外道の叔父に制裁だ!
廃倉庫では気絶した俤治と金城、ついでに金城の部下共もまとめて一緒に縛り上げると床に転がしておいた。別に倉庫の柱に体を縛り付けている訳でもないので目が覚めたら立ち上がる事ぐらいはできるだろう。だがこんな上半身が縛られている状態では満足に逃げる事も出来ないだろう。
とりあえず一通り気絶している連中を縛った後、氷蓮は余羽の事をジト目で見ながら口を開いた。
「お前…意識があったのなら加勢しろよ。ケッコー手強い相手だったんだぜ?」
「まーそう言わないでよ。もしもの時の為にギリギリまで様子を窺っていたんだよ」
実は床に転がっていた余羽は気絶したフリをしていたのだ。確かに体中が敵の攻撃で痛めつけられたのは事実だが彼女の修復能力を使えば一瞬で傷は治せる。だが敢えて能力は使わず相手が油断して姿を現すのを待っていたのだ。その為に気を失った演技までして隙を窺い続けていた。
「まー、結局は能力を解かず姿を消したまま終わったんだけどね」
彼女の言う通り相手の転生戦士はかなりの臆病者だったようだ。自分が倒れた後も姿を消し続け、氷蓮に対しても姿を見せることなく不意打ちをかましていたのだから。そして結局は自分の気絶の演技も氷蓮の単独撃破で無駄に終わったが……。
それにしても気になるのは氷蓮がどうやって透明化していた相手を捉えたのだろうか?
「ねえ氷蓮、あんたどうやってコイツの居場所を特定できたの? コイツってば姿だけじゃなくて神力まで隠蔽できる力を持っていたんでしょ」
「ああそれか。まぁ、種を明かせばかなり単純な方法を用いたんだけどな」
余羽の疑問に対して氷蓮は敵の居場所を察知した方法を種明かしする。
「お前は倉庫に居たから外の景色がきちんと見えていたかは定かじゃねぇがあの時、俺は大量の氷柱を射出していたんだよ」
「それで偶然攻撃を当てられたって事?」
物量で強引に攻撃を当てたのかと思った余羽であるがすぐに違和感を感じた。何故なら自分のすぐ近くで縛られて転がっている男には目立つような大量出血などは見て取れない。もしも氷柱が突き刺さっていれば目立つ外傷があると思うが……。
「俺が大量の氷柱を放ったのは氷柱自体を当てる為じゃねぇよ。氷柱と氷柱を空中でぶつけ合って氷の破片を辺り一面に散らばせておいたんだよ。んで、聴覚に意識を最大まで研ぎ澄まして音を拾ったんだよ。そんでアイツが周囲に散らばっている氷片を踏んで砕く音で位置を確かめたんだよ」
「ほえ~……氷蓮にしては頭使ったんだね~」
「うるせぇ……」
……あれ? 何か返しがいつもよりも小さい気がするな……。
てっきりもっとテンション高めで言い返して来るかと思ったが、予想以上に氷蓮の反応が大人しいので首を傾げていると彼女がおずおずと口を開く。
「その…すまなかったな余羽。俺のせいでおめぇに迷惑かけちまった…」
ああ成程そう言う事か。今回の事件の全ての元凶は彼女の叔父である俤治だ。つまり自分の親類のせいで傷ついてしまい申し訳なくて顔向けできないと言った具合だろう。
「まあまあ、その話は後にしようよ。それよりも今は……」
取りあえずこの話については後に回すとしよう。それよりも今は片付けなければならない問題が傍に転がっているのだから。
二人は倒れている俤治と金城へと視線を向ける。
「まずは起きてもらうか…」
そう言うと無造作に仰向けで倒れている俤治の腹部を軽く踏みつける。
「おげっ!? ゴホッゴホッ……あ、あれ…?」
腹部を圧迫されてしまい咳き込みながら目を覚ます俤治。
目覚めた瞬間は状況が呑み込めていないのかキョトンとした顔をしていた。だがすぐに気を失う前の記憶が鮮明に蘇り、更に目の前に氷蓮と余羽の二人が立っていたので露骨に狼狽える。
「あわ、あわわわ…助けてくれぇ!!」
人外なる力の持ち主二人が目の前で絶対零度の瞳を向けている事に心底恐れ慄いてその場から逃げ出そうとする俤治。縄で縛られているとはいえ足は動く彼はそのまま立ち上がると逃げ出そうとする。だがそんな逃走劇をみすみす起こさせる気はサラサラない氷蓮はひょいっと走り出そうとする俤治の脚に自分の脚を引っ掛けてやった。
当然両腕が縛られてバランス感覚が悪い俤治はあっさりと転ぶ。しかも両腕が縛られているので顔面から思いっきり倒れ込む。
「うわ、いたそー…」
一切の受け身を取らずに鼻から転ぶ俤治を見て少しだけうわっと言う顔をする余羽。もちろん別に同情はしていないしする必要も無い。
鼻からダイブを決め込んだ俤治はそのまま呻きながらジタバタしていると氷蓮が話し掛ける。
「おい、うぜぇリアクションは一旦やめて俺を見ろ」
「ッ……は、はい」
氷蓮が話し掛けて来た瞬間に俤治はまるで冷凍庫に放り込まれたかのような寒気に襲われた。実際には氷蓮は能力を発動していないので冷気だって放出してはいない。だがそれでも俤治の震えは止まらずガタガタと震え続ける。
カチカチと歯を鳴らしながらも何とか返事をする事は出来た俤治。しかしその姿もう完全に過去に氷蓮の事を虐げて来た強い面影は無かった。
「お前には色々と聞きたいことがある。お前…この金城ってヤツに俺だけでなく余羽の事も売り飛ばして金を得ようとしていたな?」
「そ、そんな訳ないじゃないか…」
「ほう? じゃあわざわざこんな夜分遅くに俺をこんな廃れた倉庫に呼び出した理由を言ってみろ」
氷蓮に睨みを利かされながら何とか言い訳を考えようと必死になる俤治の姿はもう滑稽を通り越して哀れで仕方がなかった。顔を見れば今必死に言い訳を考えている事が目に見える。本当ならこの時点で言い訳を口にする気が割れているのでもう聞く価値はない。だが自分を過去に散々苦しめ、それに懲りずにまたしても自分の前に現れ挙句には余羽にまで手を出した。自分を売りに出そうとしたのだ、この男には少々お灸をすえる必要がある。
内心で失笑しつつも俤治の言い訳を待ってしばし立ち、ついに俤治が出来の悪い言い訳をし始める。
「そ、その…ここで倒れている金城ってヤツが俺を脅してお前を自分の前に引きずり出せって命令して来たんだよ。相手が極道じゃ逆らう事も出来ずに……」
「ふ~ん…脅されて仕方がなかったのかぁ。そうかそうか……」
氷蓮がわざとらしく頷いていると横に居た余羽がわざと大きな声を出して彼女に話し掛ける。
「あれぇおかしいなぁ。確か自分の借金で追い詰められたアンタは自分から娘を差し出すって金城に言って返済計画を立てたらしいじゃない」
「てめ、余計な事を言うな…あ……」
ものの見事に訂正を入れられてしまい嘘をばらされて噛み付く俤治だがすぐにしまったと言う顔をする。そんな道化っぷりに氷蓮は口元はニヤニヤしているが目はまるで笑っていない。
尚一層に氷蓮の機嫌が悪くなった事を察して俤治は言い訳を口にするのを止め全身全霊で謝罪を始めて来た。
「す、すまねぇ氷蓮! 本当に申し訳ねぇ事してしまった!! すまないすまない!!」
両手が縛られているので手を着ける事はできないが土下座の体制を取ると額を床に擦り付けながら謝り続けた。
とても自分の倍以上の年齢を重ねている男とは思ない程に情けの無い顔をしながら大号泣する俤治。
「ごめんなさいごめんなさい!! 俺が全部悪かったですぅ。ううう…許して…許してくれぇ~……」
「はっ…惨めだな……」
彼の謝罪に対して彼女の口から出て来た言葉はそんな簡素なものであった。
かつての自分がこんな三下中の三下に怯えて生きていたと思うと我ながら自分自身が情けなくなってくる。隣で事の顛末を見届けている余羽も大号泣の俤治の姿に若干引いているくらいだ。
「頼む、どうか許してくれ。この通り地面に頭まで擦り付けているんだ。許してくれよ…」
「……」
「こ、これでまだ足りないって言うなら靴だって舐める! いや舐めさせてください!!」
そう言うと俤治は氷蓮の靴の裏を自分から醜く舐めだしだ。
彼の口の中には土や靴のゴムの不快な味が広がるがそんなものは気にもならない。それよりも生き残る方が遥かに重要だ。
それからしばらく必死に靴を舐めていた俤治だが氷蓮からもうやめろとストップが出される。
「じゃ、じゃあこれで許してくれますね?」
どうやら目の前の豚は靴の裏を舐める程の醜態を晒したので罪はチャラになったと思っているらしい。さすがは人を自分の借金の為に売り渡すほどの男、物事を自分の都合の良い解釈しかできないらしい。
「おいお前さ、何をもう許してもらった事にしているんだ?」
「え……?」
氷蓮が黒い笑みを浮かべながら顔を近づけると俤治はひくっと半笑いをする。
自分の親類だけじゃ飽き足らずその友人まで売ろうとした相手に掛ける慈悲などは無い。とは言えこんな奴でも一般人である以上は殺すのはさすがに不味い。だがだからと言ってこのまま解放してしまえば間違いなくこの男はまた過ちを犯すだろう。
ならばもう二度と悪事は働けない、いや働こうとさえ思えない程の苦痛を与えてやるべきだろう。
「俺だけじゃなく余羽にまで手を出したんだ。殺しはしねぇがペナルティは与えるぜ」
「え…ぺ、ペナルティっていったい……がああああああああ!!??」
氷蓮の口から出て来たペナルティと言う単語に恐怖を感じていた俤治だが次の瞬間には彼の口から絶叫が迸った。
何故なら氷蓮の蹴りが彼の股を下から思いっきり蹴り上げていたからだ。その繰り出された蹴りには神力をほんのりと籠めてまでいた。そんな代物が急所にぶち当たれば当然無事でいるはずが無い。
氷蓮の脚には何か硬いブツを二つ潰した不快な感触が伝わった。
「あ……ああ……」
白目を剥きながら俤治は大量の泡を吹いてひっくり返る。
大量の泡と共にカエルの様に痙攣をしている彼を見て余羽が恐る恐る氷蓮に尋ねた。
「つ…潰れた……?」
そんな彼女の質問に対して氷蓮はこう返答した。
「今後はニューハーフとして生きて行かなきゃいけねぇなぁ」
そう口にしている彼女はこれまでのストレスが抜け切ったのか信じられない程に爽やかな笑みを浮かべていたのだった。




