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失恋からの死から蘇る少年

 

 目の前で頭を深々と下げながら頼みごとをする神様を見つめ少し呆ける加江須。彼は一瞬の硬直後、すぐに今の発言について詳しい詳細を求める。


 「ちょっと待て。化け物と戦って欲しいだと?」


 「は、はい。その為の貴方を此処に招いたわけです」

 

 「………」


 無言のまま目元に手を置き冷静さを取り戻そうとする加江須。

 

 つい少し前まで自分は幼馴染に振られ罵声を浴びせられ、そして最後は惨めに交通事故に遭い人生に幕を下ろしたばかりなのだ。それなのにこの神様はそんな悲惨極まりない死を遂げた自分に対して戦ってくれなどと言ってきた。

 目元を覆っていた手をどけ視界を遮る事をやめると、目の前ではまだ頭を下げ続けるイザナミの姿が瞳へと映り込む。


 「とりあえず頭を上げてくれないか」


 女性相手にいつまでも頭を深々下げ続けさせるのもいい気分ではないが、この体制の相手とも話をしたくないので頭をいい加減に上げるように言う加江須。

 言われた通りに頭を上げた彼女は何故か少し嬉しそうな表情をしてたので思わず怪訝な顔つきになる加江須。


 「何でそんなに嬉しそうなんだよ?」


 「え…? そ、その、転生して戦ってくれるんじゃ……」


 突然的外れな発言をして来たイザナミに腹の奥底に苛立ちに似た何かが湧き上がる。


 ――一体いつ俺が引き受けるなんて言ったんだよ。ただうっとおしいから頭を上げろと言っただけじゃないか。どれだけ都合の良い頭してるんだよ。


 思わず勝手な事を言うなと怒鳴りそうになりそうであったが、ここで怒鳴ればまたうじうじといじけかねないと思い言葉を飲み込んで耐える。

 

 「とりあえず色々と整理しよう。あんた…確か元の世界で戦ってくれって言ったよな。その…化け物とさ…」

 

 「は、はい。加江須さんには元の世界に再び転生してもらいその世界に存在する〝ゲダツ〟と呼ばれる化け物と戦うための〝転生戦士〟となってほしいんです」


 真面目な声色でなにやらダサいネーミングを話すイザナミ。

 まるでありふれた小説のような展開だと思ったが、しかし転生先が元の世界である事に疑問が湧き上がる。


 「その転生戦士? とやらになって戦ってくれとかいう前に今話したゲダツとやらについて教えてくれよ。戦うも何も元居た俺の世界ではそんな化け物なんて存在しなかったぞ」


 自分の元居た世界は魔法やモンスターがありふれるようなファンタジーな世界観ではなかった。戦って欲しいも何も世界各地でそんな異形の存在をほのめかされた事すら噂で耳にしたことは無い。せいぜい宇宙人や心霊についての特集番組がテレビで放映されるくらいだ。しかもその類の映像を見ても本気で信じている者はいないだろう。せいぜい常識を落としたオカルトマニアくらいしか信じてはいない筈だ。

 

 「危険な猛獣ならいくつもいるが正真正銘の化け物が出た噂なんて聞いた事が無いぞ」


 「そ、それは無理もない事です。だってゲダツは普通の人間には目視も感知も出来ない異形。奴等は人の持つ悪意、敵意、憎しみ、悲しみ、嫉妬、その他様々な負の感情から生まれ出づる異形なる者。神力を持たざる者にはその存在に襲われたことすら認識できない」


 「えっと…その神力と言うのは…?」


 またしても新たなワードが出てきて首を傾げる加江須。

 

 「神力は私たち神々が持つ力であり、超人的な能力をいくつか発揮でき、ゲダツのような存在も目視できる力のことです。そして貴方が転生する際には私の神力を分け与えた状態で転生をさせます。故に生き返ればゲダツを視認することや感知することができるはずです」


 「要するに生き返らせる際にはあんたの力の一部が付与されパワーアップして蘇るわけか」


 「えっと…うん。そ、そういう認識でいいかな…?」


 「でも何で俺なんだよ? どうせならもっと正義感のあるヤツに頼みゃいいじゃないか」


 「そ、その、誰でも良いわけじゃないんです。神力を受け継げる人にも適正が合って、霊力が強い人でなければ受け継ぐことが出来ないんです」


 またしても新たなワードが出てきたことにため息をついていると慌てた様子でイザナミが補足してきた。


 「れ、霊力と言うのは人の中に眠る力のことです。その霊力が大きな人には性質の酷似している私たち神が持つ神力を受け継ぐ事が出来るのです」


 「俺の中にそんな不思議な力が有るようには感じないんだが…」


 生前自分の中に眠れる不可思議な力を感じた記憶はない。にもかかわらず突然自分の中には人知を超える力が有ると言われても納得はできない。

 訝しむ加江須に対してイザナミから更なる情報が追加される。


 「霊力は肉体の内側に眠る力で合って、ソレ単体では特殊な力を大して発揮できないんです。そして霊力はすべての人間の中にある物。でも大小に違いがあって霊力が低すぎる人は私たち神々の神力を引き継ぐことが出来ません。霊力が低すぎる相手に神力を送ると、その魂が耐え切れず神力が毒のように魂を浄化し消滅させてしまうからです。でも一定のラインの大きさを超えた霊力を持つものは注がれる神力に耐えられ、そして自身の霊力と混じりあい、そして疑似的な神力を扱うことが出来るようになります」


 「…なるほどね。大体わかった」


 いくら霊力とやらが高くても生前では普通の人間と何ら変わりはしないが、霊力の高いものは死後はこの転生の間に呼び寄せられ、そして神様の持つ神力とやらを受け渡されてその力と結合させられ超人的な力を得られるようだ。まあその力とやらが具体的にどのような物かは定かではないが。

 

 「興味本位で聞くけど死人の魂が消滅するとどうなるんだ?」


 「もし死んだ状態で魂が消滅してしまえば…存在そのものが完全な無に帰し生まれ変わりも出来ずその者は――完全に消え去ります」


 なるほど、それを聞くと誰彼構わずこの転生の間とやらに呼び寄せる訳にはいかないようだ。

 まあ生前極悪非道を働き審判の間とやらで害虫にでも生まれ変わる事が決まってるヤツならばここに呼ぼ寄せて神力を注いでイチかバチかやらせてやった方が良いのかもしれないが。正直自分ならば気色の悪い何かに生まれ変わるくらいなら魂の消失をかけてここに呼び寄せられイチかバチかを試したい。


 とりあえず神力については大体把握したので次はゲダツについて詳しい詳細を求める。


 「神力の方の説明は大体把握した。じゃあ次はゲダツについてもう少し詳しく教えてくれよ。アンタの話ではゲダツは神力を持たない人間じゃ認識できないんだろ? でももし頻繁に襲われてるなら謎の変死体位はニュースで頻繁に見かけると思うんだが?」


 「ゲダツは生命や魂――そして存在を食らう異形です。この異形に襲われた者に関する存在は世界から〝消失〟します」


 「……もう少し具体的に説明をしてくれないか? 大雑把に消失なんて言われてもな…」


 抽象的な説明に補足を求める加江須。

 

 「ご、ごめんなさい。具体的に言うとゲダツに襲われた者に関する記憶や情報、足跡が世界から消えると言えばいいでしょうか。元々この世界には存在しなかった事となります」


 イザナミが言うにはゲダツとやらに襲われ、そして喰われた人間はその存在に関する情報が世界から消えてしまうらしい。それが例え仲の良い友人であろうが、血を分けた肉親であろうが、最愛の恋人であろうがゲダツに殺されれば世界の全てから襲われた人物に関する記憶は完全消失してしまうらしい。


 「つまり…誰の記憶にも残らないから騒ぎにもならない?」


 加江須が確認を込めてイザナミを見ると彼女は無言のまま首を縦に振って頷いた。


 「恐らくですけど加江須さんの記憶から消えた人もいるはずです。貴方の住んでいる町でも被害が出ているはずですから」


 「俺の住んでいた町でそんな被害があったとは思えない…と言いたいところだが襲われた人物に関する情報がすべて消えているなら否定できないんだろうな」


 「はい、加江須さんの住んでいる場所は…焼失市(しょうしつし)内でもゲダツの被害がいくつも見られます。そしてこの被害の拡大を防ぐために加江須さんには是非とも転生戦士となって戦ってもらいたいのです」


 そう言いながらイザナミは少し興奮を抑えきれない様子で加江須へと詰め寄ってきた。

 迫りくる彼女をうっとおしく思い迷惑そうな眼をを向ける。するとすぐに今までと同じ覇気のない怯えを見せた情けのない表情へと戻った。

 

 この情けない表情を見るとやはりこの女が神様だとは思えない……。


 しかし表情は怯えを見せつつもイザナミは加江須にゲダツの危険性をより詳しく話し始める。

 

 「こ、このゲダツの被害を放置し続ければ大変な事になるんです。ゲダツに襲われた者の情報は世界から消えます。その被害が小さいうちはまだうまく修正がききますが、被害が大きくなればなるほど辻褄は合わなくなり、そして最後は加江須さんの町そのものが無かった事になるんです」


 イザナミがそう言うと今まで興味なさげであった加江須の表情に僅かな驚きが現れる。


 「なるほどな。ゲダツが手あたり次第に町の人間を喰えば修正された情報が穴だらけになって町そのものが成り立たなくなり消える事もあるってことか」

 

 「その通りです。土台となる人々の存在、情報が大量に欠落してしまえば町を支えることが出来なくなります。そうなれば町そのものが無かった事として修正されることも……」


 「……」


 イザナミが少し悲痛そうな表情をうつむかせながら言った。もしかすれば自分の世界からいくつかの町が消えた事があるのかもしれない。


 「(俺の家族も消えるのか…?)」


 死んだ今頃になって現世の両親の事を心配するのもおかしなことだが、それでも家族が消失するかもしれないと言われていい気分はしない。いや、家族だけでない。それなりに仲の良い友人、そして幼馴染である黄美――


 そこまで思考が行くと加江須の腹の中に黒い感情が芽生える。


 「(いや、アイツはもうどうでもいいだろ。俺と幼馴染であることを汚点だとか言っていたしな)」


 忌まわしい幼馴染の事を考え頭に血が上ってきた加江須はすぐに黄美の事を頭の片隅へと追いやる。

 加江須の表情が険しくなっているのでイザナミが少し怯えた表情をしている。その顔を見てため息を吐き頭を冷やそうとする。


 ――いちいちこの程度で怖がるなよ…。まったく、仮にも有名どころの神様だろうが……。


 「ああ悪い、少し考え事していたんだ。別にアンタに腹を立てた訳じゃない」


 そう言って誤解を解くとイザナミはほっとした表情をする。

 

 「そ、それで転生して戦ってはくれますか?」


 期待をしたような瞳で自分を見つめてくるイザナミ。

 正直なところ最初は転生などする気などありはしなかったのだが、流石に自分の住んでいた町そのものが消滅すると思うと考えるところがある。


 しかも自分の最期が罵声を浴びせられた失恋の直後であると思うと未練が全くないわけではない。しかし生き返ってまで自分がするべき事なのかという思いも感じイザナミの提案を呑むかどうか悩んでいると――


 「あ、あの、転生して功績を残した場合、その都度見返りとして願い事を1つ叶えるという恩賞が与えられることになっています」


 「……ありふれた展開だな」


 ――現実で流行りの異世界小説の主人公のような体験ができるとは……。


 現実と言っても今は死後で異世界に行くわけではないが……。だが願い事が叶えてもらえるのは中々魅力的だ。


 「どんな願いでも可能なのか? 不老不死だの億万長者だの」


 「そ、その、世界を救ってもらう為に動いてもらっているので多少の無理なら可能ですが…その、世界を崩壊させかねない願いはご遠慮してもらう事となりますが……」


 どんな願いでも叶えてくれる、とはいかないようだ。まあもっとも世界を崩壊させるような願いを言うつもりもないが…。


 「過去に転生して功績を収めた方の中には今言っていた億万長者と言う願いを叶えてもらった方もいました。他にも女性にモテる体質にしてほしいなど……」


 「まあ…現実で生きる人間ならそう言う願い事するよな」


 無償で働こうと思う人間など現実世界では極省だろう。正直自分はまだ願いを叶えられると言われてもピンとはこないが、しかしもう一度生き返れるのであれば……。


 「分かったよ。あんな惨めな死に方は俺もごめんだ」


 加江須は首をコキッと子気味良く鳴らし、イザナミの頼みに対しての答えを出した。


 「やってやろうじゃないか転生。生き返りを機に情けない自分を脱却してやるよ」




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