妹に誤解される姉
小雨の降る中、玄関の外で待機していた加江須は仁乃に誘われて彼女の家の中へとお邪魔していた。
前回はあくまで家の外まで見送っただけで家の中へはお邪魔しなかったので、少し緊張しつつも仁乃の家へと上がらせてもらった。
「おじゃましまーす…」
玄関で頭を軽く下げながらそう言っていると、目の前には仁乃より少し年下の少女が出迎えてくれた。
「どうもー…ふーんこの人がねぇ~…」
「あ、お邪魔します。えっと…仁乃の妹さんかな?」
「はい、日乃と言います。こんにちは」
挨拶をしながら仁乃の妹である日乃は、姉が好意を寄せているであろう加江須の事を興味深そうに見ている。
まるで値踏みでもされるように見つめられ少し加江須が居心地が悪そうにしていると、日乃の事を仁乃が窘める。
「コラ日乃、あんたお客さんの事をそんな見つめないの。失礼よ」
「ごめんごめん、でもお姉が男の人を家に上げるなんてコレが初めてじゃん。だからついさぁ…」
「あんたがそうさせたんでしょ…」
散々煽る様な事を言っておきながら何を自分一人の意思で迎え入れたように言うのかと思う仁乃であったが、内心では加江須を自分の家の中に招き入れた事を少し喜んでいたりした。
「(日、日乃に少し強引に誘導されたとはいえ…こ、これは加江須と距離を詰めれられチャンスなんじゃ…)」
そんな事を内心で考えていると、日乃が笑いながら加江須に話しかけていた。
「どうぞ上がってください、えっと…加江須さんでいいんですよね?」
「あ、ああ。俺の事は仁乃から聞いていたのかな?」
「ええそれは。お姉ったら随分とあなたにご熱心なようで…」
「バ、ババババカッ!? ななななな何を!?」
日乃が妙な事を口走り始めたので、急いで彼女の口を手で塞いでやる仁乃。
一応は客人でもある加江須の前で騒ぎだす二人であるが、そんな事は加江須は気にせずむしろ仲の良い姉妹だなと少しほほえましく思ってしまう。仁乃にも言っていたが、自分も兄弟が欲しいと思っていたのでこのようなやり取りが羨ましく思えた。
しばらくガミガミと言っていた仁乃であったが、妹の口を塞ぎながらも加江須の恰好を見てハッとする。
「あんた随分濡れてるわね。ちょっと待ってなさい、すぐタオル持ってくるから」
自分よりも玄関の屋根下に居たとはいえ、長時間外で待っていたためか少し被害が多い加江須の姿を見て仁乃が玄関を離れ奥の方へと消えて行く。
仁乃が居なくなったことで自由になった日乃が加江須に姉との関係について尋ねる。
「あの、加江須さん。実際のところお姉とはどういう関係なんです?」
日乃にそう聞かれどう返答すべきか一瞬だが迷ってしまう加江須。
自分が思うに仁乃とは同じ転生者仲間と言うイメージであるが、まさかその事を馬鹿正直に伝える訳にもいかない。仁乃だって流石に自分が一度死に、そして蘇った事実を家族にすら話してはいないだろう。
「そうだな、俺と仁乃は…お互い同じ秘密を持った関係…かな?」
色々答えを考えた挙句、大雑把ながら大事な部分をはぐらかしてそう答えた加江須であるが、その答えがますます日乃に興味を持たせてしまう。
「(お互い同じ秘密を持った…こんなあやふやな答え方をするって事は……もしかしてそうとう大事な秘密って事? まさかお姉、私が想像しているよりもこの人とイロイロ進んでいる?)」
加江須は転生者である事を隠したつもりであったが、日乃の中では自分の姉と目の前の少年が人には言えない関係にまでなっているのではないかと変に深読みしてしまう。
日乃が少し危ない想像をしていると、そのあらぬ誤解をされている仁乃がタオルを持ってやって来る。
「ほらタオル。これで髪や身体を拭いて」
そう言いながら仁乃は洗い立てのタオルを加江須へと手渡す。
「サンキュー、使わせてもらうよ」
礼を言いながら差し出されたタオルを受け取り頭を拭く加江須。
「とりあえず上がりなさいよ。雨が止むまで玄関でって訳にもいかないでしょ」
「そうか、助かる」
髪や身体の水気を取って家に中へと上がらせてもらう加江須。
仁乃に案内されてリビングまで付いて行く加江須。そんな二人の後ろ姿を見ていて日乃が独りでに呟く。
「もしかして私…すごい邪魔者なんじゃないかなぁ…」
姉はあの加江須さんとは何でもないと言っているが、あの反応を見ればあの少年に恋をしている事くらいは察せれる。だとしたら今は二人きりにしてあげるべきだろう。
そう思うと日乃は仁乃の横を通り過ぎ、その去り際にこう言っておく。
「お姉、私は自分の部屋に戻っているからあの人と二人でごゆっくりどうぞ」
「ご、ごゆっくりって、それどういう意味で言ってるのよ!?」
「さぁねぇ~…」
日乃の言葉に慌てふためく仁乃を置いて、彼女は二階にある自分の部屋へと続く階段を上って姿を消す。
取り残された仁乃はしばし呆然とするが、すぐに気を取り直して加江須の事をリビングの方へと案内する。
「と、とりあえずリビングに来なさいよ。こんな通路の真ん中で立ちっぱなしでいるわけにもいかないでしょ」
「ああそうだな。じゃあ失礼しまーす…」
リビングの中に入ると仁乃に座っていてと言われ適当な場所で膝をつく加江須。
仁乃は奥のキッキンの方へと足を運び、冷蔵庫を開けてそこから牛乳を取り出す。
「今ホットミルクでも出してあげるわ。少し待ってなさい」
「別に気を使わなくてもいいぞ。雨が止めばすぐ出て行くんだし…」
「寒そうな体しておいて遠慮しない。いいから待ってる」
そう言うと2つ分のコップを用意し、小さな鍋に自分たちの飲む分の牛乳を入れて温め始める。
「(ん~…)」
何となく手持ち無沙汰になった加江須はリビングの中を見渡して時間をつぶす。当たり前だがやはり高校、中学の少女が二人いるためか部屋の内装は少し女性らしさを感じた。中でも所々に置いてある人形がそれをより助長させる。
その内の1つ、自分の座っている近くに置いてある動物の人形を手に取ってみる。
「(これは猫か。こういうのはやっぱり妹さんが置いたのかな?)」
猫のぬいぐるみを持ちながら見ていると、ホットミルクを入れた仁乃がやって来て加江須の持っている人形を見て言った。
「あら、にゃん吉がどうかした?」
「にゃ、にゃん吉…?」
間抜けなネーミングを聞いて思わず聞き返してしまう加江須であったが、当の仁乃は特にふざけた様子もなく真顔であった。
「私のぬいぐるみの名前よ。にゃん吉、可愛いでしょ?」
ホットミルクを机の上に置くと、加江須の手の中のぬいぐるみを見て笑う。
「この部屋のぬいぐるみってお前の物か?」
「そっ、趣味で集めてるのよ」
「そう…か…」
自分の持っている、いかにも女に子が好きそうなぬいぐるみを見つめながらぎこちない笑みを浮かべて頷く加江須。
加江須の見せた反応を見て仁乃の目付きが鋭くなった。
「今あんた…コイツ意外と女らしい趣味があるとか思ったでしょ?」
「い、イヤ思ッテナイヨ…」
「何で片言なのよ! 絶対似合ってないって思ってるじゃない!!」
片言で返事を返した加江須に腹が立ち噛み付いてくる仁乃。
そんな彼女の怒りを抑えようと加江須が手に持っているぬいぐるみを仁乃の顔の前に突き出し、ぬいぐるみの後ろから声を出す。
「やめてほしいにゃん。加江須はにゃん吉の友達だからいじめないでにゃん」
「~~~ッ! バカにするんじゃないわよ!!」
ふざけ半分で相手をする加江須に怒った仁乃はいつものごとく彼の頬へと腕を伸ばし、そのまま頬を掴んで引っ張ろうとする。
だが加江須もこのパターンには慣れ、にゃん吉を盾にしながら面白半分に挑発する。
「仁乃の行動パターンはもう読めてるにゃん。つねれるものならつねってみろにゃん」
「きいいいい!! 上等じゃない!!」
とうとう抑えが効かなくなり仁乃はなりふり構わず加江須の頬を引っ張ろうとする。加江須目掛けて体全体で飛び込んでいき、そのまま仁乃に押し倒されてしまう加江須。
「ば、ばか! そんな本気で!!」
「うるさいうるさいうるさーい!!!」
◆◆◆
「う~ん…やっぱり気になるなぁ~…」
二階にある自分の部屋に居たはずの日乃であったが、彼女は今、リビングのドアの前で座り込み様子をのぞき込もうとしていた。
せっかく意中の相手との二人っきりの時間を邪魔しては悪いと察したつもりであったが、しかし年頃の少女としては姉が意中の相手と二人っきりでどうしているのか気になりこっそりと覗きに来たのだ。
「おじゃましまーす…」
ドアをゆっくり音を立てずに開け、空いた隙間からリビングの様子を覗き込んでみる。
「…うはっ」
隙間の向こうから見えた光景に思わず間抜けな声を出してしまう日乃。
開いた隙間の向こう側では姉があの少年の事を押し倒し、覆いかぶさっているのだ。
「……てっ、撤収」
想像以上の光景を目の当たりにしてドアを閉めると音をたてぬよう全速力で自分の部屋へと戻った日乃。今までは姉をからかっていた彼女だが、今回は姉の予想を上回る大胆な行為に彼女の顔は真っ赤になっていた。
◆◆◆
リビングでは仁乃がマウントを取って加江須の頬を思いっきり引っ張っていた。
「うらうらうらぁ! これでどーだ!!」
「いぢぢぢぢぢぢ!?」
加江須の頬を左右に引っ張りつつも上下に何度も動かしている仁乃。その下では加江須が涙目になってぬいぐるみを振り回している。
仁乃は加江須を懲らしめるためにマウントを取っているにすぎないが、ドアを開けたあの時、日乃が見たのは覆いかぶさる仁乃の後ろ姿だったので彼女が加江須の頬を引っ張っている部分は見えず、完全に誤解をされていた。
そうとは知らずに仁乃は加江須の上に乗ったまま彼に制裁を加え続けていた。
「今度という今度は完全にキレたわよ!! このままあんたの頬を引っ張り続けて垂れさがらせてやるわ!!」
「だ、誰がだずげでー!!」
 




