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愛理と人攫い

今回の話は加江須たちが旋利律市で戦っている間、残された愛理の物語となります。


 加江須たちがラスボ討伐に出発してから、その見送りを終えた愛理は特に当てもなく町の中をぶらついていた。今回の戦いはとても大きなものなので未だに力不足感が否めない彼女は焼失市に残る事となったのだ。それに焼失市には今ラスボの手駒と思われる半ゲダツの侵入の恐れもある。その為にこの町で守り手となる者は必要だろう。


 「まあとは言え今私に出来る事と言えば見回りぐらいなんだけどねぇ…」


 彼女が町の中をぶらついているのは一応はパトロールと言う建前であった。だが本音は今頃は別の町で戦っているであろう皆の事を思うと休日とは言え娯楽などで時間を潰す気になれなかったのだ。

 今日は土曜日と言う事もあり平日よりも人気は多く、特に自分と年代の近いすれ違った少年や少女はせっかくの休みに何をしようか高揚感に満ちた表情をしている。


 「平和…だなぁ……」


 しばらく町の見回りを行っていた愛理は一度休息を入れようと目に入った自販機からジュースを1本購入して近くのベンチで喉を潤していた。口の中に柑橘系の甘ずっぱい味が広がる。

 それにしても本当になんとも平和な風景だと愛理は思っていた。実際に今居る公園内には小学生くらいの子供たちが鬼ごっこでもしているのだろうか、とても無邪気に走り回っていた。その近くでは同伴している母親同士が井戸端会議をしている。


 「(あそこにいる子供たちや親御さんは想像もしていないんだろうなぁ。この世界にはゲダツなんて恐ろしい化け物が陰に潜んでいる事なんて……)」


 もしかしたらこうして今だって自分のあずかり知らぬ所ではゲダツに襲われて亡き者となっている人だっているかもしれない。いくらパトロールしているからと言ってもこの焼失市全域を平等に見張る事なんて物理的に出来やしないのだから。

 

 「……ん、なにあの連中?」


 缶ジュースを全て飲み干して自販機近くのゴミ箱へと捨てようとする愛理であったが、ベンチから立ち上がった際にふと彼女の眼の端に怪しげな連中が映り込んだのだ。


 「(なんなのアイツ等? さっきから子供たちを見てヒソヒソと話しているみたいに見えるけど…)」


 母親たちから少し離れた公園の入り口近くで元気に走り回っている子供たちを眺めて何やら話し込んでいる3人組が愛理に目に留まった。何しろ3人共フードを被り、そして顔にはマスクを装着。どう考えても怪しすぎる。

 一応あそこで駄弁っている親御さんたちに注意喚起でもしておこうかと思った次の瞬間に事件は起きた。


 「うわー! やめてよ!!」


 子供の悲鳴が公園内に響いて園内の全ての人間の視線が声の方へと集中する。


 何と目線をそちらへと向けるとあの怪しげな3人組がそれぞれ子供たちの腕を掴んで無理矢理に公園の外へと連れ出そうとしているのだ。あの様子から見てどう考えても人攫いにしか見えない。


 「ケンちゃん!? 何をしているのあなたたち!?」


 愛する我が子を連れ攫われそうになっている光景に驚愕しつつも母親たちが慌てて駆け寄ろうとする。だが既に男たちは3人の子供を近くに停めてあった黒いワゴン車に引きずり込んでいた。

 自分の子供が車に詰め込まれて全力で駆け寄ろうとするがもう相手はあらかじめ車のエンジンを掛けておりドアを閉め切る前に走り出してしまった。


 「だ、誰かぁッ! 子供が攫われましたぁ!!」


 「け、警察、警察に電話よ!!」


 走り去ったバンを見て慌てる母親たちであったが、彼女たちは気付いていなかった。走り去って行ったバンを追いかけて追跡してくれている少女が1人居た事を。


 子供を連れ去って爆走するバンだがその頭上、正確に言えば近くの家の屋根の上を飛び移って愛理が追跡をしていた。


 「逃がさないわよアイツ等!」


 指にはめている神具たる雷の指輪によって神力を使役する事ができ、更にイザナミに鍛えられて培った身体能力を駆使して屋根や電柱を飛び乗ってバンを追いかける。だが相手の車のスピードは法定速度を超えており徐々に離されていく。運の悪いことに爆走するバンの前には他に走行している車もない。


 「不味い…このままじゃ見失なってしまう!!」


 もしも相手がゲダツであるなら多少離されても気配を辿って追尾する事が出来る。だがどうやら相手は完全な一般人である為に特殊な気配を感知できない。


 「しょうがないか! こうなったら…!」


 このままただ追跡し続けていたらいずれは振り切られるかもしれない。その危険性を考慮した彼女は屋根の上から足に神力を集め、そのまま屋根上から一気にロケットの様に走行中のバンの屋根の上へと飛び乗った。

 勢いよく屋根の上に愛理が飛び乗った事でバンの屋根から激しい激突音が響き、そして僅かに屋根がへこんだ。


 「な、何だぁ?」


 車内で喚き続ける子供たちに猿ぐつわを巻いて手足を縛っていた男が素っ頓狂な声でいきなりへこんだ車内の異常に驚きを露わにする。他の仲間たちも一体何事かと全員が視線を屋根に集中する。その中で唯一運転をしている男だけは視線を前方に向けたまま声を荒げて指示を飛ばす。


 「おい屋根の上に何か落ちたんじゃないか? 誰か確認しろよ」


 運転手の言葉に無言で頷き仲間の1人が窓を開けて身を乗り出して確認すると驚愕する事となる。何しろ車の屋根の上に少女が貼り付いているのだから。


 「な、何だお前は!? なんでバンの屋根の上に!?」


 「そんな事よりも子供たちを放しなさいよ!!」 


 べったりと屋根の上に貼り付いている愛理の姿を見て男は思わず度肝を抜かれる。完全に予想外の光景に身を乗り出していた男は早口で自分の見た光景を伝える。


 「バンの上に女子高生と思える女がやもりみたいに貼り付いてやがる!」


 「ああ!? 何わけのわからない事言ってんだよ!!」


 運転手の男が仲間の言葉の意味が理解できずにキレ気味で怒鳴り散らす。

 だが他の仲間たちも窓から顔を出すと全員が目を白黒させて同じような事を口にする。


 「「「バンの屋根に女子高生が貼り付いてやがる!!」」」


 「ぐっ、止まれって言っているのよ!!」


 愛理は必死に屋根の上でバランスを取りながら運転席の窓を思いっきり強化した拳で叩き割ってやった。

 神力を纏った彼女の拳は軽々とガラスを砕き、室内に粉砕したガラス片に運転手の男は驚き思わずブレーキを踏んでしまう。


 「え、うわああああああ!?」


 急停止した事で屋根の上に貼り付いていた愛理はそのまま前方に身体を投げ出されてしまう。しかし彼女は地面に激突することなく強化した身体能力とイザナミから学んだ身のこなしで華麗、とまではいかないが大きな怪我をすることなく着地する。


 「いつつ…手の皮少しすりむいちゃった。でも……」


 地面から起き上がって振り向くと背後には地面にブレーキ痕を残しながらバンが停止していた。

 衣服に付いている砂をはたき落としながらゆっくりとバンに歩み寄ろうとする愛理であるが、彼女が1歩踏み出した直後にバンのドアが開かれフードを被った人攫い共が降りて来た。


 「くそ、どこの誰か知らねぇが無茶しやがって」


 車外へと出て来た男の1人は苛立ち交じりに愛理を睨みつける。まさか屋根の上にへばり付いて自分たちの後を追うとは完全に想定外であった。遅れて運転席が蹴りで開かれると最後の1人が外に出て愛理に話しかけた。


 「おいおい女。こんな無茶してまで俺たちに何か用か? それとも攫ったこのクソガキの身内か?」


 「アンタ達…一体何をしているのよ? こんな白昼堂々と誘拐なんて大胆な奴等ね」


 愛理は拳をギュッと握りしめながら相手の出方を窺う。

 やはりこの連中はゲダツではない。相手がただの人ならば未だに未熟な自分でも十分勝機はある。


 「とにかく人が集まる前にこの女も攫って行くぞ! コイツの始末は〝あの人〟が決める事だ!」


 「(あの人…?)」


 子供を攫った理由はまだ解らないがどうやら何者かの指示の下でコイツ等は動いている様だ。だがどのような理由にしろ碌でもない理由には違いないだろう。泣いている子供を縛り上げ連れ去るなど鬼畜を働く事に対しての正当性を感じる理由などあるはずが無い。


 とにかく早く子供たちを救出しようと考えていると矢先、男達は一斉に自分目掛けて突撃を開始し始める。だがそのスピードは半ゲダツよりも遅く指輪をはめている愛理にはスローモーションにすら見えた。


  「(とにかく雷は使わないようにしないと。この連中はゲダツや転生戦士の事なんて知らないし…)」


 その気になれば電撃を浴びせて一瞬で無力化できる。だがそれではこの男どもに自分が常人でない事を教える事になる。相手が外道であっても何も知らない相手に不用意に力を使役すれば騒ぎになりかねない。

 攻めりくる連中をイザナミから鍛えられた格闘技で冷静に対処していき、1人1人と確実に倒していく。5人の内の4人が大した時間もかからず地面に倒れ込む。


 「な…バケモンかよてめぇ…」

 

 男の言葉に対して愛理は内心で思わず苦笑してしまった。彼は自分を化け物と比喩したが彼女は本物の化け物を知っているし、自分よりも遥かに強大な戦闘力を兼ね備えている彼氏も居るのだから無理もないだろう。


 一方でまさか自分たちがやられるとは微塵も思っていなかった男は動揺しつつジリジリと後ろに下がり始めた。だが背中を向けてバンに乗り込もうとした瞬間に追いつかれて意識を刈り取られるだろう。

 

 「な、何でこんな化け物女が出て来るんだよ。まさかコイツ……転生戦士とかか……」


 「!?」


 男の口から出て来た予想外のワードに肩を震わせてしまう愛理。

 聞き間違いなんかじゃない。今…目の前の男は完全に『転生戦士』と口にした。つまりこの男はこの世界の裏側の事情を把握している?

 

 どう言う事かと思考していた次の瞬間、背後から大きな神力の気配を感知して愛理は勢いよく振り返った。


 「おーおー、何やらメンドクサイ展開になっているじゃねぇかよ」


 一体いつから居たのか、愛理と男を見ながら面白そうにニヤニヤと薄黄色の柔らかそうな髪とエメラルド色の瞳をした少年が立っていた。



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