俺の願いは……
しばし年甲斐もなくすすり泣き続けていた高校生たちもようやく落ち着いてきたのか涙も止まり始めていた。そして加江須に抱き着いていた3人は体を離すと……。
「ふんっ!」
――パァンッ!
「ぶはっ!?」
仁乃の振りかぶった平手打ちが右頬に飛んできた。
「よいしょ!」
――バシィッ!
「あぶっ!?」
氷蓮の勢いのある平手打ちが左頬に飛んできた。
「え、えい!」
――『バッシィィィィィンッ!!!』
「ぶべらぁッ!?」
そして最後にイザナミの凄まじい平手打ちが加江須の頬を打ち抜いて加江須の体がクルクルと勢い余って回転する。
思わず目を丸めてえーっと言った感じに唖然とする余羽と白。
そして3連続で殴られた加江須は目を白黒させていた。と言うより何気に可愛らしい掛け声と共に振るわれたイザナミの平手打ちが仁乃と氷蓮の4、5倍近くはあったのだが……。
「い、いでぇよお前ら…」
左右の膨れ上がった頬を押さえながら涙目でそう訴える彼に対して仁乃がふんっと腰に両手を当てながらそっぽを向いた。
「それだけ心配したって証拠なのよ。甘んじて受けなさい」
「そうだぜ加江須~。グーで殴らないだけまだ良心的だぜ?」
「わ、私も今回は笑って許せませんでした」
加江須の訴えに対して3者は当然の様に罰である事を主張する。
「ま、まあ氷蓮たちもそれだけ心配したってことだしさぁ…」
これまで後ろを向いていた余羽もようやく振り返りこればかりは仕方がないと加江須の肩を軽く叩く。まあ3人の気持ちだって分かるからこれ以上は何も言う気はないが……。
しばしの間怒り冷めずに仁乃たちはガミガミ説教するが、やがて怒りも落ち着いてきた頃を見計らって白が代表して今後について話し始める。
「とにかく我々がこの旋利律市で為すべき事は決着したはずです。これで転生戦士たちは再び願いを叶える事ができるようになり、そしてこれで黄美さんも……」
白のその言葉に加江須の顔がハッとなった。
「そうだ…これで黄美も生き返らせれるように……」
加江須がそう口にした直後、その場に居る全員の体が光り輝いたと思うとその場から姿を消していた。
◆◆◆
一瞬で何も無い一面真っ白な世界に呼び出された加江須たち。
だがこの場所が何処なのか理解が出来ている彼らは特に驚きもせず、そして自分たちを呼び出した人物に話し掛けた。
「久しぶりだなヒノカミさん」
「お久しぶりっス加江須さん。そして他の皆さんも!」
加江須たちの目の前には相変わらずテンションが高い神様のヒノカミが立っていた。相手が神様とは言えもうそれなりの顔見知り感があるので皆も特には緊張はしない。面識のない白も相手の雰囲気からそこまで委縮してはいないようだ。ただ余羽だけは相手が神とだけあって少し緊張が抜け切っていないように見えるが。
そして元神であるイザナミはと言うと……。
「お久しぶりですねヒノカミさん」
「はい…マジでお久しぶりっスねイザナミ先輩」
久しぶりの再会にイザナミは素直に嬉しそうに微笑みを向けるが、それとは対照的にヒノカミはどこか気まずそうな顔をしている。
「その…下界に降りてからも特に苦労はしてないっスか先輩?」
実は時々イザナミの様子をこっそりと神界から降りて来て窺ってはいたがあくまで遠巻きで眺めるレベルでの話だ。だからイザナミ本人の口から特に不自由をしていないかの確認を取りたかった。
するとヒノカミの不安を消し去るようにイザナミは笑顔のままこう答える。
「それは大丈夫ですよ。追放された身でこう言うのもおかしな話なのですが私はとても幸せです。好きな人まで出来たわけですし……」
そう言いながら彼女は視線を隣に居る加江須へと向ける。その少し熱の籠っている視線に恥ずかしくなったのかふいっと目線を明後日の方へと飛ばす加江須。
「…何だか先輩変わりましたか? なんか…自信がついたと言うか?」
神界時代でのイザナミはどこか引っ込み思案と言うかなんと言うか…つねに自分に自信無さげな態度を取っていた。後輩の自分にも何度も謝っていたくらいだ。だが今はどこか堂々とした態度を貫いている。
「そうですね。確かに追放前までの自分よりも勇気が付いた気がします。ここに居る皆さんのお陰で…」
そう言うと今度は加江須だけでなく仁乃や氷蓮たちにも温かな目線を向ける。
「だからヒノカミさん。どうか自分を責めないでください」
「!! あはは…やっぱり先輩には敵いませんね」
イザナミの言葉に一瞬だけドキリとしたヒノカミであったが、すぐに力なく笑い出した。どうやら全て見抜かれていたみたいだ。
ヒノカミはずっと悔いていた。あの日、自分の大切な先輩を連行していった事を。もちろん彼女だって上の命令で仕方がなかった。それでも大好きな先輩を追放する手伝いをしたかのようで心に棘が刺さり続けていた。でもそれを悟られまいとイザナミを前にしても明るく振舞おうと努めた。でも目の前の人を思いやれる心優しい先輩は全て見透かし自分の肩の荷を降ろしてくれた。
勿論イザナミはヒノカミの事を一切恨んでなどいない。それどころか嫌な役回りを請け負わせた事に申し訳なくすら感じていたのだ。
だからこうして追放後に彼女と出逢えた事はイザナミにとって有難い事であった。
「もう一度言いますが私は何も苦労なんて背負ってはいません。むしろ加江須さんたちと共に生きて行き自分の人生が充実しています。だからどうか私に対して罪の意識を感じないでください」
「ぜ、ぜんぱい……うぅ~~……」
自分へと向けられる慈愛の言葉に涙腺が崩壊したヒノカミは彼女の胸にダイブして号泣する。
「ごべんなざいぜんばい~! わだしはやっぱりぜんばいのごどがだいずきですぅ~!!」
「あ、あのヒノカミさん。私の為に泣いてくれる事は嬉しいですけど鼻水が……」
まるで幼子の様にグズるヒノカミは涙だけでなく鼻水を垂らしてイザナミの胸に顔を押し付けており、そんな彼女にイザナミは少し引いている。
その様子を見て思わず吹き出してしまう加江須。
「か、加江須さん!」
「わ、悪い悪い。でもなんか…ついさっきまであんな命懸けで殺伐とした空気だったのに一変し過ぎてつい……」
ほんの数十分前までは身を削る戦いをしていたが今は完全に緊張感が解けて軽い空気。そのギャップの変化に堪え切れず笑ってしまう加江須。気が付けば皆の居る転生の間はどこか和やかな雰囲気になっていた。
それから子供の様に泣きじゃくるヒノカミを宥めたあとようやく本題に突入する事になったかと思えば、なんとヒノカミは加江須に噛み付いてきたのだ。
「久利加江須さん、もしも先輩を悲しませるような事したら承知しないっスからね!」
そう言いながら彼女はガルルルと野犬の様な刺々しい雰囲気とともに睨みつけて来る。それほどまでイザナミに対して信頼を寄せているのだと思うと彼氏としては悪い気分ではない。
「ああ分っている。もう二度とイザナミを悲しませないよ」
ラスボを討伐した直後に彼女を不安にさせて泣かせてしまった事を思い出しているとヒノカミの眼がギラリと鋭く光った。
「二度と? もしかして下界に降りて来て不安まっしぐらの先輩に心労をかけたりしてませんよね?」
「あ、いや実は……」
ここで変に隠してしまえば誤解されると思った加江須は素直に話そうとするが、それよりも早く彼女が噛み付いてきた。
「もしかして先輩をもう泣かせた後っスか!? そう言えばアンタ、初めて地上に降りた時もそちらの女性達の内の何人かと一緒に居ましたけど……先輩だけでなく他にも大勢の女性に常に囲まれていますが先輩に手を出しているんじゃ……。それにさり気なく先輩はアンタが好きな人とも言っていましたよね?」
「ちょっと待ってヒノカミさん。私は泣かされていませんよ。こちらに居る仁乃さんや氷蓮さんと同じ恋人として大切にされていますから」
イザナミとしては加江須に敵意を向けて欲しくないために口にしたのだがこのセリフはヒノカミの逆鱗に触れる。ヒノカミとしては加江須はてっきりと下界で出来た友人ぐらいと思っていたがまさかの恋人。そして何よりもこの男には先輩以外にも複数の恋人がいるときた。
「こんのぉ女誑しがぁぁぁぁぁ!!!」
「ぐぎゃああああああ!?」
イザナミから離れた彼女は一瞬で加江須の目の前まで瞬足で移動し、そして加江須の腹部には発勁の様な構えと共に打ち出された拳が叩きこまれる。
信じられない程に吹き飛びながら口からは『うごげっ!?』と奇妙な悲鳴とともに紙切れの様に吹き飛んでいく加江須を仁乃と氷蓮はあっちゃーと言った顔で見ており、そしてイザナミは顔を青くして慌てて彼に元まで駆け寄る。
イザナミとは違い現役バリバリの神の逆鱗による一撃は強烈すぎラスボを倒した加江須ですらも一撃でノックアウトとなった。
それからこの転生の間でまたしても気を失ってしまう加江須。目が覚めると彼の視線の先で土下座をしているヒノカミ、そして笑顔になりつつも額に血管を浮き出しているイザナミ。そんな彼女を恐れて遠巻きに震えている仁乃たち。
加江須が目覚めた直後、目で追いきれない程の速度でヒノカミは一瞬で目の前に現れ即座に土下座。そして地面に額を擦り付けて謝罪をする。
「すいませんでしたぁぁぁぁぁ!!!」
もはや拍手すらしたくなるほどの鮮やかな謝罪に思わず『お、おう…』としか言えない加江須であった。チラリとイザナミの方を見ると彼女は土下座をしているヒノカミを見てうんうんと頷いている。
それからしばらく一方的に謝り続けているヒノカミを何故か加江須が宥める事になり、そしてようやく場が落ち着いてきた頃にヒノカミは咳ばらいひとつするとようやく本題に入った。
「今回は今神界でも問題となっているゲダツを討伐してくれて本当に感謝するっス。そしてラスボ討伐にもっとも貢献を為した久利加江須さん。あなたの願いを叶えるっスよ」
ここまでの長い戦いの苦労を全て吹き飛ばしてくれる言葉がヒノカミの口から出て来た瞬間、加江須の眼が見開かれ無意識のうちに彼の口は勝手に動いていた。
「俺の願いは………」
そしてずっと待ち望んでいた願いをヒノカミへと伝えていた。




