き、気付くのが遅すぎた…恥ずかしい…
ホテルの廊下では仁乃たちが傀儡とされ利用される転生戦士二人組と相対していた。しかしその傀儡を操る当の本人の1人の人型ゲダツであるマイヤは何も恥じることなく背を向け逃亡した。
もちろんこのままヤツを逃がすつもりなどなく後を追おうとする仁乃たちだが、それを邪魔するかのように死人は立ちはだかり攻撃を仕掛けてくる。
「チッ、死体が邪魔すんなや!」
苛立ちと共に氷蓮は一気に二人を冷凍保存してやろうと能力を発動しようとする。だが彼女が冷気を放出すると同時に壁となっている二人から神力が放たれた。元は転生戦士であるが故に死体となっても彼らは神力を扱えたのだ。だが彼らから放たれる神力はあまりにも禍々しく皆は思わず気分が悪くなる。
「うっ…な、何よこれ…」
「気持ちわりぃ……」
仁乃と氷蓮はまるで気持ちの悪いモノを見るかのように表情を歪ませ目の前の骸である二人から思わず目を逸らしてしまい、余羽に至っては堪え切れなかったのか嘔吐感が抑え切れずにその場で吐いてしまった。
「うえっ……げほっ…げほっ……」
「大丈夫ですか? 深呼吸をしてください」
その場で嘔吐する彼女の背中を擦ってあげる白。
だが彼女のこの反応も理解できる気がする。それほどまでに目の前の傀儡からぶつけられる神力は気持ちが悪くて仕方がない。
もはや魂の無い肉の塊、本来であればもう動く事すら出来ない亡骸が扱う神力は生者の神力とは違い禍々しくその中身も変容してしまっている。悪感情の集合体であるマリヤやマイヤにとってはむしろ心地良いものだが、純粋な転生戦士にとっては不快極まりない気配なのだ。
「ぐっ、そこをどきやがれ!」
せり上がっていた吐き気を無理やり呑み込み氷蓮は一気に二人を氷漬けにしようとする。だがそれよりも先に相手の方が能力をぶつけて来た。神力を扱えると言うことは生前所持していた特殊能力も扱えるのだ。
白によって片腕を斬り落とされた男の転生戦士が腕を向けると手の先から何やら植物のツタが伸びて来る。だがツタの葉は鮮やかな緑色ではなくまるで枯れているかのような茶色であった。
「ぐっ、何だこのツタは!」
体をグルグル巻きにされて驚く氷蓮であるがこの程度では彼女はやられはしない。もちろんこの程度の拘束で身動きが取れなくなるほど軟でもない。
彼女は全身から冷気を放出して一瞬で絡まっているツタを凍らせる。
「そぅらッ!!」
気合の籠っている掛け声と同時に全身に力を籠めてツタを粉々に砕いて拘束を脱出。
氷蓮が拘束から脱出すると同時に仁乃は彼女の横を通り過ぎ、ツタを伸ばして来た男の顔面を槍で貫いた。相手が完全な死人であると判断した上での攻撃だ。
「これであと一人ね」
流石に顔面を貫通されてしまえばもう完全に戦闘不能だと思いもう一人の方へと視線を向けた。だがなんと槍で顔面を貫かれた男は未だに残った片腕と両脚が動き顔を貫かれた状態で蹴りを入れて来た。
「ぐっ、嘘でしょコイツ!?」
手に持っている槍を手放して後ろへとバク転しながら距離を取る。
「うぶっ…ゾ、ゾンビじゃん完全に……」
二人の男から放たれた気配があまりにも怖気が走る物で一度吐き戻した余羽であったが、顔面に槍を突き刺したまま普通に動く男を見て再度胃の内容物がせり上がってくる気配を感じる。
「頭部を潰しても動きは止まらないとは……」
そう言いながら白は苦無を生成してソレを男たちへと投擲する。鋭く風を切って飛んでいった苦無は死人の二人の体にザクザクと突き刺さる。だがまるでこたえている様子はやはり見られない。
ツタの拘束から抜け出した氷蓮は槍で貫かれた方の男へと大量の氷柱を展開して射出した。無数に飛んでいった氷柱の群生は男の肉体をズタズタに引き裂いて残っている四肢の内の片腕、両脚が千切れ飛んで廊下に散らばった。
「うお…まだ動いてやがる…」
四肢を失い尚且つ顔面を貫かれ、さらには体中に大量の氷柱を生やしているにもかかわらず残っている胴体がもぞもぞと芋虫の様に這っている。だがこの状態で動けていても無意味だろう。
「ん、ちょっと待て? もうコレって完全に遺体なんだよな? それじゃ…」
氷蓮はいつも常備しているイザナミから持たされた神具の〝亜空封印箱〟を使用して散らばった遺体を回収する。やはり動いていようが遺体は遺体だ。問題なく回収できるみたいだ。すると小箱に吸い込まれる遺体を見つめて白がハッとなる。
「もしかして…!」
何かに気付いた白は残ったもう一人の死人へと一直線に走って行く。
相手の男は薄気味悪い神力を拳に宿すとそのまま拳を振るって殴りかかってくる。だがその攻撃をヒラリと回避すると彼女もイザナミから譲り受けた〝亜空封印箱〟を取り出した。そしてその小箱を男の腹部に勢いよく掌打のように押し当てると箱の中に男の体は吸い込まれていった。
「やはり死者を連れて行く神具。もう既に亡骸であるこの者たちをアッサリと連れて行ってくれるみたいですね」
その言葉に仁乃も今更ながらにハッとなった。よくよく考えればそれはそうだ。この神具は魂無き者を連れて行く道具なのだ。そして目の前の傀儡は動く肉の塊ならば無理に戦わずして箱の中に連れて行く事が出来るはずだ。少し頭を働かせれば気付けた事を見落としていた事に少し赤面しつつも彼女は部屋の中に居るであろう加江須とイザナミに叫んだ。
「加江須、イザナミさん! コイツ等はもう死者だから神具の箱で吸い込む事が出来るわ。無理して戦わなくても大丈夫!」
それだけ言うと仁乃は急いで逃げて行ったであろうマイヤの方へと全速力で駆けて行く。部屋の中では未だに戦闘が続いているようだが死者とは無理して戦わなくても良い。それにあの人型ゲダツのマリヤも加江須たちならば加勢せずとも問題なく勝てるだろう。なにしろその片割れのマリヤは形勢不利と思って一目散に逃げて行ったのだから。
仁乃の後に続いて氷蓮たちも全速力で駆けて行く。あの二人組が居なくなったお陰で不快な神力ももう感じなくなって余羽も完全に調子を取り戻していた。
「逃がさないわよゲダツ!」
仁乃の叫び声が廊下に響き渡った。
「……オマエ、まるで自分が気付いたみたいに加江須たちに言っていたな」
「う、うるさい!!」
氷蓮にジト目でそう言われ真っ赤な顔をした仁乃の叫びが再度廊下に響いたのだった。
◆◆◆
仁乃たちが死人二人と戦っている間、同じく加江須も室内で戦闘を繰り広げていた。
死した金森は謎の能力で加江須を翻弄していた。
「ぐっ…ぐあっ!?」
相変わらず耳障りな奇声と共に殴りかかってくる。だがその拳の軌道は見えているにもかかわらず攻撃を避けきれない。いや、正確に言えば拳は回避できているのだ。だが拳を避けたにもかかわらずまたしても見えない何かに殴られる。いや、この言い方は語弊があるかもしれない。
「……気のせいか?」
金森の拳を避けた瞬間に加江須は見たのだ。殴りかかって来た彼の腕からもう1本の腕が一瞬だけ素早く生えて自分に殴りかかって来たように見えた。つまり腕から腕が増殖した気がしたのだ。
「……ヨシ今だ!」
自分の傀儡に気を取られている隙を見つけるとマリヤは勢いよく部屋の窓の方へと駆け出して行った。
激しくガラスの破壊音を響かせながら3階から飛び降りて行く。
「なっ、しまった!」
ここが部屋の中と言う事もあり完全に油断していた。確かにゲダツならばこの程度の高さならば飛び降りて逃げる事も可能だろう。すぐに後を追おうとするが金森がそれを阻止しようとこちらへと跳躍して来た。そのまま勢いに任せて蹴りを入れて来る。
「ぐあっ、またかよ!?」
間違いなく蹴りは避けたはずだった。だが見えない何かに横腹を殴られたのだ。いや、先程もそうだが見えないもの、と言うより蹴り入れて来た脚からもう1本の脚が生えて蹴りかかって来たように見えたのだ。
ただの自分の見間違いかと目をしばたかせているとイザナミが金森へと蹴りを入れて来た。
だがこの時に加江須はハッキリと見た。彼女の凄まじい威力の蹴りを彼は一見片腕でガードしたように見えたが、彼が防御した片腕からもう1本腕が生えたのだ。攻撃の時は攻撃する瞬間だけ腕が増えていたが防御の時は完全に腕からもう1本の腕が生えて彼女の蹴りを受け止めている。
「どうやら気のせいではありませんでしたね」
イザナミも加江須が攻撃を避けたにもかかわらず謎の攻撃を受けた際、一瞬だけ腕や脚が増殖していた気がしていたのだ。そして自分の蹴りを片方から増殖した2本の腕で攻撃を受け止めて彼の能力を理解した。
「恐らくですが肉体の一部分を分裂させる類の能力でしょうね。ですがタネが解ればもう大丈夫です」
やはり自分の見間違いではなく腕や脚は攻撃の瞬間に増えていたのだ。攻撃の瞬間に一瞬だけ腕や脚を分裂させ自分を攻撃していたのだ。だがイザナミの言う通りタネが解ればどうってことない能力だ。
このまま圧倒的な火力で燃やし尽くしてやろうかと考えていたがここで廊下から仁乃の声が響いた。
――『加江須、イザナミさん! コイツ等はもう死者だから神具の箱で吸い込む事が出来るわ。無理して戦わなくても大丈夫!』
廊下から遠ざかりながら聴こえて来た仁乃の言葉に加江須とイザナミが思わずあっと口を揃えて呟き、そして同時にカーっと顔が赤く染まる。
「……少しコイツの能力に気を取られ過ぎていたな」
自分の間抜けさに恥じらいつつも言われた通り神具の小箱を金森に体に押し当てると彼の肉体はあっさりと収納された。
「……よし、俺たちもあの女の後を追うぞ」
「……はい行きましょう」
加江須の言葉にイザナミは頷くと二人は同時に割れた窓の外へと飛び出した。その時の二人の顔は心なしか赤く染まっていた気がする。




