番外編 女の子になっちゃった 3
加江須「久々の番外編だな!」
仁乃「うん…でも間が空き過ぎじゃない? この話忘れられているんじゃない。なんか私たちが一切出てこない『復讐物語』も始まってるし……」
加江須「シッ! 静かに……」
イザナミが神界から持ち込んで来た神具、その内の1つの道具で性転換してしまった加江須は元の男に戻るまでどこで夜を過ごそうか困っていた。女になっている以上は普通に自宅で過ごす訳にはいかない。どうしようかと悩んでいたが紆余曲折あって彼、もとい彼女は仁乃の家に宿泊する事となったのだった。
自宅を出て仁乃の家に向かう道中、加江須は前を歩いている仁乃に不安げに質問をぶつける。
「でも本当に泊まり込んで良いのか仁乃? いきなり押しかけるなんてお前の家族にも迷惑が掛かるんじゃ…」
「だーかーらー、さっきも言ったでしょ。両親にはちゃんと許可も取ったし1日ぐらいなら大丈夫だって言っていたわよ」
「それはまあ…な……」
「今更遠慮しないの。ほらもうすぐウチに着くんだしウジウジ言わない」
そう言いながら彼女が指差す方向にはもう仁乃の自宅が目視できる距離まで来ていた。
彼女の家に訪れるのはコレで2度目になる。ただし1度目はあくまで雨宿り目的だったが今回は宿泊だ。だがまさか恋人の家での初のお泊りが女体化した状態でとは考えもしなかったが。
二人は家の玄関前まで辿り着くとそこで仁乃から家に入る前にいくつかの確認が行われる。
「分かっていると思うけど妹にはあんたの正体がバレない様に言動には注意しなさい。今のあんたは女に性転換している。つまりは日乃にとってはあんたは初対面の私の友人だって事になるんだから。口調とかも気を付ける」
「ああもちろん分かってるよ」
当然だろうと言う表情しつつ、内心では加江須は安堵の溜め息を思わず吐いていた。
あ…危ねぇ…。うっかり日乃ちゃんに普通に久しぶりだね、なんて挨拶するところだったぁ……。
未だに女になったショックが抜けきれていないのかそこばかり気が行っている部分がある。
改めて気を入れ直して下手を踏まない様に自分を叱責しておいた。
「それともう一つ。ちゃんと自分の着替えは持ってきているでしょうね」
そう言いながら仁乃は加江須が肩からぶら下げるボストンバッグを見つめる。
加江須は大丈夫だと頷きながら鞄の中を開く。その中には自分用の着替えもちゃんとある。
「日乃にはくれぐれも鞄の中を見られない様に気を付けなさいよ。寝巻はまだしも男物の下着を見られたら一気に怪しまれるから」
最後に1つだけ忠告すると仁乃は玄関を開けて加江須を引き連れて家の中へと入って行った。
◆◆◆
「へぇ~、お姉にこんな美人のお友達が居たなんてねぇ~」
「あはは、今日はお世話になります」
家の中に入って居間の方に行くとそこにはもうすでに彼女の家族が全員揃っていた。
事前に仁乃が電話で自分の事を紹介しているので彼女の親御さんは温かく受け入れてくれた。もうすぐ夕食が出来るとの事で仁乃と一緒に居間で待機していると日乃が色々と話し掛けて来る。
そして今は好奇心旺盛な日乃に色々と質問をぶつけられている。
「それでそれでお姉って学校ではどんな感じなんですか?」
「え、えーっと…おれ…いや私は仁乃とは違うクラスだからどうかな~?」
「えー、でもクラスは別でも昼休みとか放課後とかは一緒に居るんじゃないんですか? だってウチに泊まりに来るほどなんですから」
次から次へと質問をぶつけられて少し狼狽えつつも答えようと努める加江須だが今にもボロが出そうな雰囲気に少し焦りを感じる仁乃。
少しはフォローに回った方が良いと思い仁乃が妹を窘める。
「はいはいもうすぐ夕食なんだから質問は後よ」
「何よお姉、もしかして妹には知られたくない弱みとかある訳~?」
ニヤニヤと怪しげな笑みを浮かべながら姉を小馬鹿にするような態度を向けて来る日乃に対しハイハイと軽く受け流す仁乃。
質問の矛先が自分から姉の仁乃に軌道転換された事で助かったと思う加江須であったが、次に日乃の口から出て来た言葉に今度は仁乃が狼狽え始める事になる。
「そう言えば最近お姉って加江須さんとどうなっているの?」
彼女の口から出て来た質問に思わずぶふっと仁乃は吹き出してしまう。
「ななな、何でいきなりそんな質問してくんのよ!?」
まさかここでその質問が来るとは思いもしなかった彼女は完全に虚を突かれ盛大にどもってしまう。そして同じく加江須もその質問を聞いてドキッと体を揺らして露骨に反応している。
余裕ぶっていた姉の態度が崩れていく様を面白そうに眺めながら今度は姉の方に狙いを定める日乃。
「おやおやおや~? すまし顔が一気に赤面状態ですな~。ねえマジであれから加江須さんとはどこまで進んだ?」
「だ、だから何でそんな質問するのよ。ご飯前に訊く事?」
強引に質問を打ち切ろうとするがしつこく訊いてくる妹に焦る姉。
しかも日乃は後ろで耳を立てて話を聞いていた加江須まで巻き込み始めるのだ。
「聞いて下さいよ佳奈美さん。お姉ったらこう見えておさかんなんですよ」
「へ、へえ…」
面白がって友人にまで姉の近況報告を始める日乃であったがまさか目の前で話しているこの女性がその恋人であるとは思いもしないだろう。
ちなみに日乃の呼んでいた佳奈美と言う名前は仁乃が適当に考えた名前だ。まあそれはさておきこの質問は本人の身としては少々答えずらい。とりあえず愛想笑いしておくと仁乃が慌てて割り込んでくる。
「ちょちょちょ! そんな質問何で当の本人にしてんのよ。答えられる訳ないでしょ!!」
こ、このバカ! あれだけボロを出さない様に言っておきながら!!
自分の正体が妹には勘付かれない様にあれだけ忠告入れていた彼女からまさかの発言に内心でバカ呼ばわりして焦る。
当然日乃は加江須と佳奈美を同一人物だなんて考えにすらないのだから姉の発言に怪訝そうな眼を向ける。
「何で佳奈美さんが当の本人なのよ? 性別すらも違うじゃん」
「え、あいや…な、何かノリで…」
しまったと言う顔をした直後にノリだなんて強引なはぐらかし方をして尚更不思議そうな眼を向けられる。
このままでは不味いと思って今度は加江須、いや佳奈美がフォローを入れる。
「そ、そう言えば私はよく彼氏の事で相談されているんだ! 放課後とかにはよく近況報告されていたからうっかり私と加江須君を言い間違えたんだと思うよ!」
佳奈美の強引な言葉に日乃は一応を納得する。だがこんな事を言ってしまえば今度は佳奈美に姉と加江須の二人の関係が何処まで進んだのか根掘り葉掘り聞き出そうとしてくる。
こうして夕食が出てくるまで二人は瞳をキラキラと輝かせながらマシンガン並に飛んでくる質問に答えようと必死になるしか出来なかった。
◆◆◆
「あーもう…本当に疲れたわ…」
「同意…」
夕食が終わった後は二人は仁乃の部屋で疲れ切った顔をしていた。
「ただ夕食を食べただけなのにこんなに疲れる事もないよな。なーにゃん吉?」
「違う、それにゃん吉じゃなくてネコ男君よ」
加江須は部屋の中にあるいくつもある猫を模したマスコットキャラのぬいぐるみに対して愚痴を零していた。当然相手は物言わぬぬいぐるみ君なので無言を一貫している。
しかし相変わらずファンシー系のぬいぐるみが大勢部屋を占めている。確かこう見えても仁乃はぬいぐるみ好きだったと思い出す。しかもご丁寧に名前まで付けて。
「でも何とか乗り切ったな。後はこのままこの部屋で一夜を過ごせば……」
明日になれば男に戻れるのだ。今日の夜さえ乗り切れば元に戻れる。そう考える加江須であったが同時にある事に今更気付いた。
そうか…俺は今日一夜を恋人の部屋で過ごすんだよな。お…お泊りなんだよな……。
過去に仁乃と黄美の二人が自分の家に寝泊まりした時はそこまで緊張はなかった。だがいざ自分が泊まり込む側になるとかなり緊張してしまう。それによくよく考えれば恋人の部屋に今居るのも緊張案件だ。
「(ぐ…やべぇ。なんかドキドキしてきた。てゆーか何かこの部屋凄い甘くていい匂いするんですけど…)」
女の子全開の内装に部屋の中のフルーツの様な甘い香りを意識し出すとクラクラしそうになる。
チラリと横目で仁乃を見てみると彼女はそこまで緊張している様子は見られない。それどころかぬいぐるみに話し掛けている。……カワイイ……。
やっぱり宿泊する側と宿泊させる側とでは色々と緊張の度合いも異なるのだろうか? まあ仁乃にここで変に緊張でもされてしまえば間違いなく変な空気になる。とは言え今の自分は女体化しているからそれで仁乃もすました顔が出来るのかもしれないが。
「………あっ」
「え?」
ぬいぐるみを抱きかかえていた仁乃であったがここで何かに気付い様で『あっ』と声を漏らしていた。そしてしばらく真顔であった彼女の顔が徐々に赤く変色していく。
「ど、どうした?」
「な、何でも無いわよ! 変態! スケベ! 女誑し!」
「ああん!? いきなり何で罵詈雑言の嵐!?」
さっきまでは平然と言う顔をしていた仁乃はいきなり罵詈雑言を叩きつけて来たので混乱する加江須。しかも顔まで真っ赤にしているので益々訳が分からないと思っていると……。
部屋の扉をノックした後に許可を得る前に部屋に入って来た日乃から声掛けがされる。
「お姉ー、真奈美さーん、お風呂どうぞ―」
「え…お風呂…?」
日乃のお風呂と言うワードを繰り返しながら思わず固まる加江須。
その後ろでは何を想像したのか顔がゆでダコの様になっている仁乃の姿が在った。さっきの罵詈雑言の意味を理解した加江須は仁乃に冷静を保った体で話し掛ける。
「い、いや別に一緒に入るわけじゃないだろ。だからそんな恥ずかしがる必要ないだろ仁乃」
「い、いいいい一緒に入る!? エッチ! あんぽんたん! スケベ大魔神! 女の敵!」
「(ど、どうしたのこの二人?)」
加江須の言葉に更に妙な妄想を膨らませた仁乃が顔を真っ赤にして涙目になりながら加江須の頬を引っ張り、何をそんなにはしゃいでいるのか分からない日乃は首を傾げていた。




