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免罪符


 もう完全に逃げ場の無くなった最低カップルはこの最悪の状況からどうすれば脱せれるのか必死に頭を働かせていた。

 しかし自分たちが目の前の幼馴染に対して行って来た所業を思い返してみても我ながら許される理由が見当たらない。


 だがこの状況に最上とは違い桃香の方は光明を見出したようで倉庫内に響くほどの大声で蔵嗚へと見苦しい言い訳を始める。


 「ま、待ってちょうだい蔵嗚君! 私は本当はあなたを裏切りたくなんてなかったの!」


 「ああん?」


 ここで桃香が余りにも的外れな弁明をしてきたので思わずポカンとした顔をしてしまう。あれだけの事を仕出かしておきながら今更何を言っているのだろうか? 

 

 「おいおいおいおい、言い訳ならもっと相手が信用する言葉を盛り込めよ。本当は裏切りたくない? あれだけ醜い本性を晒していて今更方向修正できるとでも?」


 もはや笑う気になれないのか蔵嗚には失笑すら浮かんではいない。表情などまるで察っする事のできない彼が心底恐ろしくて仕方がない桃香はなおも勝ち目ゼロの言い訳を腹の底から大声を出して述べ続ける。


 「ほ、本当なのよ! あなたは私が裏切ったと思っているけど真実は違う! 私はここに居る最上にずっと脅されていたの!! 私こそ被害者だったのよ!!」


 「何を言っているんだ!? 元々はお前が蔵嗚にもう飽きたからどう捨てようか相談して来たくせに!!」


 「ふざけんじゃないわよ! アンタがどうせ別れたいなら弄ぼうぜって彼を孤立させるようにクラス連中に仕向けたくせに!!」


 自分が助かりたいがために必死になって醜く恋人に責任を擦り付け続ける二人の様子に蔵嗚は自分自身が情けなくなった。まさかこんな小物共に今の今まで自分は弄ばれていたと思うと泣きたくすらなる。そして虚しさが過ぎると今度は怒りが湧いて来る。この程度の連中にいい様にしてやられていたと思うと100回殺しても殺したりないくらいだ。


 目の前では柱に縛り付けられ情けの無い体制で未だに二人は責任を押し付け合っている。もういい加減に飽きて来たのか蔵嗚が二人の名前を呼んだ。その瞬間に今まで喚き続けていた二人が一気に静まり返ってすぐに蔵嗚に許しを請い始める。


 「本当にすまなかった蔵嗚。信じてもらえはしないだろうけど本当に君の事を親友だと思っていたんだ。だが桃香がその事を認めようとしないからつい話を合わせてしまって……」


 「ごめんね蔵嗚君。私はあなたを愛していた、でも最上の恫喝に怯えて真実を言えませんでした。でも私の心はあなたにずっと向いていたの……」


 この期に及んでもまだ責任を押し付けながらの謝罪を続ける二人にはある種の感心すら覚える。だが残念ながら今更コイツらの言葉で揺れ動くような間抜けを演じるつもりはない。もうコイツらを喜ばせるピエロだった蔵嗚は死んだのだ。

 

 何を言おうがもう蔵嗚の中ではこの二人に対する処分は確定している。だがここで蔵嗚は二人とあえて会話をする事にした。コイツ等に苦汁をなめさせられた日々は長くこの場であっさりと殺してしまえばその恨みは不良債権も甚だしい。ごく短い肉体的苦痛を味わい楽になるなど認めない。


 この二人には精神的か肉体的、あるいはその両方を味わって徹底的に苦しんでからこの世を去ってもらうとしよう。


 まずは蔵嗚は最上に対してこんな質問をした。


 「なあ最上、これまでお前が俺を孤立するように仕向けていたのは桃香のせいだっていうんだな?」


 「そ、そうなんだ。俺はお前にあんな事はしたくなかったんだ。だからどうか助けてくれ…」


 力の無い笑みと共にそう言って何としてでも自分を許して欲しいと懇願する。


 「そうか…もしもお前が俺にしていた非道が本位でないと言うならその責任は隣に居るこの女にあると言うんだな?」


 「そ、そうなんだ! これまでの事は全部この桃香に責任があるんだ!」


 必死にそう訴えている隣では桃香が目を血走らせながらギャーギャーと猿みたいに喚いていた。とりあえずはこの雌猿の方は無視し、続けて最上に質問を続ける。


 「じゃあお前はこの女に無理強いをさせられていた。ならお前は親友の俺を無理やり陥れたこの女が許せないか?」


 「ああ許せない! よくも俺の親友をここまで苦しめたなこの魔女め!!」


 そう言いながら最上は同じく血走しらせた目を桃香へと突き付ける。


 「へえ…そんなに俺を苦しめたコイツが許せない?」


 「勿論だろう! 大切な親友を苦しめ、あまつさえ俺にまで非道を無理強いさせたこの女を俺は許せない!」


 「ふ~ん――じゃあコイツの事を殺せる?」


 「………え?」


 それまでは調子づいて喚いていた彼は一気にテンションが下がって何を言われているのか理解しきれず思考が停止する。

 

 今自分は何を言われた? コイツの事を殺せる? それはつまり俺に桃香のことを殺せるかどうか訊いているのか?


 「急に無言になるなよ? 俺の質問にちゃんと答えてくれよ。お前は親友の俺の肩を持つならコイツを殺せるんじゃないのか?」


 「そ、それはちょっと…」


 思わず最上は本心が漏れ出てしまった。いくら何でも自分に人殺しを強要してくるなんて思いもせずに彼を納得させるための言葉が上手く出てこない。そもそも人を殺すなんて行為を自分の手で働けるわけがない。そんな事をしてしまえば自分は立派な殺人者だ。しかしハッキリとそんな事は出来ないと口にしてしまえば蔵嗚を怒らせてしまうと思い踏ん切りがつかず言葉を濁し続ける。


 急に口ごもり始める最上から特に深く追求せずに今度は桃香の方へと顔を向けると彼にした質問と同じ事をする。


 「なあ黒井、お前はお前で隣に居る最上に恫喝されて仕方なく俺を孤立するように無理強いさせられていたんだよな?」


 蔵嗚がそう言うと彼女は無言のまま高速で首を上下に振り続ける。言葉は一言も発していなくてもその強烈な動きは助かりたい一心が明白に表われていて少しウケた。


 「じゃあ俺を孤立するように仕向けた最上を殺せる?」


 そう訊くと最上とは違い彼女は大声で即決する。


 「もちろん殺せます! 私が騙されていた証明としてこの男を殺すので私を信じて下さい!!」


 最上とは違って彼女はなんと彼の要求を呑んだのだ。それを隣で聞いていた最上は信じられないと言う顔で大口を開けていた。だがすぐにこのままでは不味いと思った彼は急いで自分だってなんでも出来るとアピールを始める。


 「俺だってこの女を殺せる! こんな女狐の事なんて信じず俺の事を信じてくれ!!」


 「黙ってろボンクラ! ねえ蔵嗚君、今すぐこの縄を解いてちょうだい! そして二人でこの最低な悪党を殺そうよ!!」


 「………」


 自分が助かる為ならば平然と恋人の命を差し出すまで落ちぶれる二人をしばし比べた後、蔵嗚は桃香の方の縄を解いて自由の身にしてやった。

 自分の事を信じてもらえたと勘違いした桃香は泣きながら蔵嗚に抱き着き感謝の言葉を次から次へと濁流の様に送っていた。

 その一方で最上は縛られている体を激しく揺さぶりながら何故自分でなくその女を助けるのかと喚き散らす。


 「さて黒井、俺がお前を解放した理由が分かるか?」

 

 「え…そ、それは蔵嗚君が私の事を信じてくれたからなんじゃ…」


 そうでなければ恨みに恨んでいる自分を助けてくれる訳がないと自覚がある彼女であるが蔵嗚は首を横に振ってそれは違うと否定する。

 

 「俺がお前を解放したのはお前がこの最上春雄を殺すと即決したからだ」


 そう言いながら自分にへばり付いている彼女を乱暴に突き放すと近くに転がっていた1本の鉄パイプを拾い上げる。そして彼はその所々が錆びているその鉄パイプを彼女の目の前に無造作に放り捨てる。

 自分の目の前に捨てられた鉄パイプと蔵嗚の顔を交互に何度か見ると彼女は無言でその鉄パイプを拾い上げた。


 「こ…これをどうすれば良いの……?」

 

 彼女は恐る恐ると言った感じで彼にコレでどうしろと尋ねる。だが彼は何も言わずに無言のままで桃香を睨み続けるだけだ。

 

 「ぞ、憎悪君?」


 「俺はお前が即決して恋人すら殺せると思っている」


 それ以上は何も言わずまたしても無言を貫く蔵嗚。その後もしばらく無言のままの彼と向かい合っていたが彼女は急にくるりと背を向けると今度は最上と向かい合った。


 真っ黒な瞳を向けて自分を見つめている桃香に恐怖を覚えた最上が唇を震わせながら何をするつもりなのか質問をぶつける。


 「お、おい何考えているだよ? 馬鹿な真似はよせ!!」


 「………」


 彼の問いに対して何も言わず、そして自分の手の中にある鉄パイプをしばし見つめた後に彼女はもう一度だけ蔵嗚の顔を見つめた。


 「これで…殺れば良いんだよね?」


 そう言いながら桃香は確認の意味を込めて後ろで見ている蔵嗚にそう言うが相変わらず彼は無言のまま。それからしばらく鉄パイプを冷めた目で見つめていたがここで遂に彼女が行動を起こす。

 

 ゆっくりと縛り付けられている最上の目の前まで歩いて行くとそのまま鉄パイプを両手で握りしめて振り上げていた。


 「お、おいやめ……」


 彼が止めようとするよりも早く桃香は一切の加減なく彼の顔面に鉄パイプを振り下ろしていた。彼女の手の中には歯を砕く感触、肉を打つ感触が伝わるがそんな不快感などどうでも良い。顔面を殴打された最上は口から大量の吐血と共に砕けた歯が散らばる。そして痛みと恐怖で顔を歪める彼に再度鉄パイプを渾身の力で叩きつける。

 それから2度、3度と殴打を繰り返していると最上は泣きながら『やめてくれ』、『死にたくない』なんて叫んでいたが関係ない。自分が生き残るためにはこうするしかない。自分の身を守る為には仕方がない、そんな免罪符と共に相手がこのままでは死んでしまうとも考えずに殴り続けた。


 倉庫内では肉を打つ音と痛みに泣き叫ぶ男の声が響き渡る。そのBGMが今の蔵嗚にはとても心地よかった。



 

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