フォックスの逆鱗と本性
転生戦士とゲダツの繰り出した拳は衝突した際に周囲の散らばっている物を更にぐちゃぐちゃに散乱させた。
その衝撃は離れた場所に居た愛理にも届いており、彼女は強烈な風圧に思わず目をつぶりそうになる。
「な、なんて威力なのよ!?」
たかだか拳ごときをぶつけただけで発生する衝撃波ではない。こんな暴風を起こすだなんてあの二人は天災か何かか?
そんな文句を思いつつも改めて二人の方へと視線を戻すとそこには高速で拳や蹴りを繰り出している怪物たちが立っていた。
「へえ、見た目によらずかなり情熱的に攻めて来るのね」
「その減らず口がいつまで続くか見物だなオイ!」
河琉は一撃一撃がまるで大砲の様な拳を連打で打ち込んでいる。神力を多量に纏っているあの拳は普通の人間相手なら打ち込んだ箇所に文字通り風穴を空ける事が出来る。だがその凶悪な拳をフォックスは余裕と言った感じで捌いて見せる。
「そーれ隙あり♪」
「ぐむっ!」
まるで数本に腕が増えている様にすら見える程の河琉の速度。だがそのスピードを上回りフォックスは気の抜けた声で彼のみぞおちへと爪先を捻じ込んで見せる。丈の短いスカートから伸びるスラリとした美脚の直撃を受けた河琉は一瞬だが息が止まりそうになる。
そのまま後方へと吹き飛んでいく河琉だが、攻撃を見事にぶち当てたはずのフォックスはどこか不満そうな顔をしていた。
「あらら…自分から後ろに飛んで衝撃を減らしたわね」
攻撃が直撃する直前に本能的に河琉は背後へとジャンプして致命傷を避けていたのだ。とは言えノーダメージと言う訳にはいかない。蹴りを入れられた箇所はジンジンと鈍痛がうずいていた。
更に追撃を加えようと考えるフォックスは電撃を放とうとするが、それよりも先に愛理の方が電撃を撃って横やりを入れて来た。
「あら先に遊んで欲しいのかなぁ? いいよ、じゃあ存分に遊ぼうか」
「こんのぉ!! 調子づくな鬼畜女!!」
「こんな美人に対して酷い良い様ね」
愛理は持てるだけの力を振り絞り幾重にも枝分かれをした電撃がフォックスの頭上から雨の様に降り注ぐ。そんな凶悪な電撃の雨に対して彼女は回避と言う選択を選ぶことはなかった。それどころか両腕を左右に広げてその雷のシャワーを平然と浴びたのだ。
「ヨシッ! 見事に直撃ィ!!」
自分の攻撃をモロに受けた事を確認して思わずガッツポーズをする愛理であったが、その喜びはすぐに消え失せ驚愕に染まる。
何故なら彼女は電撃を直撃したにも関わらず何食わぬ顔をして平然と立っていたからだ。痛みを感じている様子もなく涼し気な顔を浮かべている。
彼女の全身には自分の放った電撃とは異なる黒い電撃が駆け巡っている。アレは彼女の能力で発現させている黒雷だ。
「うーん…やっぱりあなたにとって私との相性は最悪みたいだねぇ。こうして自分の黒雷を身体に纏えば痛みはほとんど無いわ。少しビリッとするかなぁ~っと感じ? 雷を纏っておいてあなたの雷で痺れると言う表現もおかしなものだけど」
完全に自分の攻撃が攻撃だと認識されていないと裏付けるセリフに愛理は唇を噛んだ。まさかこうまで自分の攻撃が弄ばれるとは思わずどのような手立てでこのゲダツを攻略すべきか悩んでいると……。
「おいおい、オレともまだまだ遊んでくれよ」
そう言いながら河琉の声が愛理とフォックスの間に通り抜けていく。
その声の方向に目を向けると愛理は思わずギョッと驚いた。
「な、なんなのその姿は…?」
愛理が驚愕と共に躊躇いがちにそう尋ねたのも無理は無いだろう。
何故なら彼の頭頂部と臀部には明らかに人間には存在しない〝耳や尻尾〟が生えているのだから。
よく観察してみると彼から突然生えて来た獣の耳や尻尾は虎を連想させる縞模様がある。確か自分の彼氏である加江須は妖狐の力を行使でき、そして狐を連想させる耳や尻尾を生やしていた。そう考えると彼も加江須と似たような能力を持っていると判断できる。
彼の持つ特殊能力――『守護神の力を身に宿す特殊能力』を目の当たりにしてフォックスの顔から余裕が消える。
「へえ……そんな隠しダネを持っていたん……だッ!!」
口を動かしながら彼女は黒き電撃の槍を放って先制攻撃を仕掛ける。その威力は明らかに愛理の時の様な様子見でなく殺意がふんだんに練り込まれていた。
だが彼はその攻撃を白虎の持つ鋭利な爪で引き裂いたのだ。
「それならこれでどうかしら!」
彼女は両手のひらを河琉へと向けると集約した電撃の束を一気に解き放つ。
まるでレーザービームの様な黒い電撃の塊が河琉の元へと迫って行くが、彼はその攻撃を真正面から睨みつけ、そのままカパッと口を開いた。
「ガアアアアアアアッ!!」
恐ろしいほどの白虎の咆哮と共に彼の開かれた口からはエネルギー変換された神力の光線が解き放たれる。
フォックスの放つ雷以上の発光の直後に放たれた光線は範囲が大きく、自分に迫りくる電撃を呑み込んでそのまま彼女へと向かって行った。
「ぐっ、やば…!?」
全身に電撃の鎧を纏い少しでもダメージを激減させようとした直後、彼女の姿は光の本流に呑まれていった。そのまま光線は空きビルの壁を突き破って天まで伸びて行く。
「かはっ……何だぁ? まさかこんな光線1発で終わりかよ?」
口から煙を吐き出しながら河琉は不完全燃焼と言った具合でぼやく。
彼の背後では呆然とした顔で伸びて行った光線を見て魂が抜けた様な顔をしている愛理がへたり込んでいる。
「あん? 何でしゃがみ込んでいるんだよ?」
「こ、腰が抜けたのよ。あんたマジで何者?」
「今更何を言っているんだよ。お前と同じ転生戦士に決まっているだろう」
彼の言葉に対して彼女は内心でツッコミを入れていた。いや『そう言う意味じゃないから…』と言った具合に。
まさかここまでの実力を兼ね備えた転生戦士がまだこの町に居たとは…。もしも彼の存在を前もって知っていればラスボ討伐の為に協力を求めていたかもしれないのに。
「まあこれであのゲダツ女も跡形も『誰が跡形もないのかしら?』…!?」
愛理の言葉に割り込むかのようにフォックスの言葉が室内に響く。その声の方に視線を向けるとボロボロになりつつも未だ立っている彼女の姿が在った。
よく見ると光線の直撃を受けたフォックスはかなりダメージを負っている様子で口元からは血が一筋零れている。
ダメージを負いつつま未だに討伐しきれていない事に愛理には改めて緊張感が走るのだが、そんな彼女とは対照的に河琉は心底嬉しそうに笑っていたのだ。
「良いじゃないか。それでこそ上級タイプの個体だ。面白くなってきたぜ」
彼の喜びを表すかのように彼の尻尾は嬉しそうにゆらゆらと左右に振られている。
「(こ、このバカは戦う事しか頭にないわけ!? あんなド派手な攻撃を受けて立っていたなんて普通はビビるもんよ!!)」
愛理のこの考えは一般的な思考と言えるだろう。あれだけ神力を束ねた一撃を受けても死なないなど並のゲダツではあり得ない。普通は畏怖して戦意を削がれてもおかしくはない。だがそれはあくまで一般的な思考の持ち主に当てはまる理論なのだ。残念ながら彼女の隣に立っている彼はあの狂華にも引けを取らない程に戦いに飢えている。
「ブツ…ブツ……」
喜びを露わにしている河琉に呆れているとフォックスが何かをブツブツと言い始めた。
彼女の口元が何やら動いている様だが何を言っているのかまでは聴き取れずに眉を顰める愛理だが、どうやら河琉の方は彼女の声がちゃんと届いていたらしい。
「へぇ……」
「な、何? アイツなにを喋っているの?」
言葉の内容が耳に届いた河琉から彼女が何を口にしているのか尋ねようとするが、それは本人の口から大声で飛び出して来た。
「調子に乗るんじゃねぇぞこの腐れ虎があぁァァァァァ!!!」
部屋の中にフォックスの怒号が木霊して二人の鼓膜をビリビリと振動させる。その強烈な声に愛理は顔を歪めて耳に指を入れて栓までしている。
そのままフォックスは次々と今までの彼女とは別人の様に河琉へと罵声をぶつけて行く。
「ふざけやがってふざけやがって!! この私の綺麗な髪が痛んだじゃないかよ!! それにこの美しい顔にまで火傷させて……どう責任とってくれるんだこのドチビの豚野郎が!! マジでふざけんじゃねぇぞ!!!」
そう言いながら怒り任せにまるで明後日の方向に電撃を放出して辺りを手当たり次第に壊していく。
周りに八つ当たりをする彼女の姿を見て河琉は少し呆れ気味に呟いた。
「とんだナルシストだな。まさかここまで見てくれを気にするタイプだったとは」
「当たり前だろうがぁ!! 醜い化け物からこんな美人に進化をしたんだぞ!! この美貌を汚される事はこの私のもっとも逆鱗に触れる行為なんだよォ!!! このボケナスがあぁァァァァァ!!!」
そう言うと彼女は大量の雷撃の槍を手当たり次第に撃ち出して壁や天井を破壊して行く。
完全に暴走しているフォックスの惨状に思わず舌打ちを零す河琉。
「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、なんて現実では意外とそうでもないんだぜ」
完全に暴走して視野が狭まっているフォックスに淡々と距離を縮めていく河琉。
「いくら手数が多くても怒りで我を忘れてちゃこんなもんか。そら、アッサリと懐を取ったぜ」
余裕を感じさせる言葉と共に河琉は白虎の爪でフォックスの胴体を貫こうとする。
だが爪がフォックスの身体を貫く直前――彼女の姿が目の前から消える。
「なっ、消え……!?」
「おっせえんだよクソ虎がァ!! 死に晒せやぁ!!!」
フォックスの怒号と共に河琉の背には凄まじい激痛が走った。




