新たな転生者、そしてチーム結成
人気の無い路地裏、そこで言い争いを繰り返していた二人の少女はそれぞれ並んでばつの悪そうな表情で俯いていた。そんな二人を腕組をしながら加江須が睨みつけている。
「まったく…いくら何でもヒートアップしすぎだろお前ら。まさか能力まで使おうとするなんて……」
「うう…ごめんなさい」
「お、俺も少し熱くなり過ぎた。悪かったよ…」
申し訳なさそうな表情をしながら謝る二人。なぜこうなっているのかと言うと、先程まではただの口だけの言い争いで済んでいたのだが、口論が白熱しすぎてしまい――
『上等よ、口で言って分からないなら力づくで!!』
『面白れぇ、あの男は無理でもてめぇならぶちのめす自信はあるぜ!!』
そう言ってそれぞれ糸と氷を出現させてこの場で戦闘を始めようとしたのだ。
いくら人気の無い路地とはいえ、すぐ近くに一般の通行人も居る中で戦闘など始めようものならとんでもない事となる。
二人の技がぶつかる直前、加江須は自分のもたれかかっている壁をドンッと少し力を入れて叩いた。
その衝撃音に二人の体がビクッと震え、恐る恐る加江須の方へと視線を傾ける。
「お前ら…ちょっと来い」
自分の元に来るようクイクイっと指を動かす加江須。
彼の表情は能面の様な無表情であるが、逆にその表情が下手に怒っている顔よりも怖かった。
以上の事から二人は並んで加江須に謝っていた。
「たくっ…氷蓮って言ったよな。お前の目的は俺と手を組んでゲダツの退治を一緒にこなそうって事でいいんだよな?」
「あ、ああそうだ。お前の力は転生者の中でも優れてるし、実力は俺以上である事も確かだしよ…」
「…ふん、それって加江須に戦いは任せて自分だけ願いを叶えようって魂胆じゃないの?」
仁乃がボソッと小さな声でそう言うと、隣に居た氷蓮の耳にはバッチリと聴こえており再び噛み付き始める。
「てめぇはイチイチうるせぇな! 今は俺とコイツが話してんだから黙ってろよ!!」
「うるさいのはそっちよじゃじゃ馬!」
「誰がじゃじゃ馬だ誰が! それはてめぇの方じゃねぇか!!」
「何ですって!?」
再び睨み合いを始める二人であるが、すぐに目の前から感じる視線に気づき揃って顔を向けると……。
「二人とも……穏便にな?」
「「は、はい」」
笑顔を向けながらもどこか黒い雰囲気を宿している加江須に冷や汗をかきながら頷く二人。
普段は強気に振舞う仁乃もこの時の加江須は少し怖く、素直に縮こまる事しか出来なかった。
「話を続けるぞ。まず氷蓮、手を組むと言っていたが正直俺はそれで構わないと思っている」
「ええっ、ちょっと加江須!?」
加江須の言葉に氷蓮が嬉しそうな顔をし、逆に仁乃は何を考えているのかと顔に出す。
戸惑っている仁乃に対して加江須は落ち着くようにと手で制し、氷蓮を見ながら言葉を続ける。
「俺としてもゲダツは放っておけない。何せあいつ等に襲われればその人間の存在が消失してしまうんだからな。そのせいで俺の身近な人間だって消えるかもしれない。それが嫌で俺は転生をしたんだからな」
「身近な人間ね……」
今まで嬉しそうな顔をしていた氷蓮であったが、加江須の身近な人間と言う言葉を聞いた途端に少し悲し気な笑みを浮かべ始める。
突然切り替わった氷蓮に少し違和感を感じつつも話を続ける加江須。
「お前の目的は願いを叶えるためではあるがゲダツを倒すと言う点は同じだ。ただ、仁乃の言った通り願いを叶える権利をお前ひとりに渡すわけにはいかない」
「ああそれは分かってるぜ。手を組む以上は願いを叶える順番は俺とお前の交互に行うに決まってんだろ。心配しなくても独り占めなんてしねぇよ」
氷蓮はそう言って自分だけ手柄を横取りしないと告げると、加江須が仁乃の方に手を向けて付け足す。
「それとチームはここに居る仁乃も含めてだ。つまり俺、お前、そして仁乃の三人でチームを組む事が条件だ」
「ええ、コイツも~…」
ジト目で不満げな声を漏らす氷蓮。
不快な視線を向けられた仁乃は声は出さずとも氷蓮の事を睨みつける。
「そうあからさまに嫌そうな顔するなよ。仲間は多い方がいいだろ?」
「ん~…まあそれくらいは譲歩してやんよ」
仕方がないと言った感じで氷蓮が溜息を吐くが、逆に仁乃は納得がいかないのか加江須にそっと耳打ちする。
「いいの加江須、こんな会ったばかりのヤツを信用して…」
「おいコソコソ言っても聴こえてんぞ。俺らの聴覚が常人以上なのはオメーだって知ってるはずだろ」
「ああそうね、じゃあ遠慮なく普通に言うわ。ねえ加江須、こんなヤツを信じていいのかしら!?」
「改めて言い直してんじゃねぇ! なんかムカつくだろ!!」
そう言って怒鳴る氷蓮だが、仁乃は加江須の後ろに隠れてべーっと舌を出す。
まるで子供の様な喧嘩に少し呆れつつも、加江須は自分から氷蓮へと手を伸ばし握手を求める。
「それじゃあまあ、これからよろしく頼む。頼りにするぜ氷蓮」
「どっちかってーと俺の方が頼る事になりそうだが、まあ頼むわ」
差し出された加江須の手を握り返し固い握手を交わす二人。
加江須の後ろに居る仁乃はどこかまだ納得のいっていない顔をしているが渋々認めた様で口は挟まなかった。
◆◆◆
氷蓮と手を組む事にしたその後、2人は彼女と別れて再び当初の予定通りにスイーツ巡りを再開――してはおらず近くのファミレスへと入り昼食を取っていた。
もうすぐ昼時という事もあって店内は賑わっており、3人は一番端の方の向かい合えるテーブル席に座っていた。
「んぐんぐ…いやー悪ぃなメシ奢ってもらって!」
口元をケチャップソースで汚しながらミートスパゲティを啜っている氷蓮。その向かいではジャンボパフェを食べながら仁乃が呆れ顔で彼女の食べ方を注意する。
「あんたね…少し食べ方汚いわよ。口の周りがケチャップ塗れじゃない」
テーブルに備え付けてある紙ナプキンを差し出して口を拭う様に促す仁乃。
それを受け取り口元のソースを拭って拭き取る氷蓮。
「それにしてもお前良くそんな物が喰えんな。数時間前までケーキ3つも食べていたじゃねぇかよ」
「甘い物は別腹よ」
「いやケーキも甘いもんじゃねぇかよ」
「…というか何で俺がお前にまで奢る羽目になってんだ?」
自分の財布を見つめながら疲れたようにそう呟き嘆息する加江須。
今日は元々仁乃にスイーツを奢る約束をしてはいたが、まさかそこに追加で1人増えるとは思わず予想以上の出費となった。
「はあ…」
自分の注文したハンバーグ定食を口に運びつつ軽いショックを受けていると、口の中のナポリタンを呑み込んだ氷蓮が顔を近づけて来た。
「そのハンバーグ美味そうだな。なあ、一口俺にもくれよ」
「お前まだ自分の分のパスタがあるだろ…」
「いいじゃねぇかよ。一口くれよ!」
そう言うと氷蓮は加江須の許可も取らずに切り分けたハンバーグの1つをフォークで刺し、ソレを素早く口の中に放り込んだ。
さりげなく切り分けた中で一番大きな物を取っている氷蓮に内心めざとい女だと思う加江須。
「卑しい奴ね。人の物を盗るなんて…」
パフェを口に含みながら呆れ果てる仁乃。
それに対して氷蓮も負けじと言い返す。
「お前のパフェだって奢ってもらってんだろ。なら人に注意できた義理かよ?」
「う…よ、横取りと奢りは違うわよ」
そう言いつつもばつが悪い事を突かれてしまい目をそらしてしまう仁乃。
彼女が目を離したすきに氷蓮が素早く仁乃のパフェに乗っているイチゴをフォークで刺し、素早く口の中に隠す。
「あっ、今イチゴ盗ったでしょ!」
「むぐむぐ…盗ってねぇよ」
「嘘つきなさい! ここ、まだ手を付けてない部分に一部くぼみが出来てるじゃない!!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ仁乃に対して目をつぶりそっぽを向く氷蓮。
「二人とも…お願いだから静かにしてくれ」
たかだか食べ物でここまで騒ぐのも十分恥ずかしいのだが、それ以上にこれだけ騒げば注目も浴びてしまう。白熱して言い争そっている仁乃と氷蓮の二人は目の前の相手に夢中で周囲の白い目に気づかず、この中で一番恥ずかしい思いをしているのは何気に加江須であった。
◆◆◆
ファミレスを出てから三人は街中を歩いていた。
加江須と仁乃はこの後に特にどこへ行こうと決めてはいなかったのだが、食事を終えてから氷蓮が自分に付いてくるように言ってきたのだ。
仁乃は反対したのだが、加江須が了承してしまったので彼女も渋々ながら前を歩く氷蓮の後に続く事にしたのだが、歩き始めてからしばらくして仁乃が氷蓮に話しかける。
付いて来いとは言ったもののどこへ向かうかとは一言も言っていない氷蓮にさすがに不信感を抱き始め、歩いてから数分後にしてようやくどこへ向かっているのかを尋ねる。
「ちょっと、付いて来いなんて言ってどこに連れて行く気なのよ?」
「…ま、そうだな。食後の運動とでも言おうか」
どこかはぐらかすような物言いに仁乃の不信感はさらに強まり、彼女はその場で加江須の腕を引いて立ち止まった。
「いい加減にしなさいよ。まだ会ったばかりのアンタのいう事を素直に聞くほど私は間抜けじゃないわ。加江須はチームを組むなんて言っているけど私はまだ完全には納得していないのよ」
「うるせーな。じゃあどうすりゃ信用すんだよ?」
「そうね…じゃあアンタは私たちをどこへ連れてこうとしているのかしら? この質問に答えれないならアンタに対する疑念は消えそうにないわね」
仁乃がそう言ってどこに向かおうとしているのか聞き出すと、氷蓮は溜息を吐きながら答える。
「食後の運動――つまりはゲダツと今から戦闘をしに行くんだよ」
「なっ!?」
氷蓮はあっさりとそう答えるが仁乃は彼女の言っている意味が解らず言葉に詰まる。隣に居る加江須も彼女ほどではないが氷蓮の言葉に少し戸惑っていた。
予想通りのリアクションをする二人に対して思わず小さく笑う氷蓮。
「その様子だと、どうやら俺の方がゲダツに関しての知識はお前らより持っているようだな」
そう言うと氷蓮は付いて来いと手でジェスチャーをして更に歩き続けるのであった。




