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失恋した直後に死んだら俺にハーレムができました。恋人達は俺が守る!!  作者: ゆうきぞく
第十一章 ラスボ討伐編 その1
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ディザイア過去編 あなたの亡骸の前で誓う


 自分の目の前で広がっている光景は到底受け入れきれる許容を軽く超えていた惨状であった。

 自分にとっては大切な相棒が背中から真っ赤な花弁を咲かせて地に伏し、その横たわっている彼女を踏みつけにしようとゲダツが足を上げて彼女の頭部を踏み潰そうとしていた。


 ――『ユルサナイ』


 その単語が頭に浮かんだ時にはもうディザイアは足を動かしていた。

 横たわる綱木のすぐ傍に落ちていた傘を拾うと一気にゲダツの顔面の前まで跳んでおり、そのまま感情を悟らせない冷淡な眼のまま傘の先端をゲダツの眼球の1つに突き刺していた。


 「オガアアアアアアア!?」


 ゲダツと言えども痛覚と呼べるものは存在する。片目を潰されて痛みを隠すことなく絶叫を上げるゲダツ。


 ――『ウルサイ。オ前ニ叫ブ権利ハナイ。ソノ汚レタ血ヲ全部出セ』

 

 淡々と頭の中にはぶつぎりの言葉が思い浮かび、その言葉を表すかのように眼球に突き刺さった傘を強引に引き抜くと栓が抜けた穴の開いた片目からは噴水の様な真っ赤な液体が降り注ぐ。


 「グオオオオオオッ!!」


 片目を潰されたゲダツは怒りを籠めて爪を振るうと至近距離に居た彼女の腹を深く裂いた。

 爪が肉を喰い込み抉った痛みと灼熱感はディザイアは感じていたがまるで怯むことなく、むしろ攻撃直後の隙をつくために彼女は攻撃を受けた直後には既に引き抜いた傘を振りかぶっており、そのまま残りの眼球へと全力で投擲した。

 肉を切らせて骨を断ちながらもう片方の視力を奪った彼女はそのままよろけるゲダツに飛び掛かって行く。


 「さっさと死ねよ」


 過去一番の冷淡で無機質な声を喉から縛り出しながら彼女は拳を固く握るとまるで子供の様に考えも無く襲い掛かった。


 気が付けば彼女の両拳は真っ赤になりゲダツの細かなの肉片や体毛がへばり付いていた。空から降り注いでくる雨が体に付着している毛や血を少しずつ落としてくれるが衣服にこべりついたシミは雨が染み込みより一層広がって行く。

 荒い呼吸と共に下に目を向ければ彼女にタコ殴りすら生温いほどに拳を振られたゲダツは辛うじて原型を留めていた。

 完全に息絶えたゲダツは光の粒となりそのまま天へと昇って行き雨降る空に溶けて行く。


 「……ハッ!」


 まるで能面の様な顔でぼーっと空にふわふわと上がっていた光の粒を見つめていた彼女であったがようやく我に返った。

 すぐに振り向くとそのまま倒れている綱木の元まで駆け寄って行く。

 

 「ぐっ…大丈夫綱木!!」


 横たわっている綱木の身を案じるディザイアであるが彼女も決して軽傷とは言えない。むしろパッと見れば彼女の方が重症にみえるくらいだ。しかしゲダツである為に生命力は綱木以上なのでこの程度で死ぬディザイアではない。

 だが自分が抱きかかえている綱木は別であった。


 「はは…凄いじゃんディザイア。あ、あの化け物を独りで倒してしまうなんて…」


 「そんな軽口言っている場合じゃないでしょ! とにかく静かにしていなさい!!」


 綱木の受けた傷は想像以上に深く完全な致命傷であることが伺える。このままでは本当に命にかかわると判断できる損傷にとにかくまずは止血からと考え行動に移そうとするディザイアであったが、そんな彼女の手を優しく握りながら綱木は力ない笑みを浮かべながら口を開く。


 「もう…だめよ…ディザイア。正直に言うとね…さっきまで襲い続けていた痛みが今はもう感じないの。それに何だか寒くなってきたし…あはは…ここまでみたい」


 「だ、黙りなさい! この程度で何を弱気な事をほざいているのよ!!」


 もう自分は手遅れであると告げる綱木に怒声を浴びせながら止血を施し始めるディザイア。

 

 「ふぅ…ふぅ…ふぅ…!」


 自分の衣服を破って未だに綱木の背から漏れ出る真っ赤な命のガソリンをせき止めようと奮戦するディザイアであるがその表情はとても青くなっている。出血箇所を押さえ続けても血が止まる気配はなく、手に伝わる生暖かな感触に汗が止まらない。

 

 このままでは本当に綱木は死んでしまう。


 そんな考えが脳裏にほんの一瞬だけよぎると思わず吐き気が込み上げてくる。

 内心で震え続けているディザイアの内情を察したのか薄れゆく意識を必死に繋ぎ止めながら綱木は彼女の頬に手を添えた。


 「そんな顔をしないでよディザイア。私だって転生戦士なんだから…ごほっ、この結末だって覚悟の上で今日まで生きていたんだから」


 消え入りそうな声でこんな時まで自分を気遣おうとする綱木に思わず目頭が熱くなるのを感じるディザイア。

 その姿はまるで人間の女性そのもの…いや、綱木は目の前で泣きそうになっている彼女をゲダツだなんて心の奥底では思ってはいなかった。


 「……どうしてよ?」


 傷口を押さえながらディザイアは震える声で呟いていた。


 「どうして私なんて庇ったのよ! あなた肝心な事を忘れているんじゃないの!? 私はあんたに深手を与えたあの異形と同じ〝ゲダツ〟なのよ!! 人間の悪感情から生まれた怪物なのよ!! そんな人間擬きの私なんて放っておいて自分を第一に考えていればあんたがこんな目に遭う事も無かったんじゃないの!!」


 気が付いた時には堪えようとしていた涙はボロボロと零れて綱木の顔へと落ちて行く。

 透明で温かな雫がまるで今空から降っている小雨と同じ様に降り注いで自分の顔を涙と雨粒で濡らす。そんな彼女の泣きじゃくる顔を見つめながら最後の力を振り絞って口を開き言葉を紡ぐ綱木。


 「私はディザイアの事をもうゲダツだなんて思っていなかったわよ。あなたはずっと肩を並べて戦ってくれた大事な相棒よ。だから…その大切な相棒がピンチになっていたら思わず体が動いてしまったのよ」


 最初は綱木にとってディザイアは厄介な上級ゲダツでしかなかった。しかしまるで本物の人間の女性の様な容姿と振る舞いに心を許し、そして挙句には同居までしてしまっていた。気が付けばいつも独り寂しく過ごしていた生活は一変していた。

 そしてそれはディザイアにも言える事であった。人の悪感情の集合体である彼女も綱木に助けられ、彼女に惹かれて毎日が楽しいと心の内で思っていた。気が付けば自分がゲダツである事も忘れて〝人間の女性〟の様に錯覚すらしていた。


 だからこそ綱木はディザイアが命に危機に瀕していたのならば体を張って庇う事に躊躇わなかった。

 だからこそディザイアは自分がゲダツでも綱木が血に塗れれば涙を堪え切れずに流し続けた。


 「ねえディザイア。私さ…こんな結末を迎えて何を言っているんだと思うかもしれないけど…幸せだったよ」


 どんどん小さくなっていく綱木の言葉に内心でディザイアは激しく叫んでいた。この状況で何をどう解釈すれば幸せだったと言えるのだ? 自分の様な最低最悪な悪の情感の塊を庇って死んでいく事なんてこの上なく不運で不遇で不幸でしかないではないか。

 そんな事をぐるぐると頭の中で繰り返している無言の彼女に対して綱木は続けてこう呟いた。


 「ディザイアと居た時間…いつも誰にも気づかれずひっそりと独り寂しく戦って傷ついてを繰り返していた私だったけど…あなたが一緒に居てくれるようになってから毎日が楽しかった。私は決して独りぼっちで戦っているんじゃないと実感を持てた。だから…ありがとうディザイア……」


 転生戦士と成りたてた頃はゲダツとの戦いで死を何度も覚悟した。そして人知れず戦い続ける苦労を誰にも告げず胸中に溜めこむ毎日に少しずつ精神は削られていた。だがディザイアが傍に寄り添ってくれるようになってからは自分の摩耗していた精神は回復し、そして孤独を感じていた日々はもうなかった。


 「あなたとの日々は本当に楽しかった。ありがとう…私にとってはとても楽しい第二の人生だっったわ」


 そう言うとそのまま少しずつ瞼を閉じ始めて行く綱木。

 もういよいよお別れだと理解した綱木であったが、残り数秒の寿命の中でディザイアの涙交じりの声が聴こえて来た。


 「ふざけるんじゃないわよ。ここまで私を人間扱いしておいてさようなら? そんな結末なんて私は許さないわよ」


 重力に従って落ちて行った自分の涙で濡れている綱木の頬を一度撫でるとディザイアは何かを決意したかの様な瞳をもう命の火が消え入りそうな綱木へと向けていた。


 「私はこのままあなたと離れる気はないわよ。ここであなたが死ぬと言うならどんな方法を使ってでもあなたを生き返らせる。他の転生戦士を巻き込んででもあなたを生き返らせて見せる」


 「ディザ…イア…それはダメよ。私の…ために…他の転生戦士を、他の人の願いを食いつぶしたりしないで……」


 それが綱木の最後のセリフであった。最後の最後まで彼女は自分の生に執着するような言葉をたった1つすら漏らさず自分や他の転生戦士を気遣う様な発言をして逝ったのだ。


 「………」


 天から未だに降り注ぐ雨粒を浴びながらディザイアは骸と化した綱木を抱きかかえて動かなかった。

 

 ああ…降り注ぐ雨粒が本当に鬱陶しくて仕方がない。まるで今の自分の心情を表しているかのようだ。ここまで自分を縛り付けて置いて先に逝ってしまうなんて……卑怯だ。


 気が付けばいつの間にかディザイアの瞳から涙は零れておらず、その眼光は鋭く光っていた。


 「私はこのままお別れなんてしないわよ綱木」


 こんなサヨナラの仕方なんていくらなんでもあんまりだ。自分をここまで人間の様にたぶらかしておいて孤独にさせないで。


 「私は必ずあなたと再会を果たして見せる。その為なら……」


 そう呟いた後、彼女は大きく口を開くと彼女の亡骸へと歯を立てて喰らい付いた。


 この日、ゲダツとして当たり前の食事を久方ぶりにディザイアは行ったのであった。



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