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復讐者は異形の恐ろしさをその身に受ける

今回の話はいつもよりも少し長くなっています。そして次話からはまた本編が再始動しますので。


 捕らわれの身である花宮には今眼前で起こった出来事がほとんど理解できずにいた。

 蔵嗚が真瀬の頭部に手を置いたと思うと彼女は跡形もなくその場から消え去ってしまった。そのまま続けて五十里も頭部に手を置かれた次の瞬間には肉眼で見る事も出来ない程の粉微塵となって消え去った。


 最後に取り残された花宮はようやく理解できた。


 突然消息が不明となった最上はこの男の手で既に殺された後だと言うこと。そして桃香もこの男に命を握られ従わざる得ない状態であることを。


 「お前は一体何なんだ? 一体何があってそんな魔法みたいな力を身に着けたと言うんだ?」


 この状況で次に葬られるのは必然的に最後に残った自分である事は明白だ。そして柱に体を縛られ逃げる事すらできないこの状況ではもう完全に詰んでいる。何よりも既に目の前で二人の人間をあっさりとこの世から消去してしまっているのだ。今更自分を殺す事に躊躇いなんてみせないだろう。


 「ふふ……」


 もう助からないと開き直った彼女は力の抜けた笑い声を自然と口から零していた。

 この状況下で笑う彼女を不審に思った蔵嗚が何が可笑しいのかと尋ねる。


 「そんなに笑って何か面白い事でもあるか? これからお前は死ぬんだぞ?」


 「ははは…違うわ。これからもう逃れようのない死が迎えに来るからこそ笑ってしまっているのよ」


 どうやら腹をくくったと言う事らしい。中々に肝が据わっているもんだと蔵嗚が感心していると彼女は冥途の土産と言う事で真実を聞かせてほしいと頼んだ。


 「最初アンタは私たちが勘違いをしていると言っていたわね。確かアンタがストーカーだと言うのが誤解だとか何とか…どうせ死ぬなら最後に真相が知りたいんだけど?」


 蔵嗚としては今更目の前の彼女に真実を知られてもどうでも良い事である。

 これまで誤解だと訴えても信じてくれず、それどころかクラス総出で爪弾きにしてきた癖に。そんなヤツが真実を知ってショックを受けようが改心しようが自分の取るべき行動はもう確定している。


 だが折角観念して真実を求めて来たのだ。自分から真相を今更語ろうとは思わない。だが相手の方から問い掛けて来るなら答えてやろうじゃないか。


 そこから蔵嗚は自分がクラス内で認識されている罪が全て最上と桃香によってでっち上げられた在りもしない冤罪である事を教える。

 信じていた恋人に裏切られ、さらにはストーカー行為や脅しを働いていたなどとでまかせを広められ、そして毎日が死ぬほどに辛い日々であった事を教えてやった。


 「……なあ桃香。コイツの話は本当なのか?」


 「………」


 花宮のその問いに対して彼女は無言を貫き続けた。だがその代わりに頭を小さく縦に振って間違いないと言う証明をした。

 

 「そうか……」


 桃香の返答に対して彼女はたった一言だけそう呟くだけであった。

 何の罪もない人間、それも恋人であり幼馴染でもある人間を騙すだけでは飽き足らず身に覚えのない罪を着せる。凡そ人間が同じ人間に対して働く所業ではないだろう。それに今の話が本当なら桃香は自分や真瀬の事を騙していた事にもなる。

 全てを知った今の彼女には桃香に対して怒りは勿論ある。だがソレを彼女はぶつけるような事はしない。と言うよりも自分には激昂する資格すらないだろう。いくら事実とは異なる情報を与えられていたとは言え自分だって蔵嗚に対して非道と言える言葉を幾度吐いたことか。

 

 「(今まで彼の言葉を一度たりとも信じず、集団でイジメを受けても当然の制裁だと思い庇う事もせず…これで私が怒りを抱く資格などあろうはずもないわね)」


 そして目の前の彼が自分を含めたクラスメイト達に復讐を果たす事も頷ける。

 今まで数えきれない罵声や暴言を理不尽に浴びせられ続けたのだ。ならばその報復で最悪命を奪う事だって考えるのも無理はないだろう。


 仮に私が彼の立場に立たされたと考えると……十中八九復讐を考えるんだろうなぁ……。


 「そうね、そうよね。アンタには私たちクラスメイトに復讐を実行する権利があるわ。だから…私だって好きに殺して良いわよ」


 今更どれだけ頭を下げようと謝罪を述べようと彼の心には響かないだろう。それならばせめて潔く裁きを受けて償おう。

 真実も知って全てをちゃんと理解した彼女は今まで教室では見せた事がない弱々しい笑みと共にそう言った。


 「良い覚悟だな……」


 目の前で観念する少女の姿を見て蔵嗚の心は正直揺れ動いていた。

 確かにコイツだって自分を苦しめていた人間の1人だ。だが今にして思い返してみればこの女から直接暴行を働かれた記憶はない。


 だがここで蔵嗚の行動に変更は一切なかった。


 「……じゃあな」


 その一言と共に彼は花宮の頭部に手を当てるとそのまま神力を流しこんでやった。その数秒後には彼女の肉体は素粒子レベルの分解をして散った。


 「はあ…なんか少し退屈だったな……」


 当初の予定では極限の苦しみを与えてから死んでもらう予定であった。だがあそこまで潔い姿勢を見せられたせいか一切苦痛を与えずに殺すと言う選択を選んでいた。


 「まあいいか。潔く死ぬ覚悟を持つヤツには多少の慈悲は与えても…」


 そう言うと彼はそのまま廃倉庫を出て行こうとする。


 「ああそうだ。おい桃香、お前も今日は帰って良いぞ。また今後も協力はしてもらうからヨロシク」


 そう言うと今度こそ彼はそのまま廃倉庫を出て行く。


 薄暗い倉庫内に取り残された彼女はその場で膝から崩れ落ちると両手で顔を覆って泣きじゃくる。


 「もういやぁ…助けて……誰か助けて……」


 幼馴染を手にかけ、更に仲の良かった二人の友人の死を目の前で見せつけられてもう彼女の心はいよいよ限界に近づいていた。

 だがどれだけ泣き叫んでも彼女をこの深い沼から引き抜いてくれる救世主などは存在しない。何故なら彼女があの悪魔に道具として利用されるようになってしまったのは他ならぬ彼女自身のせいなのだから。


 もしも彼女が蔵嗚を騙さず無実の罪を着せなければ今のこの状況は存在しない。全ては自分の蒔いた種、そんな彼女を一体誰が助けてくれると言うのだろうか?


 残り復讐者の人数――22人。




 ◆◆◆




 「さてこれで今日一日で4人も葬れたな。あと残りの殺害対象は22人か……」


 一見すれば一日に4人も始末できたのなら上出来だろう。このペースならばそう遠からずともクラス全員を皆殺しに出来るはずだ。

 とは言え一日に4人もクラスの人間が消息不明となれば学校もかなりざわつくだろう。それに今日殺した連中の親だって絶対に警察へと捜索届を出すだろう。


 「そう考えるとやっぱり悠長に考えてもいられないな。明日は一気に7、8人は纏めて始末した方が良いかもな」


 どうせ後の事なんて自分は考えてはいない。それなら朝のクラスメイトが全員集まっている教室で纏めて始末するのも悪い手ではないのかもしれない。


 残りの人間をどう始末するかを考えながら夜道を歩いていた蔵嗚であったが、不意に彼は足を止めて周囲を見回し始めた。


 「何だ…この、気持ちの悪い感覚は…?」


 何の変哲もないただの街路を歩いているだけのはずだが何やら気持ち悪い気配を感じるのだ。最初は桃香が後を付けているのかとでも思ったがどう考えても人の気配とは思えない。

 ハッキリと感じ取れるのだ。まるでヘドロのような粘ついた害意を……。


 「……上か!?」


 感覚を研ぎ澄ませながら気配の厳密な出所を探り続けついに気配の発信源を特定でき、上空を見上げると何かが空から降って来たのだ。


 「ぐっ、なんだぁ!?」


 強化されている視力は夜の中でもハッキリと相手を見ることができ、自分の真上から全身が黒い体毛で覆われている化け物が襲い掛かって来たのだ。

 慌ててバックステップで後退して襲い掛かって来た怪物から距離を取る。


 上空から降って来た異形の怪物は4本の脚でしっかりとコンクリートの地面を踏みしめ、低い唸り声とともに自分を睨みつけている。

 まるで血に染まっているかのような真っ赤に充血している複数の瞳に捉えられ蔵嗚の頬から一筋の汗が滑り落ちる。


 「ま、まさかコレがゲダツか?」


 今まで復讐に夢中で完全に頭から抜け落ちていたゲダツの存在を今更ながらに思い出す蔵嗚。そもそもゲダツを討伐する為に自分は2度目の人生を与えられていた事すら忘れていた。

 

 ライオンなどよりも一回り以上大きな体格、そして巨大な牙が覗いている顔面には6つの瞳が付いておりギョロギョロと忙しなく動き回っている。

 完全に日常世界の中では存在しない異形にゴクリと唾を呑む。


 「くそ…マジでこんな化け物と戦わないといけないのかよ」


 正直に言えばゲダツ討伐など本気で行う気などサラサラ無かった。

 自分はクラスメイト達に復讐さえできればそれで良かった。そもそもいくら超人化しているとは言えあんな怪物に元はただの学生の自分が勝てるとも思えない。


 「(俺は復讐さえできればそれでいいんだ。別にこんな怪物と無理して戦う必要なんてないんじゃ……)」


 このまま逃げてしまおうかと考えつつある蔵嗚であったが彼はゲダツと言う生物を見くびり過ぎている。

 

 彼が余りの緊張から一瞬、それは本当に一瞬だけだったがゲダツから目を逸らしてしまった。


 「……え?」


 一瞬だけ逸らした視線を再びゲダツへと向け直した時、もう相手は自分の眼前まで迫っていたのだ。


 「なっ、速……ぐあああああ!?」


 相手のゲダツは大口を開けるとそのまま蔵嗚の上半身を口千切ろうとする。

 咄嗟に脚を神力で強化して横へと跳んで噛み付き攻撃を皮一枚で回避した蔵嗚であるが、ゲダツは嚙みつきを避けられると次の一手を打つ。

 ゲダツの振るった尻尾が蔵嗚の横っ腹に思いっきりぶち当たりそのまま彼の体はコンクリートの上をゴロゴロと転がって行く。


 「ぐ…ぐはっ…はぁ…はぁ……」


 ふ、ふざけんなよ。こんなバケモンを俺たちに何とかしろってのか? 


 ただの尻尾の一撃だけで攻撃を受けた横腹にはかなりの鈍痛が走り、口からは少量とは言え吐血までしていた。

 あまりの痛みに思わずこのまま寝転んでいたいとすら思っていたがそうはいかなかった。何故ならゲダツがこちら目掛けて猛ダッシュして来たからだ。


 「グ、アアアアア!!」


 血の混じった涎を零しながら彼は全身を神力で強化するとその場から勢いよく上空へと跳躍した。

 相手のゲダツは急停止すると同じく四肢の力を最大まで発揮すると上空に居る蔵嗚を追って飛び掛かって行く。

 眼下からこちらに向かってくる怪物を恐ろしく思いながらも彼は両手に神力を集中して迎撃態勢を整えようとする。


 上等じゃねぇか! お前みてぇな獣に殺されてたまるか。お前が俺を喰い千切るよりもはやくテメェの体に触れて分解してやる!!


 確かに純粋な肉弾戦でどうにかなる相手でない事は理解できた。だが転生戦士には特殊能力が備わっている。いくら戦闘力が自分よりも上だとしてもこの分解の力でゲダツを素粒子レベルにバラしてしまえば自分の勝ちだ。

 圧倒的に戦力に開きがあっても彼にはこの能力があるがゆえにまだ自身に勝ちが見えていた。


 だが彼はやはりゲダツと言う生物の事を見くびり過ぎていた。能力を保有しているのは必ずしも転生戦士だけとは限らないのだ。


 もうあと3、4秒後には自分に喰らい付いて来る事を見計らい迫りくるゲダツの噛み付きを避け逆にあの体毛に覆われている肉体を掴もうと考えていた。

 だがここで完全に蔵嗚にとって想定外の攻撃がゲダツから飛び出して来たのだ。


 なんとゲダツは蔵嗚との距離がまだあるにもかかわらず口を開き、そのまま開口した口からは炎が吐き出されたのだ。


 「うそだろ!? 火を吐きやが……グアアアアアアア!?」


 空中で待ち構えていた蔵嗚は想定外の攻撃に対応できず噴射された炎に全身を呑まれてしまう。そのまま彼は体の所々を燃やしながら落下して行く。

 地面に激突する直前に彼は全身をありったけの神力で強化して耐久力を底上げする。そして肉体を強化した直後にダイレクトにコンクリ―トの道路に激突、そのまま彼は何度もバウンドしながら転がって行く。


 「ぐあっ!? がぎゃ!? あぎゃ!?」


 道路をバウンドするたびに口から悲鳴を漏らして転がり続ける蔵嗚。

 そのまま彼の肉体は近くに立っていた電柱に背中から激突、そして血の塊を吐き出しながらその場で呻く。


 「ぐあ…い、いてぇ。いてぇよぉ……」


 全身を呑み込んだ炎に関しては転がったお陰ですぐに鎮火したのでそこまでの負傷はない。しかしかなりの高さから地面に激突した衝撃はかなりのダメージを彼の肉体に蓄積させていた。

 深呼吸をしようとすれば全身に電流が走ったかの様な痛みがあり、咳をすれば吐血のおまけまである。それでも神力で全身をガードしたおかげだろう。あの高さから落ちたにもかかわらず臓器の破裂や骨の骨折はどうやらないようだ。だがそれでも簡単に起き上がれるダメージではない。


 「ぐ…ぐぐ……」


 どうにかして体を起こそうとする彼であるがすぐ耳元で荒い呼吸音が聴こえて来た。

 顔をゆっくりと持ち上げるといつの間にか目の前にはゲダツが立っていた。口からは大量の涎を垂らし、そしてゲダツはゆっくり大口を開けて彼を喰らおうとする。


 「ま、待ってくれ! ゴホッ…お、俺はまだ復讐を終えてないんだ! 奴等を殺した後なら俺の全身を胃袋に納めてもいい。だから今はまだ待ってくれ!!」


 ゲダツに命乞いをするその構図はまるで先程の廃倉庫での出来事の繰り返しであった。だが今度は蔵嗚が狩られる側の立場となっていた。そして彼が命乞いをする相手は人でなく獣である。悪意から生まれ出た人食い獣にそんな願いが通じる訳もなく……。


 「ヤメロォォォォォ!!!」


 もう自分の頭部を呑み込むまで顔を近づけて来るゲダツに叫ぶがそれでも獣は止まらない。そのまま彼の頭部が食いちぎられる刹那――ゲダツの首に何か光の斬撃が通り過ぎて行った。

 まるでかまいたちの様な突風と共に光の斬撃がゲダツの首を通過した直後、ゲダツは口を開けながら首をゴロンと地面の上に落とした。

 頭部の損失したゲダツの首の切断面からは真っ赤な噴水のように血液が躍り出て、目の前に居る蔵嗚の顔面に大量に降り注ぎ彼の顔はまるでペンキをかけられたかの様にどす黒い赤に染まる。


 「な…な…?」


 顔面が凄まじく鉄臭いがそんな事よりも今起きた現象に呆然とする蔵嗚。

 首を失ったゲダツはそのまま光の粒となると天へと昇って行って目の前から姿が消えた。


 そしてまるでゲダツと入れ替わるかの様に1人の女性がゆっくりと歩いて来た。


 「随分と情けない転生戦士が居たものだな。獣相手に命乞いとは……」


 そう呆れた様な口調と共に現れたのは青紫色のショートヘア―にスラリとした体形、そして整った顔立ちの女性であった。だが女性には左目に切り傷があり片目が閉じ隻眼であった。

 残っている片方の眼でどこか見下すかのような視線を蔵嗚に向けながら彼女――東華形奈がゲダツの首を斬り落とした日本刀の切っ先を突き付けて来た。


 「さて…一応は確認だがお前も転生戦士で間違いないのか?」


 まるで自分を人ではなくゲダツと同じように駆逐すべき敵でも見るかのような眼差しに蔵嗚は心底恐怖する。


 今まで復讐に燃えていた彼と言えども目の前の正真正銘の戦士の眼光を前にして震える事しか出来なかった。



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