、もしくは強大な力を持った個体を討伐してポイントを貯め一定数を超えると願いが叶えられるシステムであった。だが今後は1体討伐するごとに必ず報酬が支払われるようになったのだ。
ちなみに報酬の内訳に関してはこのようになるらしい。
下級タイプのゲダツ討伐→1千万円が支払われる。
中級タイプのゲダツ討伐→3千万円が支払われる。
上級タイプのゲダツ討伐→5千万円が支払われる。
まだ現状では変化点も色々出て来るかもしれないらしいが基本的にはこの様な形式になるらしい。
「おいおいゲダツ1体につき千万単位の報酬なんて……本当に大丈夫なのか?」
加江須がそう言うのも無理はないだろう。今後自分がゲダツを討伐するたびにそんな大金を本当に貰っても大丈夫なのだろうか? いくら転生戦士とは言え表向きはただの高校生の自分には少し豪勢すぎる気がするが……。
仁乃も1千万と言われ少し戸惑っているようだ。まさかそんな大金だとは思いもしなかったのだろう。
だが驚いている二人とは違って関係の無い愛理は単純に羨ましそうな顔をしている。
「いいなぁ。この分なら加江須君たち一気に大金持ちになれるんじゃないの?」
「愛理おまえ…他人事だと思って……」
確かに今後も自分はゲダツと戦い続けるのだから一般高校生の身の丈に合わない大金を得るのかもしれない。だがそんな大金を受け取り続けてしまうと金銭感覚も狂いそうで少し怖くもある。
「でもそんな大金をポンと渡されても少し困るよね。万札の束なんて高校生が持ち歩いてると目立つだろうし、かと言って銀行に預けても驚かれるんじゃ……」
黄美の言う通りいきなりありふれた高校生がそんな大金を持って銀行に預金する光景は変に目立つかもしれない。だがそんな大金をそのまま家に置いておく訳にはいかないのでやはり預金はするだろう。だが頻繁に数千万円を預ければ変に目立つかもしれない。
そんな心配をしているとヒノカミが小さく笑みを浮かべて何やら1枚のカードを取り出した。
「そこは心配ご無用っスよ! この神界銀行カードを今から転生戦士の皆さんにお渡しします!」
そう言うと彼女は白銀に輝くカードを加江須と仁乃に手渡した。
謎のカードを渡されて怪訝そうな顔をしている二人にヒノカミがそのカードの効力を説明して行く。
「そのカードは地上のキャッシュカードの様なものです。転生戦士の方がゲダツを倒すとそのカードの中に自動的に報酬が振り込まれます。そして金額を引き出したいときはカードを持って『神界から引き出し』と言えばこのような画面になります」
そう言いながら彼女は二人に渡した物と同じカードを取り出し、そして『神界から引き出し』と口にするとカードの真上に何やらウィンドウ画面が出現した。
カードから出て来たウィンドウ画面にはこう表記されていた。
――現在カード残高は102億3千万円です。
現金を引き出しますか? はい
いいえ
「見ての通りカードから選択画面が表れるっス。はいを選択すれば指定した金額が手元に現れるシステムっスよ。あっ、ちなみのカードを紛失しても自分のカードは本人以外に扱えないっス。それにカードには自動返却装置が付いているので紛失してから3日後には自動的に手元に戻ってくるので安心してくださいっス」
なるほど…確かにこの方法なら大金を持って銀行の往復をせずにすむかもしれない。しかも地上のキャッシュカードよりも遥かに優秀だ。
自分の手に握られているカードを見つめながらそんな事を考えているとヒノカミからの話は以上だと告げられる。
「この報酬制度変更については今現在色々な神様が転生戦士達に伝達してるっス。私も加江須さんや仁乃さん以外の何人かにも既に報告済みっス。まあこの後も他の転生戦士の方への報告が残ってるっスけど」
「……なあヒノカミさん、この話は氷蓮にはもう話してあるのか?」
「え、まだっスけど……」
ヒノカミがまだ彼女には話してはいないと答えると彼は『そうか』と一言だけ口にする。
ヒノカミは加江須の表情の変化に気付いていなかったみたいだが恋人たちは違う。この時の彼の表情には悲しみが宿っていた事を彼女たちは見逃さない。
「(ねえどうしたのあんた? 何で暗い顔してんのよ?)」
加江須の耳元まで寄って仁乃が一体どうしたのかと尋ねる。すると彼は戻ってから説明すると言って一旦彼女との会話を打ち切った。
話すべき事を全て話し終えたヒノカミは加江須たちをこれでもう下界に戻すと告げる。
「それじゃあこれで皆さんには地上に戻ってもらうっスよ。久利加江須さん、先輩の事を泣かせないように」
最後に大事な先輩であるイザナミを悲しませない様にと釘を刺した直後に加江須たちは転生の間から姿を消して行った。
だがこの時のヒノカミはまだ知らなかった。神界の新たに定めたこの報酬制度が転生戦士間でいざこざを引き起こす事になる事を……。




