ラスボ対転生戦士 3
加江須とラスボに攻撃がぶつかり合った衝撃で床下が崩れ階下へと投げ出されてしまった仁乃たち。落下した際に上手く着地は出来たのだがその際に仁乃は見てしまった。
加江須とラスボの激突により加江須の拳から真っ赤な血が噴出してしまっている肝の冷える光景を。
「ぐっ、加江須!」
すぐにまた上の階へと昇ろうと試みる仁乃たちであるがそれよりも早く上の階に居る二人の方に動きがあった。
妖狐へと変身したラスボの振るった尻尾が9本まとめて加江須の体へと振るわれていたのだ。その束ねた尻尾を加江須は同じく束ねた尻尾でガードはしたが競り負けて吹き飛ばされていた。そのまま二人は穴の空いている天井から見える、階下に落下した仁乃たちの視界から消失してしまう。
「不味いわ、追うわよ!!」
慌てて再び跳躍して上の階へとたどり着くがその部屋にはもう加江須とラスボが居なくなっていた。
下の階から見ていたが二人はあの時に左の方へと吹き飛んでいた。その方向に目を向けてみると壁が破壊されて隣の部屋に大きな穴が空いており、二人が他の部屋へと既に移動していた形跡がある。
「くそ…加江須だけに任せて居られるか!!」
そう言うと氷蓮は破壊された壁を潜って後を追おうとする。だが隣の部屋に移動するとまたしてもその部屋のさらに隣の部屋にも大きな穴、次々と壁を破壊して部屋部屋を移動しながら戦っているみたいであった。
そして階下に落ちて行った仁乃たちを置いて加江須とラスボは元居た部屋から大分離れた部屋まで移動していた。
「くっ、燃え尽きろ!!」
炎を纏った加江須の尻尾がしなりながらラスボへと猛撃する。その燃え盛る妖狐の尻尾を同じく炎を纏わせた尻尾で弾く。
両者のぶつかり合う尾は火の粉を撒き散らしながらその部屋の中の物を荒らす。置いてある椅子や机が砕け、火の粉が燃え移り宙を舞う。床には何箇所にも尻尾が叩きつけられ陥没して元々平面であった床が今は見る影もなく凹凸が激しい。
もう何度目かの尾と尾の激突で周囲に凄まじい風圧と共にその部屋に亀裂が走る。
「勘弁してくれないか? 仮にも俺の大事なアジトの1つだ。あまり壊されると困るんだよ」
「そりゃご愁傷様! この惨状じゃ修理代も馬鹿にならないな!!」
この状況でもまだ余裕が完全に抜け切っていないラスボ。
未だに敵に全力を発揮させられていない事に焦燥感を募らせていく加江須であるが、極限の戦闘の中で焦りと言う感情は隙を生み出してしまうものだ。
「また隙を見せたな。そら、串刺しだ」
「しまっ…ぐあっ!?」
互いに9本の尾をぶつけ合っていたがここでラスボが加江須の隙を敏感に察知し、重なりあっている尾の隙間を縫ってラスボの尻尾の1本が左脚を掠めて行った
脛のあたりに伸びて来た尻尾をギリギリで反応して貫通は防げたが脚の肉を抉られる。その灼熱の痛みを堪えてバックステップで距離を取る。
だがここでまたしてもラスボの戦闘スタイルが変化を見せる。
「離れても良いがそれだと遠距離攻撃で串刺しだぞ」
「なっ!?」
ラスボは後方へと移動する加江須の事を追尾しようとはせず何故か妖狐の変身を解除した。だが彼が変身を解除したと同時にラスボの周辺には大量の糸で形成された槍が何本も出現したのだ。
先程の氷蓮と同様にその力はまさしく自分の恋人である仁乃の能力だ。
「お前…一体いくつの能力を持っているんだ…?」
「その質問はこの攻撃をしのぎ切れたら答えてやるよ」
そうラスボが口にした次の瞬間、彼の周りを浮遊していた槍の軍勢は一斉に加江須へと攻め込んでいった。
◆◆◆
加江須とラスボが激戦を繰り広げていた頃、一度階下に落とされはぐれてしまった仁乃たちは急いで分断されてしまった加江須と合流しようと走っていた。自分たちが通過して行く部屋はいずれも壁や天井、部屋全体に亀裂が走っており、この破壊痕から二人が争いながら部屋から部屋へと移動し続けている事が容易に把握できる。今も二人の姿は見えないが加江須の神力とラスボの力がぶつかる気配をヒシヒシと感じられる。
衝突し合う二つの力の波動を頼りに気配の感じる場所を急ぐ一同であるが、ここで移動しながら氷蓮がラスボの能力について考察をしていた。
「あのラスボのクソ野郎。複数の能力を所持しているみたいだったけど…」
これまでも狂華と言う複数の能力を所持している敵とは戦ってきたが、ラスボの見せた能力は加江須や氷蓮と全く同じものだった。そこが彼女には引っかかって仕方がなかった。いや、氷蓮だけでなく他のメンバーも同じ様に引っかかってはいた。
そしてイザナミはラスボの能力について大方目星が付いていた。
「恐らくですがラスボの能力は……」
イザナミがそこまで口にしかけた時、皆から見て左方向から凄まじい轟音が響いてきた。
皆がイザナミの推測に耳を傾けていたがすぐに聴こえて来た音の方を優先してその場へと急ぐのだった。
◆◆◆
部屋の至る所は破壊され、もう部屋の中身は原型を留めていない程にボロボロであった。そんな部屋の中で加江須の立っている周辺だけは破壊痕が少なかった。
大量に飛んできた糸の槍を9本の尻尾で叩き落として何とかやり過ごした加江須であったが決して無傷と言う訳にもいかなかった。
「っ……」
苦々しい表情で左肩を押さえている加江須。
彼の押さえている肩からは真っ赤な血が溢れており鼻には鉄臭い臭いが漂ってくる。全ての槍を叩き落としきれず1本だけ肩を貫いたのだ。それもかなり深く。
肩を負傷して表情を歪ませている加江須に対してラスボは皮肉気味に賛美の言葉を送る。
「あれだけの槍を前に被害が肩ひとつとはな」
「そりゃどーも。だがほとんど無傷の敵に褒められても嫌味にしか思えねぇぞ」
そう言いながら加江須は抉られた肩の部位を自らの炎で炙って傷口を塞ぐ。凄まじい苦痛を伴うが出血を止める為に止む終えず歯を食いしばって耐える。そんな姿を見てラスボは口元をニヤニヤと嫌らしく歪めており、そんな様子の彼に加江須は内心で舌打ちをする。
「(くそ、余裕ぶりやがって。このまま完封できるとでも思っているのか?)」
傷口を止血して歯を食いしばっているので内心でそんな風に毒づいているとラスボが思いもよらぬ提案をして来た。
「なあ久利加江須。そんな辛い思いをしてまで俺と戦う理由が本当にあるのか?」
「……ああ?」
苦痛で少し呼吸が荒くなりながらも今更何を言っているのかと訝し気に睨んでくる加江須に更に信じられないことを彼は言った。
「なあ久利加江須。お前…俺と一緒にその力をもっと自分の為に活用しないか?」
そう言うとラスボは今現在戦っている彼に有り得ない提案を突き付ける。
「この俺の下についてこの先もっと自由に戦ってみないか? 誰かの為、何かを守る為ではなく自らの我欲を優先してその力を使って生きていく道を選択しないかと言っているんだ?」
「……本気で言っているのか?」
目の前のゲダツの口にしている言葉がまるで理解できない。いや理解したくもない。聞いているだけで不快感がぞわぞわと押し寄せて来る。まるで全身に蹴虫が這うかのように。
そんな嫌悪感を漂わせている加江須の表情を理解しつつも尚もラスボは聞くに堪えない戯言を吐き出し続けた。
「まあそんな顔をするなよ。お前だって考えた事はないか? どうして自分は他の者より優れた力を持っているのにその力を他者の為に使役しないといけないのか? 今の今までそう考えた事が本当に一度たりとも無かったか?」
「………」
ラスボの問い掛けに対して加江須は無言を貫く。
一切の返答が返って来ない事などお構いしないに彼の独白はまだ続いて行く。
「お前たち転生戦士は一度死を経験してその力を得ている筈だ。それならば二度目の人生はせめて自分の生きたいように生きて行こうとは考えないのか? 実際に俺に協力していた形奈や豪胆などがいい例だ。奴等は赤の他人の為に力を振るおうなんて考えていなかったからこそゲダツである俺に協力していた訳だしな」
人間とは底なしに欲望の強い生き物であるとラスボは考えている。
実際に自分の下に付いていた形奈や豪胆に限った話ではない。この旋利律市に自分を討伐しようと加江須達以外にも転生戦士が乗り込んできたが、奴らは下らない正義心から自分を狩りに来たわけではない。願いを叶えられなくなると言う自分の利益を前提に動いていた。
「この世界は醜い心を持つ人間が多すぎる。俺たちゲダツが途絶えることなく生まれてくることが何よりの証明だろう? そんな人類をそこまで傷を負ってでも守る価値があるのか?」
ラスボには目の前の少年の戦う理由をくまなく把握している訳ではない。だが目を見れば自分ではなく他人を優先的に考えて力を振るっている事は見抜ける。だが何故自分を後に後に考えれるのか、その彼の真意は理解しきれなかった。
「誰かの為に神から与えられた力をまるで奉仕するかの様に使い続ける。そんな生き様が本当にお前の望む未来か? いや、本当は違う」
まるで決めつけるかのようにラスボは憐れみを籠めた視線と共に加江須の本音を確認しようとする。
「自分の胸に問い正して見ろ久利加江須。本当にそんな痛々しい思いをしてまで俺と矛を交える必要性があるのか? そんな無意味な行為などせずもっと自分だけの力を有効に使い愉しく自由に生きて行こうとは考えないのか?」
そう言いながらラスボはゆっくりと手を差し伸べて来た。
「この手を取れ久利加江須。恋人や仲間が大事だと言うならソイツ等と共に俺と来い。自分の守りたい物を厳選して生きて行く方がずっと楽しい生き方だ」




