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クラス全員皆殺しにするよ?


 目の前で必死に命乞いをする男を無心で何度も何度も殴り続ける桃香。

 例えどれだけ救済を求められても自分は聖女ではない。何で自分が殺されるかどうかの瀬戸際でお前の面倒まで見なきゃいけない? そもそもお前が私を守ってくれれば私がこんな目に遭う事もなかったんだよ。だったらお前が責任もってここで死ね! 死ね死ね死ね死ね!!!! 頼むから私を守る為に死んでくれ!! だってお前が彼氏のくせに私を守らなかったんだから仕方がない。あんないつも虐められて涙まで流すカスに一方的にやられて私に被害を及ばせたお前が悪い。どうして私がこんな悲惨な目に遭わなければならないんだ。ふざけんなふざけんなふざけんな。


 蔵嗚に対して抱いていた恐怖はいつの間にか最上に対しての怒りへと上書きされていた。自分がこんなにも傷つき、更には殺人にまで手を染めてしまった全ての元凶が目の前の男だと思うと鉄パイプを振り下ろす力が自然と強くなる。


 それからも怒りに支配されて無抵抗な最上を殴り続けていると背後から腕を掴まれて強制的に殴る事を止められた。

 

 「いつまで殴り続けるんだ? もう完全にお陀仏だぜ、ソレ」


 「はあ…はあ…え……?」


 ようやく我に返った桃香は握っていた鉄パイプが手から滑り落ちると金属音と共に自身の足元へとコロコロと転がって来た。

 爪先にぶつかった鉄パイプの先端部は真っ赤に変色しており、しかもよく見ると髪の毛まで付着している。そして真下の鉄パイプから視線を持ち上げて行くと今度はこの凶器を振るわれ続けた最上の姿が映る。


 「うっ、おええええええ……!!」


 柱に縛り付けられている最上はとてもじゃないが長時間見つめる事が出来ない程に原型も無く悲惨な有様だ。まるでスプラッター映画の被害者役を見ている気分だ。そしてこれを自分が行った事だと思うと更に吐き気が込み上げてくる。

 しばらく繰り返して嘔吐をしている桃香を放置しておき蔵嗚は至近距離まで亡骸となった最上を見つめる。


 「随分と悲惨な末路だな最上。周りの女子から人気のあったご尊顔も台無しだな」


 そう言いながら彼は普通の人間では直視できない彼の無残な亡骸を見て面白そうに笑う。


 「あーあ…せっかく俺から奪い取った恋人に殺されるなんて最悪の結末だったなぁ。まあお前に対しての溜飲は完全に下がったよ。まあお前に関してだけだけどな」


 そう言うと彼は振り返ってまだえずいている桃香を見つめる。

 彼の突き刺さるかのような視線にビクッと反応して見つめ返してくる桃香。そしてこんなイカれた状況で満面の笑みを浮かべている彼を見て悲鳴が漏れていた。


 「いやぁ、まさかお前がここまで勇気のある女だったとはな。てっきり最上の後ろに隠れながらじゃないと粋がれないと思っていたがな。どうやらお前に対しての評価を一新する必要があるな」


 そう言いながら桃香の目の前までやって来て、そしてズイっと顔を近づけて至近距離で自分の瞳の中を見つめる。彼の瞳の中に映っている自分の姿はくしゃくしゃに歪んでいる顔、そしてその顔には返り血が点々と付着している。いや、目の前に居る蔵嗚が恐ろしすぎて他に眼を向ける余裕が無いが今の彼女は全身が最上の血で染まっている。特に両手はむせ返る程に鉄臭くてかなわない。だがそんな自分の出で立ちや臭いなどどうでも良い。今は目の前の恐ろしい幼馴染の次の言葉を待つ事の方が重要だ。


 「そう震えなくても良いぜ黒井…いや桃香。自分が助かる為に他人の命をあっさり搾取出来るお前の根性が気に入ったぞ」


 そう言うと彼女の耳元まで顔を寄せて至近距離から質問を行う。


 「なあ桃香、お前は生き残る為なら何でも出来るか?」

  

 彼のこの質問に対して彼女は本能的に嘘偽りを口にしてはいけないと思った。ここでもしも彼の満足のいかない質問をしてしまえば次は自分があの柱に縛られている原型も分からない肉塊になり果ててしまうだろう。そんな未来がリアルに視えて来てしまう。

 だから彼女は彼の問に対して小さな声で『はい』とだけしか言えなかった。今ここは余計な取り繕いをしてはいけないと本能で分かる。


 蔵嗚はどこか楽し気な顔をしながらベタベタの彼女の手を掴んだ。


 「自分の恋人を生き残る為なら殺せる。それだけ大事な人間の命が奪えるのなら当然他の連中も殺せるよな?」

 

 「え、他の連中って…」

 

 彼の言葉に対して桃香は怯えた様な表情になった。彼女としてはこれで許されるかどうかまではまだ分からないが少なくとももう人を手に掛ける事はしなくても良いとばかり思っていたからだ。それなのに他の連中などと言われてしまえば動揺もする。

 逆に彼女の狼狽している姿をみて蔵嗚はキョトンと目を丸めていた。


 「ん、どーした? 恋人を殺せるぐらいならそれ以下の価値しか抱いていない人間なんて殺せるよな?」


 「そんなの無理に決ま……」


 「はあ?」


 これ以上はとてもじゃないが人を手に掛けるなんて無理、そう言おうとするが今まで楽し気な顔をしていた彼の表情が一気に能面の様な感情を悟らせないものへと変わる。光の宿っていない空虚な瞳に射抜かれて思わず呼吸が出来なくなる桃香。そして彼がコキコキと小気味よい音とともに指を鳴らすともう限界だった。


 このままでは自分は次の瞬間には殺されているかもしれない。そう考えると彼女は腹をくくって彼に誓いを立てる。


 「もちろん殺せます! 私は決して蔵嗚君、いや蔵嗚様に逆らうなんて愚かな考えは米一粒たりとも持ち合わせてはいません!! そのような真似をしたと判断できた時は私を殺しても構いません! だからどうか言う通りにしている間は私を殺さないで下さい!!!」


 そう言いながら慌ててその場で正座をすると勢いよく頭を地面に擦り付けて必死に何でもできると土下座で訴える。他にも人を殺さなければならないと考えると気が滅入ってしまうが何よりも命が大事だ。他人の生き血を啜ってでも自分は生き残って見せる。 

 彼女の曝け出された本心からの回答に蔵嗚は無言のまま薄く笑う。


 もちろんこの女が助かりたいがためにへりくだっている事は十分に理解している。自分に対してこれまで働いてきた行いに悔いている訳でもなければ後悔もしていない。ただただ自分が可愛いだけなのだろう。だがそれでいい、そんな自分を世界で一番大切に思っている女だからこそ利用してやろうと思った。そして…自分の命令を全て遂行してこれで自分だけは助かる、そう最高に感激をした直後に絶望を与えて殺してやろう。


 まあコイツの処分は一番最後、その前にまだまだ復讐を実行してやる憎い相手は大勢いるのだからまずはそちらを優先しよう。

 

 「俺はお前と最上の二人にも確かに苦しめられた。精神的な一番大きいショックを植え付けてくれたのは間違いなくお前らだっただろうな」

 

 「そ、それは……」


 その件の罪は全て死んだ最上にある、そう言い掛けるが途中でやめた。折角機嫌が良くなっている彼に対して否定をしようものならその瞬間に殺されかねない。無言で正座をし続けて彼の言葉を大人しく拝聴する事に専念した。

 

 「そう怯えるな怯えるな。俺が今言いたいのは精神的にはお前たち二人に一番痛めつけられたが肉体的には違うってことさ」


 確かに全ての元凶は最上と桃香の二人である事は間違いない。この外道カップルに心を砕かれて毎日が死ぬような苦痛が付いて回った。だが精神的な痛みとは違い肉体的な痛みにはこの二人以外の人物達に与えられたものだ。

 毎日毎日登校すると特に理由もない暴力をクラスのクズ共に味合わされた。奴等はでっち上げの最上から聞かされた事情を理由にして殴る蹴るなどまだ生温い。清掃バケツの中の水を頭から被せられた事もある。黒板消しで顔面を叩かれた事もある。唾を吐きつけられた事もある。自分の所有物を窓から捨てられた事もある。体操着に黒マジックで罵詈雑言を書かれた事もある。

 だがそれらの行為はクラスメイト共に味合わされたものだ。奴等にとって自分に対する暴行は理由ある正義の鉄槌と言う感じなのだろう。だがイジメをしていた時の奴等の表情を見ればよく分かる。あのクズ共は間違いなく自分の行いを正しいとは考えていなかったことに。


 「日頃の鬱憤を晴らす為には幼馴染二人を裏切った俺は格好の餌食だったんだろうな」


 そう言いながら自分を嘲りながら痛めつけて来たクラスメイト達の表情を思い返す。

 記憶に残っている奴等はどいつもこいつも醜悪な笑みを貼り付けて自分に手を出していた。その事を思い出すと腸が煮えくり返る。


 「元凶であるお前と最上の二人だけを捌いてそれで終了な訳ないだろう。俺の復讐対象は俺のクラスの全生徒だ」


 そう言うと彼は桃香の肩を両手で掴んでどす黒い笑みを向けてやった。


 「俺のクラスは全部で29人だよな? その内で俺ともう死んだ最上、それからお前を抜けば残りは26人だ。そいつらを皆殺しにする為にお前にも協力して欲しいんだよ」

 

 「で、でもそれだけの人間を殺せば流石に騒ぎになるかも」


 確かに彼女の言う事はもっともだろう。この日本の治安を守ろうと日々奮闘している警察組織は中々に優秀だ。26人も人間を殺してしまえば間違いなく同じクラスに所属し、尚且つクラス中からイジメられている自分は疑いを掛けられるだろう。

 もちろん蔵嗚だって何のリスクも無しにクラスメイトを皆殺しにできるとは思っていない。と言うよりも復讐が完遂した後の事なんて考えてもいない。


 「だが時間を稼ぐ事ぐらいなら俺にも出来る」


 そう言いながら蔵嗚は柱で息絶えている最上の体に触れる。


 彼が血みどろの彼の遺体に触れた瞬間に彼の肉体は一瞬でその場から消えて行った。その現象に彼女は思わずええっと驚愕の声を漏らしていた。

 驚いている彼女に何が起きたのか丁寧に解説してやった。


 「こうして素粒子レベルまで〝分解〟しちまえば遺体は発見できないだろう? 時間は稼げるはずだ」


 「な、何よコレ?」


 目の前で起きている現象が理解しきれず彼女はその場で後ずさる。確かに非力だった蔵嗚の力がいきなり強くなってはいたがこれはもう理解の範疇を超えている。触れた人間が消えるなどテレビのマジックでしか見た事が無い。

 

 蔵嗚は転生する際にクジ引きを引き『触れた物を分解する特殊能力』を手に入れていたのだ。この力は触れた対象物に神力を流し込めばその対象物を細かく分解できるのだ。流し込む神力が多ければ多いほどに細かに分解され、そして最大レベルでは今の最上の様に素粒子レベルまで分解がなされる。

 いくら警察とは言え素粒子レベルまで分解されてしまえば足取りも追いにくいだろう。


 「起承転結、全ての始まりである起、つまり遺体が見つからなければ俺を怪しんでも犯人だとは辿り着きにくいだろう?」


 そう言いながら蔵嗚はたった今最上をバラしたその手で桃香の髪を撫でてやる。

 人一人を肉眼では見えない程に細かくしてしまうその手で触れられた彼女は生きた心地がせず涙が漏れ出て来る。


 完全に恐怖に囚われている彼女に蔵嗚は満面の笑みと共に復讐の協力を求める。


 「これから残り26人全員殺すまで仲良くやろうぜ♪」


 この物語は久利加江須のような大切な人達を守る為に戦う戦士の物語ではない。


 この物語は玖寂河琉の様に日常に刺激や戦いを求める戦士の物語ではない。


 この物語はゲダツと戦う事、同じ転生戦士と手を取り合う事など眼中にすらないただの復讐者の物語である。


 残り復讐者の人数――26人。



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