愛理VS半ゲダツ
動揺する愛理へと一気にナイフ2本を手に持って突っ込んで来る半ゲダツの男。
まさかこうまで堂々と襲ってくるとは思わず不意に周囲を見渡した。だがここで今更ながらに自分が人気の少ない場所に現在立っていた事に気付いた。恐らくは誰の眼にもつかない場所に自分が移動を終えるまで息を潜めてチャンスを窺っていたのだろう。
だが周りに人の目がないと言うのであれば自分だって持てる力を最大限発揮する事が出来るという事だ。
「この、近づくな!!」
愛理は雷の指輪を男目掛けて構えると雷撃の槍が飛ぶ。周辺の空気を熱したバヂヂッと言う破裂音が鳴り響き男を貫こうと槍が奔る。
だが目の前の男は半ゲダツ、その身体能力は先程倒した一般人である誘拐犯とは比較にならない。
「あぶっ! 電気を操る能力者か? たくっ…何の能力もないウチには手厳しい相手だな」
男は幾重にも降り注いでくる電気の束を避けつつナイフを強く握る。
この男は確かに半ゲダツではあるがハッキリ言って特殊能力を兼ね備えてはいない。つまりは身体能力が超人並に強化されただけの存在だ。
「この、ちょこまかと!」
手加減など考えずに手当たり次第と言った感じで電撃を打ち込み続ける愛理であるがそのことごとくの攻撃は全て紙一重で避けられてしまう。しかし相手の男には愛理の様な遠距離を制するタイプの攻撃手段はなく回避に専念する事しか出来ない。
「まるで電気ウナギみたいだな。そう言えばウチ、最近ウナギ食べてないな」
「何の話だぁ!?」
攻撃を避けつつまるで関係のない話題を口にされておちょくられているのかと思い熱くなってしまう愛理。だが彼がこのようなふざけた言動を口にしたのには理由がある。
「(よし、怒りに任せて攻撃がさらに過激になって行っている。いい兆候だな…)」
指輪を付けた事で神力を扱える愛理であるがその力は決して無限大に延々と発揮し続けられる訳ではない。どんな力でも使えば消耗してしまうものだ。車が走ればガソリンが、スマホを使えば充電が減って行くよう力を使えば使う程に愛理の体力は減少して行く。そして体力が減って行けば身体能力の低下に伴い隙も生まれてしまう。
「はあ…はあ…この……」
相手がナイフを持っているので近接での勝負は避けるべきだと電撃を浴びせようとし続ける愛理であるが、煽られる様な言葉と攻撃が当たらない事からの焦りから後先を考えずに雷の力を振るい続けてしまう。そしてその分のツケが遂に肉体に回って来たのだった。
「ぐっ…はあ……はあ……」
愛理の呼吸が荒くなり雷の出力が徐々に低下して行く。
ここに来て愛理もようやく考えなしに力を使役し続けた愚行に気付く。だがその動揺を相手の男は見過ごさず、降り注ぐ雷の隙間を見つけ一気に距離を詰めて来た。
「なっ、こんのぉ!!」
愛理は指輪の1点に電気を集中し、その塊の雷撃の槍を射出してやる。
眩い光に目を眩ませぬように男は腕を当てて目元を覆った。そして攻撃が自身にぶち当たるタイミングを見極めており腕で目隠しをした状態でその場でしゃがみ込む。
彼が体制を低くした事で雷の槍は彼の頭上を通り過ぎて行く。その際に多少の電撃が体に当たるがその程度の痛みは予め覚悟の上、動けない程の激痛でもないので単純に我慢した。
「ぐっ、避けた!? だったらもう一撃を……」
身をかがめて雷撃の槍を避けた事に愛理は動揺するがすぐに精神を立て直す。もう一度同じ攻撃を繰り出そうとするがそれよりも先に男は動き始めていた。
愛理が指輪を構えるとほぼ同時に彼女の瞳にはこちらに投擲されたナイフが目に入る。
「あぶっ!?」
風を切りながら脳天目掛けて迫りくるナイフをギリギリで回避して頬が軽く切れる程度で何とか済んだ。だがナイフを避けた事で完全に次弾の槍を打ち出すタイミングを逸し、再び視線を男に向け直した時にはもう彼はナイフの届く間合いまで詰め終わっていた。
「ようやくウチの間合いに入ったな」
そう言いながら男は右手に持っているナイフを閃光の様な速さで心臓部目掛けて突き刺してくる。
神力で身体能力を極限まで強化した愛理はその攻撃をギリギリで避け、手のひらに電撃を纏わせ掌底を繰り出す。この攻撃が当てられれば気絶は無理でも相手を麻痺状態には出来るかもしれない。
「おっと危ないな」
「ぐ、この、この!」
愛理に触れられれば麻痺状態に陥るだろう事は相手の男も理解できており、繰り出される彼女からの攻撃を避けて見せる。
愛理はナイフの攻撃を避けるのはギリギリである事に対し、男の方は彼女の拳や蹴りを軽々と躱すどころかカウンターで彼女の手足の皮膚を浅く傷つけるくらいだ。
「くっ、離れなさいよ!!」
愛理は体中に電撃を身に纏い自分に迂闊に触れられぬようにガードをするが、やはり大分神力を無駄撃ちしたみたいで出力が乏しい。この程度では少し相手を痺れさせる程度だろう。
「この程度の静電気でウチが押さえ切れると思っているのか?」
そう言いながらナイフを構わず振り続けて来る。今はまだギリギリでナイフを躱し続けられているがこのままでは本当にやられかねない。とは言えもう体力が本当に消耗している。どうにかして起死回生の一手を考えねばならないと必死に足りない頭を回転させる。
どうにかしないと…え…あれは……?
ナイフ攻撃を避け続けながら愛理の眼にはとある物が映った。
それは先程に男が投擲して来たナイフである。そう言えば元々は両手にナイフを持っていたが今は落ちているナイフを拾うことなく1本で攻撃を仕掛けてきている。
あのナイフをどうにかして使えば隙を作れるんじゃ……。
とは言え離れたナイフを不意打ちに使う為に律儀に拾えば警戒される。
だったらこういう方法を使えば不意打ちになる!
愛理は目の前で振り続けられるナイフの猛攻をギリギリで回避しつつ、男の背後に転がっているナイフを磁力を操り動かそうとする。
正直に言えば彼女は磁力を巧みにコントロールする精密性を持ち合わせてはいない。しかしイザナミの指導のお陰で何とかナイフ1本程度の軽量な金属なら動かせる。
「(ヨシ…いけぇ!!)」
愛理はナイフをコントロールするとそれを目の前の男目掛けて背後から発射した。
勢いよく飛ばされたナイフは速度は良いのだが、どうにもコントロールが杜撰で突き刺さったのは男の太ももの裏であった。
「ぐあっ!? いっ……!」
しかし気を逸らす事には成功、男のナイフ攻撃の手は思わず止まりそのチャンスを掴み取る。
「くらえコイツがッ!!」
「がはぁッ!?」
愛理は拳を固く握りしめると今振り絞れるだけの電撃を纏わせ渾身の力で殴りつけてやった。
ガツンと肉の下にある硬い骨を殴る感触が手に残り、今までの攻撃の中で一番の手応えを確信した。
だが殴られた男は目を血走しらせて口汚く喚いてブチ切れた。
「このくそアマがあぁぁぁ!! 付け上がってるんじゃねぇぞゴラァッ!!」
男は興奮のあまりに手に持っていたナイフを捨てると拳で殴り返して来た。しかしその速度は愛理よりも一段と速く、彼女の腹部を思いっきり打ち抜いてしまう。
「うくっ! う…あ……」
まるで石の様に固められた半ゲダツの拳はかなり重たく思わず彼女の口に端からは涎が零れ落ちる。
しかしこの程度では腹の虫が治まらない男は続けて顔面に拳を穿ってくる。ソレをは何とかガードできたが、そのせいで無防備になったボディにまたしても拳が捻じ込まれた。
「くはっ…!」
打ち抜いてきた拳は体の芯に響いてそのまま吹き飛ばされてしまう。
地面に背中から落下してそのまま咳き込みながら腹部を押さえて苦しむ愛理。その姿を見てもなお男の溜飲は下がらず、そのまま追撃を加えようとする。
――「おいおい随分と容赦ないなぁお前」
背後から聴こえて来た何者かの声に反応して男は後ろを振り返る。
「そんなに相手して欲しいならオレとも遊んでくれよ。ハズレの一般誘拐犯ばかりで辟易していたんだよ」
「ああ? お前もコイツの仲間の転生戦士か?」
いきなり声を掛けられて不機嫌そうに半ゲダツの男は突如として現れた少年を睨みつける。
見たところ高校生ぐらいの大人しそうな見た目の少年、だがその眼だけはまるで猛獣を連想させるかのようなギラギラとした鋭さを感じた。
一方で追撃が加えられる事の無かった愛理は倒れていた上半身を起こして状況を把握しようとする。
「な…何が…て、ああっ!?」
顔を上げてみれば何と視界には自分一人に面倒ごとを押し付けて消えて行ったあの転生戦士、河琉の姿が在ったのだ。
「あ、あんたさっきはよくも!」
絶賛半ゲダツとの戦闘中である事も忘れて先程の怒りをぶつけようとする愛理であるが、彼女が非難の声をぶつける事は出来なかった。
愛理が文句を言おうとした瞬間、既に河琉は男目掛けて跳躍していた。
迫りくる彼に対して拳を振るう男だが河琉はそれを受け止めるとそのまま拳を握りしめて骨を粉砕してしまう。
凄まじい激痛に悲鳴を上げようとするがそれよりも早く河琉は男の頭部を両手で掴むとグルンと真後ろに捻ってしまう。ゴギリと言う嫌な音と共にそのまま男は即死してしまった。
「な…な…な…?」
自分が苦戦して窮地にすら陥っていた相手をまるで赤子の手をひねるか如く処理してしまった。
「なんだ、この程度の実力かよ。たくっ…つまらねーなー…」
もはや半ゲダツの男になど微塵も興味を失ってしまった河琉は今度は愛理へと視線を向けて言った。
「それで? どうしてまたお前がオレと遭遇する事になるんだ?」
そう言いながら河琉はどこか興味深そうな顔で彼女へと問いを投げかけるのであった。




