ラスボ対転生戦士 5
互いの頬に深々と突き刺さった拳は加江須だけでなくラスボにも吐血させた。今まですまし顔が固定されていたラスボの口の端から赤い雫が滴り落ちる。しかし威力はやはりラスボの方が僅かに大きかったようで後ろに吹き飛んだのは加江須の方であった。
捻じ込まれ押し込まれたラスボの拳で頬は軽い火傷、そして更に口の中に何かがボゴリと抜ける感触が伝わる。その直後に口の中に広がる鉄さびの味に歯が根元から折れた事を理解した。
「べッ! この程度で今更怯むかよ」
口の中に転がっている奥歯をプッと大量の血の唾液と共に吹き出しながらすぐに体制を整える。そして加江須が体制を整えている間に今度は仁乃と氷蓮がラスボへと一気に飛び掛かる。
二人はそれぞれ糸の槍と氷の双剣を構えて左右から一気に挟撃を加えようと武器を振るう。
「こんのぉ!!」
「くたばれ!!」
すさまじい気迫と共に振るわれる二人の武器をラスボは尻尾で受け止める。だが攻撃を受け止めた彼の表情に少し曇りが見える。
「(な…重い……!?)」
二人の繰り出す攻撃力は明らかに想定以上の威力であったのだ。それぞれ尻尾1本ずつで対応できると踏んでいたが押し込まれ始め、慌てて更にもう1本ずつと対応する尻尾の数を増やし仁乃と氷蓮はそれぞれ2本の尻尾で身体ごと腕を弾かれる。
ゴロゴロと転がって行き衣服を汚しながら身体を傷つけて行く二人だがすぐに立ち上がる。その瞳には微塵もラスボの攻撃に委縮する様子は見て取れない。
本来であれば格下であるはずの二人の少女の眼光に一瞬たじろいでしまうがすぐに我に返る。
俺は一体何を恐れているんだ!? あの小娘共は久利加江須よりも更に格下の転生戦士なんだぞ。そんな雑兵相手に何を怯えている!?
自分の中に僅かに沸き立ちはじめた感情を無理やり蓋をして押し込む。だがすぐに今度はイザナミと余羽の攻撃が入れ替わりで襲い掛かって来た。
「もらいました!!」
「そ、それぇ!!」
仁乃と氷蓮に全く引けを取らない程の気合の籠った二人の蹴りがまるで稲妻のように鋭くラスボの急所に滑り込む。
まるで刺突の様な見事な蹴り、真っ直ぐに伸びて来る爪先を尻尾でガード。だが強化された二人の蹴りはまたしてもラスボの想定を上回るほどの神力の上乗せをされておりつま先は尻尾に喰い込み出血する。
「この…離れろ餓鬼共がッ!!」
つま先が喰い込んでいる尻尾を上下に振って二人を振り払う。その動きで地面に叩きつけられそうになる二人であるがイザナミは激突直前に片手を突き出して衝撃を上手く殺す。そして余羽は咄嗟に後頭部に両手を当てて受け身を取って致命傷を避けた。
「ぐふっ…まだ、まだぁ!!」
頭の後ろに手を当てていたとは言え頭部に激しい衝撃、脳震盪を起こし掛けて眩暈がして鼻血が飛び出る。だが持ち前の修復能力を使って頭部の傷を修復、そして即座に神力を一点に集約した拳を叩き込もうとする。
「舐め過ぎだ小娘がッ!」
この中でもっとも力の無いと判断していた余羽が怯む事なく即座に反撃をして来た事に苛立ちを感じて逆に拳を腹部に捻じ込んで殴り飛ばしてやった。
ラスボの打ち込んだ腹部からは硬い物を無理にへし折る感触が伝わる。骨がへし折れる感触を心地よく感じながら余羽をぶっ飛ばす。
「ぐっ、大丈夫か余羽!」
凄まじい勢いで吹き飛んでいく余羽を氷蓮が慌てて受け止める。
「ぐ…ごほっ……」
口から凄まじい量の吐血を零しながら咳き込む余羽の姿を見てほくそ笑むラスボであるがすぐにその顔色が変化する。何故なら余羽は苦し気に咳き込みながらも腹部の致命傷を修復してラスボに対して力強く睨みを利かせているからだ。その姿が癪に障る。
何であんな弱小小娘があんな強い瞳をしていられる!? 何であんな表の世界でのほほんと生きている小娘如きが自分にあんな強い眼を向けられる!?
不快感とともに言いようの無い怖れに似た感情がまたしても胸の底から湧き上がってくる。その盛り上がっている感情に強引に蓋をして必死に平静を装おうとするがじんわりと汗が垂れる。
頬につぅー…と垂れ下がる汗を手の平で拭った直後、首元に冷たい感覚が走った。
「ぐっ!?」
「ちぃッ!!」
ラスボが首元に感じた冷たい感覚に思わず数歩後ろへと下がったその直後、自分の1秒前まで首のあった場所にキラリと光る真剣の刃が通り過ぎる。
紫電一閃の斬撃を紙一重で回避するラスボは目の前に居る白にギリッと歯を噛みしめた。
完全に不意打ちで首元を狙った白であったがその不意打ちは見事に避けられて舌打ちをする。だが彼女はもう片方の手に握られている拳銃を至近距離でラスボの脳天に突き付けて引き金を引く。
銃口から白煙と共に飛び出て来た弾丸はラスボの脳天に打ち込まれる直前、彼が咄嗟に盾にした左手に命中した。弾丸は強化された左手に喰い込みまたしても出血する。だが左手を貫通する事はなく弾丸は脳天に届く事は無かった。
「ぐっ、死ね!」
自分の左手を抉った白に怒りと共に尻尾をまとめて9本振り下ろす。その猛撃を手に持っている刀で受け止めるがさすがに9本もの強化された尾の猛撃は防ぎきれず刀はへし折れる。そして幾重の炎を纏った尻尾が白に直撃する。
これで確実に1人は戦闘不能に追いやったと確信したラスボであったが、この最終ラウンドで何度目になるだろう驚愕に襲われる。
なんと白は自分にぶつかった尻尾を両手でガッチリと掴んでいたのだ。凄まじい炎を纏った尾をものともせず火傷を意にも返さず決して離すもんかと爪を立てて尻尾を掴み続ける。
「ぐっ、離せ!?」
まるですっぽんの様に離れようとしない白に止めを刺そうと両手を握りしめるとそのまま頭上まで両手を振り上げ、そして今も尻尾を放そうとしない白の頭部を砕こうとするが……。
「「させるかこのクソゲダツ!!」」
仁乃と氷蓮がまたしても左右から挟撃、二人はそれぞれ武器を持ち振り上げているラスボの両腕を下から突き上げる形で攻撃を加える。糸の槍と氷の剣が下から突き上げられ両手を固めたラスボの拳は白の頭部に降ろせる事が出来なかった。
そしてこの二人の攻撃に対してほとんど間を置かず背後からイザナミと余羽が強化された飛び蹴りを放ってきた。
背後から叩きこまれた二人分の打撃に対応しきれず大きく前方へと吹き飛んでいくラスボ。そのお陰で多大な火傷を負った白はギリギリで何とか救助される。すぐさま余羽が抱き留めると白の損傷した肉体を修復し始める。
一方で宙へと吹き飛ばされたラスボは空中で回転して仁乃たちに上空から攻撃をぶつけようとする。だが仁乃たちに向けていたラスボの視線は前方へと向き直される。何故なら自分の眼前に拳を固く握りしめている加江須が居たからだ。
「ぐっ、舐めるな転生戦士がぁぁぁぁぁ!!!」
息継ぐ暇もない転生戦士たちの連携攻撃にラスボの苛立ちは募りに募って行く。今までまだ冷静さを保っていたラスボの感情もここに来て波立ち反射的に蹴りを繰り出す。だが冷静さを見失っている蹴りなど当たるわけもなく、顔面に繰り出される蹴りを避けると脚を両手で掴みそのまま空中でぶん回してやる。
まるでコマの様に高速回転して勢いをつけてラスボを床下へと叩きつける。そして背中から床へと激突したラスボはごぼッと空気と血の塊を吐き出し、その直後に落下して来た炎を纏わせた蹴りがヤツの腹部へと落下し胴体を射抜く。
「ぐ…図に乗り過ぎだ…!」
自分の腹部に乗せられている加江須の足首を今度はラスボが掴み返す。そのまま強引に足首から下を握力で引き千切ろうとする。だがそれよりも早く仁乃、イザナミ、氷蓮による3人の一斉攻撃が繰り出されてラスボは壁際まで吹き飛び、そのまま壁を突き破って隣の無人の部屋へと転がって行く。
全身がまるでバラバラに解体された様な激痛にラスボはその場で這いつくばりまるで滝の様な吐血を垂れ流す。
「うぶっ…こ、この俺が……!?」
せり上がって来る大量の真っ赤な果汁を口から吐き出しながらラスボは遂に明確に表情を悔し気に歪める。
明らかに…ごふっ…おかしいだろう。アイツ等ここに来て……ぐっ、ガハッ…いきなり戦闘力が増加しているぞ……。
加江須たちの力が明らかに増強されているのだ。少なくとも最初の連中との戦いでは自分が一方的に圧倒していたはずだ。それがこのほんの僅かな時間でこうまで戦力が変化するなど有り得ない。
「どうして…ここまでの力が……」
「決まっているだろ。俺たちが人間だからだ」
ラスボの疑念に対して答えを口にしたのは加江須であった。
声の方へと跪きながら顔を向けると加江須たちがこちらを見て仁王立ちをしていた。初っ端とは完全に構図が逆であった。今は明らかに加江須たちが優勢であり、そしてラスボが追い詰められていた。
「この短時間で俺たちがここまで強くなったのは俺たちが感情ある人間だからだ。仲間の応援、守りたいと言う気持ち、感情によって人間が発揮できる力はどこまでも変化を見せる。お前も人間の悪感情から生まれた存在なら分かるんじゃないのか?」
「ふざ……けろぉぉぉぉぉぉ!!!」
取るに足らない小僧っ子の説教染みた言葉に怒りが遂に限界点を突破したラスボは全身からどす黒い炎を噴射する。その力は今までの中で一番大きく彼の肉体がその出力に耐え切れず内側から崩壊して行くほどだ。
「お前等まとめて死ぃねぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
もうあと先の事などラスボに考える余裕はなく、肉体を崩壊しつつ残り全ての力をこの一撃に込めようとする。自らの体を壊していく程の濃密な炎が一点に凝縮して行き間違いなくその一撃は並大抵の転生戦士ならば跡形もなく塵と化すだろう。
「させるかぁぁぁぁぁ!!!」
自分の後ろには愛する恋人達が居るのだ。ここで引くなどと言う選択肢は加江須の頭の中には皆無であり、一気に今にも暴発寸前のラスボへと向かって行く。
こちらへと一切の物怖じしない加江須の姿は遂にラスボを怒りに狂わせ、言葉にもならない発狂じみた怒号と共に特大の炎の大玉が発射される。
迫りくる死を連想させる強大な一撃に加江須は変身を解き、そして自分の中の残る全ての神力を右腕1本に注いでぶつけた。
その直後――彼の拳が突き刺さった巨大な火の玉は形が崩壊して一気に加江須の視界が炎で包まれた。




