ラスボ対転生戦士
視線の先でラスボが不敵な笑みを浮かべたと思った次の瞬間、自分の腹部がまるで爆発したかのような凄まじい衝撃が加えられたのだ。それはさながらハンマーで殴られたかの様な重い一撃に加江須は肺から強制的に空気を排出させられる。そのまま一番奥の壁まで吹き飛んで背中から激突する。
ぶつかった壁に入った亀裂からその威力が壮絶であることが伺えた。
「加江……!?」
一瞬で自分の前に居た加江須が吹き飛ばされた事に動揺する仁乃。勢いよく吹き飛ばされた彼の安否を反射的に確認しようとするが視線を目の前のラスボから後ろに向けたのは完全に悪手であった。
次の瞬間には横っ腹にラスボの蹴りが叩きこまれ仁乃まで大きく吹き飛んでいく。
「ごぷっ…!」
横っ腹を蹴られると凄まじい激痛が走りさらに骨が軋む感覚が内部に伝わった。咄嗟に全身を神力で覆い致命傷は免れた。だがダメージは大きく吹き飛びながら仁乃の口からは少量の吐血が確認された。
一瞬で加江須と仁乃が吹き飛ばされた光景を見て一気に頭に血が上った氷蓮が両手に氷で造形した双剣を持つと憎きラスボに向かって一気に踏み込んだ。
「この腐れゲダツがッ!! ここで上下分離しやがれ下郎!!」
氷蓮が両の手に持つ氷の双剣はラスボの肉体に喰い込んでその体を上下に分離しようと暴れまわる。本来であれば息つく暇すらない程の連撃速度なのだが今だにラスボの顔から余裕が崩れない。それどころか彼は数秒間はただ斬撃を避けていただけであったが、すぐに目が慣れて振るわれる刃をなんと指で摘まんで止めてしまったのだ。
「もう目が慣れた。これ以上は速くできないのか?」
そう言うと彼は指先に力を籠めて刃の部分を粉々に砕く。そしてその場で軽く身を回転させながら回し蹴りを氷蓮へと繰り出した。
砕けた双剣を捨ててガードを選択する氷蓮。
「ぐうぅぅ!?」
腕をクロスして勢いよく放たれた回し蹴りをなんとか受け止める。だが蹴りがガードした腕にぶつかると同時に鈍痛が腕に走り、しかも片腕がメキリと言う嫌な音と共に変な方向に曲がった。
おいおい冗談じゃねぇぞ!? 神力で強化した状態でガードしても骨がへし折れちまったぞ!! コイツ…ここまでなのか!?
激しい痛み以上に驚愕の方が彼女には遥かに大きかった。なにせいくら威力が高い回し蹴りとは言え蹴りは蹴りだ。この程度で片腕がへし折れるとは思いもしなかった。
「片腕が折れたな。やはり転生戦士と言えども俺にとっては脆い生き物だ」
そう言いながらラスボは蹴りで体制がぐらついている氷蓮の懐に入り込み、そして彼女の腹部に掌打を繰り出して来た。その威力はもはや掌打と呼べる代物ではない。まるで腹の内側からダイナマイトを点火して爆破させられたかと錯覚するほどだ。
「ぐおああああっ!?」
あまりの衝撃で氷蓮は一瞬だが身体に風穴があいた錯覚すら覚えた。口からは大量の血反吐を吐きながら転げまわって行く氷蓮。
すぐに起き上がり体制を…そう思っても腹部の痛みが尋常ではなく立ち上がれない。
「まず一人潰すか」
特に感情を感じさせない程に淡泊な声色でラスボは転がって行った氷蓮に止めを刺しに行こうとする。だがそれを他のメンバーが黙って容認する訳が無い。
「そうはさせません!!」
脚を前に進めようとしていたラスボであるが背後から繰り出されてきたイザナミの蹴りを避ける為に身を低くして狙いを変更する。
二人は神速と言える速度で連続で互いに蹴りを放ち脚と脚とをぶつけ合う。だが速度はほぼ互角であっても蹴りの重さは明確に差があった。どちらが重い蹴りを放っているかはイザナミの苦悶を感じさせる表情を見れば一目瞭然だろう。
ラスボからのカウンターを喰らった白は攻撃された箇所を押さえながら余羽に指示を出していた。
「余羽さん…あなたは氷蓮さんの方に行って傷を修復してあげてください。あの吐血量、もしかしたら重要な臓器が傷ついているかもしれません」
「りょ、了解!」
未だに咳き込みながら口から血が零れている姿を見て余羽は慌てて彼女の元へと向かう。
そして白はと言うと両手に拳銃を生成、そして照準をラスボに向けると連続で発砲する。室内にはバンッバンッと乾いた小さな破裂音が響く。
「……鬱陶しいな」
銃口から発射された神力の練り混ざっている弾丸をラスボは背後にバックステップする事で回避する。白の援護射撃で蹴りの連撃が一度途切れたタイミングを見計らってイザナミは右脚に神力を集め、そしてラスボの喉元へと爪先を伸ばした。もしも直撃すれば喉を貫通、最低でも潰れるだろう。
「その程度の連携で俺が獲れると思ったか?」
そう言った瞬間になんとラスボの速度は更に加速したのだ。
もう喉に突き刺さる直前の蹴りを超反応で回避、そして蹴りのせいで足を延ばしきった体制の彼女の脚を掴む。そしてそのまま力任せにイザナミをまるでタオルの様に振り上げる、そしてそのまま勢いよく床へと叩きつる。
「ぐっ!?」
床へと叩きつけられる直前に咄嗟に後頭部に両手を当てて受け身を取る事は出来た。だがダメージは大きく思考が途切れ、全身が痺れるような麻痺状態になる。そのままもう一度ラスボは彼女の体を持ち上げようとするが……。
「やめなさい!!」
もう一度叩きつけられてしまえばイザナミの身が持たないと思った白は感情の赴くままに拳銃を発砲しながら距離を詰める。
「ふん…」
「なっ! きゃっ!?」
ラスボは自分の放たれる弾丸を煩わしく感じて脚を掴んでいるイザナミを彼女目掛けて放り投げる。
相変わらずそこまで力んだ様子も見せていないにも関わらず投げ飛ばされたイザナミは凄まじい速度で白の腹部に頭部からぶつかった。そのまま二人はもみくちゃになって転がって行く。
「これ以上は!!」
「好きにさせるか!!」
吹き飛ばされたイザナミと白と入れ替わる形で仁乃と加江須が攻撃を仕掛ける。
二人はそれぞれ凝縮した糸の槍、炎の玉を大量に展開して飛ばし続ける。だがラスボはその攻撃を避けながら二人の前まで距離を一瞬で詰め寄ると仁乃に向かって拳を放つ。
まるでボクサーの様な閃光のジャブが仁乃の顎下に命中し彼女は膝から下の力が抜ける。
「この野郎がッ!!」
加江須が全力を籠めた拳をラスボの顔面目掛けて振るった。その鬼神の如き一撃をラスボは……。
「それがお前たちの全力か。だとしたら興ざめだな」
そう言いながらラスボは指1本でその剛拳を受け止めて見せたのだ。
「マジかよ……」
それは加江須の完全に無意識から出た言葉であった。
これまでも多くの強敵と戦って来た。中には自分が相手を一方的に圧倒していたような戦いだってあったし、その逆に苦戦を強いられる戦いもあった。
だが…ここまで明確に力の差を見せつけられた経験は目の前のゲダツが初めてだった……。
「何を呆けているんだ? 油断しすぎだぞ」
その言葉の直後に振るわれたのは凄まじい圧を感じる拳だった。だが今までは無造作気味に打ち込んで来た時とは違い今の彼は振りかぶって拳を突き出して来たのだ。
――『この一撃を今のまま喰らったら不味い!!』
これまで培ってきた戦闘のカンとでも言えばいいのだろうか。この一撃だけは絶対にこの状態のままで受けてはいけないと感じた加江須は妖狐に変身。そして尻尾を胴の前に挟み込んで繰り出された拳を防いだ。
突き出された拳を受け止めた瞬間に彼の尻尾は弾かれて痛みが走る。
「(今までの比じゃない威力だ! もしも変身せずにそのまま体に受けていたらマジで風穴が空いていたぞ…)」
攻撃をガードされたラスボは妖狐の姿をした加江須を見て少し表情が変化した。
「ほお……形奈から話には聞いていたが凄い姿だな。まるでお前がゲダツじゃないか」
「抜かせ!」
変身状態となった加江須は9本の尾を巧みに操りラスボを打ちのめそうと振るわれる。その尻尾の速度は並大抵のゲダツであれば対応できない程だが、相手も人型にまで進化を果たしたゲダツなのだ。この程度の速度にすらついていけない訳もなく拳や蹴りで弾いて行く。
だがやはり変身状態の加江須はスピードだけでなくパワーも増強されている。尻尾を弾くラスボの拳は赤くなっておりダメージが通っている事が判断できた。
「(やはりこの妖狐状態の攻撃力ならラスボにも通る。このまま手数でゴリ押ししてやるよ!!)」
そう思うと加江須の尻尾の連撃速度が更に上昇、9本の尾は雪崩の様に襲い掛かる。
「ぐっ…まるで別人だな…」
見てくれだけでなく戦闘能力も遥かに上昇している。どうやらこのまま純粋な身体能力だけで応戦していては自分の方が分が悪いだろう……。
「良いだろう。場所を変えるか」
「なっ、うお!?」
場所を変える、そう言いながらラスボは伸びて来る尻尾の内の1本を掴み、そのまま尻尾を引っ張りながら天井目掛けて加江須のことを叩きつけたのだ。
まるで棍棒の様に天井に叩きつけられた加江須はそのまま天井を破壊、そして勢いのまま上の階へと飛ばされていく。その後にラスボも空いた穴から上の階へと跳躍した。
かなりの力技で上の階に送られた加江須は天井に打ち付けた背中をさすりながら続けてこの階に跳んできたラスボを睨みつける。
「たいしたものだな。お前に対する評価は変更だな。変身したお前は相当強いよ」
「そりゃどーも。まさか命乞いでもしようと?」
加江須が分かりやすく挑発してやるとラスボはクスっとだけ笑い、そして両手をバッと広げて言った。
「ここからは〝真面目に戦闘〟をしてやるよ。そう簡単に死ぬなよ?」




