続々と集う戦士たち
まるで音もなく、いやあの女の能力を使えば音もたてずに近づく事は可能だろう。
加江須と白の前に現れた少女は二人の中でもっとも危険な戦闘狂である転生戦士であった。
目の前に現れた最悪の転生戦士の姿を見て白は僅かに表情を曇らせた。
「仙洞…狂華……!」
「ああ…あなたとも久しぶりね武桐白。それにしても折角の再開だと言うのになんて顔をしているの?」
「あなたの所業を考えれば顔が反射的にしかめてしまうのも無理はないと思いますが」
そう言いながら白は能力で日本刀を生成し、その切っ先を狂華へと突き付けてやる。
かつてこの二人は同じ学園に通っていた同級生であったがそれはもう過去の話だ。今の彼女たちは完全な敵対関係と言う方がしっくりくるだろう。
自分に強い敵意を向けて来る白に対して狂華は相変わらず不敵そうに笑みを浮かべ続けている。相も変わらずその底も見えない悪意が貼り付いているかの様な顔に白は更にくしゃっと顔を歪めた。
「相変わらずあなたは何を考えているか理解できません」
「別に私は自分を理解して欲しいだなんて考えてはいないわ。でも……」
次の瞬間に狂華の姿が消失し、気が付けば加江須の真後ろへと立っていた。
「あなたには私をもーっと知ってほしいかも♡」
そう言いながら耳元まで口を寄せてふーっと温かな吐息を吹きかけて来た。
自分の耳に無遠慮に働くその行為に腹を立てた加江須が振り払おうとする。だが彼よりも先に動いたのは白の方であった。
「何をしているんですか!?」
突然に加江須の背後に現れた事に対して驚いた白であるが、彼女はすぐに生成した刀に神力を籠めると猛然と斬りかかった。だがその鋭く横薙ぎに一閃してきた斬撃を背後に跳んで回避された。
「もお、もっと彼と密着してベタベタしたかったのにぃ」
「相変わらずふざけた態度を…! そうやって悪びれることなく何人の転生戦士を…人を殺したと言うんですか!! この人でなし!!」
語気が荒くなりかなり興奮気味の状態の彼女を見て加江須は少し意外そうに感じた。
これまでの彼女の態度を見て来たが激情に駆られるタイプとは遠い存在だと思っていた。だがそんな印象を塗り替える程に白は感情を赤裸々に表に出していた。
「少し落ち着けよ白。まあお前にもコイツとは因縁があるから気持ちが昂るのも無理はないのは理解できる。でも今の俺たちが倒すべき相手は別にいるだろ」
「そう…ですね。すいません、少々熱くなり過ぎた様です」
加江須に諭されるような口調で話し掛けられてようやく落ち着きを取り戻したが未だに狂華に対して圧力を感じさせる眼力を向け続けている。だがそんな敵意を浴びてもあの狂人はむしろ心地よさそうに笑っている。その態度がやはり白には癪に障りギリッと歯を噛みしめてしまう。
このままではまた白が興奮して襲い掛かってしまうと思い加江須は強引に狂華へ話しかける事にした。
「それで、お前はどうしてこんな所に居る? もしかして……俺を殺しに来たか?」
「なっ、やはりあなたは見境なしですか!!」
加江須が確認の為に狂華へと問うた言葉を耳にした白が一瞬動揺する。だがすぐに目の前の狂人の好き勝手にはさせまいと刀を構える。
だが加江須の言葉に対して狂華は顎に手を当て、少し悩むかの様な素振りを見せ始める。
「う~ん…確かにあなたを殺すとは心に決めているのは間違いないんだけど。でも…今回は純粋に転生戦士としての役目を全うする為に来たんだけどね」
「それは…お前もこの町に巣を張っているラスボを倒す為に来たと解釈して良いのか?」
加江須が訝しむかのような視線を向けながらそう尋ねると彼女はニコッと笑う。
「そういう事♪ 心配しなくてもあなたを今は殺す気はそこまで無いわ。だからこの町に居る間は私に背中を刺される心配は無用よ」
「そうか。でもその割には挨拶がてらにナイフが飛んできたがな…」
「だから言ってるじゃない。そこまで殺す気はないと。さっき程度の挨拶がわりの不意打ちすら避けれない様ならそのまま死んでしまっても全然構わないわよ」
微塵たりとも悪びれる様子もなくそう言う狂華に発言に隣で聞いていた白はぐっと何かを堪える顔をする。
そして当の本人である加江須は特に彼女の挑発じみた言葉に大きく反応せず、相変わらず落ち着き取り払った態度を一貫し続ける。
「まあいい。お前もラスボが目当てだって言うなら今は矛を交えなくてもいいだろ」
加江須のどこか消極的な発言を耳にした白は何を言っているのかと言った顔を向けて来た。そんな顔をされるのも確かに無理はないだろう。相手が誰であろうと見境なしに襲い掛かるこんな危険な狂戦士を前にしてみすみす逃がしてどう言うつもりだと、そう彼女の瞳は加江須に訴えかけていた。
それは張本人である狂華も似た様な感想であった。
「本当に矛を交えなくてもいいのかしら? 自分で言うのもなんだけど私の様な危険な女を自分の前から逃がしてしまっちゃって良いの?」
「そ、そうで加江須さん。あなたもこの女の危険性は十二分に把握済みでしょうに!」
「ああ分っているよ。戦う事が生き甲斐となり、力を持つ相手に見境なく襲い掛かるイカれた戦士だろ」
「わ、分かっているじゃないですか。だったらここで仕留めるべきでは!」
確かに狂華の強さは白としても熟知している。何しろ彼女とは命懸けの戦闘を行った事だってあるのだ。しかしこちらは今二人居る。それに加江須の力はかなり大きなものだ。二人がかりならば勝率も高いと計算できるのにその千載一遇のチャンスを見送るべきではないと訴える。
そう…白の言う事ももっともだ。だがもしここでこの女と戦う事を選択した場合……。
「もうどちらか潰れるまで止まらなくなるだろう」
加江須の漏らした言葉の真意を数瞬後に読み取った白は悔し気な顔をした。
加江須さんの言った事の意味はよく分かる。あの戦闘狂とここで本気でぶつかりあえばもう自分と加江須、そして狂華のどちらかが完全に息絶えるまで戦い続ける事となるだろう。普段であれば白としても覚悟は固まっている。むしろ望むところだと胸を張って言える。だが今回自分たちがこの旋利律市に来たのはあくまでラスボを倒す為なのだ。本来の倒すべき敵を見失いここで彼女と事を構え、仮に彼女を倒す事が出来ても無傷とはいかないだろう。もしも致命傷を受けてしまえば本命と戦う余力が残るか疑問だ。
あくまで自分たちの敵はラスボだと言い聞かせて何とか飛び出しそうになる理性を押さえ込む。
加江須だけでなく白もとりあえずは手出しをする気がないと確認すると、狂華はどこか不満そうな顔をして軽い文句を言う。
「ちぇ、せっかく遊んでくれると思ったんだけどなぁ…」
「…そうだな。もしもお前が俺をこの場で強引に殺しに来ると言うなら……受けて立つぞ」
――ゾワワワワ……!
加江須は口調こそは穏やかであったがその声は狂華だけでなく白ですら戦慄しそうになった。
もしもこの場で挑んで来るのならば受けて立つ。そのプレッシャーを叩きつけられた狂華は竦むどころか嬉しそうに笑ったのだ。
「いいわぁ。その殺気…そしてその強い瞳…本当に愛おしわぁ。ああ…できればこの場で殺してやりたい♡」
「この…!」
あれだけの殺気をぶつけられてもまるで恐怖を感じず、それどころか狂喜すら感じさせるうっとりとした顔は酷く不気味だ。何よりも彼女の発言は意味不明としか言いようがない。彼を殺そうとしているにも関わらず彼を愛していると普通に口に出す。矛盾している愛情と殺意を向けられても加江須は特に動じず彼女にどうするかを尋ねた。
「それで? 結局お前はここで俺と殺るのか?」
「うーんそうねぇ……やめておきましょうか」
この場で戦いが勃発するのではと身構えていた白であるが、その予想と反して狂華はすんなりと引き下がる姿勢を見せて来た。
「今回の目的はあくまでラスボだからね。あなたとはこの後にいくらでも愛し合う機会はあるだろうしぃ」
そう言いながらナイフをぺろっと舐める仕草を見せつけて来る。
「それにしても安心したわ。前回はどこか腑抜けた様子だったけどもう立ち直れた様ね。それでこそ殺し甲斐があるわ♪」
そう言いながら片目を閉じてウインクをする。
どこまでもふざけた態度を取る彼女に白は忌々しそうに睨みを利かせる。すると最後に狂華は彼女にこう言い残していく。
「昔のよしみと言う事で今度あなたとも昔みたいにお話したいわね。またどこかで逢いましょう」
「冗談はあなたの異常な性癖だけにしてください」
狂華のふざけた誘いに対して罵声と共に拒否をすると彼女はクスクスと笑ったと思うと、次の瞬間にはもう彼女は影も形も見当たらなかった。また時間を停めてこの場から立ち去ったのだろう。
「……行くぞ。みんなと合流する」
「……はい」
いきなり現れた予想外の来客に色々と思う部分は二人にはあった。だが今の自分たちの成すべき事は何度も言うがラスボの討伐だ。あの女が同じゲダツを狙って動くのならばむしろ好都合だと考えればいい。性格はともかく強さは本物なのだから。
二人は移動をしながらあの狂華について話し合っていた。
「アイツは力のある者にしか興味がないヤツだ。それに俺を殺すまでは他の転生戦士にも手出しはしないと言う約束もあるしな。まあ信用できるかは別問題だが」
「……私には彼女が何を考えているのかまるで理解が出来ません」
どうして命懸けの戦いにあそこまで魅了されたのか? どうして無意味に命を摘み取れるのか? 武桐白にとってこの世で狂華以上に理解不能な人間はいなかった。
ラスボを倒そうと次々に集まる転生戦士の影、だがこの時の加江須たちはまだ気付いていなかったのだ。この町に転生戦士が訪れる事が必ずしも自分たちに有利になるとは限らないことに……。




