ラスボの保有する手駒
いよいよ死んでしまった黄美を生き返らせる為の過去一番の大きな決戦の当日の朝となった。
まだ早朝であるにも関わらず加江須の自宅前には大勢の者達が集合していた。その人数は全部で8人、その中の半数以上の7人の者達が今回の戦いに臨む者達だ。
旋利律市へと突入する加江須、仁乃、氷蓮、イザナミ、余羽、白、そしてディザイアの表情にはどこかこれからの戦いに対しての緊張感が走っていた。だがそれも無理からぬことだろう。何しろ彼等はこれから命懸けの戦いに赴こうとしているのだから。
「それじゃあ頑張ってね加江須君、それにみんな。私はこの町で帰りを待っているから。信じているからね……」
このメンバーの中で唯一この焼失市に留まり留守を預かる愛理は加江須の手を握って神妙な顔つきで皆の事を見つめている。
そんな彼女の頭を優しく撫でながら加江須は小さく口元に笑みを浮かべてやった。
「そんな不安そうな顔をしないでくれよ。心配しなくてもお前だけを残して帰って来ないなんて絶対にないからさ」
「うん…信じているからね……」
加江須の励ます様な言葉に対して後ろで話を聞いていたディザイアがクスクスと笑った。それは明らかに人を馬鹿にする類のものだ。
「今のうちに別れの言葉もついでに言っておいた方が良いんじゃないのかしら? だってこれから向かう場所は私と同じ上級ゲダツの巣。無事に帰って来れる保証はハッキリと言ってないんじゃないかしら?」
せっかく加江須が一人残る恋人を不安にさせまいとしていた思いやりを台無しにするかのような発言、こんな時でも相変わらずの天邪鬼ぶりに周りは思わず呆れてしまう。特に傍に居た氷蓮は小さく舌打ちをしつつ苛立ちと共に彼女に噛み付いて行く。
「くだらねぇ茶々を入れんなや。てめぇだって俺たちが勝たなきゃ困るだろうが」
「はいはい申し訳ありません」
唇の間から小さくペロっと舌を出しておちゃらけるディザイアに氷蓮が思わず掴みかかりそうになっていたが、そんな彼女を余羽が諫めていた。
そんな2人のやり取りに仁乃は呆れた様に溜息を吐く。
「いい加減にしなさいよあんたたち。これから一緒に戦おうって言っているのに初っ端から喧嘩腰でどうするのよ?」
仁乃の子供を窘めるかの様なセリフにバツが悪くなって目を逸らす氷蓮。
ディザイアもこれ以上はあまり場を乱すべきでないと思ったのか意外にも素直に口を閉ざした。
「何だか出発前から不穏な空気が漂っているんだけど…」
「ま…大丈夫だろう…」
ディザイアの態度は好ましくはないが彼女だって自分達がラスボを倒せなければ困ってしまう事に間違いはない。少なくともラスボを倒すと言う利害関係が一致している内は大丈夫だろう。
加江須と愛理が話し終えるタイミングを見計らって白が彼へとそろそろ出発するべきだと促して来た。
「加江須さん、そろそろ旋利律市へと向かいましょう。電車などに乗って移動するので時間だって掛かります」
彼女の言葉に加江須は無言で頷くともう一度だけ愛理の頭を軽く撫でた後に出発した。
少しずつ遠ざかって行く彼等の後ろ姿を見つめる愛理は下唇を軽く噛んで何かを堪えているかの様であった。それは同行できない自分の無力感からか、それとも危険な地に向かう大切な人を止めて上げたいと言う気持ちからなのか。
「……頑張れ」
もう加江須達の姿が見えなくなってからようやく口を開き出て来た言葉はなんともありきたりで陳腐なセリフ。
その後も彼女はその場に留まり続けて大切な人達の勝利を願い続けていた。
◆◆◆
加江須達が愛理と別れて目的地を目指して移動を始めた頃、当の目標である人型ゲダツのラスボはアジトの1つである人物達の到着を待っていた。
彼は部屋の中に置いてあるソファに腰掛けて煙草を吸っていた。モクモクと天井へと昇って行く煙をすぐ近くの壁に背を預けている形奈が見つめながら話しかける。
「先程に電話があった。どうやらもうすぐ〝アイツ等〟がこのアジトに到着するみたいだ」
「ああ…俺にも連絡があった。もうそろそろ……」
口から煙を吐き出しながら返事を返していたラスボは途中で言葉を区切った。それはこのアジトの近くまで大きな力を持った何者かの接近を感知したからだ。しかもその数は1つではなく複数だ。
彼と同様に気配を察知している形奈はニヤリと口元に小さく弧を描いてラスボの方を向く。
「どうやら到着したようだな。あいつ等も待たせてくれる…」
形奈がそう呟いてからものの1分程度で二人がくつろいでいる部屋の中に3人の人物が入って来た。
部屋の中に入って来た人物は女性2人と男性1人である。男性は黒髪の坊主頭の30代半ばと言った容姿であり、他の二人は紅葉色の髪をしたショートボブ、もう一人は水色のショートヘアーの二十代前半と言った容姿をしている。
「たくっ…せっかくカフェで寛いでいたところに呼び出すんじゃねぇよ」
黒髪の男性が目の前で煙草を吹かしているラスボに苛立ちが籠った声色で文句をぶつける。体格が良く声も低く一般人相手ならばただ会話をするだけでも怖れを感じるだろう。しかし見た目は華奢な青年のラスボはそんな男の苛立った態度に微塵も動揺せずに会話を始める。
「実はお前たちを緊急で招集したのは転生戦士の間である問題が起きてな。お前にだって決して無関係じゃないぞ豪胆」
今集まってもらった3人の中でこの豪胆剛は何と形奈と同じ転生戦士なのだ。つまりゲダツを討伐する為の戦士がゲダツに加担していると言う事になる。
「あん? 転生戦士の間で問題だぁ? 一体何があったって言うんだよ」
転生戦士は現在願いを叶える権利を一時的に剥奪されている状態だ。だがその情報を知るためには一度ゲダツを一定数討伐して転生の間へと導かれなければならない。しかしこの剛は規定量のゲダツを討伐していないので転生の間に呼びこまれていない。それ故に事情を知らずに首を傾げている。
彼とは違い転生の間に神から呼び出され事情を全て聞いている形奈が現状について話しだした。
「どうやらラスボと私が密接に関わりを持っている事が神界の神々にバレたみたいでな。直接手を出してくる事はないがその代わりにラスボを討伐するまでは全ての転生戦士が願いを叶えられない状況らしい」
「ああ!? それって結構不味いんじゃねぇのか?」
剛が懸念しているのはラスボを狙ってこの旋利律市に多くの転生戦士が押し寄せて来るのではないかと言うことだ。だが言葉とは裏腹に彼はどこか嬉しそうな顔をしている。だが彼とは違い今の話を後ろの方で聞いていた二人の女性は少し不安気な面持ちであった。
「ねえそれでどうするの? ラスボだけじゃなくて同じく人型ゲダツの私とマリヤも不味いんじゃないのその状況」
剛と共に招集を受けて集まったこの二人の女性はラスボと同じ人型タイプのゲダツであった。紅葉色の女性はマイヤ、そして水色の髪の女性はマリヤと言う名を持っている。
本来であればこの旋利律市を縄張りとしているのはラスボであり、彼は転生戦士だけでなく自分の縄張りに手を出されて邪魔となるであろう同じゲダツも葬って来た。だがこの場に居る3人は形奈と同様に自分の下に付いているが故に手を出されずに済んでいるのだ。しかしラスボの下に付いていると言う事はこの旋利律市に強襲して来るであろう転生戦士達の相手を彼だってしなければならないと言う事だ。
「心配しなくてもラスボや私たちの正確な居場所はまだ知られてはいない筈だ。この旋利津市に潜んでいる事は知られている可能性はあるが市内の何処かまではまだ情報が出回っていない筈だ。もし知られているならばもうとっくに誰か1人くらいは転生戦士がラスボの元に現れている筈だ」
今すぐに敵がなだれ込んでくる可能性は低い事を告げるとマイヤとマリヤは胸を撫で下ろしていが、剛だけは少し不満そうな表情を張り付けている。
「なんだよ盛り上げて置いて一気に落とすなよ。せっかく強い奴等がうじゃうじゃとやって来て楽しい時間になると期待していたんだがな」
そう言いながら剛は拳を手のひらで叩いてパンッと甲高い音を鳴らす。どうやらマリヤとマイヤとは違い彼の場合はむしろ全面対決の様な構図を望んでいたようだ。
彼は元々は転生戦士に成る前はハッキリと言って人間の屑であった。気に入らないヤツは拳で無理やり従わせ女相手でも半殺しにしてしまう事も多々あった。その後、彼はこれまで虐げて来た連中達に寝込みに報復を受けて不意打ちで殺された。だが悪運の強いことに彼は転生戦士としての素質在り、そして以前よりも手の付けられない状態で復活してしまったのだ。
しかし転生戦士としての力を手に入れた矢先にラスボと遭遇し、彼は信じられない程に真正面から一方的に打ちのめされた。
過去の自分の負けっぷりを思い出すと剛はラスボの方に顔を向けて心に浮かんできた素直な心情を口にした。
「それにしても転生戦士が集まって来ても別に問題ないんじゃねぇのか? お前なら誰が何人で来ても全く問題ない気がするけどな」
過去に一方的にボロ雑巾にされた自分を思い出しながらそう呟くと彼の疑問にはラスボ本人でなく形奈が答えた。
「あまり油断しない方がいいぞ。転生戦士の中には一際突出した力を持つ者も居る。現に私はそんな男と2度も戦っているからな」
過去に戦ったあの忌々しい妖狐の少年を思い返しながらそう呟く形奈に対して剛は吐き捨てるように言った。
「はん、だとしてもラスボよりも強いゲダツや転生戦士なんて居やしねぇよ」
そう言いながら彼は窓際まで歩くと眼下の通行人達を覗き込む。
「ふん…この町が戦場になるかも知れねぇのに呑気なこった。力のねぇ一般人ってのは見ててイライラするぜ」
そう言いながら剛は背中を向けたままラスボからある許可を貰おうとする。
「なあラスボ、もしも転生戦士が乗り込んで来たらぶち殺しても良いんだよな?」
「ああ、その時は遠慮なく好きにしろ」
自分のボスからの戦闘と殺害許可をもらったガラスに映った彼の笑みは醜悪そのものであった。




