終幕
今回の話でようやくラスボ討伐編が終了しました。いやー…長かった……。
どこにでも見慣れている近所の公園では二人の少年と少女が砂場で遊んでいた。バケツの中には大量の砂が入っており、そして砂場の中央では大きく盛り上がっている山が作られている。
その山の頂点にバケツに入った砂を上から被せて更に山の標高を上げる。
『よーし出来た! 見て見てカエちゃん!!』
興奮気味になりながら金色の綺麗な髪を靡かせながらすぐ近くで泥団子を作っている少年に背中から抱き着く。そのせいで服が砂まみれになって文句を言う少年。
『もう服に砂が付いちゃったよ黄美ちゃん』
『えー、カエちゃん細かすぎるよぉ』
そう言いながら太陽の様な笑顔でお構いなしに背中に抱き着いて来る少女。
そんな子犬の様に甘えて来る幼馴染の女の子に少年は苦笑を浮かべている。
その幼き頃の光景を少し離れたベンチに座りながら愛野黄美は微笑ましそうに眺めていた。
「……懐かしいなぁ」
過去の自分の無邪気な姿に黄美は懐かしさを感じていた。それと同時になぜあそこまで表裏なく生きていた自分がこの数年後にはあんなにも天邪鬼な性格になったのだろうか? と言う疑問を自分のことながら考えていた。そのせいでこの世界でもっとも大好きな幼馴染を精神的に痛めつけてしまった事を考えると自分に反吐が出る。
それにしても…これはどう言う状況かしら? もしかしてこれが走馬灯ってやつなのかな?
黄美は自分が今見ている光景が現実世界のものでない事を理解できている。だが走馬灯と言うのは確か死ぬ直前に見るものではないだろうか?
「自分の過去を見返すなんてね。もしかして黄泉の国に行く前に自分の過去を振り返ってみろって事かしら?」
そんな事を言いながら苦笑していると急に黄美の意識が薄れ始めて来た。そのまま彼女はまるで眠りにつくように思考がボヤけていった。
――『黄美…起きてくれ……』
意識が完全に消え失せる直前に黄美の頭の中にはもっとも愛おしい幼馴染の声が聴こえて来た気がした……。
◆◆◆
一度途切れていた黄美の意識が再びまどろみの中から浮上して行き、そしてゆっくりと瞼を持ち上げると自分の目の前には自分がもっとも再会したいと思っていた人物が泣いていた。
目覚めると黄美は加江須たちの家の居間に集まっている加江須や恋人達、更には旋利律市から帰還した白と余羽も居り大勢の人間に囲まれていた。
連絡を受けて家から全力ダッシュでやって来た愛理には既に涙の痕が出来ていたが、黄美が目覚めると同時に再び瞳から熱い雫が零れ落ちる。
「黄美ぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
そして一番最初に大声で泣き叫んだのは彼女の親友である愛理であった。
彼女は腹の底から大声を出し号泣しながら涙と共に溜まっていた感情を零す。
「よかった、よかったよかったよかった!! 生き返ったんだね黄美!!」
「愛…理…? あれ…私死んだはずじゃ……」
「そうだよ黄美! でも加江須くんたちが生き返らせてくれたんだよ!!」
未だに夢見心地気分が抜け切っていない黄美であったが次第に状況を理解でき始めて来た。そして自分の最期の瞬間の記憶が完全に取り戻せた彼女は加江須へと謝っていた。
「ごめんなさいカエちゃん。それにみんなにも…私……わたし……」
周りに居た白と余羽は生き返って早々に彼女が何故謝っているのか分からず首を傾げている。だがすぐに事情を察する事が出来た加江須たちは彼女の謝罪の理由が分かった。
黄美はゲダツに殺される少し前に足手まといにならぬようにと加江須たちに冷たく当たっていた。いくら内心では自分はもう迷惑を掛けたくないと言う思いがあったとしても加江須たちからすれば許せることじゃないだろう。事情も分からず酷い当たり方をされたのだから。ましてや加江須には交際前にも散々と彼の心に傷をつけていたのだから猶更申し訳なかった。
せっかく生き返って皆の元へと帰って来れたと言うのに心の底から喜べなかった。もちろん生き返らせてくれた皆には感謝する。だがあれだけ非道な態度を貫いてきた自分の為に苦労をさせてしまった事にどうやっても顔向けできない事実、感謝と罪悪感の相反する二つの感情に板挟みにされていると加江須が優しさ溢れる言葉を送ってくれた。
「もう謝らないでくれよ黄美」
「でも…でも私は……」
大切な加江須にそう言われても黄美は素直にその言葉を受け入れる事が出来なかった。すると加江須に後押しする形で愛理も涙の痕を付けながら黄美に笑いかけて来る。
「もう折角生き返ったんだよ黄美! もっと笑顔笑顔!!」
「でも…やっぱり私は……」
自分に優しさを施してくれる皆の言葉が耳に入れば入るほどに過去の自分の振る舞いがフラッシュバックして胸が苦しくなる。
だめ…やっぱり私はこの輪の中にいちゃいけない……。
自分が生き返った事を心から喜ぶ皆を見て自分なんかがこの空間に居てはいけないと思う黄美。そんな彼女に今度は仁乃が話し掛けて来た。
「ねえ黄美さん。あなたが今死ぬ直前の自分の行動に後悔して苦しんでいるのは分かるわ。それにあなたは一度加江須に対しても厳しく接し続けて来たから顔向けできない気持ちも分かるわ」
仁乃の言葉に対して黄美は顔を俯かせながら無言で頷いた。と言うよりも頷く事ぐらいしか自分には出来なかったと言うべきだろうか。
何一つ反論もせず自分の発言に頷く彼女を見て仁乃は長い溜息を吐いた。
吐き出される嘆息に彼女の肩がビクッと震えた。
「はあ~…まあ確かにあの時のあんたの態度には少しカチンと来たわね」
そう言いながら仁乃は呆れた様な顔をしてそんな棘のある発言をぶつけて来た。
てっきりフォローするのかとばかり思っていた加江須や愛理は何を言い出すんだと思い横から口を出そうとする。だがそれをイザナミが止める。
「(ここは仁乃さんに任せてみましょう)」
イザナミが小声でそう言うととりあえず事の成り行きを見守る事にする加江須と愛理。他のメンバーもここは仁乃に任せる事にしたのか特に口出しをしようとはしない。
皆が自分を代表して喋らせてくれる事を察した仁乃は一通り周りのメンバーを見た後に続きを話し始める。
「話を戻すけどあんたは確かにみんなを傷つけたわ。もちろん自分の存在が迷惑になると思って身を引こうとしたことはもう知っているわ。でもさ、もう少し言い方ってものがあったんじゃない? いや、もっと言うなら自分一人で抱え込んで物事を完結させようとしないでほしいわね」
「で、でも私は命懸けの戦いでみすみす人質にされてみんなに迷惑を掛けたのも事実だわ。そんな足手まといがこの先も一緒に戦いの場に出たら……」
仁乃の言葉に頷ける部分がありつつも、未だにうじうじとハッキリしない態度を取り続ける彼女に仁乃はさらに深い溜め息を吐きだすと一言彼女にこう言った。
「歯を食いしばりなさい黄美さん」
「え……」
いきなり歯を食いしばるように言われて思わず理解が及ばず小さく疑問の声を出した直後、黄美の頬に衝撃が走りバヂンッと乾いた音が部屋に響いた。
「………」
左頬にジンジンと熱が発生しピリピリとした痺れが残る。それから少ししてようやく自分が平手打ちをされた事を自覚する黄美。
他の皆は思わず目を点にしていた。まさかいきなり平手打ちを飛ばすとは思ってもいなかったのだ。
「よし…これでケジメって事で良いわね」
皆が呆けている中で黄美の事を叩いた手をフリフリと振りながら仁乃が独りで納得した顔をする。
未だに叩かれた張本人の黄美は頭の上にクエッチョンマークを浮かべている。そんな彼女に対してビシッと指を突き付けると仁乃が彼女に向かって言った。
「私たちに嫌な思いをさせた罰を今のビンタで執行したわ。これでケジメを付けたって事でいつまでもウジウジするのを止めなさい」
「え…そんな軽い罰で……」
仁乃の言葉を彼女は素直に受け入れる事がとてもじゃないが出来なかった。それは引っぱたかれた事が腹立たしい訳ではない。むしろその逆、たった1発の平手打ち程度で自分を許してなど欲しくないと言う意味だ。殴るのならもっと殴ってほしい。もっと罵声をぶつけて欲しい。そうでなければ自分は皆に顔向けできない。
そんな彼女の考えを見通した仁乃は両手を伸ばして彼女の両頬を掴み……。
「ほーれ、ほーれ」
「い、いひゃい。あにをするの!?」
いつも加江須にしている様に黄美の頬を両手でびよーんっと引っ張って伸ばしてやる。
「あんたが十分反省した事はもう理解したわ。他のみんなだってもう今ので許しちゃってるわよ」
正直に言えば仁乃のいきなりのビンタに戸惑っているが彼女の言っている事は誰も否定しない。加江須たちはもう黄美に対して憤りなど一切感じてなどいなかった。
周りの皆の表情を見て黄美自身も自分が許されている事を理解は出来た。だがやはり心はまだ納得できずもっと罰してほしいと思っていた。
「なあ黄美…」
仁乃と交代して今度は加江須が語り掛けて来た。ビクッと肩を震わせる彼女に彼は諭すかのような口調で話し掛ける。
「人間だれしもすれ違いはあると思っている。勿論お前が悪意しかなく俺たちを突き放していたなら俺だって失望していたと思う。でもお前は俺たちに迷惑を掛けたくないと言う気遣っている一面もあった。それは事実だろう?」
「それは……うん……」
一瞬言い淀んでしまうが彼の言っている通りなので頷く事しか出来ない黄美。
「お前が俺たちを突き放していた理由、その真実も知った。そしてさっきの仁乃の平手打ちでケジメを付けたって事で俺たちも納得している。だからまたここから始めようぜ」
そう言いながら黄美の頭を撫でて上げる。
温かな幼馴染の…恋人の手の平の体温にどんどん胸が苦しくなる。それは申し訳なさもそうだけこの先も彼と、いやみんなと一緒に居たいと言う願望が強まっている証拠であった。
「わたし…カエちゃんと別れるって言ってしまったんだよ? それでも許せるの……」
「許すよ。俺も…そしてみんなもな」
加江須のその言葉に黄美は周りに居る恋人たちに目を向けた。
仁乃は呆れた顔、氷蓮と愛理は苦笑気味、そしてイザナミは優しく笑いかけて来てくれている。皆一様に表情に違いはあるが彼女たちの目には嫌悪感が一切宿ってなど居なかった。
それでもまだうじうじしている黄美に今度は氷蓮がそれならともう一つ償いをさせる事にする。
「そう言う事なら今度俺たちに何か奢ってくれよ。それで俺もチャラにしてやるよ」
氷蓮がそう言うと便乗した加江須が昔を思い出しながらある提案をする。
「それなら黄美、昔みたいに何か俺たちに手作り菓子でも作って俺たちに振舞ってくれよ」
「え、お菓子…」
「小学生の時に作ってくれたクッキーさ、もう一度食べたいな」
加江須にそう言われて幼い頃の出来事を思い出した。
まだ満足に料理が出来ない時にボロボロのクッキーを彼に振舞って上げていた。その時の事を今でも憶えてくれていたと思うと嬉しくて目頭が熱くなる。
「あの時のクッキー美味かったぞ。それを振舞ったらみんなも許してくれるんじゃないのか?」
「…うん……作る。美味しいクッキーみんなに作るよ……」
ケジメなどと言いつつも優しい罰を与えて来る皆の気遣いにとうとう黄美は泣きながらその罰を受ける事にする。この程度で許されるとは自分自身では考えてはいない。だがこの罰を受けてまた皆と一緒に居れるのならばこの慈悲を受けよう。例えそれがどれだけ恥知らずな行動であったとしても。
「もし許してくれると言うのであるなら……これからも…ひっく…よろしくお願いします…うぅ……」
「お帰り黄美……」
そう言うと彼はようやく彼女の事をしっかりと抱きしめてあげる事が出来た。
大切な恋人の温もりを直に感じながらも彼はもう二度とこの宝を失ってなるものかと誓うのだった。
こうして大切な恋人が生き返った事で今度こそ旋利律市での激闘の幕引きがなされたのであった。
だがこの時に加江須たちは知る由も無かった。今回のラスボたちとの戦いによって神界では転生戦士に対しての新制度が検討されていた。そして……その新制度によって新たな戦いの火種がこの焼失市にばら撒かれる事になる事を……。
はい、最後の最後で伏線入れつつこの章は終了です。次回から新たな人物が主軸となった物語が1つ始まります。まだまだ物語は続きますので今後も応援よろしくお願いします!! ついでに主人公のヒロインも増えます。早く本編に次の新ヒロイン登場させたいなぁ……。




