尾行者の正体
ケーキ屋から出て来た加江須と仁乃はそれぞれ異なる表情を浮かべていた。加瀬須はどこか腹立たしそうな顔をしており、仁乃はかなり照れている表情を浮かべていた。
店を出て、ガラスの向こう側で今もいちゃついているバカップルを見ながら加江須はフンッと鼻を鳴らす。
「まったくアイツらバカじゃないのか。少しは羞恥心を持ってほしいもんだぜ、なあ仁乃」
そう言って加江須は仁乃に同意を求めるが、彼女はぽーっとしたまま上の空で合った。
それも無理ないだろう。好きな男の子に食べさせ合いっこをしていたのだから。
「おい仁乃、聞いているのか?」
「ふぇ? ……あ、き、聞いているわよ」
コンマ何秒か遅れながら返事を返す仁乃。しかし返事を返し終わるとすぐにまた上の空となってしまい、その様子を見て加江須が少し不安そうに見つめる。
「お前大丈夫か? なんか上の空だしそれに顔も赤いし……体調がすぐれないなら遠慮せず言ってくれよ」
「だ、大丈夫よ。べ、別に何ともないわ」
そう言って気にしなくても大丈夫だと告げる仁乃であるが、やはり心配な加江須は彼女の頭を片手で掴み、自分のオデコと彼女のオデコを合わせて熱が無いかと確かめる。
不意打ちのその行動により仁乃の体温は一気に上昇し、そのまま目を回して倒れてしまった。
「ふに~……きゅう…」
「うおおお!? 仁乃、しっかりしろ仁乃!?」
地面に倒れそうになる彼女を抱きかかえて呼びかけるが、彼女はふに~っと気の抜けた声しか漏らさなかった。
「と、とにかくどこか休めそうな場所まで……」
◆◆◆
気が動転してショートした仁乃を横にさせたく、ケーキ店を出てすぐ真正面にあったデパートに中に入りそこの空いている大きな椅子に横にさせている。
その隣に加江須は座り、仁乃が復活するのを待つ。
「どうしたんだ仁乃のヤツ。なんか今日は少し様子がおかしいぞ」
その原因は仁乃が加江須に好意を持ち始めたからなのだが、当の本人はその事に気づいておらず首を傾げるだけであった。
横になる仁乃の頭を軽く撫でながらデパート内を何気なく見ていると、隣に自分と同じくらいの年をした黒髪のポニーテールの少女がやって来た。
「なあ、隣良いか?」
「え、ああ良いけど。でもここ狭いから空いている席なら他にもあるけど…」
「ま、ケチケチすんなよ」
そう言うと少女は加江須の隣に座り込み、手にしている缶ジュースを飲み始める。
わざわざ空いている席でなくこの席に座って来た事に少し疑問を抱いたが、すぐに少女から視線を外す加江須。しかしすぐに少女の方から話しかけてくる。
「よおよお、お前の隣で寝ているソイツ、もしかして彼女か?」
「え…い、いや違うけど」
「ふ~んそうなんか? なんかさっきケーキ屋で楽しそうに食べさせ合いっことかしてたじゃねぇか」
少女の言葉を聞き、加江須の眉がぴくっと上下する。
「……俺たちの後をつけていたのか?」
「そうカッカすんなよ」
そう言うと少女は缶ジュースの中身を豪快に飲み干し、空になった空き缶を遠く離れているゴミ箱へと投げ込んだ。
放り捨てられた空き缶は綺麗な放物線を描きながらまるで吸い込まれるようにゴミ箱の中へと入って行った。
「何で俺がお前らの後をつけていたか知りたいか? まあそりゃ楽しいデートを盗み見されりゃ腹も立つわな」
そう言って楽しそうに笑う少女。
加江須は無意識のうちに仁乃を庇う様に振る舞い、隣で笑う少女を睨むように見つめる。
「まあ、前置きなしでもう単刀直入に言うわ。駆け引きみたいな事とか苦手なんだよ。私頭わりーし…」
そう言うと少女は目を細め、唇の端をペロっと舐めながら正体を明かす。
「私の名前は黒瀬氷蓮。お前ら二人と同じ――転生者だ」
そう言って彼女は自分の手に氷を纏わせながら名乗った。
◆◆◆
先程までデパートに居た加江須と仁乃は場所を移し、今は店と店の間にある路地に立っていた。その二人の正面では氷蓮が不敵に笑いながら立っている。
「それで、私と加江須に何の用なの?」
先程まで倒れていた仁乃であるが、回復して加江須から事情をすべて聞き今は警戒モードで氷蓮の事を見据える。
油断なく自分を見てくる仁乃を見て氷蓮が小さく笑った。
「さっきまでとは随分と態度が違うな。そこの男と一緒に居た時はすげーてんぱってたのにな」
「う、うるさいわね! いいから何の用か答えなさい!」
少し照れつつも再度質問をする仁乃。
ギャーギャーと騒ぐ仁乃の声を少し煩わしく思いながらも、氷蓮と名乗った少女は加江須を指さす。
「俺が声を掛けた理由はお前の戦いぶりを見たからだよ。加江須とやら…」
「…俺?」
首を傾げて訝し気に氷蓮を見る加江須。
「数日前、この街から離れた河原でお前はゲダツと戦っていたな。いや、あれは戦いにすらなってねぇよな。お前が数秒で片付けてしまったんだからな」
氷蓮がそう言うと、加江須と仁乃の二人は警戒度を高めた。
数日前に仁乃がやられそうになったゲダツ、それを加江須は河原で粉砕して撃破した。それを知っているという事はつまり……あの時この女はその様子を遠くから眺めていたことになる。
あの時に自分たちを盗み見ていた少女に対し、くわしく事情を聞き出そうとする加江須。
「お前、あの時近くに居たのか? それで俺たちの事を観察して…」
「まあそういう事だ。ゲダツを一瞬で片付けたあの手際の良さ…正直背筋が寒くなったぜ。氷を操る私でもな…」
「……じゃああの時、仁乃が溺れて死に掛けていた時も黙って見ていたのか……」
そう言うと無意識に加江須の目の色が変わる。
まるで敵でも見ているかのように氷蓮を見る加江須。不味いと思ったのか慌てて弁解をする氷蓮。
「お、おい待てって! 俺は最初から見ていた訳じゃねぇよ。俺が目にした最初の光景はお前とゲダツが向かい合っていた時だ。その時にそこの女が倒れていた所も見ている」
どうやら彼女が観察し始めたのは自分が仁乃を川の中から救い上げた時からの様だ。
溺れかけていた仁乃を見殺しにしようとしていた訳ではないことが判り加江須の体から怒気が抜けていく。
殺気に近い怒りがなくなり小さく安堵の息を漏らす氷蓮。
「たくっ、ソイツの事がよっぽど大事なんだなお前」
そう言いながら仁乃を見つめる氷蓮。
彼女にそう言われ、仁乃は少し恥ずかしそうにしながら加江須の背中を見つめる。
「当然だ、仁乃は俺の大切な〝仲間〟なんだからな」
「……」
加江須の返事を聞いた仁乃は無言で後ろから彼の脚を軽く蹴る。
「いてっ、何だよ…」
「……別に」
急に不機嫌そうになった仁乃の急変の理由が解らず首を傾げる加江須。しかし氷蓮の方は仁乃の不機嫌な原因が解っており同情的な視線を向けた。
「(かわいそーに、鈍い男だと思っていたがここまでかよ)」
見ていて少しばかり面白そうな関係だと思う氷蓮であったが、まずは要件を先に伝える事にする。
「じゃれ合っているところ悪いが話いいか? ただ面白半分で後をつけていた訳じゃないんでね」
氷蓮がそう言うと二人がまた真面目な顔つきになる。
「さっきも言ったが俺が声を掛けるきっかけとなったのはお前の持つ〝強さ〟にある加江須」
「……どういう意味だ? 何で俺の強さを知って近づいてきた」
「お前ら二人も知っているだろ。転生した俺らはゲダツと戦い、そして一定の成果を収めると恩賞として願いを叶えるチャンスを貰えるって事を」
「ああ、まあな」
この情報は加江須もイザナミから聞いていたし、それに転生した者が全員教えられている情報のはずだ。この件に関しては仁乃とも一度話をしている。
「俺もちょくちょくゲダツを退治しているが成功率100パーセントという訳でもなくてな、時折逃がしてしまう事もあんだよ」
「だから何よ? いまいちアンタが何を伝えたいのか分からないんだけど…」
仁乃が未だに話が見えてこず、結局何が目的なのかもっと分かりやすく言う様に促す。
「俺が戦っているのは正義の為なんかじゃねえ。ゲダツを倒して願いを叶えるためだ。だが、ゲダツと戦闘するだけじゃ意味がねえ。最後まで息の根を止めねぇと手柄にはなんねぇんだ」
そう言うと氷蓮は加江須に近づき始める。
警戒する加江須だが、そんな彼に対して氷蓮は笑みを浮かべながら近づき、そのまま彼の手を取って言った。
「なあ加江須、私と手を組まないか? お前の強さがあればゲダツとの戦いを百パー勝てそうだ」
「な、何勝手な事を言っているのよ!?」
今まで黙っていた仁乃が割って入ってきて加江須の手を握っている氷蓮の手を叩いて振り落とす。
加江須の事を庇う様に立ち、ガウウ~っと睨みつけながら八重歯をのぞかせ立ちはだかる仁乃に氷蓮がめんどくさそうな顔をする。
「あんだよ、別にお前には何も言ってねぇだろうが。コイツと俺が手を組もうが組まなかろうがオメーには関係ねぇだろ」
「あるわよ! こいつは私と既にチームを組んでるんだから横取りしようとしないでくれる!」
「(え…何時から俺と仁乃はチームなんて組んでいたんだ?)」
内心で加江須がそう言っているが、そんな彼本人を差し置いて目の前では二人の少女が火花を散らして睨み合い続けている。
「元々加江須は私を頼って来たんだから私には彼についていてあげる義務だってあるの! チームメイトが欲しいならよそを当たりなさい!」
「何が頼って来ただ! てめーあの時に河原でアイツに庇われていたじゃねぇかよ!!」
「ぐ…うるさいわよ! アンタなんて願い欲しさに加江須の力が欲しいだけでしょ! そんな邪な理由でそもそもアイツは協力してくれないわよ!!」
「んなもんアイツに聞かなきゃわかんねーだろ!!」
二人して加江須を取り合う様に争う仁乃と氷蓮。
二人の言い争いの元凶となっている加江須は完全に毒気が抜けた表情をし、壁に背を預けて言い争いが終わるのを待つこととした。
「……いい天気だなぁ」
背後から聞こえてくる二重の怒鳴り声を聞きつつ、空を見上げてそう呟く加江須であった。




