黒幕の元へと…
愛理が劣勢を強いていた半ゲダツの男を瞬く間に瞬殺してしまった河琉。
今日でもう2度目の顔合わせとなり多少は驚いていた愛理だが、すぐに先程に厄介ごとを自分ひとりだけに押し付けた怒りを思い出し勢いよく噛み付いてやった。
「さっきはよくも私だけに全部押し付けて消えてくれたわね。あの後説明が大変だったんだから」
そうぶつくさと言いながら愛理は常時持ち歩いている〝亜空封印箱〟を取り出して半ゲダツの亡骸を収納する。普通のゲダツとは違い半ゲダツは肉体をこの世に留めるので放置しておくわけにはいかない。
小さな小箱の中に自分よりも大きな体格をしている男が吸い込まれていく光景に河琉は小さくおおっと声を漏らす。
「スゲーなソレ。どこで手に入れたんだよそのアイテム?」
イザナミの持つ神具は基本的には転生戦士と言えども所持している代物ではない。神界から追放されたイザナミだからこそ持っているアイテムだ。
「そんな事よりもあなたは一体何者なのかな? どうやらこの男やさっきの誘拐について何かしら事情を知っているみたいだけど」
「それはオレのセリフでもあるな。お前だってどうやら転生戦士みたいだがこの一連の騒動についてどこまで把握してんだ?」
両者は相手の存在を訝しむかのように探り合い始める。
二人は最初は相手から情報を引き出そうと考えたが、よくよく考えれば両者から神力を感知でき、尚且つ誘拐犯や半ゲダツの男と戦っていた事を考えると少なくとも敵ではないと言う考えに至った。
信用、とまではいかないが敵でないと判断して大丈夫だと思った愛理は自分がこの一連の騒動に関わった経緯について話始めた。
「なるほどねぇ。つまり公園に居たら偶然にも誘拐現場を目撃したって事か」
どうにもこの件に関わる切っ掛けとなった理由に関しては自分と同じように偶然現場に遭遇したかららしい。
愛理から事の顛末を訊いた後に今度は河琉が自分の知る限りの事を説明した。
お互いに話を整理し終わると愛理は爪を噛みながら苛立った様子を隠そうともせず独り呟く。
「くっそう…一体この事件の首謀者は何人の子供を誘拐しているのよ」
「付け加えて言うのなら何人喰い殺しているのか、とも言えるな。今の今まで騒ぎにならなかったと言う事はゲダツに喰い殺されているだろうしな」
河琉はあっけらかんと口にするが愛理は悔しそうに顔をくしゃっと歪めた。今の今まで無垢な子供を何人も殺されておきながらのうのうと間抜けに生きていた自分がやるせなくて仕方がなかった。
「あのクソ野郎達が根城にしている場所や首謀者の居場所が分かれば」
そこまで考えが至ると愛理は自分が収納したクマの濃い半ゲダツの事を思い返す。どうしてもっとあの半ゲダツから情報を抜き取ろうと試みなかったのだろうかと今更ながら悔いる。確かにギリギリの命懸けの戦闘ではあったがもっと上手く誘導して情報を聞き出そうとするべきであると後悔した。すると河琉はフッと小さく笑みを漏らした。
いきなり笑い出す彼を不審気に見つめると彼はこう言った。
「オレがあの半ゲダツをアッサリと殺した理由は何故だと思う? もう大元の居場所を掴んだからに決まっているだろう」
「え…マジ…?」
どうやら彼は自分が警察署で事情説明をしている頃、他のエリアで誘拐を働いているグループの方へと赴いて調査をしていたようだ。そして運よくそのグループと遭遇したらしい。愛理の時の様な犯行現場ではなかったが大きなバン、そして素顔を隠蔽しようとマスクやらサングラスを装着している風体をしていたのでカマをかけてやれば案の定だった。そしてそのグループを締め上げて河琉は大きな情報を入手したのだ。
彼が尋問した連中はやはり全員が一般人だったがその中に1人だけ黒幕が潜伏している根城に関しての情報を持ち合わせていたのだ。何故その男がそんな重要な情報を持っていたのかは知らない。と言うよりも河琉としてはどうでも良い事であった。重要なのは陰でコソコソと隠れているゲダツの尻尾を掴んだと言う点だ。
「オレは今まさにそのゲダツの潜伏先へと向かっている最中だ。その道中に偶然にも戦闘の気配を感知して立ち寄ったって言う訳だ」
「そう言う事……でもさ、その情報信用できる? そう簡単に仲間を売るなんて……」
もしかしたら適当な事を言って誤魔化しているのではないかと彼の入手した情報の信頼性を疑うが、その事については恐らく大丈夫だろうと河琉は呟いた。その理由を問うと彼はどこか面白そうに語り出す。
「アイツ等は別に信頼関係から成り立っている関係じゃねぇ。ただいい様に手足として利用されているだけだ。それも恐怖による圧力から無理強いされている連中だ。そんな奴等からすれば自分たちを扱き使っているゲダツなんてむしろ死んでほしいとすら思っているんだよ。それに見逃してやると条件を付けてやれば尚更口が軽くなってくれたよ」
「え…その誘拐犯グループは見逃しちゃったの?」
例え無理強いを強いられていたとは言え子供を攫っていた連中を見逃した事に関しては少々思うところがある愛理は少し不満げな顔すると彼はいけしゃあしゃあとこう言った。
「お前何か勘違いしていないか? オレは転生戦士、つまりはゲダツを倒す為の存在だ。チンケなパンピー共なんてイチイチ構ってられるかよ。あいつ等が半ゲダツだって言うなら話は別だけどよ」
「………」
あくまで自分はゲダツだけを狩ると口にする彼に対して複雑な心境になる愛理。
確かに彼の言う事も一理ある。転生戦士の仕事は世界の裏で跋扈する魑魅魍魎たるゲダツを討伐して裏から世界の歴史を守り続ける事。犯罪者を捕まえるのはあくまで警察の仕事だ。いくら転生戦士とは言え一般人である自分たちが出しゃばる必要性は本来は無い。
「(でももしも加江須くんだったら…)」
目の前の彼の選択を非難する気はないがどうしても自分の彼氏と比べると冷徹だと感じてしまう。
そんな愛理の批判的な眼差しを向けられている事に気付いていない、いや仮に気付いていたとしても気にもしない彼はそのままくるりと背を向けると自分の前から立ち去って行こうとする。
何も無しにいきなり立ち去って行こうとする彼の事を慌てて引き留めようとする。
「ちょちょちょ、ちょい待ち。どこ行く気なの?」
「あん? 決まっているだろ。このクソくだらない狩人のゲダツの元だよ。此処に立ち寄ったのは偶然だしな」
そう言えば黒幕の潜伏先へと向かっている最中だと言っていた事を思い出した。
言うだけ言うと再び歩き出そうとする河琉だが、そんな彼に後ろから声を掛けて呼び止める愛理。
「私も行くよ。このまま見て見ぬフリなんて出来ない」
「別に止めはしないけどよぉ。でも本当に大丈夫なのかよ? さっきだって半ゲダツにも手こずっていたみたいだが?」
確かにそう言われてしまうと返す言葉がない。それでもやっぱり自分には身近に潜んでいるゲダツを放置しておくと言う選択は皆無であった。何よりも彼女が一番許せないのは何の罪もない子供たちを狙っていると言う事が彼女の怒りに触れた。
彼女の瞳に宿る強い炎を確認した河琉は小さく溜め息を吐いて好きにすればいいとだけ呟いた。
「だが悪いがオレはイチイチお前のフォローをしてやる気はないからな。自分の身は自分で守るようにしろよ」
「分かってるわよ」
ここまで自分から強く動向を願ったのだ。彼にもしもの時は守ってほしいなんて情けの無い懇願をするつもりは毛頭ない。それに今後だってゲダツと戦い続ける事になるのであればこの程度の事で臆している訳にはいかない。
「黒幕が潜伏している先はここから少し西方を歩いたら出られる郊外の方にある。そこにポツンと立っている廃ビルを簡易的に改装した場所に息を潜めているそうだぜ」
◆◆◆
「あれ~? あの子から連絡が途絶えちゃったなぁ。何かあったのかなぁ~?」
郊外の外れのビル内では1人の抜群のスタイルをした茶髪のショートボブの女性がスマホを手の中で弄びながら不満げに頬を膨らましていた。
彼女こそが今しがた愛理と河琉の追っている一連の誘拐事件の首謀者である上級ゲダツであった。
「もしも連絡が途絶えた時は自分に何かあったと思うようにってあの子言ってたなぁ~」
そう言いながら彼女はあのクマの濃い自分の僕である半ゲダツの男の事を考える。
彼はこの焼失市にやって来た際に自分の血に適合した数少ない優秀な手駒だった。まあとは言え本気で優秀だとは彼女は思っていない。その証拠にそれなりに一緒に行動していた割には彼の名前すらもう憶えていないのだから。
「もしかしてこの町の転生戦士に勘付かれちゃったかなぁ? せっかく旋利律市から出てラスボの馬鹿から逃げ切ったって言うのに」
元々腰を落ち着けていた旋利津市には自分と同じ上級ゲダツであるラスボと言うゲダツが支配していた。彼は転生戦士だけでなく自分に従わないゲダツまで排除しようとしてきて、危うく自分もあの男の手の者に滅せられるところであった。
だからこそこの焼失市へと狩場を移したがどうやらこの町に転生戦士に自分の存在が勘付かれたようだ。
「せっかくバレない様に一般人の半グレを利用していたのに。まあゲダツが転生戦士とぶつかるのは宿命みたいなものだからねぇ」
そう言いながら彼女は手に持っていたスマホを握りしめて粉々のゴミに変える。
「まあいいわ。転生戦士の相手ぐらいなら迎え撃ってやるわ。この私――上級ゲダツの『フォックス』ちゃんがね♪」
そう言いながら彼女は下唇をペロリと舐めてどこか扇情的に頬を染めて笑った。




