ラスボ対転生戦士 4
ラスボの誘い文句を全て聞き終わった加江須はしばし無言のままであった。
確かに目の前のゲダツの言う生き方はさぞかし楽だろう。元々自分が死後に転生戦士として生きて行こうと思ったのは自分の町、そして自分の身の回りの人間を守りたいと言う思いが強かったからだ。そしてその戦いの日々で仁乃たち大切な恋人達が出来た。
彼にとって一番大事なものは何? と質問されれば迷うことなく恋人達の名前を自分は挙げるだろう。そして自分の正直な本音を全て曝け出すなら当初守りたいと考えていた町の人間よりも恋人達をどうしても上位に考えてしまう。
「そうだなラスボ。お前の言う通り自分の守りたいものを厳選して生きていく事はさぞかし楽な選択なんだろうな……」
まあそりゃそうだろうな。俺が一番見たくないものは恋人達が傷つく、最悪命を落としてしまう事だ。実際に黄美が目の前で息を引き取った時は半狂乱状態になりかけたぐらいだ。一歩間違えていれば俺は立ち直れなかったかもしれない。
この旋利津市にやって来た理由もラスボの危険性云々よりも黄美を生き返らせると言う理由が一番だったからだ。それが最優先事項だったからこの市まで戦いに来ようと即決出来たのだ。
加江須が無言のままいつまでも返答しないでいるとラスボはもう一度手を差し伸ばしくる。そして今現在命を懸けて戦っている敵とは思えない程の穏やかな顔を向けて来る。
「心配しなくてもここで俺の手を取って誰がお前を責める? お前の恋人達だって一番大事なのはお前のはずだ。世の中の人間なんて身勝手な奴等がほとんどで構成されている。この世界で心の底から自分よりも他人を優先している人間なんて一割にも満たないと俺は断言できるぐらいだ。そんな人間共を守る事を放棄して恋人達と共に安全地帯で生きる選択を選んでいいんだぞ?」
そうだなラスボ。お前の言う通り人間は嘘つきな生き物だ。醜い本心を隠して表面だけは綺麗にしている生き物さ。でも……それでも……。
「………それでもお前の手は取れないな」
自分に向かって優しく伸ばして来た手を加江須は取らなかった。
「確かにお前と一緒に居れば今後もゲダツと戦う回数も減る。無関係な人間を守る為に拳を振るう理由もなくなる。でも……きっと俺は目の前で誰かが襲われていたらこの力をその人の為に使ってしまうんだろうな……」
ああそうさ、これが偽善だって事は分かっている。今こうして会話をしている最中でも自分の見知らぬ場所でゲダツに襲われている人だっているだろう。そんな人をわざわざ助けに行こうとは考えないしそんな顔も知らぬ人の死を悲しむ事もない。でも、それでもせめて自分の周りだけは平穏な世界を維持したいと思う事が決して悪とは思えない。
「何よりここでお前の手を取ってしまえば俺は愛する恋人達に顔向けできねぇよ」
「……理解できないな。今も恋人達に顔向けできないなんて恋人優先で物事を考えているじゃないか。それでもまだこの先も周りの赤の他人の為に転生戦士として戦う道を選択すると?」
それはラスボの最後の確認であった。ここで断れば再び戦闘続行となりどちらかが命尽きるまで戦う事になるだろう。だが加江須の答えは初めから決まっている。
「まっさらな人間なんてもしかしたら居ないのかもしれない。恋人を優先、などと言いつつ自分の目の前の人を見殺しにしたくない。そんな清濁併せもって生きていくさ」
そう言うと加江須はその場で構えを取る。それはもうこれ以上はお前と会話をする意思が無い事の表明の構え。
加江須の答えが拒否だと確定するとラスボは少し残念そうな表情で同じく構えた。
「部下を大勢失った身としてはお前やその恋人は仲間に欲しかったんだがな…」
自分の部下を大勢倒して来た加江須の実力はラスボも内心では買っていた。だからこそ彼に対するこの勧誘も本心から行っていた。
それでも結局目の前の偽善の戦士はこの手を振りほどいた。
ならば後はもうぶち殺すしかないではないか……。
「偽善の転生戦士よ。お前が今後もゲダツ達と戦い続ける心配はする必要がないぞ。今日ここで俺に息の根を止められてお終いなのだからな」
その言葉と共に再びラスボは妖狐の姿へと変身する。そして姿を変えると同時に彼の全身からは針の様なプレッシャーが放たれる。
圧倒的な威圧に針の筵の様な心境に陥りそうになる加江須であるが、そんな彼を勇気づける援軍がここで登場した。
ラスボの背後の壁が激しい轟音と共に砕け、そこから仁乃たちが飛び出して部屋に躍り出て来たのだ。
「何独りで突っ走ってるのよ加江須!」
「たくっ、俺たちの事も少しは頼りやがれ!」
仁乃と氷蓮が独りでどうにかしようなどと思い上がりを見せている加江須を叱りつける。
「この戦いはあなただけのものではありませんよ」
「わ、私だって加江須君たちと一緒に特訓を積んで来たんだから!」
この戦いを最後まで共に戦い続けると誓った余羽と白が決意と覚悟に満ちている瞳を携えて敵であるラスボをしっかりと見据える。
「加江須さん…一緒に戦いましょう」
そしてイザナミは決して独りで無茶だけはしないでと言う思いを込めて加江須の事を見つめる。
仲間や恋人たちの言葉と思いに彼の肩の荷が少し降りた気がした。
たくっ…俺は何をウジウジ悩んでいるだ? ほんの少しゲダツにそそのかされた程度であれこれ考えるなんてらしくもない。俺が此処に居るのは目の前のラスボを倒す為だ。そしてこの戦いは自分だけでなく大勢の仲間も傍にいて支えてくれている。
「さあ……最終ラウンドにしようぜラスボ」
そう言うと加江須は全身から炎を噴出して完全に戦意を取り戻した、いやむしろより一層に闘志を燃え上がらせる。
そんな彼の勢いに同調して仁乃たちの戦意も一気に向上する。
前後から士気が高揚した戦士たちの圧に挟まれているラスボはここに来て少し表情に変化が訪れる。
今まで涼し気な顔を張り付けていた彼の表情にはどこかじんわりとだが焦りが出て来ている様に見えるのだ。
「ところでラスボ。さっき糸の槍をしのぎ切ったらお前の能力について話してくれるって約束はどうなったんだ?」
ふと糸による槍の猛攻を繰り出す前の会話を思い出してそう口にする加江須であるがラスボは鼻で笑った。
「俺がそんな約束を律儀に守るほどお人よしに見えるか?」
「まあそりゃそうだろうよ。だが…お前とずいぶん戦ったお陰で大体分かって来たぜ。お前の能力が……」
加江須がそう口にしたその後、バトンタッチのようにイザナミが口を開き始める。
「あなたの能力は恐らく『他者の能力をコピーする特殊能力』ではありませんか?」
まだ本人から答えを聞いていないので半ば鎌をかける形でイザナミがラスボへと問いかける。
ぶつけられる質問に対してラスボは表情に変化は出しはしなかった。だが無言を貫いている事が決して彼女の予想が遠く離れていない事を示唆していた。
そして彼女の予測説明は尚も続いて行く。
「あなたは戦闘中に加江須さんと同じ妖狐の力。氷蓮さんの様に冷気を操り、そしてさきほどの加江須さんの発言からどうやら糸をも操る力も持ち合わせているようですね。確かに複数の能力を保有しているゲダツや転生戦士は珍しくはありますが皆無と言う訳ではありません」
実際に加江須だって二つの特殊能力を有しているのだからラスボが複数能力保持者でもおかしくはない。だがここまで彼が使って来た能力はいずれもこの場に居るメンバーと全く同じ類だったのだ。であればイザナミの推測したように相手の能力を模倣する力だと考えられるだろう。
イザナミが自身の推測を語り終わると今度は加江須の方がバトンタッチをする。
「だがお前の模倣の能力にはいくつか制限があるんだろう? 例えば――コピーした能力を同時に発動できないとか」
思い返してみればここまでの戦いでラスボは能力を同時に使用してはいなかった。氷柱や糸の槍を展開した際にはいちいち妖狐の状態から元の状態に戻っていた。そしてその逆も然りである。妖狐の時には他の能力を併用してはいなかった。
それに他にも何かしら制限があるのだろう。もしもラスボが模倣した能力をいくつも使えるならそれこそ部下である幹部のゲダツや転生戦士たちの能力もこの戦闘で発揮しているだろう。それをしないと言う事はコピーして使える能力は自身の身近にいる能力者のものだけと言う制限もあるのかもしれない。
加江須とイザナミの仮説を聞いたラスボはしばし無表情であったが何を思ったのか小さく笑い出す。
「ふふ…ははは…よく見ているじゃないか。ああそうだよ、その通りだよ。俺の能力は模倣の力だよ。それに能力の使用にもいくつか制限がある」
特に誤魔化す事もなくイザナミや加江須の予想を正解だと口にする。
まさかこうもあっさりと認めるとは思っておらず仁乃や氷蓮、余羽は少し驚いていた。だが逆に勘の鋭い加江須やイザナミ、白は厳しい表情をしている。
「どうして自分の能力をあっさりと暴露したのかって顔のヤツが数人いるな。その理由を教えてやろうか…」
そう言った直後にラスボの全身からどす黒い敵意を含んだ炎が噴出する。その炎は加江須の全身から放出された炎よりも大きく燃え盛り部屋の温度がみるみると上がって行く。
全身を燃え盛る獄炎に包ませながらラスボは自信を含んだセリフを口にする。
「俺が自分の能力を暴露してもお前たち全員を皆殺しに出来る自信があるからだよ」
そう言った直後にラスボの9本の尻尾が加江須たちへと一気に伸びて行く。その速度は今までの攻撃速度よりも遥かに速く皆がギリギリで伸びて来る尻尾を回避する。
「ぐっ、みんな気を付けろ!!」
加江須はそう叫ぶと同時に一気にラスボの元まで駆けて行く。
ラスボが全ての力を解放したかのように加江須も持てる力を全て解放して一気に豪炎を纏った拳を繰り出す。
その拳に応えるようにラスボも同じく豪炎を拳に纏わせて迎え撃つ。
両者の凄まじい威力を秘めている拳が二人の頬へとぶつかり部屋に生々しい肉を叩く音が衝撃と共に響き渡った。




