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操り人形の策


 「ああもうっ、どうして当たらないのよ!」


 ゲダツへと目掛けて遠距離攻撃を加えつつ仁乃は悔しさのあまり地団太を踏んでいた。

 その隣では氷蓮がうるさく騒ぐ仁乃のせいで集中力が削がれてしまい、攻撃の手を休めずに仁乃に対して苦情を叩きつける。


 「少し集中して攻撃しろよ! お前の癇癪のせいでこっちに気が削がれて仕方ねぇ!」


 「ちゃんと集中して、そして狙って攻撃してるわよ! あんたこそ一度戦った事のある相手なんでしょ。弱点の1つくらいは見つけてちょうだいよ!」


 敵と戦闘をしながら呑気に口喧嘩をする仁乃と氷蓮。

 

 しかし、彼女の達の後ろでは加江須がこれまでの戦闘を冷静に振り返っていた。


 「(あのゲダツ…さっきの仁乃の攻撃を見る事もなく避けていた。まるで後ろに目でも付いているかのように……)」


 まず加江須が注目した点はそこであった。いくら何でも自分の攻撃をかわした直後からの流れるような仁乃の連携攻撃を見もせずに躱せるだろうか? 


 「(そしてもう一つ…俺に接近して来たあのゲダツ、俺が隙をわざと見せた途端に回避に専念し、そして前方に広範囲攻撃を繰り出そうとした途端に距離を取った。)」


 そう、まるで自分の考えが読めている様な反応をあのゲダツは何度も取っている。一度だけなら偶然とも取れるが、ここまで立て続けだとただの偶然と片付ける気にはなれなかった。


 「(もしあの狼の能力が俺の想像通りなら今のままでは攻撃は当てられない…)」


 あくまで可能性の話ではあるが、このまま続けていてもこちらが消耗していくだけだ。特に先程から遠距離攻撃を飛ばしている仁乃と氷蓮は少し呼吸が荒くなり始めている。


 「仁乃、氷蓮。一度攻撃の手を止めた方が良い」


 「え、どうして? やめた方が良いって言っても攻撃しない事にはどうしようもないでしょ」


 加江須の意見に仁乃が口では反発しつつも一旦手を止めてそう言った。

 しかし相変わらず氷蓮の方は意地になっているのか大量の氷柱を展開し、それを撃ち続けている。


 「氷蓮、お前も一度手を休めろ。必要以上に弾幕を張っているせいで体力の消耗が通常以上に早いはずだ。現に呼吸も荒くなっているぞ」


 「はあ…はあ…。じゃあどうすんだよ? 隣のじゃじゃ馬が言った通りこっちから手を出さずにあの狼ヤローを潰せはしないぜ? また逃がしちまうよ」

 

 額から流れる汗を拭う仕草をしながら、ならばどうするのかを問う氷蓮。

 

 遠距離攻撃で弾幕を張っていた二人が攻撃の手を緩めると、ここぞとばかりに逃げの一手を選び続けていたゲダツがこちらへと向かってくる。


 「チッ、逃げ腰ヤローがここぞとばかりに来るんじゃねぇよボケ!!」


 そう怒鳴りながら氷蓮は自分たちの前方に分厚い氷の壁を作り出し行く手を阻む。

 目の前に一瞬で張られた氷壁を見つめながら仁乃がソレを作り出した氷蓮をジト目で睨む。

 

 「あんだよその眼は? 壁張って守ってやってんだろーが」


 「こんな事できるならさっき助けるとき、私の目の前に氷柱なんて落とさなくても良かったんじゃないの…?」


 「うるせーな。あの時は咄嗟に体がそう動いたんだよ」


 「はいはい一度ストップしろお前ら。喧嘩なら狼退治の終わった後でも充分できるだろう」


 睨み合う二人の間に割り込んで仲裁する加江須であるが、二人の不満は今度は挟んでいる加江須の方へと向けられる。


 「つーか加江須よぉ、お前も俺らみたいに遠距離からも攻めろよ。さっきから近接主体の戦い方しかしてねぇじゃねぇかよ」


 「そうよ、あんたが手数に加われば当てられそうな気がするわよ」


 彼女らの言う通り、加江須もその気になれば火球などを作り出して投げれるのだが、あいにく今いる場所が悪かったのだ。


 無言で加江須が周囲に立ち並んでいる木々やそこに生えている葉などをみると仁乃は加江須が接近戦に戦い方を限定していた理由が解った。


 「そっか…この場所で派手に炎をまき散らせば…」


 「そういう事だ。あのゲダツを倒すことが出来ても最悪この辺りに燃え移る危険性があるんだよ」


 あのゲダツの回避能力の良さを考えると、不用意に撃ってもし避けられ続けてしまうものならこの辺に自然に炎が燃え移って広がってしまうかもしれないのだ。

 仁乃と違い加江須の口から直接事情を説明されると氷蓮が頭を押さえる。


 「しまった…俺もお前の能力と場所に相性が頭になかったな…」


 そう言って彼女は頭を抱えた後、周囲を見渡して物騒な事を小さな声で盛らす。


 「……仮に燃え広がっても自然発火って事でなんとかならねぇかな…」


 「「なるかッ!!」」


 小声とはいえ加江須と仁乃の耳にはちゃんと届いており、二人揃ってユニゾンでツッコミを入れる。


 「たくっ…心配しなくてもあのゲダツに攻撃を当てられる方法なら思いついた」


 加江須はそう言うと仁乃にある確認を取る。

 

 「仁乃、お前は糸で物を操る事が出来るか?」


 「え…まあ多少なら…」


 「そうか…少し俺に策がある。このまま延々と無駄玉を撃つくらいなら乗ってくれないか?」


 加江須がそう言うと特に不満もないので頷く仁乃。


 こうして加江須は自分の思い付いた策と、そしてあのゲダツが持っているであろう厄介な〝能力〟について話始める……。




 ◆◆◆




 分厚い氷の壁の前ではゲダツが背後で隠れている加江須たちの様子を窺っていた。

 不用意に回り込めば待ち伏せされるかもしれない…という考えがこのゲダツの中にはあったため、迂闊に氷を回り込んだり飛び越えたりをしなかった。


 そう、このゲダツには相手の思考を読み取る能力が備わっていた。

 これまでタイミングよく攻撃を避けれたのも、攻撃を視界に収める事もなく避け続けられたのはその能力があったからである。


 「グルルルルルル……」

 

 氷の向こう側に居る三人の出現を待ち続けるゲダツ。決して自分から向こう側へは飛び込んでいこうとはせず、しばしの間相手の出方を窺っていると……。


 ――氷の壁の上から一人分の影が飛び出てきて、ゲダツの前へと降り立った。


 「よお、待たせたな。じゃあ続きと行こうか」


 ゲダツの前に現れたのは加江須だった。しかし残りの二人は未だに厚く張られた氷から姿を現そうとしない。


 「壁の向こうの二人が気になるか? だがまずは俺を先に仕留めてみる事だな!!」


 そう言ってゲダツへと一直線に跳躍をして迫る加江須。

 

 壁の向こうから出てこない二人の女は気になるが、ゲダツは自分に向かってくる男に意識を集中し、そしてその思考を読み取る。


 ――『とにかくここは距離を詰め続け、拳の乱打でゴリ押してやる!』


 どうやら相手は自分を殴り続けて当たるのを待ち続けるらしい。

 目の前の男の大体の考えが解りゲダツの方も加江須へと向かっていき、そのまま拳に牙を突き立てようと考える。


 「いくぜ…」


 そう言いながら加江須は腕を背後に引いてそれを突き出す準備を整える。そのまま引いた拳を目の前まで迫っているゲダツに振りぬく――直前に加江須の体が空中へと跳んだ。


 「!?」


 予想外の動きにゲダツの突き刺そうとしていた牙は空振りし、そのまま自分の真上を取られてしまう。

 

 ゲダツの頭上へと跳んだ加江須はそのまま空中で一回転し、勢いを乗せた回転蹴りでゲダツの脇腹部分を蹴り飛ばした。


 「ゲガッ!?」


 今まで掠りもしなかった加江須の攻撃がモロにぶち当たり吹き飛ばされるゲダツ。

 

 「よし、この方法なら当てられるな」


 自分の攻撃が当たった事で、あのゲダツの持つ能力、そしてソレを無力化する自分の策の二つが正しかった事を確信した加江須。

 そのまま空中で蹴りをお見舞いした加江須は地面へと着地…はせずに空中で体が止まった。


 「予想通り相手の思考を大雑把ながら読めるようだなお前は」


 地面に落ちずに加江須は空中に浮かんだ状態でゲダツの事を見据える。そんな彼の体には光で反射し、複数の糸がくっ付いていた。




 ◆◆◆




 加江須とゲダツが戦っている中、氷の向こう側では仁乃と氷蓮が木の枝に上り、その上から様子を窺っている。

 そしてよく見ると仁乃の手からは糸が出ており、指を何やら動かしていた。


 ゲダツとの戦いを離れて観戦している仁乃は指を動かしながら改めて加江須の提案した無茶な作戦に呆れていた。


 「…まさかこんな作戦を実行に移すなんてね」


 「いいじゃねぇかよ。見ろ、作戦通りゲダツのヤツに次々攻撃がヒットしているぜ」


 二人の視線の先では、今まで攻撃を当てられなかったゲダツに何発も攻撃を当てている加江須の姿が目に映る。


 加江須の予想では、今戦っているゲダツは相手の心の内を読めるらしい。そこで彼が考えた策は仁乃の糸で自分の体を操り、自分の思考を読まれても全く異なる動きを外部の仁乃に強制させる事で攻撃を当てようというものであった。

 この作戦を仁乃が聞いた時は思わず正気なのかと疑った。仁乃はこれまで人を操った試しはなく、ぶっつけ本番で上手くいくとも思えなかった。だが、現状この方法が一番あのゲダツを倒せる可能性があると言われ渋々了承したのだ。


 「どうやらここまで離れている相手の心は読めないようね。上手くいって本当に良かったわ。まったくあのバカは…」


 「…しかし、随分と信頼されてんだなお前」


 加江須を操っている仁乃の事を隣の枝にしゃがみ込みながら見ている氷蓮がそう言ってきた。

 氷蓮の言葉の意図が分からず発言の意味を問う仁乃。


 「どういう意味よ、信頼されているって?」


 「決まってんだろ。自分の動きを全て他の人間に全任せなんて信じてなきゃ出来ねぇよ。良かったな仁乃、好きな男に強く信頼されててよ」


 「なっ、何言って!?  わわわわ、私は別にその…」


 氷蓮の言葉にてんぱってしまう仁乃。するとそれが糸の操作に影響して加江須が空中で振り回される。

 その様子を見て氷蓮が空中で回されている加江須を指さしながら注意する。


 「おいしっかり操ってやれよ。アイツ、今凄い動きを強制されたぞ」


 「あ、あんたが横から変な事言うからよ…たくっ」


 そう言って再び意識を糸の方に集中する仁乃。




 ◆◆◆




 「う、うえ…仁乃のヤツ、変な動きをあまりさせるな…」


 先程仁乃の操作ミスのせいで空中で振り回されて気分が少し悪くなる加江須。しかし、隙を見せた今の加江須に対してゲダツは向かっては来ない、いや来れなかった。

 

 先程から目の前の男は考えと行動が噛み合っておらず、攻撃を避けることが出来ない。今だって無防備そうに見えたが、またその隙をついて考えとは違う攻撃を繰り出してくるかもしれない。そんな疑心暗鬼にゲダツは囚われてしまっていた。


 自分の能力が上手く働かなくなったゲダツ。逆に自身の力に裏切られ攻撃を喰らい続けてしまい、ゲダツはとうとう能力を使う事をやめる。


 「ガウウウウウウウッ!!!」


 何も考えず、ただ獣の本能に身を任せ全速力で迫ってくるゲダツを見て加江須は薄く笑う。


 「どうやらもう読み取る事をやめたようだな。なら……当てられる」


 そう言って加江須は右脚を軽く上げ、その脚に炎を纏わせる。

 加江須の次の行動は右脚による蹴り上げだと予想出来たゲダツだが、ここまで能力が外れ続けてしまったがゆえにその読みをゲダツは信じなかった。


 「グガアアアアアアッ!!!」


 加江須の喉元に食らいつこうと飛び跳ねてきたゲダツの攻撃を、身を横に動かして避けた加江須はそのまま渾身の力を籠めた足蹴りでゲダツを上空へと蹴り上げる。


 ――メシシッ……。


 なにやら生々しい音を立てながら上空へと吹き飛んでいくゲダツ。


 「どんぴしゃ!!」


 するといつの間にか氷蓮がゲダツと同じ高さまで跳んでおり、前方のゲダツ目掛けて大量の氷柱を放った。


 その氷柱はゲダツの肉体を幾重にも貫き、力尽きたゲダツはそのまま光の粒となり空へと消えて行った。


 


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