意地の食べさせ合いっこ
二人で大分歩き続け、人通りの多い場所まで辿り着いた加江須と仁乃。
最初はほとんどすれ違いなど起きなかったが、あらゆる分野の店が並んでいるこの辺りは人も多く、辺りは通行人にまみれている。
「それで、最初はどこに行きたいんだよ?」
「え~っと…あ、あそこあそこ!」
周囲を確認して事前に行こうと決めていたケーキ店を見つけた仁乃がその方角へと指をさす。
「いかにも女の子が行きそうな雰囲気の店だな。少し入っていくのを躊躇ってしまいそうだ」
「ええ、そんな事ないわよ。別に男がスイーツ店に入店してもおかしくはないわ」
そう言うと仁乃は加江須の手を引いて目的の店へとサクサクと進んでいく。
「おいおい急がなくてもケーキは逃げないだろ」
「いいじゃない。甘いケーキが私を待ってるのよ」
加江須と一緒に居る事が今日の一番の目的ではあるが、甘い物が好きな彼女にとってはスイーツ巡りも目的の内であり、心なしか瞳もキラキラと光っている。
「ほらほら早く!」
「はいはい、分かりましたよ」
やれやれと言った顔をしながらも仁乃へ付いて行く加江須。
――そんな二人の事を背後から眺めている少女が1人居た。
「ケーキ屋に入って行ったか。ありゃ男の趣味じゃなくて女に付き合って仕方なく入ったか……」
見た感じでは女の方が強引に男の方を連れまわしているように見える。
店の中へと姿を消していった加江須たちを見つめていた少女はポケットを探って自分の財布を開く。
「……まっ、チョコレートケーキの1つくらいは食っていくか」
そう言うと二人の後を追ってケーキ屋を目指し歩いて行く。
◆◆◆
店の中へと入店した加江須と仁乃。ガラスの扉を超えて店の中に入ると甘い匂いが蔓延しており、大勢の客が店内に設置されている席でケーキを食べていた。
「へえ、まだ結構早い時間なのに随分と客が入っているな」
「ここは人気で雑誌にも取り上げられた事があるのよ。私も何度か来たこともあるし」
そう言うと仁乃はショーケースの中に並べてあるケーキを早速選び始める。
その隣で加江須は改めて店内の様子を見ていた。てっきり女性だけだと思っていたが、3分の1は見たところ男性客も居る。どうやら仁乃の言っていた通りケーキ=女性と言う図式は少し語弊があったようだ。
そんな事を考えている間に仁乃がショーケースの中のケーキを選び終わっていた。
「じゃあコレとコレと、あとコレ下さい」
「っておい! 3つも頼むなよ!」
「いーじゃない別に。これくらいなら余裕よ」
「お前の胃の容量の心配なんてしてないわ! 俺が奢る以上、代金は全部俺持ちなんだぞ」
まさか3つも頼むとは思っておらず予想外の出費に文句を挟むと、後ろに並んでいる男性客が口をはさんできた。
「おいおい、自分の女のわがままも満足に叶えてあげられないとは情けないぜ兄ちゃん」
「はあ?」
突然の横やりに振り返って見ると、自分より若干年上と思える金髪の男性と女性が自分を見てクスクスと笑っていた。
「誰だアンタら。人にいきなり訳の分からない因縁つけてくるなよ」
「因縁なんてつけてねぇさ。ただ、お互い〝彼女持ち〟の身として忠告を入れてやっただけさ」
そう言いながら金髪男は隣に居る自分の彼女を抱き寄せながら、ソレをみせつけるように加江須に話を続ける。
「男って生き物は自分の女の多少のわがままは叶えてやるもんさ。そうしなきゃ器の小さな男だと思われて恋人にすら呆れられるぜ」
「そーよそーよ。マー君はやっぱりわかってるぅ」
周囲の目など気にせずベタベタと引っ付く2人組に少し引いてしまう加江須であるが、その隣で一緒に話を聞いている仁乃は彼女扱いされた事に照れて俯いていた。
恥ずかしそうに俯いている仁乃を見て、金髪のチャラ男は指をさしながら加江須に言った。
「オイオイオイ兄ちゃん。彼女が俺たちを見て羨ましがっているぜ。お前さんも少しはこの娘の気持ちを察してやれよ」
「ええ、べ、別に私は!?」
チャラ男の矛先がまさかの自分に向けられ戸惑ってしまう仁乃。
そんなバカップルを相手にするのも馬鹿馬鹿しくなり、焦って正常な思考が出来ない仁乃に代わって店員にケーキを取ってもらう。
「すいません、このケーキを3つと…あと同じイチゴのショート―ケーキを追加で1つ」
「は、はい。では以上の4点でよろしい……!?」
突然ケーキを取ろうとしていた店員の動きが急に止まる。顔を真っ赤にし、加江須の背後を見て完全に固まっている。
「? どうしたんです……ぶはっ!?」
振り向きながらどうしたのかと問う加江須だが、彼も同様に振り向くと同時に固まってしまう。
なんと絡んできたあのバカップル、何故か自分たちの後ろでキスをしていたのだ。
その光景を見ていたのは店員だけでなく、仁乃も口を押さえ顔中を赤くしながら見ていた。幸いな事に他にレジに並んでいる客はおらず、店内の客達もおしゃべりやケーキに夢中でこちらを見ておらず騒ぎにはならなかった。
「な…なにして…?」
流石の加江須もチャラ男の行動に驚き声が震える。仁乃に至っては声を出す余裕すらなくその場で固まる事しかできなかった。
そんな二人の目など気にせず唇をゆっくりと離してチャラ男が加江須に向き直った。
「見てわかるだろう。彼女の想いに答えてるんだよ。俺の彼女は今、俺を求めるような眼をしていた。ならば人の目など気にせず答えてやるのが男ってもんだぜ」
そう言ってチャラ男は自分の恋人である金髪女の頭を撫でまわす。
見ているこっちが恥ずかしくなった加江須は店員からケーキを受け取るとすぐに空いている席まで仁乃の手を引いてその場を離れる。
「いくそ仁乃。このバカに構っているとこっちまで変な目で見られる」
「う、うん」
加江須に手を引かれながらも仁乃はチャラ男カップルを見つめ続けていた。
「ねぇマー君、私はコレ頼むからマー君はこっち頼んで。あとで半分こしよ♪」
「もちろんだぜハニー♪」
自分たちが居なくなっても人の目など気にせずいちゃいちゃしているカップル。
正直、人の目をもう少し気にするべきだと思う反面、あの二人が羨ましく思ってしまう。
「流石にあれだけ大胆にはなれないけど……少しくらいなら」
「ん、今何か言ったか?」
「な、何でもない」
羨ましさから無意識に声を出してしまっていた仁乃。
それを適当に誤魔化すと、二人はテーブルに着き注文したケーキを食べようとする。
「あ、加江須もイチゴのショートケーキ頼んだんだ。シンプルだけど美味しいのよねコレ」
「ああ、しかしお前の方は凄いボリュームだな。見ているだけで満腹になるぜ」
「これくらいヨユー、ヨユー♪」
そう言って仁乃は最初にモンブランを手に取り、それを食べ始める。
「ん~甘ぁ~♡」
満面の笑みを浮かべながらケーキを食べる仁乃。
心底美味しそうに味わっているその幸せそうな顔を見ていると、予想以上の出費も悪くないと思ってしまう。
それに…普段見ている強気な彼女とは違い、甘い物を食べている今の仁乃は少し可愛く見えた。
「(なんか…イイナ…)」
思わず見とれてしまう加江須だが、視線を感じた仁乃がケーキを頬張りながら自分の分のケーキに手を付けない加江須に食べないのかと聞く。
「どうしたの? もしかしてやっぱりいらない?」
「いやいるよ。というか食べなかったら貰う気でいたのかよ。3つも既に買っておいて」
そう言って加江須はラップを剥がしてケーキを食べようとフォークを持つ。
しかし彼がケーキに手を付けようとした時、隣の空いている席に先程のバカップルがやって来た。
「おいおい兄ちゃん、彼女の前でただケーキ食べるだけなんてなってないぜ」
「……あの、本当にいい加減にしてくれない? 食べるだけも何も他にここで何するんだよ?」
そう言うとチャラ男はやれやれと言った感じで呆れ顔をし、目の前のケーキにフォークを刺すとソレを自分でなく対面で座っている恋人へと食べさせる。
「ほらハニー、あーんだ」
「あーん♡」
加江須と仁乃の二人に見せつけるように自分のケーキを彼女に食べさせるチャラ男。
その光景を見ていた仁乃は2つ目のケーキを取ろうとしていた手を思わず止めてしまう。
「ただケーキを食べるだけなら一人でもできる。だが恋人と一緒なら食べさせ合いっこするだろ」
「それはアンタの中の常識だろ。普通の一般常識を兼ね備えている人間は人の目のある場所では極力控えるもんだと思うがね……」
「へっ、肝の小さなやつだな。そんな男の彼女なんてそっちのカワイ子ちゃんが気の毒だなぁ」
呆れを通り越し見下したかのような目で見てくるチャラ男の言葉が気に入らず、加江須は自分のケーキをフォークで刺すとソレを仁乃の口元へと持っていく。
「仁乃、あーんしろ」
「え…ええ!? そ、そんな急に…」
「いいからほら! あーんだ!」
「むぐ…」
少し強引ながらも仁乃にケーキを食べさせる加江須。
「どうだ、その気になればこれくらい誰でもできるんだよ」
勝ち誇った様な顔をしてチャラ男を睨みつける加江須。
一方で仁乃は口の中のケーキの味など分からぬほど混乱していた。
「(ま、まさかこんな事になるなんてぇ~!!!)」
とても嬉しい状況ではあるが、まだ心の準備すらしていなかった彼女はすでにパンクしそうであった。
するとバカップルの方は今度は彼女がチャラ男にケーキを食べさせてあげた。それに負けじと加江須が仁乃に迫り口を開いてケーキを求める。
「仁乃、俺にも食べさせてくれ!」
「ええ、そ、そんな事言われてもぉ」
「このままあのチャラ男に舐められてたまるか。あーん!」
「うう~……まさかこんな展開になるなんてぇ~……」
そう言いながら仁乃は震える手でケーキをフォークに刺すと、大きく開かれている加江須の口元まで運ぶのであった。
◆◆◆
加江須が意地になって張り合っている中、彼らを尾行していた少女は呆れながらその様子を観察していた。
「なーにやってんだアイツは?」
まるで子供の様に意地を張っているその姿勢はとてもあの河原でゲダツを一撃で粉砕した男と同一人物には見えなかった。
「こりゃ変に警戒せずに真っ向から近づいた方が良いのかもな」
口元に付いたチョコを舐めとりながら少女は残り一口となったケーキを口の中へと放り込んだ。




