まさかの再会、そして湧き立つ憤怒
「………ああもうッ!!」
加江須は自宅へと戻るなり乱雑に部屋の扉を開けるとベッドの上へとドカッと座る。
自宅へと戻って来た彼はぶつけようのない怒りに八つ当たり気味にベッドに拳を沈めていた。一瞬怒りの余りベッドに叩きつけた拳に神力まで纏わせてしまいそうになっていた。ギリギリで理性がブレーキをかけてくれたお陰でベッド粉砕と言う最悪の事態には陥ることなく思わず安堵する。
「はあ…」
恋人から聞いた過去話はあまりにも悲惨過ぎた。
理不尽に家族を奪われ、性根の腐った叔父に寄生され、挙句の果てには両親を殺した男に金目当てでもう一度襲われ、そして…死んでいった。あまりにも報われなさすぎる人生にやるせなくなってしまう。
「……俺の馬鹿が。何で俺はあんな質問した」
どうして自分は不用意に彼女の過去を尋ねたりしてしまったのだろうか? よくよく落ち着いて考えてみれば転生戦士は必ず死んでいるのだ。過去を詮索すると言う事はその人物の死因まで知ってしまう事もある。そしてその死が氷蓮のように大きなトラウマを抉る結果になる事だってあるのだ。そもそも若くして死んでいるのだから碌でもない死因の方が多いだろう。
それからしばらくの間は自室でモヤモヤとした想いを胸に抱きながら過ごしていると部屋の扉がノックされる。
部屋の前に居る人物に入室しても良いと返事をすると部屋の中にイザナミが入って来た。
「ただいま戻りました加江須さ……何かあったんですか?」
アルバイト先から戻って来たイザナミが返って来て挨拶を加江須にしようと部屋に訪れたが、扉を開けて真っ先に視界に入って来たどこか不機嫌そうな彼の表情に首を傾げる。
まだ何も言っていないにもかかわらず自分の心境が怒りに満ちている事を見抜かれてしまい思わず戸惑ってしまう加江須。どうやらそれほどまでに分かりやすく顔に出ていたようだ。
イザナミはまた何かトラブルでも発生したのかと思い加江須の傍によると事情を聞こうとする。もしまたラスボの様なゲダツ関連なら放ってはおけない。
「……実はさ――」
一瞬だが話しても良いのかどうか迷ってしまう。自分の過去ならばいざ知らず、恋人の過去を暴露しても良いのかどうかと迷ってしまう。だがイザナミなら他の人間に対して面白半分に言いふらすようなマネをしない事は分かっているので外で何があったのか語り出した。
氷蓮から聞かされた過去をそのまま、自分の怒りを上乗せしてイザナミに話すと彼女も眉をひそめて不快感を隠す事もなく口を開く。
「そんなの酷い話です! あまりにも氷蓮さんが……!!」
思わず声を大にしてしまったがそれほどまでに許せなかったのだろう。すぐ間近で声を張り上げられた事に対しても加江須は特に諫めたりはしない。自分だって今は怒りのピークが過ぎているが彼女のように話を今聞かされれば怒鳴っていたかもしれない。話を聞いた時には野外だったので声を出して怒りたくても怒れなかったのだ。
「まさか氷蓮さんがそこまで重い過去を……いつも強気で頼りになる彼女にはそこまでの闇が……」
確かにあの人一倍快活そうな彼女からすればそんな重い過去を背負っているとは連想しづらいだろう。実際に自分だって話を聞くまでは彼女がそこまで悲惨な思いをしていたとは考えてもいなかった。
しかし二人が出来るのは怒りを感じて顔を歪ませるまでであった。
「……もうすぐ夕食できるだろうから下行くか」
そう言いながら加江須と共にイザナミは自室を出る。
自分たちが出来る事は話を聞くまで、これ以上は氷蓮の為に出来る事は何も無かった。
モヤモヤとしたものを胸に抱いたまま二人は夜を過ごすことになるのだった。
◆◆◆
加江須がもう自宅へと引き上げていた頃、氷蓮は未だに街中をふらついていた。
あんな話をした後だからだろうか、別にやましい事をしている訳でもないにもかかわらず何故か余羽のマンションに戻りづらかったのだ。
「……なんか甘いモンでも食っていくか」
家に帰れば彼女が作った、あるいは出前の夕食が待っているだろうが何か甘い物でも食べて心を落ち着けようと考えていると……。
「……あん?」
何やら背後から視線を感じる氷蓮。
振り返って見ると曲がり角に一瞬だが人影が視界に映り込んだ。
「チッ…」
明らかに思い過ごしではなく確実に誰かに尾行されている事に舌打ちを一つする氷蓮。今の今まで尾行されていた事に気付けなかった間抜けな自分、そしてコソコソと付け回している誰かさんの二人に対して苛立ちが湧き上がる。今のナイーブな心情のせいでいつも以上に腹が立って仕方がなかった。
改めて全身の感覚を尖らせてみると曲がり角に人の気配をまだ感じる。しかし神力やゲダツ特有の気配は一切感知できない。という事は今尾けている相手はただの一般人と言う事だ。まあ相手がストーカーだとしたら一般人とは言えないが。
「くそ、人が苛立っている時によ!」
語気を荒げながらズンズンと擬音が付きそうな強い足踏みをしながら尾行者を突き止めようと今来た道を戻り始める。するとタイミング良く向こう側ももう一度顔を出して来て目と目が合ったのだ。
「え……」
隠れていた顔をひょいっと再度出して来た相手の顔を今度はちゃんと見る事が出来た。だがその相手の顔を見て思わず氷蓮の息が止まりそうになった。
相手は氷蓮が近づいて来ている事に気付いてまたしても顔を引っ込める。そして足音を鳴らしてその場から急いで逃げて行く音が耳に入る。
「……あ、ま、待て!?」
しばらく相手の顔に呆然としていた彼女であったがすぐに我に返る。そして急いで逃げて行く男の後を追う。
曲がり角を曲がるともう男は大分離れた場所まで走っていたが、その直線距離を一瞬で詰めて男の襟首をつかむ。
「待てって言っているだろうが!!」
そのまま襟首を掴んで後ろに引っ張ってやると相手はゴロンと背中から地面に倒れ込んだ。
「ぐっ、いってぇなぁ…」
「やっぱりアンタかよ…何で今更……」
背中を少々強く打ち付けた事で相手の男が自分を睨みつけて来た。その男の顔を改めてじっくりと見て他人の空似でない事が確定した。
自分を付け回していた相手は――彼女の叔父である俤治であったのだから。
「何でアンタが俺の後を付け回してんだよ?」
「ふん、相変わらず口の悪い餓鬼だぜ」
自分に対してストーカー染みた行為を働いていた事を咎める氷蓮であるが相手はまるで悪びれる事はなかった。それどころか自分の態度に不満をぶつけてくる始末。
本当であれば関わりなどもう一生持ちたくなかった彼女であるがこんな真似をされた以上はこのまま解放して無視する訳にもいかない。
改めて氷蓮は久しく再会を果たした叔父に何が目的なのかを問う。
「もう一度質問すんぞ。何でアンタが俺の後を付け回してやがった?」
「……はぁ~……」
最初は黙秘し続けていた俤治であったがしばらくすると溜め息と共に訳を話し始めた。そしてその理由は余りにも身勝手なもので彼女は怒りを通り越して呆れてしまう程であった。
「金が…金がもうねぇんだよ…」
「はあ?」
いきなりの金無し宣言に思わず疑問の声を漏らして首を傾げる。
意味不明と言う顔をしている氷蓮に対して俤治は半ば逆ギレの様に吠え始める。
「だからもう金が無いんだよ! 素寒貧なんだよ!! 遺産の金は完全に食いつぶしてしまって無一文に近いって言ってんだよ!!」
本当に目の前の屑が何を言っているのか分からなかった。
「金がないってなんだよ…は…?」
まず金が無いと言う理由と自分の事をまるでストーカーの様に付け回す事の因果関係がどうあるのか理解できなかった。
だがそれ以上に目の前のクズが無一文だと言う事も意味不明であった。だって遺産は全て目の前の男に受け渡したんだ。多少の豪遊程度でも生涯何も苦も無く生きていけるはずだ。
「何で金が無いんだよ? だって遺産は全部アンタに……」
「だからソレを全部使ってしまったってんだよ! 相変わらず鈍い餓鬼だなお前は!!」
苛立ち気味に男は氷蓮の腕に掴みかかって野汚い叫びと共に自らの汚点を次から次へと吐き出し始める。
「全部俺に貢がせたあのキャバ嬢が悪かったんだよ! 人に散々高いバッグだのアクセサリーだの買わせておきながらいきなり雲隠れしやがって!! 完全にお前から貰った遺産をドブに捨てちまって、これならもっとパチンコや競馬につぎ込んだ方が良かったぜ!!」
目の前の汚物同然の男の口から出て来る言葉に頭がフラフラする。
確かに目の前の男が貰った遺産をまともに使うとは思っていなかった。だがまさかこんな短い期間で全て使い切るなんて思いもしなかった。どう言う計算をして目の前の男は譲り受けた金を使って来たのだろう?
もうこれ以上はこの場に留まってはいたくなかったがそれでもまだ一番肝心な事、どうして自分の後を付けていたのか問い正す。
「……そうかよ。でも自業自得だろ。それよりも何で俺を追い回してたんだよ?」
コイツの近況報告なんて別に知りたくもないしどうでもいい。とにかく今自分が知りたいのはコイツが尾行していた目的の方だ。今更どうして自分の元へと現れたのかの方が重要だ。
「そんなの決まってんだろ。またお前と暮らす為だよ」
……もういよいよ理解不能だ。一体今のこの男の脳内はどのように活動しているのだろうか?
「また俺がお前の面倒を見てやる。だからその為に今お前の住んでいる場所を教え……ぶげっ!」
俤治が最後まで言い切るよりも早く彼女は彼の顔面に拳を叩きこんでいた。
彼の顔面に深々と拳を突き刺した状態で彼女はゲダツと戦う時以上に敵意むき出しの顔で目の前の生ごみに向けてこう言った。
「マジでくたばれ最低人間が…!!」




